悪役令嬢を殴ったらメス豚に覚醒させてしまった件 作:キバラッシー
「痛っ……」
頭部に鈍い痛みを感じながら目を覚ました。
……もしかして頭をぶつけて気を失ってた?
「黒い旋風に吹き飛ばされて、それで……」
ハッとして辺りを見回すが、もう周りに誰もいないようだった。
公爵令嬢リュミエール・オルディーブは、あれからどうなってしまったのか。
「とにかく、校内に行くしかないか……」
少しだけ痛む頭を押さえながらも、俺は歩き出すのだった。
◆ ◆ ◆
迷いながらもなんとか校内に辿り着く。
田舎じゃ考えられないくらいに綺麗な空間に魅了されながら歩く。
いちいち立ち止まって天井や壁を眺めてしまう。
目指すは職員室。
登校したら、来てくれと手紙に書かれていた。
「失礼します」
入った途端に入り口付近にいる女性教師と目が合った。
彼女は――。
「あ、アルレルト君! やっと登校できたんだね……良かった」
「お久しぶりです。グラナダ先生」
グラナダ先生――担任教師ということで入学式の際に紹介は受けていた。
教師とは思えないくらい身長が小さい。逆に目立つ。
「じゃあ、こっち来て。君に渡さなくちゃいけないものをいくつか」
グラナダ先生は自身の机まで招いて、引き出しから何枚か紙を渡してきた。
「いくつかサインして欲しいのと、一か月分で溜まった課題とかだね」
「……わ、わかりました」
思わず頬が引きずってしまう。
勉強すること自体は好きではあるが、一か月分というのが大変だ。
遅れを取り戻すためにもやらないといけないのは分かるが。
「あと学校生活で特に注意して欲しいことがあるんだけど……」
「な、なんですか……」
ゴクリと唾を飲みこむ。
「そこまで緊張しなくても……まあいっか」
何も良くないでしょ!
これからの学校生活が懸かってるんですよ!
「この学院は貴族令息、令嬢が通っている。不敬なことくらいでは問題にならないのは保証するけど、何かトラブルが起きてしまうと大事になってしまうこともありえる。だから、人間関係には注意するんだよ」
グラナダ先生は俺がサインした書類を確認しながら、そう語った。
一方の俺は冷や汗が止まらなかった。
「先生……リュミエール・オルディーブさんって知ってます?」
「アルレルト君のクラスメイトですよ。それが……?」
先生は何かを察したのか小声になっていた。
彼女にやらかしたと思われている。実際そうなんだけど。
「えっと……ちょっとトラブっちゃったんですけど、大丈夫ですよね?」
「……退学の準備進めた方がいいかな」
先生は顔を真っ青にしていた。
そ、そのレベル?
「冗談ですよね?」
「……彼女の機嫌を損ねたら、とんでもないことになるのは間違いないです。退学くらいならマシかもしれません」
想定していたよりはるかにレベルが高かった。
公爵令嬢というのがどれくらい偉いのか具体的には分からないが、家族にまで迷惑がかかりそうな……。
「参考までに聞きますが、何をやったんですか?」
「……その、殴って」
「殴って!?」
今まで周りに聞かれないように小さい声で喋っていたグラナダ先生が声を荒げた。
周りの視線が集まったので、先生は「な、何でもないです」と周囲に頭を下げていた。
だが先生はガタガタと歯を震わせていた。
「裏では悪役令嬢だと呼ばれている彼女を殴るなんて……な、なにが起こるのか分からないレベルです。ぜ、前代未聞です。こ、校長にも相談した方がいいかな」
俺はここに来てようやく事態のマズさを実感した。
俺の中で偉い人と言えば領主だった。
王とか宰相とか、そんなのは雲の上の存在。
……もしかしなくても、リュミエール・オルディーブはそのレベルの家系なのだ。
そんな貴人を悪いことをしていたとはいえ、殴ってしまった。
だから虐められていた少女――シュノの使い魔に誰も反応しなかったんじゃない、わざと皆無視していたのだろう。
「と、とにかく、今はできることをしましょう。まずはオルディープさんに直接謝りに行きましょう。そうすれば、何とかなるかもしれません。望みは薄いですが、私も手伝います」
そうだ、謝らなくては。
ただ、俺の無駄に高潔な心の隅には、納得いっていない部分もあった。
確かに殴ったのは俺だ。暴力なんて最低の行為だ。
だけど、他人の教科書やノートを燃やして良いわけもない。
いくら権力がある家の子どもだからって、甘やかされて何でもしていいわけはない。それが世の中だとしても。
「……あれ、でも不思議ですね? 普段のオルディープさんだったら、すぐに何かしらの報復をしようと動くはずなのに」
普段……?
先生の焦り様で思い出したが、そういえば不思議なことがあった。
まるで人が変わったり、黒い光に包まれたり。
そうだ、頭を打って忘れていたけど、そもそも今、オルディープさんはどうしているのか? 助けを呼ぼうと思っていたのに。
報復されるとかどうでもいい。
そのことを先生に伝えなくては。
だが、急に職員室の空気が変わった。
メイド服を着た長身の女性たちが、部屋に入って来たからだ。
「あ、あの人たちは――!」
先生はビックリしたのか、気を失ってしまった。
「グラナダ先生!? 大丈夫――」
メイドたちに気づけば俺は囲まれていた。
「ノイマン・アルレルト様ですね。お嬢様の件でお話があります」
「え、えっと……」
「失礼。私、名前をセリカ・バーリエルと申します。リュミエール・オルディーブお嬢様に仕えております。以後、よろしくお願いいたします」
もしかして、このまま連れていかれて殺される……?
そう思っていたけど――。
「リュミエールお嬢様のお叱り係になっていただけないでしょうか!」
そのまま連れて行かれたオルディープ邸で、意味のわからない依頼を頼まれることになるとは思ってもいなかった。