30歳まで童貞を守ったら妖精が見えるようになった〜チートスキル「魔法少女」で美少女TS無双〜 作:へべれけ斉藤
蟹怪人が展開した「心象風景(干潟)」によりサンフラワーが倒れ、マスコットも無力化してチェリーブロッサムが絶対絶命の危機に陥る。
生配信でその惨状を見た健二は、傷つくのを恐れて安全圏に引きこもっていた30年間の己を恥じ、命懸けで戦う推しを救うため現場へ向かうことを決意。
全世界生配信という「世間」と自分を隔てる防具としてアニメグッズの仮面を装着し、案じるリャナンシーと共に自室の窓から出撃する。
遠方から屋根づたいに駆けながら、本能的な直感で空間に魔法陣を展開し、完璧なフォームで怪人へ向けてステッキを投擲する。
しかし、投げ抜いた直後に屋根瓦で足首を挫いて滑落し、勢いあまって自ら設置した魔法陣へ頭から飛び込んで吹っ飛ぶという、格好のつかない初出撃を迎える。
第16話 決戦!蟹怪人
それはなんの前触れもなく唐突にやってきた。
光しかり、音しかり、力の伝達には限界の速度というものがある。それは「気配」や「殺気」といったものも同様だ。
だがそれは、空気を引き裂き、気配も殺気も何もかもを置き去りにして飛んできた。
怪人がそれを回避できたのは、ただの「勘」であったとしか言いようがない。
先ほどまで怪人の頭があった空間を、それは通過していく。後方の地面に突き立った瞬間、轟音とともに小規模のクレーターが穿たれた。
「ぐおっ!?」
避けたはずの怪人が、衝撃波だけで吹き飛ばされ、無様に泥の上を転がる。
クレーターの中心には、一輪の黒蓮が咲いていた。蓮の花びらをかたどった豪華なステッキが、まるで花そのもののように、泥の中へまっすぐ突き立っている。
それこそが、ブラックロータスの放ったステッキだった。
*
佐倉うららは、泥に足を取られたまま、ただ呆然とそれを見つめていた。
「な、なに……今の……」
耳元のヘッドセットから、ノイズ混じりの息遣いが聞こえる。大熊のものだろうか。けれど、誰も言葉を発しない。
視界の端で、チャット欄だけが狂ったように流れていた。
『なんだ今の』
『何か飛んできたぞ』
『速すぎて見えなかった』
『ステッキ?誰の?』
『ブロッサムちゃんのじゃないよな』
「わ、わたしのじゃ、ないです……!」
誰にともなく答えた、その直後だった。
少し離れた場所から、ドゴォォォン!と何かが何かに激突する爆音が響き渡った。
*
「いてて……焦った、死ぬかと思った……」
干潟の縁に建っていた古い建物の二階。崩れた壁の穴から、黒白のゴスロリ衣装をまとった少女が、ひょっこりと顔をのぞかせた。
白メッシュの入った黒髪は埃まみれで、リボン付きの山高帽は斜めに傾いている。顔を覆うのは、黒地に白い左瞳の描かれた仮面。
ブラックロータスである。
ふと、頭上に何かがぶら下がっている気配を感じて見上げると、半壊した看板が風に揺れていた。
『花田工務店』と読める。
「…………」
自分が突っ込んだ建物が誰かの職場だったと知り、健二の胸に、深い申し訳なさが広がった。
「すまん、花田工務店さん。修理代は魔法少女省にでも請求してくれ」
両手を合わせて拝んでから、気を取り直して泥の向こうを見据える。
蟹怪人が、のそりと身を起こしていた。
「……何者です」
低く丁寧な声に、ブラックロータスの背筋がぴんと伸びる。
全世界に配信されているんだ。ここでカッコよく決めなければ。
「あなたに名乗る名など、ないわ!!」
高らかに言い放つと、左のこぶしを左腰に当て、右手を指先までまっすぐ伸ばして左上へ掲げた。いわゆる「スーパーヒーローポーズ」である。
「マスクドマジカルガール!マスカレイド仮面、参上!!」
どこからともなく、キュピーン、という効果音が鳴った。
名乗る名などないと言った直後にコレなのだから、ひどい手のひら返しである。
蟹怪人は、しばし沈黙した。
「……お名前、おありではないですか」
「うるさいわね!細かいことはいいのよ!」
そう叫ぶやいなや、ブラックロータスは崩れた壁から身を躍らせた。
「とうっ!」
着地の瞬間、左の足首にずきんと痛みが走る。さっき屋根の上で挫いたところだ。
涙目になりかけて、けれど仮面の下で奥歯を噛みしめ、平気な顔を作ってみせた。魔法少女の身体は頑丈だ。この程度は気合で何とかなる。何とかなると思い込むことにした。
*
「ま、ますかれいど……仮面……?」
うららは、思わず口に出していた。
肩の上のぷいぷいは、ぽかんと口を開けたまま固まっている。
『マスカレイド仮面て』
『アイリスちゃんの仮面じゃね?あれ』
『誰?新人?』
『未承認の魔法少女じゃないのか』
『てかステッキ刺さったままなんだけど』
「あの子……マスコットがいないプイ。近くに、気配がしないプイ……」
ぷいぷいが、混乱から少しだけ戻った声でつぶやく。
けれどうららの耳には、半分も入ってこなかった。
突然現れた、見たこともない魔法少女。
その背中が、こちらを庇うように、怪人との間に立っていたからだ。
*
ステッキは、遠くのクレーターに刺さったままだった。
あれを抜きに行くには、怪人の横を通らなければならない。となれば、素手でやるしかない。
「許さないわ……」
ブラックロータスは、低くつぶやいた。
「あなた、さっきその子たちに何をしたのかしら」
「ええ、少々痛めつけました。ご安心を、まだ殺してはおりませんので」
「まだ、って言ったなぁ!?」
地を蹴った。
泥が靴にまとわりつく。けれど、不思議と足は沈まなかった。
一気に間合いを詰め、握りしめた拳を怪人の腹へ叩き込む。
ゴッ!!
「あぁっ!いい!いい拳ですよ!」
「喜ぶな!!」
間髪を容れず、巨大なハサミが唸りを上げて迫った。
ブラックロータスは身を沈め、紙一重で躱す。髪を数本持っていかれたが構うものか。そのまま懐へ潜り込み、肘を甲殻に叩きつけた。
「推しの肌に傷でもついたらどうするつもりだ!責任取れるのか!?あの子の人生と、俺の……いや、私の心の平穏と、全国のファンの安眠に責任取れるのかって聞いてるのよ!!」
「推し、ですか?それは何と言いますか、素敵な趣味をお持ちのようで」
「うるさい!!」
ごつん、ぼかん、と鈍い音が連続する。
怪人は殴られるたびに、「ああっ」「そこです」「もっと」と恍惚とした声を漏らした。
「気持ち悪いんだけど!?」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてないわ!!」
戦況は、じわじわと怪人に傾き始めていた。
怪人の心象風景は、やはり厄介だった。足元の泥が絡みつき、ブラックロータスの動きは少しずつ鈍っていく。逆に怪人の動きは、泥の中でも一切鈍らない。ここは彼の海なのだ。
それでも、ブラックロータスは食らいついた。
推しが背中にいる。それだけで、不思議と身体が動いた。
*
「あの人、すごい……」
うららは、泥に膝をついたまま見入っていた。
素手で、心象風景の中の怪人と渡り合っている。あの怪人は、自分たちが二人がかりでも追い詰められた相手のはずなのに。
『素手でやり合ってて草』
『魔法で戦え、魔法で』
『一人だけジャンル違いなんだかww』
『戦闘中の会話がキモ過ぎる』
『あの子、ブロッサムちゃんのこと推しって言ってなかった?』
『言ってたwwwww』
『ガチ勢の魔法少女で草』
うららの頬が、ぽっと熱くなった。
見知らぬ魔法少女が、自分のために怒って、戦ってくれている。嬉しいのか恥ずかしいのかよくわからない気持ちで、胸がいっぱいになった。
「……サンフラワーちゃん、大丈夫?」
背後で倒れたままの葵に、そっと声をかける。
返事は、まだなかった。
*
<健二くーーーん!!>
こいつ直接脳内に・・・!
テレパシーだ。ブラックロータスが目だけで空を仰ぐと、蝶の羽を震わせた小さな影がふらふらと飛んでくる。
<ひどいよ、置いてかないでよぅ!途中でうっかり、落ちちゃったんだから!>
<すまん、リャナンシー君!今は取り込み中だ!>
<わかってる!アドバイスだけするね!ステッキ、まだ地面に刺さってるでしょ!?>
ブラックロータスは、怪人のハサミを捌きながら視線を走らせた。
クレーターの中心に咲く黒蓮。その根元から、うっすらと黒い染みのようなものが広がっている。
<心象風景は、気持ちの高ぶりで広がるの!相手だけじゃなくて、こっちだって出せるはずだよ!ステッキが種になってる!>
<つまり、テンションを上げればいいのか!?>
<そう!だから怒って!推しのために、いっぱい怒って!>
その言葉に、ブラックロータスの口元が、ふっと緩んだ。
怒る。そんなことなら、さっきからずっと全力だ。
「……おい、蟹」
「はい?」
「ブロッサムちゃんの膝に、泥をつけたな」
ずん、と重いものが降りてくるような感覚があった。
拳が怪人の顎を捉えた瞬間、遠くのステッキの周囲で、黒い花びらが爆ぜるように舞い上がった。
*
「な……!?」
怪人の声が、初めて動揺に揺れた。
足元の干潟が、じわりと変質していく。干潟の黒い泥は、より深く暗い漆黒の泥へ。そこに浮かぶのは、墨を溶かしたような黒蓮の花。
潮の匂いが薄れ、代わりに水草と古い水の匂いが満ちていく。
「私の海が……浸食されている……?馬鹿な、そんなことが……!」
ブラックロータスの拳が入るたび、ステッキの根元から漆黒の泥沼が広がっていく。怪人の心象風景を呑み込むように、黒く、深く、静かに。
やがて、怪人の足が、ずぶりと沈み始めた。
「ぬ、抜けない……!?」
もがけばもがくほど、泥は粘りを増して絡みつく。
ブラックロータスの足元は、いつの間にか、不思議なほど軽くなっていた。
*
「わ、わたしたちの、足元が……!」
足首まで埋まっていた泥が、すうっと引いていく。
うららはよろめきながら立ち上がった。
『泥が引いてる!?』
『なんだこれ』
『心象風景が塗り替えられてる』
『怪人の心象風景を上書きしてるってこと?』
『あの魔法少女、とんでもないぞ』
『これが未承認の新人魔法少女?嘘でしょ』
「あっ……」
葵が、小さく声を漏らして目を開けた。
うららは、慌てて彼女のもとへ駆け寄る。
その視線の先で、怪人は腰まで泥に沈んでいた。
それでも両のハサミを振り回し、必死に抵抗している。けれどもう、動けない的でしかなかった。
ブラックロータスは、肩で息をしながら、ゆっくりと拳を下ろした。
仮面の奥の瞳が、動けなくなった怪人をまっすぐに見据えている。
さあ、ショータイムだ!