悪役令嬢を殴ったらメス豚に覚醒させてしまった件 作:キバラッシー
「シュノさん……鞄とその中に入っていたものを燃やしてしまい申し訳ありません! もしよければ全て弁償させていただけませんか?」
シュノ――黒髪少女のことだろう。
彼女も状況を飲み込めないようで固まってしまっている。
「そうですわよね。今まで散々あなたのことをいじめてきたあたくしの言うことなんて信じられませんわよね。では――」
公爵令嬢は金色に光る髪飾りを外した。
故郷では見たことがないくらいに、美しいそれを。
「これをお詫びの品とさせていただけませんか?」
「そ、そんな!?」
シュノが声を上げた。
今まで黙っていたとは思えないほどの、驚き様だった。
「その髪飾り、もしかしなくても純金ですよね……? そんな高価なもの、私が受け取るわけにはいきません!」
田舎者の俺でも分かる。
学生同士のトラブル解決にしては行き過ぎた品ではないかと、何となく思う。
逆に俺が、この公爵令嬢に殴った謝罪をするとなったときに、そんな高価なものを渡せるわけもないからだ。
「受け取ってください。それだけの酷いことを、あたくしはしてきたのですから」
ただ公爵令嬢は真っすぐにシュノを見つめていた。
明らかな謝罪の意思がそこには感じられた。
それだけの覚悟を持っている。
ていうか、何この変わりよう……?
「シュノさん……? 受け取ってあげなよ。彼女も反省してるみたいだし」
「…………わ、わかりました」
シュノは差し出された髪飾りを受け取った。
彼女は一瞬だけ興味深そうに眺めたが、すぐにポケットにしまった。
「シュノさん。正式な謝罪は後日また行わせてください」
「ま、待ってます?」
シュノは頷いた。
ただ、どこか恐れているようにも見えた。
うん、この変わりようは何となく怖い。
「シュノさんは教室に向かってください。あたくしと一緒では面倒なことになるでしょうから」
「は、はい! では失礼します!」
シュノは焼け焦げた鞄を持って立ち去った。
それにしても彼女、公爵令嬢を嫌ったり苦手なようには見えなかったな?
会話からは浅からぬ関係性が伺えるのに……。
「そして、ノイマン様……この度は本当にありがとうございました」
公爵令嬢はこちらに向き直り、頭を下げた。
田舎の平民の俺なんかにだ。
さっきまでは何も分からなかったが、流石に公爵令嬢に頭を下げさせているのがマズいのは分かる。
「あ、頭を上げてください!」
「……いえ、ノイマン様には――ぐあっ!」
様付けもできれば止めて欲しいと言おうと思ったら、急に令嬢が苦しみ始めた。
体の周りには黒い光? のような禍々しいオーラが渦巻いている。
「だ、大丈夫ですか!?」
「や、やはりこうなりますか……!」
足から段々と黒く染まっていく公爵令嬢。
どう見ても普通ではない出来事が起きている。
「ノイマン様……ペンと紙を貸していただけませんか?」
「そんなことしてる場合じゃ……!」
「いいのです! は、早く!」
必死そうに叫ぶ彼女。
どう考えても助けを呼んできた方が良いのは間違いない。
だが俺は公爵令嬢に紙とペンを渡してしまった。
「……感謝いたします!」
公爵令嬢はすぐに何かを書き始める。
スラスラと迷いなく書き上げて、それを筒状にまとめた。
「ロロウ!」
公爵令嬢が叫ぶと、すぐにどこからともなくフクロウが飛んできた。
恐らくは彼女の使い魔か。
「これをセリカの元へ!」
「ピッ!」
フクロウは主人を心配そうに見つめながらもすぐに飛んで行った。
「こ、公爵令嬢様! 黒いのが胸元まで!」
だが確実に黒い光は彼女を蝕んでいた。全身を包み込まんとする勢いだ。
ここから、誰かを呼んできてももう遅い……。
「いや、決めつけるのは……! 今、助けを呼んできます!」
俺はとにかく教師を呼んで来るために、走り出そうとした。
だが、手を掴まれた。
「ま、待ってください!」
「ま、待っていたら、貴女は……!」
このままでは黒い光に飲み込まれてしまう。
何が起こるのかは分からないが、それでもやれることはやりたい。
「良いんです。この呪いは止められません。それより、あたくしの名前を憶えてくださいませんか?」
「なにもよくないです!」
俺は必死に動こうとするが、彼女は手を離さない。
公爵令嬢は力強く、俺の手を握っていた。
「あたくしは――リュミエール・オルディーブ。貴方を巻き込んでしまい、申し訳――ぐああああああ!」
「オルディープさん!」
黒い光が少女を包み込む。
俺は手を離さないで抵抗していたが、 謎の力により吹き飛ばされてしまう。
「痛っ!」
着地時に頭を打ったのか、俺は気を失った。
◆ ◆ ◆
―リュミエールside―
「あたしは何を……」
リュミエールの記憶は一部欠落していた。
謎の男に殴られてから、何をしていたのか思い出せないのだ。
「……あの男!」
その平手打ちしてきた男は近くの壁際に倒れていた。
公爵令嬢で次期聖女のあたしを殴るなんて!
「万死に値する! 死――――?」
リュミエールは怒りのままに男を殺そうと思った。
だが、その男を見ると胸の鼓動が高まってくる。
「な、なに、これ……?」
リュミエールは感じたこのない感情を味わっていた。
なぜか一切分からないが、この男を見ると胸がキュンキュンする。
「苦しくないのに、し、心臓が――! 次会ったら、殺してやる!」
リュミエールは男を殺せなかった。
こいつは殺さないといけない。
そう本心が告げているのに。それどころか――また、叱られたいなんて。