30歳まで童貞を守ったら妖精が見えるようになった〜チートスキル「魔法少女」で美少女TS無双〜 作:へべれけ斉藤
前日の死闘のツケとして、30年分の運動不足が爆発した「極度の全身筋肉痛」で身動きが取れなくなる。
連日の変身・特訓・出撃・自己啓発活動による劇的な消費カロリー効果で、二重顎が引き締まりズボンのゴムに余裕ができるダイエット効果を実感する。
SNSで「#マスカレイド仮面」がトレンド1位を獲得し、世界中からの絶賛の声に長年乾ききっていた承認欲求が爆発。「オタクやっててよかった」とチョロく歓喜する。
最高の気分に浸っていたのも束の間、ニュースで魔法少女省から「未確認魔法少女への届け出勧告」が公式発表されているのを発見する。
「補導!?逮捕!?取り調べ!?追われる身とか聞いてないんだが!?俺の無職引きこもりライフが、完全に詰むやつだろこれ!!」
「だ、大丈夫だよ健二くん!落ち着いて!」
リャナンシーが慌てて俺の頭に飛び乗り、小さな手でぺちぺちと額を叩いてくる。
「いい?まず昨日の健二くんは、仮面をかぶってたでしょ?」
「……ああ、かぶってたな」
「次に、魔法少女の姿には強い認識阻害がかかってる。顔を見られても『マスカレイド仮面の顔』としか思われなくて、元の誰かとは結びつかないの。チェリーブロッサムちゃんの素顔が、一度もネットで特定されてないのと同じだよ」
「……そうだな」
少しだけ、息が整った。
リャナンシーは、さらに指を一本立てる。
「それに、もっと根本的なことを言うとね。あの姿は、どこからどう見ても女の子でしょ?」
「……そりゃ、女の子の身体だからな」
「そう。世間の人は『魔法少女は少女しかなれない』って信じ込んでるんだもん。探す人たちは、三十歳の男の人なんて最初から候補に入れてないよ」
ぐ、と言葉に詰まった。
仮面。認識阻害。そして、そもそも性別が違う。
三重の防壁である。普通に考えれば、まず辿り着かれるわけがない。
「……なるほど。思ったより、堅牢なんだな」
「でしょ?だから、慌てなくても――」
「だが、リャナンシー君」
俺の声が、自然と低くなった。
「その防壁は、すべて『変身中』の話だよな?」
「あっ……」
「変身を解除した瞬間、俺は、ただの三十歳の男に戻る。たとえば誰かが、屋根の上を走る魔法少女を目撃する。そいつが追いかけて、解除の瞬間を、うっかり見てしまったら?」
「そ、それは……」
「部屋の窓から黒い魔法少女が出ていって、帰ってきたのは三十歳のデブニート。防犯カメラが、そこだけを捉えていたら?一発で線がつながるだろ!」
リャナンシーは、ぐうの音も出ないようで、小さな頭を抱えて唸った。
そう。それが唯一にして最大の弱点だった。
三重の防壁も、変身を解いた瞬間に、すべて意味を失う。
「しかも、もしだ」
俺は、喉をごくりと鳴らした。
「もし捕まって、変身を解除しろと迫られたらどうなる?『未確認魔法少女の正体は、三十歳無職の男性でした』なんて全国ニュースで流れたら……」
「…………」
「俺は社会的に死ぬどころか、概念レベルで消滅するぞ」
「う、うん。それは、絶対避けたいね……」
リャナンシーが、顔を引きつらせて頷く。
俺は拳を、ぎゅっと握りしめた。
「だったら、答えは一つだ。変身を解いても、男に戻らなければいい」
部屋の空気が、ぴたりと止まった。
「魔法少女の姿でもない。男の姿でもない。第三の姿。ただの、どこにでもいる、普通の女の子の姿だ」
「ええっ!?」
「それなら、解除の瞬間を見られても『一般美少女』で押し通せる!男の佐藤健二との線は、完全に切れる!」
勢いのまま、中二病全開のネーミングが口をついて出た。
「名付けて、『ゼロフォーム』!!」
「ぜ、ゼロフォーム……?」
「魔法少女の装いを纏わない、素の状態の女性体だ!どうだリャナンシー君、可能なのか!?」
リャナンシーは、小さな腕を組んで、うーんと唸った。
「聞いたこと、ないなあ……魔法少女の力は『変身』して使うのが基本だもん。変身を解いたら、元の姿に戻るのが当たり前で……その途中で止めるなんて、考えたこともないよ」
「やってみなければ、わからないだろう!」
俺は、立ち上がった。
途中で太ももの筋肉が暴れたが、気合で押さえ込んだ。
「いくぞ!まずは、イメージだけで女の子の身体になってみる!」
目を閉じる。
イメージするのは、豪華なゴスロリ衣装もステッキも持たない、ごく普通の女の子の姿。魔法少女のオーラも、認識阻害も、いっさい纏わない、ありふれた少女。
「変身ッ!」
……しーん。
「…………あれ?」
目を開けても、部屋の風景は一切変わっていなかった。
ボサボサ頭に無精髭、ヨレヨレのTシャツ。光の粒子の一粒すら出ず、ただの三十歳が、自室で変身ポーズを決めているだけである。
「あはは!何にも起きてないよ、健二くん!不発だよ不発!」
リャナンシーが、空中でころころと転がりながら笑い転げる。
「くっ!イメージが足りなかったか!もう一度だ!魔法の装備はいらない!普通の、どこにでもいる女の子になるんだ……変身ッ!!」
ドクンッ!
今度は、確かな手応えがあった。
溢れ出す白と黒の光の粒子。重苦しい肉体が羽のように軽くなり、足元から漆黒の蓮の花びらが舞い上がる。
「よしっ!手応えがあったぞ!」
光が収まるやいなや、俺は期待を込めて、姿見の前へ飛びついた。
AND、即座に膝をついた。
「……いつもの魔法少女じゃねーか!!」
鏡の中に立っていたのは、白メッシュの入った黒髪ロング、黒蓮のスカートに、ケープとマント、リボン付きの山高帽まで完璧に装備した、いつもの姿だった。
「だーめだねー!やっぱり魔法少女の形が、健二くんの魂にがっつり刻み込まれてるんだよ!気合を入れると、自動的にその衣装まで出てきちゃうの!」
「そんなバカな……! いや待て、脱げるのは脱げるんだ。毎夜の自己啓発活動の時に脱げることは俺自身が一番よく知っている!……よし、じゃあ衣装だけ脱いで、普通の服に着替えればどうだ!少しは身軽な『一般女子風』に……!」
俺は即座に帽子もケープも脱ぎ捨てて、普段着のパーカーに袖を通した。
鏡の中には、パーカー姿の黒髪ぱっつん美少女が立っていた。
……立っていたのだが。
「…………」
「…………」
その全身から、魔法少女特有のキラキラとしたオーラが、これでもかと溢れ出している。
顔の周りには、強烈な認識阻害が、ふわふわと揺らめいていた。
「これ、『私服を着ただけの魔法少女』だね」
「そうだな……」
「しかも、認識阻害のせいで、かえって魔法少女ですって宣伝して歩いてるようなものだよ」
「くそっ!服を脱いでも、魔法少女の属性は消せないのか!」
俺は、ばたりと床に倒れ込んだ。
その後も、小一時間ほど試行錯誤を繰り返した。
イメージを緩めすぎれば、ただの三十歳に戻る。
少しでもキラメキを使おうとすれば、フル装備の魔法少女が爆誕する。
どこをどう調整しても、「普通の女の子」という中間地点には、どうしても辿り着けなかった。
「はぁ……はぁ……だめだ、とっかかりすら掴もん……」
変身を解除し、元の姿に戻った俺は、床に大の字になった。
窓の外では、夕暮れの空が赤く染まり始めている。
「やっぱり難しいよぉ。魔法少女のキラメキと身体の変化が、がっちり結びつきすぎてるんだよ」
リャナンシーも疲れ果てた様子で、俺の胸の上にへたり込んだ。
「当然といえば当然だな……」
俺は、天井を見つめたままつぶやいた。
世界初の「男の魔法使い」。システムそのものが、バグのような存在なのだ。前例も、手本も、どこにも存在しないのだから。
「でもね、健二くん。焦らなくていいと思うよ。今日明日で捕まるわけじゃないし、少しずつ練習していけば、いつかできるようになるかもしれないよ」
「……ああ、そうだな」
深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
今すぐ解決できる問題ではない。ならば、一旦、保留だ。
「ゼロフォームの習得は、一朝一夕にはいかない。解決は後日に回そう。だが、諦めはしないぞ。日々のイメージトレーニングと、魔力コントロールの模索は、絶対に続ける!」
「あはは、健二くんらしいね。うん、私も協力するよ!」
その時、ふと腹に違和感を覚えた。
ズボンのゴムが、するりとずり落ちかけている。
「……ん?」
慌てて引き上げて、ウエストの余り具合を確認する。
昼間は指二本分だった余裕が、明らかに広がっていた。指が三本は楽に入る。
「リャナンシー君。やっぱり俺、さらに痩せてないか?」
「うん。お昼よりもっとウエストがゆるくなってるね」
「たった半日で、さらにか……?」
「半日でそんなに変わるのかなぁって、私も思うけど……」
リャナンシーも、不思議そうに首を傾げた。
魔法少女活動の消費カロリーが高いのか。それとも、あの過酷な夜の自己啓発活動が、予想以上に効いているのか。
変身した姿はそのまま、元の身体だけが痩せていく理由は、きっとそのどちらでもない気がした。
けれど、そんなことを考えても答えは出ない。
「……まあ、いいか」
俺は、ズボンのゴムを引き上げながら立ち上がった。
身バレの恐怖に、膝をがくがくと震わせながら。
それでも、玄関の鍵を二重に締め、カーテンをさらに厚く引き直した。
魔法少女省との命懸けの鬼ごっこは、まだ始まったばかり。
*
その頃、佐倉うららは、自分の部屋のベッドの上で、スマホの画面をじっと見つめていた。
画面に映っているのは、昨日の初配信の録画アーカイブ。
黒と白の可憐な衣装に身を包み、仮面をつけたあの魔法少女が、自分を守るために戦ってくれた、あの瞬間だ。
「……マスカレイド仮面さん……」
タイムラインに流れる『#マスカレイド仮面』の無数の投稿を、指でスクロールしていく。
そっと、胸の上に手を当てた。
去り際に残された、あの言葉。
『女の子は、笑っているのが一番よ』
思い出すだけで、頬がじんわりと熱くなり、胸の奥が甘くキュンと締めつけられる。
「ふふ……本当に、格好良かったな……」
薄暗い部屋の中、スマホの明かりに照らされたうららの表情は、うっとりと赤らんでいた。
何度も、何度も、同じ場面を見返して。
「……もう一度、会えるかな」
小さなつぶやきが、静かな部屋に溶けていった。