30歳まで童貞を守ったら妖精が見えるようになった〜チートスキル「魔法少女」で美少女TS無双〜 作:へべれけ斉藤
怪人に対抗できる唯一の手段として現れた「魔法少女」は、十数年の歳月を経て日本を代表する巨大なポップカルチャーへと変化している。
「チェリーブロッサム」などの若手や、二十代後半にして最強の「ブルーローズ」らが絶大な人気を集め、関連産業は年間数百億円規模に成長。
一方で、未成年が命懸けの戦いを強いられる構造や、彼女たちを勧誘するマスコットの不透明な真の目的、そして「人気商売」としての扱いに懸念を示す声も存在する。
魔法少女は国の「魔法少女省」によって法的に管理されており、変身中は認識阻害魔法によって正体が守られている。
そんな社会情勢の中、遮光カーテンを閉め切った部屋でフィギュアを舐めまわしながら番組を熱心に視聴する重度のオタク男性が存在する。
第3話 諸君!私は魔法少女が大好きだ
諸君 私は魔法少女が好きだ
諸君 私は魔法少女が好きだ
諸君 私は魔法少女が大好きだ。
決めポーズが好きだ
名乗り口上が好きだ
ステッキのデザインが好きだ
マスコットとの掛け合いが好きだ
必殺技の前のタメが好きだ。
画面の中で
街を
人を
守ろうとする少女たちの背中が私は世界で一番大好きだ。
……と、深夜のパソコンの前で腕を組んで一人で頷いている三十路寸前の男が、この俺、佐藤健二である。
*
11月14日、土曜日。午後十一時。
実家の二階の子供部屋。遮光カーテンはもう何ヶ月も開けていない。
壁には魔法少女たちのポスターとタペストリー。棚には缶バッジとアクリルスタンドとフィギュア。
パソコンの横には開封済みのポテチが一袋。その隣に、中身を飲み干した炭酸飲料のペットボトルが三本。
「……ふう」
椅子がぎしりと悲鳴を上げた。
無職、童貞、子供部屋おじさん。体重は100キョロキログラムキュウ。
念のため付け加えておくが、両親の脛をかじって生活しているので路頭に迷ってはいない。ありがたいことだ。ありがたいのだが、それを口にすると妹から絶対零度の視線が飛んでくるので、心の中に留めている。
モニターに映っているのは、先週の録画映像だった。
放課後の街に現れた、二足歩行で直立する巨大なハリネズミの怪人。その前に立ちはだかる、桜色の魔法少女。
『そこまでよ、怪人!街の平和は、私が守るんだから!』
「うおおお、今日も凛々しい……」
チェリーブロッサム。このまっすぐな眼差しが、俺は本当に好きだ。
攻撃が弾かれて、転んで、それでも立ち上がる。その必死な背中を見るたび胸の奥がじんわり熱くなる。
激闘の末、怪人のどてっぱらに必殺技「チェリーブロッサム・ストライク」をぶち込み勝鬨を上げるチェリーブロッサム。
いや、ハリネズミが直立したらダメだろう……。
カメラに向かってぺこりと頭を下げて颯爽と飛び去る桜色の髪の少女。
俺の推し活には、鉄の掟がある。
その一。推しには、絶対に近づかない。
その二。推しの素性を、絶対に詮索しない。
その三。推しの活躍は、最前線で見る。ただし遠くから。
矛盾していると思うだろう?だが、これが「推しを愛する」ことの正しい姿だと俺は信じている。認識阻害の魔法まで使って守られている彼女たちの壁の向こう側を覗こうとするのは、オタクとして、いや人として失格だ。
……などと言うと、ちょっとカッコいいことを言った気分になるが、実際は推しの半径三メートル以内に入ったら緊張で気絶する自信があるだけである。
*
モニターの映像が切り替わった。今度は、先月のブルーローズの戦闘映像だ。
青い薔薇の意匠のドレス。ヒラヒラのミニスカートを翻して必殺技を放つ、現役最強の魔法少女。
『ブルーローズ・ミラクルスパイラル!』
決めポーズ。可愛らしく指でハートを作って、ウインク。
その後の一瞬。ほんのわずかに、彼女の表情が揺れる。恥ずかしそうに、少しだけ視線を逸らす。
その一瞬の可愛い仕草に頭がフットーしそうになる。
「くぅ……やっぱり、これなんだよな」
俺は、ぽつりと呟いた。
ネットのコメント欄には、案の定、辛辣な書き込みが並んでいる。『二十代後半でこれはキツい』『痛々しくて見てられない』『そろそろ引退した方がいいのでは』。
魔法少女は思春期の少女の『カガヤキ』を失うと力を失うと言われている、いまだに思春期の『カガヤキ』を保っている事に驚愕の視線集めている、異例中の異例の魔法少女。
俺は、拳を握りしめた。
「……何もわかってないな。あの人は、恥ずかしいのだ。本当は恥ずかしいのに、それでも全力でやり切っている。みんなが憧れる『ブルーローズ』で在り続けるために」
その恥じらいごと、あの人の魅力なのに。
それに、なぁ、ロリBBAならずBBAロリなんてご褒美じゃないか。
「俺は、あのポーズが一番好きだよ。ブルーローズ様」
誰に聞かせるわけでもない言葉が、深夜の部屋に溶けていく。
*
スマホが震えた。LINEの画面には「ゆい」、妹の名前。
『明日、誕生日でしょ。三十歳』
『いい加減、ちゃんとしなよ。お母さんが心配してるから』
今のままじゃいけないと思っています、だからこそ、俺は今のままじゃいけないと思っていると……。
『あと、ゴミの日は火曜と金曜だからね。ちゃんと出してる?』
「……なんでゴミ出しの心配までされてるんだ、俺」
母親がゴミを出しやすいように自分の部屋のゴミを纏めておけ、という意味だったのだが親不孝者で空気の読めない俺はそのことに微塵も気が付かない。
俺は苦笑いして返信を打った。
『ありがとう。ゴミは出してる。たぶん』
『たぶんってなによ』
俺が出してるわけじゃないからなぁ。
すぐに既読がついて、返事が来る。
『……まあ、おめでとう。一応』
「ツンデレか」
思わず突っ込んでから、時計を見る。午後十一時五十八分。あと二分で、日付が変わる。俺は、三十歳になる。
ネットでは、よくこう言われている。三十歳まで童貞を貫くと、魔法使いになれる。
もちろん、そんなことがあるはずがない。俺だって、そこまで夢を見てはいない。
……見てはいない、が。妖精の一匹くらい、出てきてくれてもいいんじゃないか、とは、ちょっとだけ思ったことがある。
誰にも祝われない、三十歳の誕生日。
悪くない。俺には、推しがいる。それだけで、十分だ。
――午前零時。
ふと視線を落とした俺のベッドの上。……そこに、『何か』がいた。
「……は?」
二度見した。三度見した。ほっぺをつねってみるが痛い。
ベッド上で、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てているのは、体長四十センチほどの――小さな女の子だった。
背中には薄桃色の蝶の羽が生え、植物の葉や花びらを模したような、どこか神秘的で……そして妙に露出度の高い服を纏っている。
いや、いや、いや、いや。マジか!?童貞拗らせてついに頭までおかしくなったのか!?お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんか?
見間違いかと願い瞼をこする。
あまりの異常事態に脳がフリーズしかけた、その時だった。
よく見たらそのスカート、めちゃくちゃ丈が短い。しかも葉っぱのデザインのスカートの隙間から何か柔らかそうな白い何かがチラチラと見え隠れしている。
桃かな?いやシリでしょ。
そっとベットに近づき、息を殺し、そーっと、ミリ単位の慎重さで布地の端をつまみ上げ……。
パチッ。
「……っ!?」
めくろうとしたまさにその瞬間。
女の子の長いまつ毛が跳ね上がり、パッチリとした大きな瞳が、至近距離で真下から俺を真っ直ぐに見つめ返してきた。
完全に目が合った。逃げ場ゼロ。
つまんだ指を空中静止させたまま、滝のような冷や汗を流す俺。
三十歳のデブニートと、四十センチの美少女妖精。自室のベッドの上で訪れた、息が詰まるほどの沈黙。
あまりの緊張と気まずさに耐えかねて、俺の口から漏れ出たのは、情けないほど引きつった敬語だった。
「あ、……おはようございます」
すると、女の子はフワッと瞳を細め、まるで満開の花が咲くような、完璧で可憐な笑顔を浮かべてみせた。
「やっと、見つけてくれたね!」
キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!
三十年間、何一つ起きなかった俺の人生に、ようやく「物語」が転がり込んできた瞬間だった。