30歳まで童貞を守ったら妖精が見えるようになった〜チートスキル「魔法少女」で美少女TS無双〜 作:へべれけ斉藤
投擲したステッキを加速させる魔法陣に自ら突っ込む事故で「花田工務店」の建物に突っ込んだ健二は、顔を覆う仮面とともに「マスカレイド仮面」と名乗り、素手で蟹怪人に殴りかかる。
ステッキから離れた状態でありながら、推しを傷つけられた怒りと情熱を爆発させ、怪人のドMな恍惚反応に引きつつも猛攻を加える。
リャナンシーの助言を受けた健二は、推しへの怒りでテンションを極限まで高め、遠くに突き刺さったステッキを起点に自身の心象風景(漆黒の黒蓮が咲く泥沼)を展開。
怪人の「干潟」を塗りつぶすように侵食して泥の中に固定し、チェリーブロッサムとサンフラワーを救い出してフィニッシュへの舞台を完成させる。
第17話 八葉蓮華曼陀羅蹴
先ほどの事故で、一つ思いついたことがある。
それは「必殺技」と聞いて、ほとんどの人間が「ス〇シウム光線」と並んで思い浮かべる、最も代表的な必殺技。
男の子に生まれた者なら、一度は布団の上で試したことがあるはずの、あの技だ。
(大技だ。確実に当たる間合いを探らないと……)
ブラックロータスは、ぐっと息を整えた。
怪人は腰まで泥に沈み、それでも両のハサミを振り回して抵抗している。もはや動けない的だ。それでも、外せば終わる。
一歩、踏み出す。
すると、まるで足が泥沼に漬かるのを遮るかのように地面から黒蓮の花が咲いて彼女の体重を支えた。
二歩、三歩、四歩。
歩を進めるたび、足跡のように黒蓮が咲いていく。
その光景を、うららは息を呑んで見つめていた。
葵に肩を貸したまま、視線だけが釘付けになっている。
「ねえ、サンフラワーちゃん……あの人が歩くたびに、お花が咲いてる……」
「うん……綺麗……」
葵も、ぼんやりとつぶやいた。
視界の端で、チャット欄がざわめき始める。
『なんか、歩くたびに蓮の花咲いてない?』
『って、まさか』
『ワーキレイダナー』
『勝ち確演出来た!これで勝つる!』
『マスカレイド仮面、画面映えがえぐい』
五歩、六歩。
泥沼の中に、一本の黒い花の道ができていく。
そして、七歩目。
「ここだ」
ブラックロータスは、両手を胸の前で「パン」と打ち合わせると、空中に先ほどと同じ蓮の花の魔法陣が浮かび上がる。
「ま、待ちなさい!話せばわかります!」
「わからないわ。あの子を泣かせた時点で、もう終わりよ」
両足を揃えて、大きく跳躍した。
空中で、くるりと一回転する。
その瞬間、泥の上に咲いていた黒蓮の花びら達が、一斉に舞い上がった。
(え、なにこれ。俺、こんなの知らないんだけど!?)
内心の動揺とは裏腹に、身体は予定した通りに動いていた。
右足と右のこぶしを前へ突き出し、左足を折りたたむ、飛び蹴りのポーズをとると舞い上がった蓮弁が、その身体に沿って回転を始めた。
「ライダーーーーーー!!キーーーーーッ!!」
叫んだ声が、自分でも驚くほど響いた。
魔法陣の中心へ飛び込む。
すると光の塊になったかのような速度で、ブラックロータスの身体が怪人を貫いた。
怪人の背後で、ズサササーーーーッ、と泥の上を滑りながら着地する。
彼女はゆっくりと身を起こし、静かに告げた。
「成敗」
直後、背後で蟹怪人の巨体が爆散し、そのまま光の粒となって消えていく。
干潟と蓮池が混じったようなカオスな世界に、まばゆい光が走った。黒い泥が、潮が、岩礁が、ガラスのようにひび割れて砕けていく。
やがて、夕暮れの港湾地区が戻ってきた。
コンクリートの地面。積まれたコンテナ。遠くで鳴くカモメの声。
『勝ったああああああ!!』
『キック一発で爆発したんだけど!?』
『ラ〇ダーキックやんけwwwwww』
『まんますぎて草』
『もうめちゃくちゃだよ』
うららは、葵と顔を見合わせたまま、言葉を失っていた。
*
舞い散る光の粒の中、ブラックロータスは仁王立ちしていた。
(……あれ、ここ、何か勝利のポーズでも取っておいたほうがいいのかな)
ここまでやっておいて、無言で立ち去るのはさすがに味気ない。
脳裏に浮かんだのは、あの男の勝利ポーズだった。天の道を往き、総てを司る、あの男の。
(天道の勝利ポーズがかっこいいけど……そのまんまパクリはまずいよね?)
少し悩んで、折衷案を出した。
天を指さす、あの動き。そこに加えて、左手で地面を指さし、上を仰ぎ見る。
これなら、オリジナルと言い張れる。
『天道……?』
『何だそのポーズwww』
『勝利のボーズすんなやwww』
『シュールだけどなんか神々しくて草』
*
「あ、あの……!」
うららは、葵に肩を貸しながら、おずおずと駆け寄った。
ブラックロータスが、ぎくりと肩を跳ねさせる。
(近い!近い!生の推しが、今、息のかかる距離に!鉄の掟が音を立てて崩れていく!)
「助けてくださって、ありがとうございます!私、本当に、もうダメかと思って……」
「わたしからも……ありがとう。あなたがいなかったら、どうなってたか……」
葵も、まだ少しふらつきながら頭を下げる。
ブラックロータスは、崩れかけた表情筋を仮面の下で必死に押さえ込んだ。落ち着け。声を裏返すな。オタク言語を出すな。
「礼には及ばないわ」
精一杯の、ミステリアスな声が出た。
練習の成果である。乙女力向上合宿は、無駄ではなかった。
「あの、お名前は……さっき、マスカレイド仮面って……」
「ええ。通りすがりの、仮面の魔法少女よ」
ブラックロータスは、くるりと背を向けた。
クレーターの中心に刺さったステッキへ歩み寄り、引き抜く。花びらの意匠が、手の中で静かに光った。
去り際、ちらりと振り返る。
チェリーブロッサムちゃんが、ほっとしたような顔で、こちらを見つめていた。
泣き腫らした目。泥だらけの衣装。それでも、ちゃんと立っている。
「女の子は、笑っているのが一番よ」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。
「あなたの笑顔を守れたなら、それだけで十分」
マントを翻し、地面を蹴る。
コンテナの上へ、ビルの屋上へ、夕暮れの空へ。黒い影は、あっという間に見えなくなった。
*
「…………」
うららは、彼女が消えた空を、ぽかんと見上げていた。
胸の奥が、とくん、と音を立てた気がした。
(なんだろう、今の……)
頬がじんわりと熱い。心臓の鼓動が、少しだけ速い。
見知らぬ魔法少女の、あの最後の言葉が、耳の奥で何度も繰り返されていた。
「うららちゃん?大丈夫プイ?顔が真っ赤プイ?」
肩の上のぷいぷいが、心配そうに覗き込んでくる。
「えっ!?ううん、なんでもない!なんでもないよ!」
慌てて首を振ったところで、ふと、視線を感じた。
目の前に浮かぶ球形のドローンが、赤いランプをちかちかと点滅させている。
配信中だった。
「あっ……」
うららは、さあっと青ざめてから、ぎこちなく姿勢を正した。
チャット欄は、とうに限界を超えている。
『ブロッサムちゃん、顔真っ赤で草』
『キマシタワー』
『キュンとしてたwww』
『同接やばい』
『ひゃーめちゃくちゃてぇてえなぁ』
『#マスカレイド仮面 トレンド1位入りました』
『さっきの人誰だったの!?』
「え、えっと、その……みなさん!」
うららは、両手をぎゅっと握りしめて、カメラへ向き直った。
「今日は、びっくりすることだらけの初配信になっちゃいましたが、最後まで見てくださって、ありがとうございました!」
それから、混乱の残る頭で、必死に用意していた〆の台詞をひねり出す。
「もし、この配信が少しでも良いなと思ったら、チャンネル登録と高評価、隣のベルマークの通知をオンにしていただけると励みになります!」
ぺこり、と深々と頭を下げた。
泥だらけの衣装の裾が、夕風に揺れる。
『こんな状況でも〆るの偉いwww』
『登録した』
『登録した』
『魔法少女省は反省しろ』