30歳まで童貞を守ったら妖精が見えるようになった〜チートスキル「魔法少女」で美少女TS無双〜 作:へべれけ斉藤
自分の性癖ど真ん中の理想の体を手に入れた健二は、過酷な自己啓発へと没頭する。
第8話 咲き誇れ!桜花爛漫
「チェリーブロッサム・ストライクッ!!」
「サンフラワー・サンシャイン・バスターッ!!」
放たれた二つの鮮烈な必殺光線が空間で交差し、直立した巨大な狼型の怪人の巨体を真っ向から貫く。
ドゴォォォンッ!と鼓膜を揺らす轟音とともに爆発が巻き起こり、黒煙と散り千切れる光の粒子とともに怪人の残骸が跡形もなく消滅していった。
「やったね、うららちゃん!」
「うん、あおいちゃん!今日の連携、バッチリだったね!」
ステッキを収め、弾けるような笑顔でハイタッチを交わす二人。
桜色の可憐なドレス衣装を纏ったチェリーブロッサムこと佐倉うららと、眩しい向日葵色の衣装が映えるサンフラワーこと日向あおい。二人は同じ中学校に通うクラスメイトであり、この街の平和を守る若手魔法少女コンビでもあった。
「ぷいぷい〜!うららちゃん、見事な勝利プイ!さすが僕の選んだ最高の魔法少女プイ!」
戦闘の余韻が残る路地裏の頭上を、ふわふわと愛らしく飛び回るのは、ピンク色のウサギのヌイグルミの様な姿の、うららの担当マスコット、ぷいぷいだ。
「へへっ、今日もバッチリ街の平和を守っちゃったね!」
汗を拭いながら無邪気に笑うあおい。しかし、隣に立つうららはステッキを両手で強く握りしめたまま、どこか遠い目をして足元に落とされた影を見つめていた。その指先が、かすかに震えている。
「うららちゃん?どうしたの?」
「……あ、ううん。なんでもないよ、あおいちゃん。ちょっと連戦で、疲れちゃったのかな」
あおいに覗き込まれ、うららはハッとして慌ててつくり笑いを浮かべた。
だが、その胸の奥底に渦巻く不気味で黒いモヤモヤは、日を追うごとに着実にかさ増ししていた。
日に日に激しさを増していく怪人との命がけの戦闘。
街の人々やメディアからの「もっと活躍して」「ブルーローズ様みたいに一人で怪人を倒してよ」という、悪意のない無遠慮な期待の重圧。
そして何より自分自身の実力不足に対する、底知れない不安と身の縮むような恐怖。
「ねえ、あおいちゃん」
「なに?」
「あおいちゃんは……怖くならない?」
「え?」
唐突な問いかけに、あおいが首を傾げる。うららは絞り出すような低く震える声で続けた。
「私。時々、すごく怖くなるの。もし、私が負けたら。もし、私が怪人にやられちゃったら……街の人たちはどうなるんだろう。私はどうなっちゃうんだろうって」
一言一言確かめるように発せられたその言葉には、中学生の少女が背負うにはあまりに重すぎる切実さが滲んでいた。
サンフラワーは一瞬だけ驚いたように丸く目を見張り、それから包み込むような優しい微笑みを浮かべると、うららの固く結ばれた手をそっと握りしめた。
「怖いよ。私だって、本当はすっごく怖い」
「あおいちゃん……」
「でもね、私にはうららちゃんがいるし、くまごろうやぷいぷいも一緒にいてくれる。それに、魔法少女省の人たちだって、私たちが安心して戦えるように生活の隅々まで支えてくれてるでしょ?だから私、頑張れるんだ」
「そう……だよね……」
握り返された手の温もりを感じながら、うららは弱々しくうつむいた。
そう、生活。自分には、なにが何でも守らなければならない日々の暮らしがある。
そして、両親を失った自分に今の満ち足りた暮らしを与えてくれたのは、他ならぬ「魔法少女」というこの過酷な立場だったのだ。
うららは、ふと数年前のあの絶望に満ちた日のことを思い出していた。
*
激しい雨が窓を叩きつける日だった。
安っぽい線香の煙と匂いがどんよりと立ち込める古い和室。黒い喪服を着た親戚の大人たちが、まだ幼いうららに聞こえないと高を括っているのか、酷くぶしつけで冷淡な声をひそめ合っていた。
『……で、うららちゃんはどうするの?誰が引き取るのよ、一体』
『ウチは無理だよ。子供三人いてこれ以上食い扶持を増やす余裕なんてないし』
『急に両親を怪人災害で失ったからって、そんな厄介事押し付けられても困るよ……』
両親の葬式。
事故でも病気でもなく、ある日突然現れた怪人の太い爪によって一瞬で破壊された自宅の瓦礫の下で、温かかった二人の姿は二度と帰らぬものとなった。
命からがら一人だけ生き残ってしまった十一歳のうららは、親族たちの冷ややかな視線と、引き取り先のなすりつけ合いを、ただ膝を抱えて絶望の中で聞いていた。
未来なんて、どこにもなかった。
このまま愛着もないどこかの施設に送られ、見知らぬ親族から疎まれ厄介者扱いされて生きていくのだ。こんな不条理な世界なんて、いっそのこと全部壊れてしまえばいいのに。
葬儀が終わり、大人たちが去って誰もいなくなった静かな控室。
膝に顔をうずめて一人声を押し殺し泣きじゃくるうららの前に、突然そいつは姿を現した。
『はじめまして、うららちゃん。そんなに悲しい顔をしないでプイ』
空間の歪みから突如として現れた、ピンク色のウサギのようなヌイグルミの姿のマスコット。ぷいぷいだった。
『僕の名前はぷいぷい。君には素晴らしい『カガヤキ』の素質があるプイ。僕と契約して、魔法少女になってほしいプイ!』
ふわふわと宙に浮き、愛らしい無邪気な声で「正義の力を授ける」と言って微笑む未知のマスコット。
だが、そのどこかズレた言葉を耳にした瞬間、うららの中で張り詰めていた心がプツリと切れた。
『なんでッ!!』
うららはその場に膝から崩れ落ち、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに汚しながら、目の前のぬいぐるみに向かって激高のまま叫んだ。
『なんで!!どうして今更なのよっ!?どうして、お父さんとお母さんが殺される前に来てくれなかったのよぉぁぁぁッ!!!』
『……うららちゃん』
『怪人が出たときに、魔法少女が助けてくれなかったから!!お父さんもお母さんも死んじゃったんじゃない!!なのになんで、全部壊れて終わったあとに来るのよ!!ふざけないでよ!!』
床を拳で何度も叩きつけ、声が枯れるほど慟哭する少女。
ぷいぷいは逃げることも怒ることもなく、ただ静かにその慟哭を受け止めていた。
『ごめんね。怪人が現れた後の現場を探っていて君を見つけたプイ。その時にはもうどうしようもなくて。でもね、君が魔法少女になれば、もう二度と、君のような悲しい思いをする子を出さずに済むプイ』
ぷいぷいはふわふわの手を伸ばし、そっとうららの湿った頬の涙を拭った。
『それに、魔法少女省が、君のこれからの生活を完璧に保障してくれるプイ。誰にも引き取られなくていい。誰の顔色も伺わなくていい。君が、君自身の力で生きていける場所を、僕が与えてあげられるプイ』
それは、悲しみに暮れる幼い心につけ込む、甘い毒のような誘惑だったのかもしれない。
だが、当時の絶望の淵にいたうららにとって、その言葉は暗闇の中に唯一差し込んだ救いの蜘蛛の糸だった。
『本当?本当に……もう誰も私を邪魔にしない?』
『約束するプイ。……僕の、可愛い可愛い魔法少女』
ぷいぷいが静かに両手を広げると、どんよりと停滞していた控室の空気が一瞬で一変した。
部屋の隅々に落ちていた暗い影が身震いするように揺らめき、ぷいぷいの全身から幾重もの重厚で淡い桜色の光環が溢れ出していく。ぬいぐるみのような愛らしい瞳の奥底に、人間には到底伺い知れぬ、悠久の時を秘めた神聖で底知れぬ異界の光が宿っていた。
ぷいぷいの小さな手先が、吸い寄せられるようにうららの涙で濡れた胸元――その華奢な皮膚を緩やかに透過し、魂の深核へとそっと触れる。
『……ッ、ぁ……っ!?』
それは、十一年の人生で一度も経験したことのない、甘美で、どこか恐ろしいほどの強烈な戦慄だった。
胸の奥底で眠っていた純粋無垢な『カガヤキ』が、その指先を通して優しく、けれど絶対に逃れられない力強さで手繰り寄せられていく。甘やかな痺れが頭の先からつま先まで全身の神経を駆け巡り、うららは溢れる涙に瞳を濡らしたまま、弓なりに背を反らせた。
『畏れなくていいプイ。身体の力を抜いて、僕の光をそのまま受け入れるプイ……』
耳元で囁かれる言葉は、可憐な語尾とは裏腹に、少女の精神の深層へ直接響き渡る讃美歌のように重厚な響きを帯びていた。
手繰り出された眩い桜色の輝きと引き換えに、常識を遥かに超絶した膨大な魔法の奔流が、開かれた魂の隙間から容赦なく身体の隅々へと注ぎ込まれていく。骨の髄まで侵食していく圧倒的な熱量と、世界の理を書き換える法則の旋律。
うららの胸元に、一輪の桜の蕾を象った美しい光の紋章が浮かび上がり、やわらかな肌の奥へと吸い込まれるように沈んで消えた。
『これでもう、君を害するものは何一つ存在しないプイ。君は街を守る誇り高き奇跡の乙女プイ』
『あ……ぁ……っ……』
熱い吐息とともに溢れ出た涙が頬を伝い、少女の魂の最深部に深々と「契約」の刻印が刻み込まれる。
こうして、佐倉うららはぷいぷいと「契約」を交わした。
幼く華奢な体躯を満たす、常人を超絶した圧倒的な魔法の「力」。そして思春期の少女特有の眩い『カガヤキ』を搾取される代償として、彼女は孤児としての絶望の泥沼から救い上げられ、街を守る魔法少女チェリーブロッサムとなったのだ。
*
「うららちゃん?」
不安そうに顔を覗き込んでくるあおいの声で、うららはハッと意識を現実へと引き戻された。
「ごめんね、ちょっとボーッとしちゃって。……うん、そうだよね!私、もっと頑張るよ。街のみんなを守るために!」
うららは手に握ったステッキを力強く握り直し、あおいに向けて満面の笑みを咲かせた。
自分と同じような惨劇の被害にあう人を、これ以上一人も出さないために。自分を救ってくれたこの役割を全うするために。
だからこそ、みんなの期待に応えなければならない。自分は、完璧な魔法少女で在り続けなければならないのだ。
だが、その健気で強張った笑顔の裏側で、少女の心は激しい摩耗にさらされ、静かに悲鳴を上げ続けていた。
*
同じ頃。佐藤家の子供部屋。
「はぁぁぁぁ~……今日も俺の自撮り写真が神がかっている件について」
遮光カーテンをピッチリと締め切った薄暗い部屋の中で、健二はすでに男の姿へと戻り、スマホの液晶画面に映し出された自分自身の美少女姿を眺めてデヘデヘと鼻の下を極限まで伸ばしていた。
その頭上では、リャナンシーがベッドの枕の上に腹ばいになり、足をパタパタさせながらゴロゴロと転がっている。
「ねえ健二くん、それ昨日からずーっと見てない?」
「愚問だなリャナンシー君!至高の芸術作品というものは何千回何万回鑑賞しようとも価値が褪せないのだよ!見ろこの上目遣い!儚げな瞳のグラデーション!尊すぎて語彙力が宇宙の彼方へ消滅するわ!」
「自分の写真でそこまでテンション上がれるの、本当にすごい才能だと思う……」
どこか呆れたような、それでいて感心したような視線を送るリャナンシー。健二は胸を張り、ドヤ顔で語り出した。
「フッフッフ、これが『自給自足の極致』というやつさ!他の魔法少女に余計な迷惑をかけることもなく、俺の性癖も極限まで満たされる!これぞ人類平和への完全無欠な回答と言えよう!」
腹を叩いて高らかに笑う健二。
過去と葛藤を心に抱え、擦り切れる思いで命がけの戦いに身を投じる思春期の少女たちの裏側で三十歳無職の男は今日も今日とて、平和すぎる自画自賛と自家発電の沼にどっぷりと浸かり切っていたのだった。