30歳まで童貞を守ったら妖精が見えるようになった〜チートスキル「魔法少女」で美少女TS無双〜 作:へべれけ斉藤
魔法少女省の安全保障部部長・高城冴子と大熊次席により、「マスカレイド仮面」への対応方針が明確化される。
知性型怪人の出現と心象風景の展開は、マスコットにとっても完全に想定外の事態であり、魔法少女省内でも警戒が強まる。
契約魔法少女を持たず庁舎に出入りする黒猫の妖精「ケットシー」は冴子の前では飄々とした態度を演じるが、裏では知性型怪人の出現やマスカレイド仮面の能力の異質さに「何者かの意志・思惑」を察知し、独自に警戒を始める。
第22話 うにー!
深夜の子供部屋を、液晶テレビの青白い光だけが薄暗く照らしていた。
「アイリスちゃん、すごくかわいい!健二くんが夢中になるのもわかるなぁ!」
「だろ?分かってくれたか、このアイリスちゃんの素晴らしさを。放送当時はな、実質的な正ヒロインはアイリスちゃん。って一部のオタクの間で言われていたぐらいなんだぞ」
ベッドの端に腰掛けた俺の肩で、体長四十センチほどの小さな妖精リャナンシーが目をキラキラと輝かせながら画面を見つめている。
元々はリャナンシーのリクエストだった。この前、初出撃の時に俺が被っていた仮面の元ネタであるアニメが見たいとねだられたのだ。
三十歳無職、時間は腐るほどあるのだ。当然のように第一話から再生を開始し、二人で仲良く連続視聴を続けて、すでに夜もすっかり更けていた。
画面には、敵の秘密組織『月の導き』の刺客として立ちふさがる、仮面の少女「アイリス」が映し出されている。
「ほら見ろリャナンシー、このクールに立ち振る舞いつつも、どこか寂しげなアイリスちゃんの雰囲気を!敵組織のミステリアスなライバルキャラっていう属性だけでも最高なのに、この切ない立ち振る舞いがたまらんのだよ……」
「へぇー!アイリスちゃん、敵なのにすごく可愛くてミステリアスだね!でも、健二くんの仮面とお揃いでやっぱり素敵だなー!」
「だろ?この後、組織の幹部に裏切られて後ろから攻撃された拍子に仮面が割れるシーンがあるんだが、もう儚さと尊さが限界突破してて――」
「あ、語り出しちゃダメ!ネタバレ禁止ー!」
リャナンシーはぽんぽんと俺の膝の上で跳ね、液晶画面に釘付けになった。
妖精と二人並んでアニメを鑑賞する。一見するとシュール極まりない光景だったが、この数日間で二人の距離は確実に縮まっていた。
順調に進むオタク文化の布教活動。純真だったはずの妖精が着々と沼にハマっていく姿に、俺は密かにニヤリと口角を上げた。
……計画通り。
自分の推し作品を楽しんでもらえるというのは、オタクとして実に気分がいい。
物語が佳境に入り、二人の盛り上がりが最高潮に達しようとしていた、まさにその時だった。
「ん?健二くん、ちょっと待って」
リャナンシーがピクッと触角のように前髪を揺らし、アニメから視線を外して窓の方角を向いた。
「どうした?ここからがアイリスちゃんのツンデレ共闘ルートの真骨頂なんだが」
「怪人だよ。すぐ近くの公園に出たみたい」
「なに?怪人だと!?」
俺は思わず身を乗り出した。前回の蟹怪人との死闘、自由を奪われた恐怖の記憶が脳裏をよぎる。
「ま、またあの知性型みたいなヤバい奴か……?」
「ううん、気配からして普通の怪人っぽいよ。知性型みたいな変な感じはしないかな」
リャナンシーはテレビの画面を一時停止させると、俺の肩に飛び乗って能天気な笑顔を向けた。
「行ってみる?今の健二くん、ブラックロータスなら、並の怪人なんて余裕で撃破できちゃうと思うけど!」
「マジで?前回は勢いでなんとかなったけど、俺、一応勝てたしな?」
蟹怪人を打ち破り、SNSで『#マスカレイド仮面』としてバズった記憶が健二の承認欲求を刺激する。
前回の出撃前は死ぬほど反対していたリャナンシーが太鼓判を押しているのだ。調子に乗るなという方が無理というものだった。
「よし!日課の乙女力向上特訓の成果を見せてやるか!変身ッ!」
黒と白の光が弾け、漆黒の蓮の花びらが部屋に舞う。一瞬にしてゴスロリ美少女『ブラックロータス』へと姿を変えた。
棚から例の仮面を取り出し、顔に装着する。
「いくわよ、リャナンシー君!」
「待って!私が先に外を見て、人がいないか確認してくるから!」
リャナンシーはすばしっこく二階の窓の隙間からすっと外へ抜け出た。夜の冷気が室内に少しだけ流れ込んでくる。
数秒後、窓の外でパタパタと羽ばたきながら、小さな顔を覗かせた。
「誰もいないよ!大丈夫、出てきて!」
「助かるわ」
確認を受けたブラックロータスは、黒白のドレスをふわりと揺らし、二階の窓枠から夜の空気へと軽やかに飛び出した。
<人通りの途絶えた深夜で助かったな。人目につかないよう屋根づたいに行こう>
<うん、街灯の陰を狙っていこう!>
街灯がぽつぽつと灯る静まり返った住宅街、その静寂を破らぬよう、屋根から屋根へと軽やかに跳躍していく。
目指す近所の小さな公園へと近づいた時、暗がりの中にぼんやりと浮き上がる黒く丸い影が視界に入った。
遠目ゆえに輪郭ははっきりと見えないが、夜の闇の中にぽっかりと浮いた不気味な黒い球体のシルエットだ。
<なあ、リャナンシー君、あれ何?バックベアード様か何かか?>
『こ の ロ リ コ ン ど も め !』とか言うのかな?
<バックベアード様って何のこと?とにかくあの公園の中にいるみたいだよ!>
公園の遊具の陰からそっと広場を覗き込むと、深夜の静けさの中、砂場の真上にそいつは鎮座していた。
直径二メートルほどの巨大な球体から、無数の鋭いトゲが全方位に向かって生えている。
黒々としたそのフォルムは、どこからどう見ても巨大なウニ、あるいはイガグリであった。
<知性型以外の怪人も、今まで通り普通に出るんだな。……しかしこれ、うになのか?それとも栗?一部の界隈では、森で獲れる木の実のことを『うに』って呼ぶらしいけれど、その場合は爆発する仕様なんだよな。よし!あいつが爆発したら『うに』ってことにしよう>
<健二くん、それってゲームの設定でしょ?そんなことどっちでもいいから、早く倒しましょう!>
呆れ顔のリャナンシーから現実的なツッコミが入った、その直後だった。
シュシュシュッ!!
<きゃあ!?>
ウニ怪人の表面から、何本かの鋭いトゲが連続して放たれた。
ブラックロータスは咄嗟に身を翻し、近くにあったコンクリート製の水飲み場の陰へ飛び込む。
直前まで彼女が立っていたアスファルトにトゲが突き刺さり、パラパラと小さな粉塵を上げた。
<やばいな、あんなトゲだらけの奴にラ〇ダーキックをかましたら、串刺しになる未来しか見えないのだが。>
<当たり前でしょ!そんなことしたら穴だらけになっちゃうよ!>
水飲み場の陰で頭を押さえながら、ブラックロータスは仮面の下で冷や汗を流した。
あの突撃技は今の状況では自爆行為以外の何物でもなかった。
<どうすればいいんだよ!?ステッキで殴りに行っても刺さるぞ!>
<投げればいいんだよ!ほら、前回みたいにステッキ投げ!>
<馬鹿言うな!あんなの投げたら、後ろの住宅街に大被害が出ちゃうだろ!?>
<大丈夫だって!高いところから撃ち下ろせばいいの!前回だって屋根の上から投げたでしょ!?>
<高いところから、撃ち下ろす……か>
リャナンシーの助言に、ブラックロータスは膝を打った。
角度さえつければ、貫通したステッキは地面へと突き刺さり、民家を巻き込むリスクは激減する。
<よし、わかった!>
ブラックロータスは自身の頭上に光の線を走らせ、蓮の花を模した魔法陣が展開される。
魔法少女の身体能力で力強く飛び上がり、頭上の魔法陣へ飛び込む。
魔法陣を通り抜けた瞬間、猛烈な推進力が加わり、彼女はロケットのように夜空の高高度へと一気に打ち出された。
風を孕んで漆黒のマントとケープがバタバタとたなびき、眼下には深夜の住宅街の街灯や遠くの街明かりが息を呑むような美しい夜景となって広がっている。
空中で体がふわりと浮遊感を覚えた瞬間、彼女は下方に鎮座するウニ怪人へと視線を向けた。
今度は下方に再び光の線が走り、加速魔法陣が展開され、怪人への射線がまっすぐに固定された。
ステッキを右手に構え、槍投げの選手も顔負けの美しいフォームで、真っ逆さまに下へと突き出す。
「いっけえぇぇぇぇッ!!」
手放されたステッキは加速魔法陣を勢いよく潜り抜け、一瞬で超加速した漆黒の光線となって眼下へと一直線に落射した。
ズドンッ!!!!!
寸分の狂いもなく、ウニ怪人の真上からステッキが深々と突き刺さる。
そのまま落下の勢いを殺さず、ズザァッ!と音を立てて着地する。右膝と右こぶしを地面につける、いわゆる『スーパーヒーロー着地』である。
そしてたなびくマントをそのままに、静かに告げる。
「成敗」
直後、トゲトゲの巨体が内側から臨界点を迎えたように膨れ上がり。
ドーーーーン!!
と、盛大な爆発音とともに、ウニ怪人は綺麗な光の塵となって爆散・四散した。
公園の砂場に小さなクレーターを残し、その中心には一輪の黒蓮のようにステッキがポツンと突き立っている。
立ち上がったブラックロータスは、スカートのホコリを優雅にはらい、ゆっくりとステッキを引き抜いた。
「……ふう。爆発したわね」
しんと静まり返った深夜の公園で、彼女は仮面を直しつつ、満足そうに頷いた。
「やっぱり、あれは『うに』だったみたいね」