30歳まで童貞を守ったら妖精が見えるようになった〜チートスキル「魔法少女」で美少女TS無双〜 作:へべれけ斉藤
第2話 魔法少女という社会現象
サイレンが街に鳴り響いた。
『緊急事態発生。エリア12に怪人が出現しました。近隣の住民は、ただちに避難してください。繰り返します――』
この警報を、この国の人々は、もう何百回聞いたか分からない。
十数年前。突然、街に「怪人」と呼ばれる異形の存在が現れ始めた。
その姿は、巨大な貝殻を背負ったもの、ビルほどもある傘を差したもの、ただの人影のようなものまで、まるで統一性がない。共通しているのは、人間の理解を超えた力で街を壊し、人々を襲うということだけだ。
既存の軍や警察の武器は、ほとんど通用しなかった。
その怪人に、唯一対抗できる存在が現れる。
――魔法少女。
妖精界から来たというマスコットと契約した、思春期の少女たち。彼女たちは世界を救う力を授かり、変身し、怪人と戦う。
そして今や、魔法少女は、この国で最も知られた存在になっていた。
*
午前八時。朝のワイドショー『モーニングスクランブル』のスタジオ。
「本日は、特集『いま、魔法少女という社会現象』をお届けします」
女性アナウンサーの明るい声に合わせて、スタジオの大型モニターが切り替わった。VTRが流れ始める。
『魔法少女が初めて確認されてから、十数年。いまや魔法少女は、怪人から街を守る存在であると同時に、日本を代表するポップカルチャーの一つにもなりました』
映し出されたのは、街頭の巨大ビジョン。桜の花びらを模した衣装の少女が、ステッキを掲げて笑っている。その隣には、向日葵色の衣装の少女。さらに白百合の少女。
『チェリーブロッサム。サンフラワー。ホワイトリリー。この三人は、現在、最も人気の高い若手魔法少女として知られています』
ナレーションが続く。
『そして、その頂点に立つのが、現役最強の魔法少女、ブルーローズです』
青い薔薇の意匠のドレスに身を包んだ女性が、ヒラヒラのスカートを翻して、可愛らしいポーズを決めている。画面の中の彼女は完璧だった。角度、表情、指先の一本まで。
『二十代後半でありながら第一線で戦い続ける彼女は、少女たちの憧れであり、アイドルのような存在としても、絶大な支持を集めています』
VTRの後半は、魔法少女関連産業の紹介だった。グッズ売り場に並ぶ缶バッジ、ぬいぐるみ、ステッキのレプリカ。変身シーンを再現したフィギュア。関連市場は年間数百億円規模とも言われている。
*
VTRが終わり、スタジオに映像が戻る。コメンテーターたちが、それぞれの立場から意見を述べ始めた。
「いやあ、すごい産業になりましたね」
芸能評論家の男性が、笑顔で言う。
「魔法少女は、もはやアイドルの一種ですよ。ライブ配信のファンとの距離感、SNSでの発信力、どれを取っても一流です」
「そうですね。いわゆる『魔法少女オタク』と呼ばれる人たちも、いまや社会の一部として認知されています」
アナウンサーが頷く。だが、その隣に座る教育評論家の女性の表情は、硬かった。
「ただ、私は、少し気になるんです。魔法少女になれるのは、思春期の少女だけ。つまり、中学生や高校生の子どもたちが、大人でも太刀打ちできない怪人と、命がけで戦っているわけです」
スタジオの空気が、少しだけ引き締まった。
「その子たちに巨大な力を持たせて、それを『人気商売』として扱うことに、私は危うさを感じます」
「一方で、同情する声も多いですよね」
元官僚の大学教授が口を挟んだ。
「彼女たちは、好きで戦っているわけじゃない。マスコットに勧誘されて、契約して、怪人と戦う。そこに本人の意思がどこまであるのか、というのは問われるべきです」
「マスコットのことですか」
「ええ。妖精界から来たと言いますが、彼らが本当は何を目的としているのか、私たちは何も知らされていない」
誰も、その言葉に明確な反論を返せなかった。マスコットたちは確かに献身的だ。だがその献身の向こう側にあるものを、人類はまだ一度も見せてもらっていない。
「その、魔法少女を管理しているのが、魔法少女省ですね」
アナウンサーが慣れた様子で話題を切り替え、モニターに霞が関の石造りの庁舎が映し出された。
『魔法は、銃刀法のように国によって管理されており、魔法少女省の承認を受けていない魔法の行使は違法とされています』
『変身中の魔法少女には認識阻害の魔法がかかっており、顔を見ても、変身前の姿と結びつけることはできません』
場面が切り替わり街頭インタビューの紹介が始まる。
街頭インタビューの声は様々だった。感謝する人。疑う人。同情する人。世論は、決して一枚岩ではなかった。
*
――同じ頃。
この放送を、遮光カーテンを閉め切った部屋の中で、録画予約までして見ている視聴者が、一人いた。
レロレロレロレロレロレロレロレロレロ……
「やっぱりチェリーブロッサムちゃんにかけるシロップはメープルシロップのアンバーが一番だな」
魔法少女チェリーブロッサムのフィギュアを恍惚の表情で舐めた後、渾身のドヤ顔でうんうんと頷く。
誰よりも魔法少女を愛し、誰よりも遠くから、その活躍を見守っている男。
彼がこの世界の中心に立つことになるとは、この時、まだ誰も知らない。