30歳まで童貞を守ったら妖精が見えるようになった〜チートスキル「魔法少女」で美少女TS無双〜 作:へべれけ斉藤
ぷいぷい「僕と契約して魔法少女になってよ」
第9話 萌えとは『有る』のではない『成る』のだ
「いた、あたた……っ」
一昨日の、過酷な自己啓発活動がたたって、遅れてやってきた激しい筋肉痛に俺は悲鳴を上げた。
辛そうに手で腰をポンポンと叩きながら、生まれたての小鹿のようなへっぴり腰で立ち上がる。
ふと、その情けない己の姿が、部屋の隅に置かれた姿見の視界に入った。
ボサボサの髪に無精髭、ヨレヨレのTシャツからででーんと主張する見事な太鼓腹。運動不足無職デブニートの惨めな現実がそこにあった。
「いかん、現実の落差で心が折れる前に浄化だッ!」
俺はすぐさま「変身!」と念じた。
一瞬で溢れ出す圧倒的な光と黒蓮の花びら。重苦しい肉体と腰の激痛が綺麗な光の粒子となって消え去り、鏡の中には絹のような黒髪ロングと繊細な白黒ゴスロリ衣装に身を包んだ、息をのむほど可憐な美少女が現れる。
――だが、その鏡の前で軽く二、三歩歩いてみた直後のことだった。
「あかん。これではダメだ、絶対にダメだッ!」
変身から二日目の夜。
遮光カーテンを締め切った薄暗い子供部屋で、ブラックロータスこと佐藤健二は、頭を抱えて深く悲痛なため息をついた。
鏡の中に映っている外見そのものは、文句のつけどころがない100点満点……いや、300点満点の出来栄えだった。
吸い込まれそうな瞳が醸し出す儚げな陰影、そして華奢な身体を包み込む漆黒のドレスの神がかったシルエット!どこからどう切り取っても、二次元の壁を軽々と突き破って降臨した「美の最高傑作」と呼ぶほかない奇跡の存在だ。
だが問題は、その「動作」にあった。
「歩き方が完全にドスドス言ってるし、あぐらをかこうとした瞬間のパンチラ防止動作がガサツすぎる!これでは『見た目は可憐な美少女、中身はおっさん』という、最もあってはならない悪質な事故物件になってしまうじゃないか!」
健二は可憐な美声でギリリと歯噛みした。
変身したての興奮が冷めて冷酷な客観視を取り戻した瞬間、己の所作に潜む「男っぽさ」が耐えがたい羞恥となって襲いかかってきたのだ。
ケープの肩口にちょこんと乗り、羽を休めていたリャナンシーが不思議そうに首を傾げる。
「えー?健二くん、そんなに気になる?元が男の子なんだから、立ち振る舞いが多少ガサツでも仕方ないと思うけどなー」
「甘いぞ!リャナンシー君!」
健二は右手のステッキをビシッと突きだし、熱弁を振るった。
「萌えとはな!最初からそこに転がっているものではない!己の血と汗とたゆまぬ努力によって構築するものなのだよ!!『可愛いは作れる』そう言うものなのだよ!どれほど外見が神造の如き美しさであろうと、仕草や所作に乙女の奥ゆかしさが欠けていては、ブラックロータスちゃんに対する冒涜以外の何物でもない!」
「え、えぇ……相変わらず自分の姿に対する拘りが凄まじいね」
「よし!今夜は『完璧な可憐&ミステリアス美少女演技』の徹底特訓だ!理想のブラックロータスちゃんを完成させるぞ!」
こうして、深夜の子供部屋で過酷な「乙女力向上合宿」の火蓋が落とされたのだった。
*
「まずは基本中の基本、歩き方と姿勢からだ!」
健二は鏡の前で背筋をピンと伸ばした。
普段のドスドスとした踵着地の足取りを捨て、爪先から静かに床を踏みしめる。爪先立ちに近い感覚で、腰のラインを左右に揺らさないよう優雅に歩く練習だ。
一歩踏み出すごとに、黒蓮の花びらを模した重厚なスカートがふんわりと可憐な弧を描く。
「しゃなり……しやなり……よし、どうだリャナンシー君!」
「うん!なんかすごくお淑やかなお嬢様に見えるよ!でも健二くん、呼吸止めたまま歩かなくてもいいんじゃない?」
「ハァッ、ハァッ……可憐さを保つには……想像以上のインナーマッスルが……要るのだ!」
一歩歩くごとに体幹が悲鳴を上げる。美少女の可憐な立ち振る舞いとは、たゆまぬ体幹トレーニングの上に成り立つ高等技術だったのだ。
続いて、言葉遣いとリアクションの練習に移る。
予期せぬ事態が起きたときに咄嗟にオタク男性特有のリアクションが素で出ないよう、脳内でシミュレーションを重ねる。
「『あら、そんなに私に興味があるのかしら?』……うーん、ちょっと高飛車すぎるか。『私に近づくと、漆黒の闇に呑まれてしまいますわよ?』……うむ、ミステリアスだが少々中二病が強いな……」
「あはははは!健二くん、それすっごく怪しくて面白いー!」
ベッドの上で抱腹絶倒するリャナンシーを無視しつつ、健二はその後も妥協のない特訓を続けた。
首をかしげる黄金角度、上目遣い時の瞳の開き具合、照れたときに前髪を一房だけ指先で弄る仕草。
夜がしらじらと明け始める頃には、立ち姿から指先の表情に至るまで、完璧な「ミステリアス可憐美少女・ブラックロータス」が完成していた。
*
「ふぅ……満足した。ひとまず『解除』だ」
心の中で唱え、光が弾けて変身が解ける。
次の瞬間、全身を襲ったのは、ズシリとした泥のような重圧感、そして一昨日からの筋肉痛の残滓が、生温かい鈍痛となって腰にジワジワと這い上がってくる感覚だった。
「うっ……あいたたた……!や、やっぱり……変身解くと元に戻るのな……こいつぁ……」
健二は思わず腰を押さえ、膝を震わせた。
変身中はあんなに軽やかだった身体が、今では呪いの重りを背負ったかのように重苦しい。百キロオーバーの体重が、痛みの残る腰に容赦なくのしかかる。
「健二くん大丈夫ー!?すごい変な腰の曲がり方してるよ!?」
「ハァ……ハァ……運動不足の体に……一昨日の夜のハッスルは……酷すぎたか……あだだっ……。筋肉痛が遅れでやってくるとは……今日の分のツケも、また2日後に回ってくるのか!?」
おばあちゃんのような悲惨なへっぴり腰のまま、壁に手をついて必死に身体を支える健二。
汗をぬぐいながら、なんとか姿見の鏡の前に立った。
「ん?」
腰の激痛に耐えながら自分の顔と腹を見ようとして、健二はふと違和感を覚えた。
いつもならTシャツの裾からででーんと主張していた見事な太鼓腹が、心なしかほんの少しだけスッキリとしているような気がしたのだ。
「おい、リャナンシー気のせいか?なんだか腹の肉が少し引き締まっているような?」
「あ、ほんとだ!健二くん、昨日よりちょっとお腹が凹んでる!」
飛んできたリャナンシーが、腰をかばって前屈みになっている健二のお腹をポンポンと叩く。確かに、脂肪の厚みがわずかに薄くなっている。
「なるほど!魔法少女の変身と激しい腰への負荷、それに毎夜の過酷な自己啓発活動……カロリー消費のトリプルパンチというわけか!」
リャナンシーがどこか意味深な笑みを浮かべてクスクスと笑うが、健二は自分の論理的な推理に絶対の自信を持っていた。
「フッフッフ……これは思わぬ副産物だ。鍛錬を続ければ、気がつけばこの重い鎧ともおさらばできるかもしれん!よし、モチベーションは十分だ!」
腰を押さえて「あだだっ」と悶絶しながらも、健二は再び「変身!」と叫び、激痛から解放される美少女ブラックロータスの姿で、仕上げと言わんばかりにベッドの中での自己啓発活動へと没頭していくのであった。