30歳まで童貞を守ったら妖精が見えるようになった〜チートスキル「魔法少女」で美少女TS無双〜 作:へべれけ斉藤
リャナンシーの鑑定で『キラメキ』によって開花したスキル名は『魔法少女』と判明する。
理想の美少女になれると知り歓喜するも、怪人との戦闘への恐怖や「推しには近づかない」というオタクの鉄の掟から出撃を躊躇する。
相棒として仲良くなりたいリャナンシーの口車に乗って「まずは部屋の中で変身して遊ぶだけ」という事になる。
第6話 泥中に咲く花
「じゃあ健二くん、いくよー!私の手に手を重ねて、心の中で『変身』って強く唱えてみて!」
浮遊するリャナンシーが、小さな両手を差し出して促してくる。
「お、おい、本当に大丈夫か?繰り返すが、俺は体重三桁超えのデブだぞ?もしまかり間違って、フリフリの衣装が弾けて、紐で縛ったチャーシューみたいになったら俺のメンタルは永遠に崩壊するんだが!?」
「大丈夫だってばー!健二くんの『キラメキ』は完璧なんだから!ほらほら、早く早くっ!」
ジタバタと滞空するリャナンシーに押し切られ、俺は半信半疑のまま、彼女の差し出す体長四分の一スケールの小さな手に、俺の太い人差し指をそっと重ねた。
(……まぁ、実は美少女に変身出来なくて、『変身と叫ぶイタいキモオタニート』の爆誕となったら一人恥をかくだけだろうけど)
半ば自暴自棄になりながらまぶたを閉じ、深呼吸を一回。俺は心の中で、その言葉を強く念じた。
(――変身……ッ!!)
次の瞬間。
ドクンッ!
「うおっまぶしっ――え?なんだこれ、体が……軽い……!?」
まぶたの裏を突き抜けるような、圧倒的な光の奔流。
部屋全体が大きく脈打ったかと思うと、白と黒の二色の光が渦を巻くようにあふれ出した。
同時に、三十年間ずっと俺の足と腰にのしかかっていた百キロオーバーの重苦しい肉体感覚が、まるで最初から存在しなかったかのように綺麗さっぱり消え去っていく。全身の細胞が一度分解され、羽毛のように軽やかな何かに再構築されていく感覚だ。
ふわりと、足が床から浮き上がる。
その足元には、まるで黒い水面のような闇が広がっていた。
沼のように深く、静かな闇。その水面から、一輪、また一輪と、漆黒の蓮の花が咲き開いていく。
花びらが弾けるたびに溢れ出す粒子となった光が、俺の体を包み込んでいった。
短くボサボサだった黒髪が、するすると腰の下まで伸びていく。
艶やかな黒髪ロング、綺麗に切り揃えられたぱっつん前髪。その一房だけに、鮮烈な白いメッシュが流れた。
白と黒を基調とした、繊細かつ重厚なゴスロリ調のドレスが肌を滑るように寄り添う。
腰からは、黒蓮の花びらを幾重にも重ねたような、重厚で可憐なスカートがふんわりと広がった。
襟の高いケープに、背中で翻るマント。頭にはリボンのついた小さな山高帽がちょこんと載る。
そして最後に、俺の手の中にずしりとした心地よい重みが宿った。
蓮の花びらの意匠が細やかに刻まれた、豪華なステッキだ。
光が、ゆっくりと静まり返っていく。足元に広がっていた闇の水面が、光の粒となって空気中に消えていった。
「お?……うぉぉぉぉ!?」
着地と同時に、俺の意思とはまったく無関係に、体が勝手に動き出した。
右手を高く掲げ、ステッキをくるりと優雅に一回転。片足を可愛らしく跳ね上げて、完璧な角度で決めポーズを作る。
「ブラックロータス参上!」
どこからともなく、脳内に直接響くような「キュピーン」という効果音が鳴り響く。えっ?何この音?どこから鳴ったの?なにこれこわい。
しんと静まり返る子供部屋。
あまりにも完璧な、プロのアイドル魔法少女のような決めポーズ。そして、自分の喉から出たとは到底信じられない、鈴を転がすように澄んだ可憐な美声。
「…………え?」
俺は、決めポーズの姿勢のまま、完全にフリーズした。
「すごーい!健二くん、大成功だよっ!すっごく可愛い!」
空中を舞うリャナンシーが、小さな手をパチパチと叩いて大はしゃぎしている。
「な……な……なんじゃこりゃああああ!?!?」
俺は悲鳴を上げながら、部屋の隅に追いやられていた姿見の鏡へ飛びついた。
鏡の中に映っていたのは――白と黒のゴスロリ衣装に身を包んだ、黒髪ぱっつんの美少女だった。
儚げで、ミステリアスで、どこか影を帯びた瞳。まさにアニメやゲームから飛び出してきたような「正体不明の美少女魔法少女」がそこに立っていた。
どこをどう探しても、キモオタデブニートの面影など一微塵も存在しない。
恐る恐る、二の腕を触ってみる。細い。信じられないくらい華奢で、吸い付くように柔らかい。
「う、うそだろ……俺、本当に……」
「ふふん、言ったでしょ?認識阻害もバッチリかかってるから、誰が見ても健二くんとは絶対に結びつけられないよ!」
「声まで……完全に女の子だ……!」
試しに「あー」と声を出してみると、鈴の鳴るような可憐なボイスが部屋に響いた。
俺は、鏡の前で固まったまま、しばらく動くことができなかった。
「ねえ、リャナンシー」
「なあに?」
「この……ブラックロータスって名前は、なんなんだ。さっき、勝手に口から出てきたんだけど」
「あ、それはね」
リャナンシーが、俺の肩にふわりと降り立った。ケープの肩口に、小さな心地よい重みが預けられる。
「変身した瞬間に、その人の『キラメキ』と魂が、自分で名前を決めるの。『ブラックロータス』は、健二くんの魂が選んだ名前だよ」
「ブラックロータス……黒い、蓮の花か」
「うん。黒蓮」
鏡の中の少女が、俺と同じようにぽかんとした表情で言葉を反芻している。
「なあ。蓮って、あの池とかに咲いてる花だよな。ピンクとか白の」
「そう。でもね、黒い蓮は、現実には存在しない花なの。健二くんの魂の中にだけ、咲いてる色なんだよ」
「俺の、魂の中にだけ……」
「うん」
リャナンシーは、少しだけ声を落として、静かに言葉を続けた。
「ねえ、健二くん。蓮って、どんな場所に咲く花か、知ってる?」
「蓮はね、綺麗な水の中では綺麗な花を咲かせられないの」
小さな瞳が、まっすぐに鏡の中の俺を見つめてくる。
「泥が深くて、暗くて、冷たくて、誰も近づきたがらないような場所。そういう場所にしか、根を張れない。でもね、そうやって汚れた泥の底から、たった一本の茎をまっすぐに空へ伸ばして……」
「……」
「水の上に出たとき、初めてあんなに美しい花を咲かせるの。泥が深ければ深いほど、まっすぐに、綺麗な花を」
俺は、何も言えなくなっていた。胸の奥が、熱いものでじんと満たされていく。
俺の三十年間は、泥だった。
何もなくて、誰にも必要とされなくて、薄暗い部屋の中でただ時間だけが過ぎていった。その泥の底に、俺は自分の不甲斐なさで沈んでいたつもりだった。
「健二くんが、三十年間、泥の中で腐らなかったから」
リャナンシーが、そっと優しく微笑む。
「今、こうやって、咲けたんだと思うよ」
「……お前、たまに泣かせるようなこと言うなよ」
「えへへ。だから言ったでしょ?妖精はロマンチストなんだって!」
照れくさそうに笑う彼女を見て、俺は鼻の奥がつんとするのを誤魔化すように息を吐いた。
泥の中で腐らなかった、か。そんな風に自分の人生を肯定してもらったのは、生まれて初めてだったかもしれない。
鏡の中の黒髪美少女が、ほんの少しだけ瞳を潤ませて、愛おしそうに微笑んでいた。
……と、ここまでは、非常にイイ話だったのである。
しんみりとした空気の中、俺は改めて、鏡に映る自分の全身像をじっくりと凝視した。
白と黒のゴスロリドレス。艶やかな黒髪ロングと、白いメッシュ。儚げで、憂いを帯びた、吸い込まれそうな大きな瞳。繊細なフリルに包まれた、華奢で完璧なシルエット。
可憐な美声を漏らすように、俺は小さく呟いた。
「……可愛い」
言った。自分の口から、自分の姿に向けて、素で言ってしまった。
「け、健二くん?」
「可愛い。え、めちゃくちゃ可愛い。なんだこれ、信じられないくらい可愛い……!待て、この顔、この髪型、この儚げな雰囲気……ッ!」
俺は鏡に顔を極限まで近づけた。鏡の中の美少女も、同じように頬を上気させて顔を近づけてくる。超至近距離の美少女。ドアップ。
「……俺のストライクゾーン、ど真ん中すぎなんだが!?!?!?」
「あ」
肩の上のリャナンシーが、小さく声を漏らした。
「あ、気づいちゃった」
「気づいちゃった、じゃない!!なんでだ!?なんで俺の魂から形作られた姿が、俺自身の性癖にミリ単位でピンポイント爆撃してくるんだよ!!」
「だ、だって!魂の一番奥にある『理想の姿』が形になるんだから、健二くんの好みが100%反映されるのは当然じゃない!」
「そこはもうちょっとこう、かっこいい剣士とか、男らしい何かをだな!!」
「スキル名が『魔法少女』なのに、男らしいかっこいい剣士になれるわけないでしょー!往復ビンタするよ!?」
「俺が俺の姿に萌えてどうすんだ!バカヤローー!!」
子供部屋で頭を抱えて叫ぶ俺と、必死に宥めようと飛び回るリャナンシー。
そんな二人のドタバタを、鏡の中の黒髪ゴスロリ美少女は、赤くなった頬をそのままに、じっと潤んだ瞳で見つめ返していた。
この日。
魔法少女省がどうとか、怪人がどうとか、国家の事情がどうとか。
そんな世界の大問題は、この時、はるか彼方に飛んでいったのである。