30歳まで童貞を守ったら妖精が見えるようになった〜チートスキル「魔法少女」で美少女TS無双〜 作:へべれけ斉藤
ブラックロータスは魔法陣を通してラ◯ダーキック風の飛び蹴り必殺技を放ち、蟹怪人を一撃で撃破・爆散させる。
天と地を指差す独自の勝利ポーズをキメた後、推しのチェリーブロッサムへ「女の子は、笑っているのが一番よ」とキザな決め台詞を残して立ち去る。
翌朝。
目を覚ました俺は、ベッドの上で身動きが取れなくなっていた。
「ぐ……ぐぐぐ……」
動けない。
いや、正確には、動いた瞬間に死ぬ。
オレノカラダハボトボトダ!
首、肩、背中、腰、太もも、ふくらはぎ。身体のありとあらゆる場所が、それぞれ別の悲鳴を上げていた。息を吸うだけで肋骨のあたりがズキズキと脈打つ。
「健二くん?おーい、健二くーん?」
枕元のティッシュ箱ベッドから、リャナンシーがぱたぱたと飛んできた。
寝癖で跳ねた髪を揺らして、俺の顔を覗き込んでくる。
「リャナンシー君……俺の身体が……動かない……」
「えっ!?」
「これは、あの蟹怪人の呪いだ……そうに違いない……」
「うーん、ちょっと待ってね。しらべてみるから」
リャナンシーは小さな手のひらを、俺の額にぺたりと当てた。
目を閉じること、約三秒。
ぱちりと目を開けた彼女は、これ以上ないほど優しい笑顔で言った。
「うん。極度の運動不足による筋肉痛だね」
「そんなバカな!?」
「バカじゃないよ。健二くん、昨日なにしたか覚えてる?」
指を一本ずつ折りながら、リャナンシーが数え上げていく。
「屋根の上を全力疾走したでしょ。ビルに突っ込んだでしょ。素手で怪人を殴ったでしょ。最後は飛び蹴りまでしたよね」
「…………」
「変身中は魔法で身体能力が強化されてるから平気だったの。でも変身を解いたら、中身は三十年間引きこもってた健二くんだもん。そのツケが、全部まとめて来たんだよ」
ぐうの音も出なかった。
あの超人的なアクションは、魔法少女の身体があってこそだったのだ。三十年分の運動不足という請求書が、変身解除と同時に、利息つきで俺の元へ叩きつけられていた。
「あの自己啓発活動の筋肉痛がやっと治った直後に、またこれかよ……?高校の体育以来、まともに運動なんてしてない俺にこの負荷は拷問だろ……」
「頑張った証だよ。えらいえらい」
リャナンシーが、俺の鼻先をよしよしと撫でてくれた。
優しい。優しいが、全然痛みは引かない。
俺は布団の中で、芋虫のように丸まったまま、しくしくと泣いた。
*
昼過ぎ。
「湿布っていうのを貼ればいいんだよね?」
リャナンシーが救急箱から運んできてくれた湿布をありったけ全身に貼りまくり、俺はようやく這うようにして起き上がることができた。
※ロキソニンテープには使用量上限があります。用法、用量を守りましょう。
ふと、洗面所の鏡が目に入る。
「……ん?」
立ち止まって、鏡の中の自分をまじまじと見つめた。
いつもの、ボサボサ頭に無精髭の三十歳である。ヨレヨレのTシャツも、いつもと同じ。
けれど、何かが違う気がした。
「どうしたの?」
「いや……なんか、顎の下がすっきりしてないか?」
指で首元をなぞってみる。
確かに、以前はもっと肉が余っていたはずだ。二重顎が、一重半くらいになっている。頬のあたりも、心なしか輪郭がはっきりしてきた。
「あ、ほんとだ。ちょっとシュッとしたね」
「気のせいじゃないよな?」
「うん。最近の健二くん、ちょっと痩せてきてるよ」
Tシャツの裾をめくってみる。
太鼓腹は、まだ立派に健在だった。それでも、先週まではパツパツだったはずのズボンのゴムに、指二本ぶんの余裕ができている。
「……痩せてる?俺が?」
「運動したからじゃない?ほら、昨日あんなに動いたし」
「いや、でも昨日一日だけでこうはならんだろ……」
そこまで言って、俺はふと思い当たった。
この数日、思い当たる節ならいくらでもある。
変身して部屋で乙女力向上合宿をしていた。魔法少女の姿で出撃した。そして、毎晩の過酷な自己啓発活動。
「……魔法少女って、カロリー消費がすごいのか?」
「そうなのかもね」
「それとも、夜の活動が過酷すぎたせいか……?」
「それは知らないけど」
リャナンシーが半眼でこちらを見ている。
俺は咳払いをして、鏡の前で少しだけ胸を張ってみた。
「ふふ……ふふふ……いや、悪くない……悪くないぞ、これは……」
*
自室に戻り、ベッドの縁に座ってスマホを手に取った。
「ふふふ……痛い目には遭ったが、昨日は推しのチェリーブロッサムちゃんを助けられたからな。直接言葉まで交わしたんだぞ?実質大勝利と言っても過言ではない」
鼻の下を伸ばしながらSNSを開くと、トレンドの一位に見慣れた文字が躍っていた。
『#マスカレイド仮面』
「おおっ!バズってる!」
タイムラインには、愛に溢れた投稿が並んでいる。
『マスカレイド仮面ちゃん、格好良すぎる』
『黒蓮が咲く演出、画面映えが神』
『赤面するブロッサムちゃんを永久保存した』
『二人を助けてくれてありがとう』
「俺の勇姿が、世界中で称賛されているぞ……!」
生まれて三十年、誰からも褒められたことのなかった俺が。
今、世界中から称賛されている。
「生きてて、よかった……」
目頭が、じわりと熱くなった。
「オタクやってて、本当によかった……」
ほんの二日前まで、「推しには近づかない」「画面の向こうにいるからこそ尊い」「それがオタクの矜持だ」と、あれほど真顔で語っていた男はどこへ行ったのか。
長年乾ききっていた承認欲求が、ドバドバと満たされていく快感には、あっさり抗えなかった。
三十年分の「誰かに認められたい」が、たった一晩のバズで決壊したのである。
我ながら、あまりにも現金でチョロい三十歳児である。リャナンシーが呆れ顔で肩をすくめているのも、今は気にならなかった。
最高の昼下がりだった。
――ニュースアプリを開くまでは。
*
トップに、赤い文字の速報が表示されていた。
『魔法少女省、未確認魔法少女に届け出勧告』
指が、止まった。
「勧告……?」
震える指で、記事をタップする。
『昨日、港湾地区で発生した知性型怪人事件において、未承認で魔法を行使した正体不明の魔法少女の存在が確認された。魔法少女省は、本人が名乗った呼称にちなみ「マスカレイド仮面」と仮称し、関係法規に基づき実態調査を開始すると発表した』
画面をスクロールすると、魔法少女省の公式サイトに掲載されたプレスリリースの本文が転載されていた。
『魔法行使管理法第十二条に基づき、管轄外での無届による魔法行使については、事実関係の調査および安全確認を行います』
お役所仕事らしい、どこまでも淡々とした文章だった。
『当該の魔法少女につきましては、予期せぬ事故や魔力の暴走を防ぐ観点からも、安全保障部への早期の届け出とご相談を強く推奨いたします。省としては安全の確保を最優先とし、適切な保護とサポートを行う準備を整えております』
記事の末尾には、専用の相談窓口フリーダイヤルが丁寧な説明とともに記載されていた。
ぽろっ。
俺の手から、スマホが滑り落ちた。
「健二くん?顔が真っ青だよ?」
俺は静かにスマホを置き、天井を見上げた。
そして、ゆっくりと息を吸い込む。
「『届け出を推奨』って……これ実質的な出頭命令が出たようなもんだろぉぉぉ!!」
筋肉痛の激痛もすべて忘れて、俺はベッドの上をゴゴゴと転げ回った。