◆マサラタウン出身の四人
セキエイリーグ、第一回戦。
数多くのトレーナーたちがしのぎを削る中、四人の新人トレーナーが危なげなく第一回戦を突破していた。
シンヤ、サトシ、シゲル、リーフ。
全員がマサラタウン出身という、偶然にしては目立ちすぎる顔ぶれだった。
「今年もマサラタウンから有望な新人が出てきたぞ!」
「オーキド博士のお孫さんのシゲル選手に、あのサトシ選手! キングラー一匹で三匹抜きを達成したんだ!」
「シンヤ選手もハクリュー一匹で三連勝だ! あの戦い方、ただ者じゃないぞ!」
「それにリーフ選手のキュウコン! あのポケモンが出てきてから、フィールドの天候がどんどん晴れていったんだ!」
会場では、四人の名前があちこちで飛び交っていた。
マサラタウン出身の新人トレーナーは、毎年のようにリーグで好成績を残す。
オーキド博士の研究所があり、多くのトレーナーが旅立つ町。そこから出発した者たちが各地で実績を積み上げてきたことは、ポケモンリーグの関係者にとってもよく知られた話だった。
そして今年は、特に顔ぶれが濃い。
研究者としても名の知られるオーキド博士の孫、シゲル。
一匹のキングラーで三連勝を成し遂げたサトシ。
一匹のハクリューを巧みに操り、相手を三匹とも倒したシンヤ。
そして、場に出るだけで天候が晴れへと変化していく、特殊なキュウコンを使うリーフ。
四人はそれぞれ異なる強みを持っていた。
その注目度は、運営側も無視できないほどだった。
「選手情報の更新は終わったか?」
「はい。第一回戦を突破した選手について、使用ポケモンの情報と試合映像を登録しています。特にマサラタウン出身の四選手については、すでに閲覧数が伸びています」
「よし。次の対戦相手が確認できるよう、情報を公開してくれ」
こうして四人が第一回戦で使用したポケモンと、その戦い方が、選手情報として登録された。
次の対戦相手が映像を確認し、どのような戦術を取るのかを考えることもできる。
もちろん、試合映像だけですべてが分かるわけではない。
隠している手持ちもあれば、まだ見せていない技もある。
それでも、情報が出回るということは、それだけ相手から研究されるということだった。
シンヤもまた、自分たちが注目され始めていることを理解していた。
「……さて。次はどんな相手が来るかな」
彼は登録された対戦表を確認し、わずかに目を細めた。
第二回戦。
舞台は、岩のフィールド。
そして、彼の前に立ちはだかるのは――二十年のバトル経験を持つベテラントレーナーだった。
◆二十年の経験を持つ男
第二回戦、岩のフィールド。
むき出しの岩盤が広がり、大小さまざまな岩が障害物となって立ち並んでいる。
足場は平坦ではなく、場所によっては高低差も大きい。
岩を盾にすれば攻撃を防げる一方、足元を崩されれば体勢を立て直すのも難しい。
このフィールドで勝つには、ポケモンの力だけでなく、地形をどう利用するかも重要になる。
そんな岩のフィールドへ、ゆっくりと一人の男が姿を現した。
年齢は四十代半ばほど。
鍛えられた体格に、幾度もの戦いをくぐり抜けてきた者特有の落ち着いた眼差し。
派手な演出も、観客を煽るような振る舞いもない。
ただ、そこに立っているだけで、積み重ねてきた経験が伝わってくる。
タツマ。
セキエイリーグだけでなく、他地方のリーグや各地のジム戦にも挑み続けてきた、バトル歴二十年のベテラントレーナーである。
その戦い方は、奇をてらったものではない。
相手の出方を見極め、ポケモンの長所を最大限に生かす。
不利な相手には適切なポケモンをぶつけ、弱点を補い合う三匹で確実に勝利を積み重ねる。
一つ一つの技を無駄なく使い、相手が苦しむ状況を作り上げる。
派手な逆転劇を狙うよりも、勝つために必要なことを淡々と積み上げていく。
それこそが、タツマの完成された王道スタイルだった。
「対する挑戦者、シンヤ選手!」
実況の声に合わせて、シンヤがフィールドへと歩み出る。
タツマはシンヤを見つめると、その目を見て小さく頷いた。
「ほう……いい眼をしたトレーナーだ」
シンヤは無言で相手を見返す。
「お前さんがここまで勝ち上がってきた理由、その佇まいを見ればよく分かる。ポケモンをただ命令に従わせているだけじゃないな」
「ありがとうございます」
「だが、このセキエイリーグは一筋縄ではいかんぞ」
タツマはモンスターボールを握り、堂々と構えた。
「積み重ねた年月と、研鑽し続けた技の重み……若き挑戦者よ、全力で受け止めてみせよ!」
その言葉に、観客席が沸いた。
「タツマ選手だ! 各地のリーグを渡り歩いてきたベテランだぞ!」
「シンヤ選手は、あの相手にどう戦うんだ?」
シンヤは腰のボールに手をかけた。
「望むところです。俺も、簡単に負けるつもりはありませんから」
審判が両者の準備を確認し、旗を掲げる。
「それでは、第二回戦! 三対三のポケモンバトル、開始!」
◆先発、コノヨザル!
「行け! ウインディ!」
タツマが最初に繰り出したのは、堂々たる体躯を持つウインディだった。
炎のたてがみを揺らし、四本の脚で岩盤を踏みしめる。その姿には、長年にわたってタツマと戦ってきた相棒としての風格があった。
「ウインディ!」
ウインディが鋭く吠える。
威圧感がフィールド全体に広がり、相手の攻撃意欲を押し下げようとする。
「さあ、どんなポケモンを出してくる?」
タツマは相手の選択を待つ。
「行け、コノヨザル!」
シンヤがボールを投げる。
フィールドに現れたのは、白い体毛と荒々しい表情を持つポケモン。
コノヨザルだった。
「……ん?」
観客の一人が、思わず声を漏らした。
「見たことのないポケモンだぞ?」
「オコリザルに似ているような……いや、違う!」
カントー地方の観客たちを中心に、ざわめきが広がっていく。
実況席の解説者も、手元の資料を急いで確認した。
「おっと、シンヤ選手の先発はコノヨザル! 私も実物を見るのは初めてですが……どうやら、遠く離れたパルデア地方で発見されたオコリザルの進化系のようです!」
「オコリザルの進化系!?」
「そんなポケモンがいたのか!」
会場が大きくどよめく。
その一方、シンヤの応援席にいるレン、ラム、レムは落ち着いた様子で試合を見守っていた。
三人はコノヨザルのことを知っている。今さら驚くことはない。
レンはフィールドのシンヤを見つめながら、小さく微笑んだ。
「ふふっ。シンヤ、最初からずいぶん強気な選択をしたわね」
ラムは腕を組む。
「坊ちゃまなら、あのくらい荒っぽい相手でも使いこなすでしょうけど。問題は相手がどこまで耐えられるか、ですね」
「姉様、まだ始まったばかりですよ」
レムが静かにたしなめた。
その頃、別の観客席で試合を見ていたサトシは、コノヨザルの姿を食い入るように見つめていた。
「オコリザルの進化系……!?」
頭に浮かんだのは、かつて自分の手持ちだったオコリザルの姿だった。
「オコリザルに進化系なんかがあったのか?!」
サトシは思わず呟く。
隣にいたタケシも、驚きを隠せなかった。
「あの時のマンキーか。かなり鍛えられているな」
「いや、タケシ。あれはマンキーじゃなくてオコリザルの進化系だろ?」
「そういう意味じゃない。あの系統のポケモンが、あそこまで進化していることも含めて驚いているんだ」
カスミはフィールドを見つめ、唸るように言った。
「それにしても、シンヤって本当に知らないポケモンを連れてくるわね。あんなポケモンを使いこなせるなんて……」
一方、シゲルは額に薄く汗を浮かべていた。
「オコリザルの進化系か……。まだまだ知らないポケモンがいるんだな。ポケモンの世界は奥が深いよ」
そしてリーフは、純粋な驚きを口にした。
「すごい……。あんなポケモンを持っているなんて」
だが、最も驚いていたのは、対戦相手のタツマだった。
コノヨザルの姿を見た瞬間、彼の目がわずかに見開かれる。
「コノヨザル……!」
知識としては知っていた。
怒りや執念を力へと変える、極めて危険なポケモン。特に、追い詰められた際の攻撃力には注意しなければならない。
それなのに、自分は先ほどウインディの威圧で相手を弱らせようとしてしまった。
そして、コノヨザルの特性が発動する。
ウインディの「いかく」によって攻撃を下げられるはずだったコノヨザルの体から、逆に強い闘志が立ち上った。
**特性・まけんき。**
能力を下げられたことで、コノヨザルの攻撃が大きく上昇したのだ。
「しまった……!」
タツマは内心で舌打ちする。
――やばい奴の火力を、わざわざ上げてしまったか。
しかし、長年の経験を持つ彼は、すぐに気持ちを切り替えた。
「ウインディ、かえんほうしゃ!」
ウインディの口から炎が放たれる。
「コノヨザル、がんせきふうじ!」
コノヨザルが拳を振るう。
地面から岩がせり上がり、炎の前に壁を作った。
轟音とともに炎が岩壁を包み込むが、その隙にコノヨザルは両腕を引き、筋肉に力を込めた。
「ビルドアップ!」
コノヨザルの体がさらに引き締まり、攻撃と防御が同時に強化される。
「ウインディ、しんそくで間合いを詰めろ!」
ウインディが高速で駆ける。
だが、コノヨザルは目の前の岩壁に拳を叩きつけた。
巨大な岩が砕け散り、その破片が散弾のようにウインディへと飛びかかる。
「何っ!?」
ウインディは急停止しようとしたが、いくつもの岩片が体に命中した。
「ウインディ、怯むな! もう一度しんそく!」
ウインディが体勢を立て直し、岩片の間をすり抜けていく。
その速さは見事だった。
だが、コノヨザルの目は、ウインディを見失ってはいなかった。
高速で動く相手の軌道を捉え、次にどこへ出るのかを見定める。
「ビルドアップ!」
再びコノヨザルの体に力が満ちる。
そして、コノヨザルはフィールドに転がっていた大きな岩へ手を伸ばした。
「まさか……!」
タツマが気づいた時には遅かった。
コノヨザルは巨大な岩を持ち上げ、ウインディがしんそくで駆け抜ける先へと投げつけた。
「ウインディ、止まれ!」
ウインディは瞬時に反応し、横へ飛び退こうとする。
だが、しんそくの勢いはすぐには止まらない。
高速移動が終わった直後、巨大な岩がウインディに激突した。
「ウインディ!」
岩が砕け、土煙が舞い上がる。
ウインディは地面に膝をつき、苦しそうに息を吐いた。
「ここで畳みかける! コノヨザル、インファイト!」
シンヤの声が響く。
「プギィィィィィッ!!」
コノヨザルが雄叫びを上げ、ウインディへと突進した。
右拳。
左拳。
連続する拳撃がウインディの体を打ち据える。
反撃しようとしたウインディの動きを、次の一撃が止める。
さらに踏み込み、もう一発。
まるで「オラオラオラオラオラァァァ!」と叫ぶかのような、怒涛のラッシュだった。
最後の一撃が叩き込まれ、ウインディは大きく吹き飛ばされる。
地面を転がったウインディは、ついに立ち上がれなくなった。
審判が旗を掲げる。
「ウインディ、戦闘不能! コノヨザルの勝ち!」
会場が沸き立った。
「すげえ! ウインディを一匹目で倒したぞ!」
「しかも、あの攻撃力! 最初よりも明らかに強くなっている!」
タツマはウインディをボールへ戻し、静かに息を吐いた。
「なるほど……。最初から攻撃力を上げるつもりだったか」
シンヤは肩をすくめた。
「いかくを利用できるなら、利用しない理由はありませんからね」
「ふっ……言うじゃないか」
タツマの表情に、わずかな笑みが浮かんだ。
だが、彼の目はすでに次の手を考えていた。
◆第二の相手、ニョロボン!
「次はお前だ! ニョロボン!」
タツマが繰り出したのは、鍛え上げられた筋肉を持つニョロボンだった。
ウインディとは異なり、近接戦闘に強く、水タイプと格闘タイプの両方を兼ね備えている。
岩のフィールドでも戦いやすく、相手の攻撃を受け止めてから反撃することができる。
本来なら、ウインディが苦手とする相手が出てきた時点で交代させ、ニョロボンをぶつけるのがタツマの基本戦術だった。
だが、シンヤの先発はコノヨザル。
単純にタイプ相性だけで有利不利を判断できる相手ではない。
しかも、すでに攻撃力が二段階上がっている。
ここで交代すれば、コノヨザルに強化を続ける時間を与えることにもなりかねない。
「……交代はしない。ニョロボン、正面から受け止めろ!」
「ニョロッ!」
ニョロボンが拳を構える。
コノヨザルもまた、口元を歪めるようにして拳を握った。
両者の視線が交差する。
次の瞬間、二匹は同時に踏み込んだ。
拳と拳がぶつかり、鈍い音が響く。
ニョロボンは鍛え上げた肉体を生かし、コノヨザルの拳を受け止めながら反撃を繰り出す。
コノヨザルはその攻撃を肩で受け流し、すぐに拳を返した。
「いいぞ、ニョロボン! ハイドロポンプ!」
ニョロボンが拳を引いた瞬間、口から大量の水を噴射した。
コノヨザルは紙一重で横へ跳び、岩陰へと身を滑らせる。
水流が岩を削り、飛沫が周囲へ散った。
「追い込め! 地獄車!」
ニョロボンが岩を蹴り、コノヨザルへ突進する。
本来、格闘技はゴーストタイプのコノヨザルには効かない。
だがコノヨザルの両手は実態を持つため、それを掴んでいこうと判断した。
だがコノヨザルは真正面から受け止めず、わずかな動きで軌道を外した。
ニョロボンの体がすれ違う。
その瞬間、コノヨザルの拳が下から跳ね上がった。
アッパーカットのような一撃が、ニョロボンの顎を捉える。
「ニョロボン!」
ニョロボンは体勢を崩し、後退した。
しかし、タツマも簡単には引かない。
「れいとうパンチ!」
ニョロボンは反撃の一手として、氷をまとった拳を振り抜いた。
拳がコノヨザルの胴体に命中する。
冷気が広がり、コノヨザルの体が一瞬こわばった。
「よし、効いている!」
タツマが声を上げる。
だが、コノヨザルはその場に踏みとどまった。
攻撃を受けても、視線はニョロボンから外れない。
怒りが、闘志が、戦いの熱が、コノヨザルの中でさらに膨れ上がっていく。
シンヤはその様子を見て、静かに拳を握った。
「コノヨザル、まだ行けるな?」
「プギィィィッ!」
コノヨザルが吠える。
そして、再びニョロボンへと踏み込んだ。
今度はニョロボンが拳を繰り出すよりも早かった。
コノヨザルの拳が腹部に叩き込まれ、ニョロボンの体が浮き上がる。
続く一撃が肩を捉え、最後の拳が地面へと叩き落とした。
ニョロボンは起き上がろうとしたが、力が入らず、そのまま倒れ込んだ。
審判が判定を下す。
「ニョロボン、戦闘不能! コノヨザルの勝ち!」
会場の歓声が一段と大きくなる。
「二匹目も倒した!」
「コノヨザル、強すぎるだろ!」
「シンヤ選手、まだ一匹も交代していないぞ!」
タツマはニョロボンをボールへ戻し、少しだけ目を伏せた。
二匹を倒された。
しかも、相手は一匹目のコノヨザルのままだ。
タツマの戦術は、相手の弱点に合わせてポケモンを入れ替え、確実に有利な状況を作るもの。
だが、コノヨザルは近接戦闘への対応力が高く、攻撃を受けながらでも前進してくる。
交代で有利な相手をぶつけるというセオリーが、うまく機能しなかった。
「……やはり、簡単にはいかんか」
タツマは三つ目のモンスターボールを手に取った。
「ならば、最後はお前だ」
◆ベテランの切り札、フシギバナ!
「出てこい、フシギバナ!」
重厚な体躯を持つフシギバナが、岩のフィールドに降り立った。
背中に咲く大きな花。
太い四肢。
そして、長年の戦いで磨き上げられた落ち着いた眼差し。
その姿には、単なる強さだけではない、積み重ねてきた年月の重みがあった。
フシギバナはタツマの隣に立ち、静かにコノヨザルを見据える。
コノヨザルの体には、ここまでの戦いで受けた傷が残っていた。
それでも、闘志は衰えていない。
タツマはフシギバナの首元へ目を向けた。
そこには、花をかたどった首輪が装着されている。
そして、その中央にはメガストーンが輝いていた。
「長年、共に修羅場を潜り抜けてきた。俺とこいつの絆は、そう簡単に揺らぎはしない!」
タツマが片手を掲げる。
フシギバナもまた、力強く吠えた。
「大自然の力をその身に宿し、すべてを受け止める盾となれ!」
メガストーンが光を放つ。
「フシギバナ、メガシンカ!!!」
眩い光がフシギバナを包み込んだ。
体がさらに大きくなり、背中の花が巨大化する。頭上に伸びる花弁が広がり、太い根のような脚が岩盤を踏みしめた。
メガフシギバナ。
圧倒的な存在感を放つ、タツマの切り札だった。
「……さあ、ここからが本当の勝負だ!」
タツマが告げる。
シンヤは笑みを浮かべた。
「望むところ! コノヨザル、行けるところまで行くぞ!」
「プギィィィィィ!」
コノヨザルが咆哮する。
二匹のポケモンが向かい合い、最後の戦いが始まった。
「メガフシギバナ、やどりぎのタネ!」
メガフシギバナの花から、無数の種が放たれる。
種は岩のフィールドへ降り注ぎ、地面に根を張るように広がっていった。そこから伸びたツタが岩に絡みつき、フィールドのあちこちを覆い始める。
「続けて、ヘドロばくだん!」
紫色の毒の塊が、コノヨザルへと飛んでいく。
着弾と同時に毒が飛び散り、周囲の岩や地面を汚染するように広がった。
メガフシギバナは攻撃を重ねながら、コノヨザルが自由に動ける場所を少しずつ狭めていく。
「なるほど……」
シンヤはフィールドを見渡した。
やどりぎのタネが広がり、ヘドロばくだんの毒が足場を汚す。
このままでは、コノヨザルが得意とする近接戦闘に持ち込む前に、動きを封じられてしまう。
「コノヨザル、がんせきふうじ!」
コノヨザルが拳を振るう。
岩の塊がメガフシギバナへと降り注ぎ、花の周辺を狙う。
だが、メガフシギバナは太いツルを振り回し、飛来する岩を次々と迎撃した。
「そう簡単には近づけさせんぞ!」
タツマが声を張る。
メガフシギバナのツルが広がり、コノヨザルの進路を塞ぐ。
しかし、その間にコノヨザルは一度距離を取っていた。
シンヤの目が細くなる。
「コノヨザル、ビルドアップ!」
コノヨザルの体がさらに引き締まった。
これで三度目のビルドアップ。
いかくによって発動したまけんきの攻撃上昇に加え、三回のビルドアップによって攻撃力は大きく高まっている。
防御力も上がっているが、今シンヤが狙っているのは、それだけではない。
「地面を思いっきり拳で叩きつけろ!」
コノヨザルは大きく拳を引き、全身の力を込めた。
そして――岩盤へ拳を叩きつける。
轟音。
フィールド全体が大きく揺れた。
岩が跳ね、地面に亀裂が走る。
揺れはメガフシギバナの巨体にも伝わり、太い脚がわずかに浮きかけた。
「な、なんという威力だ……!」
タツマは両足を踏ん張り、揺れに耐えた。
メガフシギバナもまた、伸ばしたツルを岩盤に打ち込み、身体を固定している。
まるで、技の「じしん」を思わせるほどの衝撃だった。
だが、コノヨザルの攻撃はこれで終わりではない。
「周囲一帯に、がんせきふうじ!」
シンヤの指示が飛ぶ。
コノヨザルは拳を振るい、フィールドのあちこちから岩を呼び起こした。
岩が次々と降り注ぎ、やどりぎのタネが張り巡らされた場所や、ヘドロばくだんの毒が広がった場所を覆っていく。
毒に汚れた足場の上に、新たな岩の道ができあがった。
「……足場を作ったのか!」
タツマが気づく。
コノヨザルは瞬時に岩へ飛び乗った。
一つ目の岩から二つ目へ。
二つ目から三つ目へ。
曲芸のような軽い足取りで、岩の上を移動していく。
メガフシギバナの攻撃を避けながら、少しずつ距離を詰めていた。
「ヘドロばくだん! ソーラービームの準備だ!」
メガフシギバナが毒の塊を放つ。
だが、コノヨザルは岩から岩へと飛び移り、紙一重で攻撃をかわした。
ヘドロばくだんが岩に当たり、紫色の毒が飛び散る。
メガフシギバナは狙いを定め直すものの、コノヨザルの動きが予想以上に軽い。
「慌てるな! 近寄らせなければいい!」
タツマは落ち着いて指示を続けた。
メガフシギバナの背中の花に光が集まっていく。
本日は快晴。
太陽の光を十分に受けられる環境では、ソーラービームのチャージも速い。
そして、ついに光が集束した。
「発射!」
巨大な光線が、コノヨザルへと放たれる。
メガシンカによって強化されたメガフシギバナの、渾身のソーラービーム。
その光は岩のフィールドを照らし、観客席からも驚きの声が上がった。
「まともに受けたら危ないぞ!」
サトシが叫ぶ。
リーフも思わず身を乗り出した。
「コノヨザル、避けて!」
だが、コノヨザルは避けなかった。
光線が迫る、その直前。
コノヨザルは足場にしていた一番大きな岩を、思い切り蹴り飛ばした。
巨大な岩がソーラービームの進路へと飛び出す。
光線は岩を直撃し、轟音とともにその表面を砕いた。
完全に防ぐことはできない。
岩が砕け散り、光線の威力は弱まりながらも、コノヨザルへと襲いかかった。
「コノヨザル!」
光が晴れた時、コノヨザルは地面に片膝をついていた。
体中に傷があり、呼吸も荒い。
それでも、倒れてはいなかった。
ゆっくりと顔を上げ、メガフシギバナを睨みつける。
その眼差しには、ここまでの戦いで受けた痛みも、攻撃を浴びせられた怒りも、そして何より、絶対に負けないという執念も宿っていた。
シンヤは静かに呼びかけた。
「……コノヨザル」
コノヨザルが振り返る。
「お前の怒り、ここで全部ぶつけてこい!」
「プギィィィィィィィッ!!!」
コノヨザルの体から、凄まじい闘気が噴き上がった。
**ふんどのこぶし。**
受けた痛みと怒りを力に変える、コノヨザルの切り札。
コノヨザルは最後の力を振り絞り、メガフシギバナへと突進した。
「メガフシギバナ、迎撃しろ!」
タツマが指示を飛ばす。
だが、コノヨザルは止まらない。
ツルが伸びる。
毒の塊が迫る。
それらをかいくぐり、岩を蹴り、地面を踏みしめる。
そして、至近距離へとたどり着いた。
「ふんどのこぶしィィィィィッ!!」
全身の怒りを乗せた拳が、メガフシギバナの巨体へ叩き込まれた。
爆発的な衝撃が広がる。
轟音とともに、フィールドの岩が吹き飛び、周囲に散っていたがんせきふうじの岩石までもが空中へ舞い上がった。
砂煙が、フィールド全体を覆い尽くす。
観客たちは息を呑み、誰もがその結果を待った。
やがて、砂煙が少しずつ晴れていく。
そこに倒れていたのは――メガフシギバナだった。
メガシンカの光が消え、フシギバナは元の姿へと戻っている。
コノヨザルもまた、力を使い果たしたように立ち尽くしていたが、最後の一撃を決めたその身体は、まだフィールドに立っていた。
審判が両者を確認し、旗を掲げる。
「フシギバナ、戦闘不能! よって勝者、シンヤ選手!」
一瞬の静寂の後、会場が大歓声に包まれた。
「信じられない! コノヨザル一匹で三匹抜きだ!」
「メガシンカしたフシギバナまで倒したぞ!」
「シンヤ選手、第三回戦進出だーっ!」
シンヤは大きく息を吐き、コノヨザルへと歩み寄った。
「よくやったな、コノヨザル。最後まで、見事だった」
コノヨザルは疲れ切った様子でありながら、誇らしげに拳を掲げた。
その姿に、シンヤは笑みを浮かべる。
「さあ、戻ろう。次も頼むぞ」
コノヨザルをボールへ戻したシンヤは、対戦相手へと向き直った。
◆ベテランが見た可能性
タツマはフシギバナのボールを手にし、しばらくその表面を見つめていた。
二十年。
多くのポケモンと出会い、数えきれないほどのバトルを経験してきた。
勝ったこともあれば、負けたこともある。
若いトレーナーの勢いに押し切られたことも、経験の差で相手を退けたこともあった。
だが、今回の戦いは、そのどれとも少し違っていた。
シンヤは、ただコノヨザルの力を信じて攻め続けたわけではない。
相手の攻撃を見て、フィールドを観察し、状況に応じて戦い方を変えていた。
ウインディ戦では、いかくによる攻撃低下をまけんきで逆手に取った。
ニョロボン戦では、拳の応酬を通じて相手の動きを読み、攻撃の隙を逃さなかった。
そしてフシギバナ戦では、やどりぎのタネとヘドロばくだんで塞がれたフィールドに岩を落とし、わざわざ新しい足場を作ってみせた。
最後のソーラービームも、ただ耐えたのではない。
足場を蹴り飛ばし、岩を盾として利用することで、威力を削いだのだ。
「見事だ……!」
タツマは顔を上げた。
「俺たちの底力を真っ向から打ち破るとはな。お前さんとポケモンの未来に、これ以上ない可能性を見たよ」
シンヤは軽く頭を下げた。
「貴方と貴方のポケモンたちも強かった。おそらく、かみ合わせが悪ければ苦戦していたでしょうね」
「ふっ、若いの。謙遜するな。これもまた時の運というもの」
タツマは右手を差し出した。
「頑張るんだぞ」
シンヤはその手を握り返す。
「ありがとうございます。貴方との戦いで、俺も学ぶことがありました」
二人は固く握手を交わした。
長年の経験を積んだベテランと、これから先の可能性を秘めた若き挑戦者。
互いに全力を尽くした者同士の、清々しいやり取りだった。
こうしてシンヤは、第二回戦を突破。
第三回戦へと駒を進めた。
◆観客席の反応
試合を見届けたサトシは、興奮した様子で拳を握っていた。
「すげえ! オコリザルの進化系ってだけで驚きだったのに……あんな戦い方までできるなんて!」
隣でタケシが頷く。
「あのマンキーを鍛え上げ、あそこまでの強にするとは」
「シンヤのポケモンって、ただ強いだけじゃないのね」
「ああ。けど、対戦相手もまさかメガシンカをするとはな……」
カスミは感心したように言った。タケシも初めて見るメガシンカに驚きを隠せていない。
「相手が作った不利な状況まで利用して、自分の戦いやすい場所に変えちゃうんだから」
サトシは、先ほどのコノヨザルの姿を思い返していた。
かつて自分の手持ちだったオコリザル。
あの頃も、格闘技の大会に出場するために、必死に鍛えていた。
「……よし」
サトシは突然、決意したように顔を上げた。
「アノキさんに連絡してみよう。オコリザル、もう鍛え終わってるなら、今度、コノリーグ中だけでも返してもらおうかな」
「サトシ?」
カスミが首を傾げる。
「格闘技なら、リーグが終わってからでも極められる。でも、ポケモンリーグはその年限りだろ? オレが今出られる大会には、今しか挑戦できないんだ」
サトシは拳を握りしめた。
「オコリザルだって、きっともっと強くなってる。いつかまた一緒に戦いたいんだ!」
タケシは微笑んだ。
「いい考えだと思う。大切なのは、今の自分にできることを見極めることだからな」
一方、シゲルもまた、シンヤの戦いを真剣に振り返っていた。
「驚いたね。まさかオコリザルの進化系がいたなんて……。シンヤの知識はどうなっているんだい?」
彼は苦笑する。
「まあ、今に始まったことではないけどね」
シンヤが見せる知識と戦術は、いつもシゲルの予想を少しだけ超えてくる。
だからこそ、シゲルもまた、シンヤを侮ることはできない。
「それにしてもメガシンカか。ルールにあったからなんだろうと思ったけど」
シゲルもメガシンカヘ着目していた。
そしてリーフは、最後の一撃を思い返していた。
「最後のふんどのこぶしって技……。あれ、私のフシギバナでも、最大威力じゃなくても耐えきれないかもしれない」
リーフは自分の手持ちを思い浮かべ、真剣な表情になる。
コノヨザルの力は、単なる攻撃力の高さだけではない。
戦いの中で受けたダメージや怒りを、最後の一撃に変える。
あれほどの力を引き出せるのは、シンヤとコノヨザルが積み重ねてきた時間があるからなのだろう。
「……やっぱり、シンヤってすごいな」
リーフは小さく呟いた。
「にしてもメガシンカするんだフシギバナって……し、しらなかった」
知らないことは恥じゃないけど、と頬を赤くするリーフだった。
◆手を出せないロケット団
そして、会場の片隅。
観客に紛れて試合を見ていた三人組がいた。
ムサシ、コジロウ、ニャース。
いつものように、目を輝かせながらフィールドを見つめている。
「ニャ、ニャんてこと……!」
ニャースが震える声を上げた。
「あ、あんな珍しいポケモンなのに!? オコリザルの進化系なんて、ものすごいお宝じゃニャいか!」
ムサシも歯ぎしりする。
「こんなチャンス、滅多にないわよ! あのポケモンを捕まえられたら……!」
「いや、でも……」
コジロウが困ったように頭を抱える。
「サカキ様から、シンヤが関わる案件には手を出すなって命令されているんだろ?」
「分かってるわよ! 分かってるけど!」
ムサシは悔しそうに拳を握る。
「目の前にあんな珍しいポケモンがいるのに、何もできないなんて!」
「サカキ様の命令で狙えないのは歯がゆいニャ!」
ニャースも地団駄を踏む。
しかし、三人とも命令に逆らうつもりはなかった。
以前のようにシンヤのポケモンを狙えば、サカキからどんな処分が下るか分からない。
「けど、仕方ないのニャ……!」
ニャースは肩を落とし、再びフィールドを見つめた。
その視線の先では、シンヤがタツマと握手を交わしている。
「……それにしても、あいつ。ますます手強くなってるわね」
ムサシの言葉に、コジロウも頷いた。
「ポケモンリーグが終わるまで、余計なことはしない方がよさそうだな」
三人はため息をつきながら、会場の人混みへと紛れていった。
珍しいポケモンを前にしても、手を出せない。
ロケット団にとっては、実に歯がゆい一日だった。
◆次なる戦いへ
第二回戦を終えたシンヤは、控えの通路を歩きながら、次の対戦表を確認していた。
第三回戦。
ここから先は、勝ち残ったトレーナーたちの実力もさらに高くなっていく。
「コノヨザル、よく頑張ったな」
ボールに向かって声をかける。
もちろん、返事はない。
だが、シンヤには、先ほどまでのコノヨザルの闘志がはっきりと伝わっていた。
「次の試合までに、しっかり休んでおけよ」
彼は残る二つのボール――エレキブルとハッサムを確かめた。
今回の試合では出番がなかった二匹も、重要な仲間だ。
次の相手がどんなポケモンを使ってくるかは、まだ分からない。
だからこそ、準備を怠るわけにはいかない。
「さて……次は誰が相手になるかな」
シンヤは前を向き、歩き出した。
セキエイリーグは、まだ始まったばかり。
だが、彼の戦いはすでに、多くの観客やトレーナーたちの記憶に刻まれ始めていた。
そして次の舞台でも、シンヤは仲間たちとともに、さらなる高みを目指していく。
サトシはフシギバナが更に進化したことよりも元仲間のオコリザルのほうに意識が行ってたので気にしてないのではなく頭にないだけである