◆セキエイリーグ・予選最終戦――氷のフィールド
セキエイリーグ、第4回戦。
第1回戦ではハクリュー、第2回戦ではコノヨザル、第3回戦ではエレキブルを繰り出し、いずれも勝利を収めたシンヤ。
残る予選は、あと一試合。
この試合に勝てば、シンヤも本戦への切符を手にする。
今回の舞台は、氷のフィールド。
一面に氷が張り、滑りやすい足場と水路が入り交じる、機動力と地形への対応力が問われる戦場だ。
実況席から、対戦カードが読み上げられた。
「さあ、予選最終戦! マサラタウン出身のシンヤ選手に対するのは、カロス地方・ヒャッコクシティからやってきた実力者、アルト選手です!」
観客席から歓声が上がる。
アルトは落ち着いた表情でフィールドへ進み、シンヤの前で立ち止まった。
「君がシンヤか。ここまでの試合、見せてもらったよ。珍しいポケモンを使うだけでなく、戦術もよく練られている」
「そりゃどうも。あんたも強そうだな」
「もちろん。僕はカロス地方でメガシンカの極意を学んできた。ポケモンが持つ本来の力を引き出し、その圧倒的な火力で相手を打ち破る。それが僕の戦い方だ」
アルトの口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
「君の戦術がどれほど優れていても、圧倒的な力で押し潰せば関係ない。そうだろう?」
シンヤは、少しだけ目を細めた。
「……なるほど。そういうタイプか」
アルトは答えず、モンスターボールを構える。
「それでは、試合を始めます!」
審判の合図が響いた。
「行け、ゲッコウガ!」
アルトの先発は、カロス地方のみず・あくタイプ、ゲッコウガ。
「出てこい、バタフリー!」
シンヤが繰り出したのは、蝶の羽を持つポケモンだった。
観客席の一部から、意外そうな声が上がる。
「バタフリーか。あのポケモンで、カロスのゲッコウガに対抗するつもりなのか?」
だが、シンヤは落ち着いていた。
「始めようぜ」
◆ゲッコウガ対バタフリー――舞い上がる蝶
「ゲッコウガ、みずしゅりけん!」
ゲッコウガの手元に水の刃が生まれ、連続して放たれる。
高速で飛来する水の手裏剣。
しかし、バタフリーは羽ばたきながら身体を高速回転させた。
風が渦巻き、水の手裏剣の軌道を逸らしていく。
「おおっ! バタフリーがみずしゅりけんを防いだ!」
「完全に弾き飛ばしたわけじゃない。羽ばたきで風の流れを作り、軌道をずらしているんだ」
シンヤはバタフリーの動きを見ながら、次の指示を出す。
「そのまま、しびれごなとねむりごな!」
バタフリーの羽から、黄色と青白い鱗粉が同時に舞い散った。
風に乗った粉が、フィールドの広い範囲へと広がっていく。
「ゲッコウガ、下がれ!」
アルトはすぐに判断し、ゲッコウガを後退させた。
ゲッコウガは氷の上を滑るように移動し、粉の広がる範囲から離れる。
だが、それこそがシンヤの狙いだった。
「バタフリー、ちょうのまい!」
バタフリーは空中で優雅に舞い始めた。
羽ばたきに合わせて、身体の周囲に淡い光が広がる。
一度。
二度。
三度。
舞うたびに、バタフリーの動きが鋭さを増していく。
「……なるほど」
アルトは目を細めた。
「こちらが粉を避けるために距離を取った隙に、能力を上げるつもりか」
「気づくのは早いな」
シンヤは笑った。
「けど、止められるかな?」
「ゲッコウガ、あくのはどう!」
ゲッコウガの口元から、黒い波動が放たれる。
バタフリーは羽を大きく広げ、空中で身体をひねった。
攻撃を紙一重でかわす。
その回避動作さえ、舞の流れを止めない。
「まだ舞うのか!」
アルトは即座に指示を変える。
「れいとうビーム!」
冷気が一直線に伸びる。
バタフリーは上昇し、身体を傾け、羽の角度を変えながら軌道をずらす。
冷気は羽の端をかすめ、背後の氷を白く凍らせた。
その間にも、バタフリーは舞い続ける。
四度目のちょうのまい。
いや――三度目の舞を終えたバタフリーが、さらに攻撃を重ねる隙をうかがっている。
アルトは一瞬、考え込んだ。
このまま遠距離から攻撃を続ければ、バタフリーは回避しながら能力を上げていく。かといって接近すれば、地面に散布された粉の危険がある。
「……ゲッコウガ、とんぼがえり!」
ゲッコウガは氷上を滑るように加速し、バタフリーへ向かって突進した。
高速の体当たりが決まる。
バタフリーは弾き飛ばされたが、ゲッコウガはその反動を利用してアルトのもとへ戻り、ボールへと収まった。
「バタフリー、ダメージは?」
シンヤが尋ねると、バタフリーは軽く羽を動かして応えた。
虫・飛行タイプのバタフリーに対して、とんぼがえりのダメージは小さい。
「よし。十分だ」
アルトは次のボールを手に取った。
「ここからは、こちらも攻めさせてもらうよ」
◆ファイアロー対シャワーズ――氷の下の準備
「行け、ファイアロー!」
炎をまとった鳥ポケモンがフィールドへ飛び出す。
その姿を見た瞬間、シンヤは判断した。
「バタフリー、バトンタッチ!」
バタフリーの身体が光に包まれ、三度のちょうのまいによる能力上昇が引き継がれる。
「シャワーズ、頼むぞ!」
次に現れたのは、青い身体に大きなヒレを持つシャワーズだった。
その身体には、バタフリーから引き継いだ強化の光が残っている。
「ファイアロー、フレアドライブ!」
ファイアローは炎をまとい、勢いよく地面へ突進した。
狙いはシャワーズ。
しかし、シャワーズは地面を掘り進み、氷に穴を開けた。
「なっ!?」
シャワーズは氷の下へ潜り込む。
そこには、氷の下を流れる水路があった。
シャワーズは水の中へと入り、氷の裏側から姿を消す。
ファイアローのフレアドライブは、シャワーズのいた場所を通過した。
炎が氷を溶かし、周囲の水面が広がっていく。
だが、その間にシャワーズは水中で静かに身体を震わせた。
「とける」
シャワーズの身体が柔らかくなり、物理攻撃への耐性を高める。
続いて、身体の周囲に水の輪が生まれた。
「アクアリングもか!」
アルトの表情がわずかに変わる。
シャワーズは氷の下で、回復しながら耐久力を高めていた。
さらに、バタフリーから引き継いだちょうのまい三回分の能力上昇。
特殊攻撃と特殊防御、そして素早さが高まっている。
もっとも、シャワーズの耐久を直接強化しているのは、とけるとアクアリングだ。ちょうのまいの強化と組み合わせることで、攻撃面も防御面も侮れない状態になっていた。
「……面白いことをするね」
アルトは不敵に笑った。
「なら、ファイアロー。ブレイブバード!」
ファイアローが翼を広げ、氷の穴へ向かって急降下する。
シャワーズを水中から引きずり出すつもりだ。
その瞬間、シンヤが指示を出した。
「シャワーズ、バトンタッチ!」
シャワーズの身体が光り、強化された能力と、現在の状態を引き継ぐ準備が整う。
アルトは目を見開いた。
「ここで交代技だと!?」
ファイアローの攻撃が届く直前、シャワーズはボールへ戻された。
そして、シンヤは三つ目のボールを手に取った。
観客席がざわめく。
「おい、シンヤがもう三匹目を出すぞ!」
「まだ二匹とも倒されていないのに、交代を重ねるのか!?」
「何を考えているんだ……?」
アルトはシンヤの手元を見つめた。
(バタフリーのちょうのまいをシャワーズへ引き継ぎ、シャワーズは氷の下で耐久と回復を準備した。そこからさらに交代……)
彼は、この交代先が何であるかによって、戦況が大きく変わることを理解していた。
「……なるほど。君の狙いは、単なる交代ではないんだね」
シンヤは答えず、ボールを投げた。
「行け、ハッサム!」
赤い装甲と巨大な鋏を持つハッサムが、フィールドへと現れる。
アルトは、ほんの一瞬だけ安堵した。
(ハッサムか。鋼・虫タイプなら、ファイアローの炎で押し切れる)
だが、その考えはすぐに打ち砕かれた。
ハッサムの胸部中央。
二つの胸筋の間で、メガストーンが輝いていたのだ。
「……まさか、君も?」
シンヤはハッサムの背後に立ち、右手を掲げる。
「冷徹なる鋼に、熱き魂を宿せ!」
ハッサムが両腕を広げた。
「ハッサム、メガシンカ!」
光がフィールドを包み込む。
ハッサムの装甲が変化し、全身の筋肉と鋼のような外殻がさらに発達していく。
両腕の鋏は巨大化し、鋭さと力強さを増した。
光が弾ける。
そこに立っていたのは――メガハッサム。
「ハッサムゥゥッ!」
その咆哮が、氷のフィールドに響き渡った。
◆初めてのメガシンカ――鋼の戦士、降臨
観客席が一斉に沸いた。
「メガシンカだと!?」
「ハッサムが、さらに進化したのか!?」
実況も驚きを隠せない。
「シンヤ選手、ここでメガシンカを発動! ハッサムはストライクから進化するポケモンですが、さらにメガシンカすることで、その姿と能力を変化させました!」
実況は続ける。
「対するアルト選手のゲッコウガ、ファイアローは、いずれもカロス地方で知られるポケモン! シンヤ選手もアルト選手も、異なる地方のポケモンを使いこなしています!」
サトシは目を輝かせた。
「なんだあの赤いカッコいいポケモン!?」
その隣では、カスミが悲鳴を上げていた。
「いやぁぁぁぁぁ!? カッコいいかもしれないけど、虫ポケモン!? しかも、さらに大きくなったじゃない!」
タケシは苦笑する。
「落ち着け、カスミ。確かに虫タイプだが、今はそんなことを気にしている場合じゃないぞ」
「気にするわよぉ!」
カスミはガタガタと震えながらも、フィールドから目を離せなかった。
サトシはピカチュウを抱き上げる。
「すげえな、ピカチュウ! メガシンカするハッサムなんて、初めて見たぜ!」
「ピカピカ!」
別の観客席では、シゲルも目を細めていた。
「また見たことのないポケモン……いや、正確にはメガシンカした姿か」
彼は腕を組み、フィールドを見つめる。
「しかも、シンヤはもう三匹を繰り出した。ここからが見ものだね」
さらに別の席では、リーフとブルーが驚きの声を上げていた。
「凄いわ! またメガシンカするポケモン!」
「第2回戦のベテラントレーナーもメガフシギバナを使っていたけれど……今年のカントーリーグは、本当にレベルが高いわね」
ブルーは感心したように呟く。
リーフは、メガハッサムを見つめた。
(シンヤ君……まだ、こんなポケモンを隠していたのね)
その目には、驚きと対抗心が入り混じっていた。
一方、フィールドのシンヤは、アルトのファイアローを観察していた。
(さーて。ここまでの動きなら、はやてのつばさではないな)
もし、ファイアローがHP満タン時に飛行技を先制で使える特性『はやてのつばさ』なら、シャワーズが交代する前にブレイブバードを叩き込まれていた可能性がある。
もちろん、ファイアローがあえて使わなかった可能性もある。だが、ここまでの攻撃の選び方や動きから判断すれば、別の特性を持っていると考える方が自然だった。
(となると、『ほのおのからだ』か)
シンヤはメガハッサムへ視線を戻した。
「ハッサム。氷が溶けて、水がむき出しになっている場所があるだろう?」
「ハッサム!」
「そこに、思いっきり叩きつけろ!」
メガハッサムは、ファイアローへ突撃するのではなく、氷の上を駆けた。
そして、両腕を振り上げる。
ドォンッ!!
鋼の拳が水面を叩きつけた。
大量の水しぶきが噴き上がり、周囲へと降り注ぐ。
そのすぐ近くにいたファイアローは、避ける間もなく水を浴びた。
「ファイアロー!?」
翼も身体も、ずぶ濡れだ。
「今だ、つるぎのまい!」
メガハッサムが鋏を掲げ、身体の周囲に鋭い光をまとわせる。
攻撃力が上昇した。
「バレットパンチ!」
メガハッサムの腕が、目にも止まらぬ速さで突き出される。
ファイアローは水を振り払おうとしたが、間に合わなかった。
ドゴォッ!!
鋼の拳がファイアローを捉え、フィールドの端まで吹き飛ばす。
ファイアローは地面へ落下し、そのまま動かなくなった。
「ファイアロー、戦闘不能!」
アルトの顔から笑みが消えた。
「くっ……! ほのおのからだで接触を狙うつもりだったが、水を浴びたせいで……!」
メガハッサムは、ファイアローの炎を恐れることなく立っている。
シンヤは淡々と言った。
「炎を使う相手に、濡れた状態で戦わせる。特性が何であれ、こちらが有利になる状況を作るのは基本だろ?」
アルトは目を細めた。
「君は……本当に、十歳なのか?」
「さあな。今はバトルに集中しようぜ」
◆ゲッコウガ再登場――紅と蒼の閃光
アルトはファイアローをボールへ戻し、最初のポケモンを再び繰り出した。
「行け、ゲッコウガ!」
ゲッコウガがフィールドへ戻る。
メガハッサムを見据え、その手元に水の苦無を形成した。
シンヤは、メガハッサムの様子を確認する。
バタフリーから引き継いだ三度のちょうのまい。
そして、シャワーズを経由して引き継いだ強化。
さらに、メガシンカによる能力の変化。
一方で、シャワーズが使ったとけるとアクアリングの効果は、交代によってメガハッサムへ引き継がれている。
「ハッサム、迎え撃て!」
「ゲッコウガ、みずしゅりけん!」
ゲッコウガが水の苦無を投げつける。
メガハッサムは巨大な鋏を振るい、水の苦無を弾き飛ばした。
「ハッサム、バレットパンチ!」
「ゲッコウガ、とんぼがえり!」
ゲッコウガは高速で突進し、メガハッサムの鋏をすり抜ける。
攻撃を当てた直後、反動を利用して距離を取ろうとした。
だが、メガハッサムは追いすがる。
紅い装甲が氷の上を走り、蒼い水の軌跡がその周囲を舞う。
「うおおっ! 速い!」
観客席から歓声が上がる。
アルトは、ゲッコウガの動きに合わせて指示を出した。
「れいとうビーム!」
ゲッコウガが冷気を放つ。
メガハッサムは身体をひねり、氷の上を滑るように回避した。
そのまま巨大な鋏を振り下ろす。
「ハッサム、シザークロス!」
「ゲッコウガ、あくのはどう!」
鋏が交差し、ゲッコウガの放つ波動と激突する。
氷のフィールドに、紅と蒼の光が交錯した。
しかし、均衡は長く続かなかった。
「今だ、ハッサム!」
メガハッサムは両腕を大きく広げ、鋏を交差させる。
「ハッサムゥゥゥッ!!」
ズバァッ!!
シザークロスがゲッコウガを捉えた。
あくタイプを持つゲッコウガに、むし技は効果抜群。
しかも、つるぎのまいによって攻撃力が上がっている。
ゲッコウガは大きく吹き飛ばされ、氷の上を滑っていった。
「ゲッコウガ、戦闘不能!」
審判の宣告が響く。
「二匹目も倒したぞ!」
「メガハッサム、強すぎる!」
観客席が熱狂に包まれた。
アルトはゲッコウガのボールを握りしめ、しばらく沈黙した。
(ファイアローもゲッコウガも倒された……。だが、まだ終わりじゃない)
彼は最後のボールを手に取る。
「……ようやく―――ここで初めて本気を出す時が来たようだ」
その表情には、再び不敵な笑みが戻っていた。
◆メガルカリオ――波導の限界突破
「出てこい、ルカリオ!」
青と黒の体毛を持つルカリオが、フィールドへ降り立つ。
その首元には、チェーンで固定されたメガストーンが輝いていた。
シンヤは、その姿を見て静かに息を吐いた。
(やっぱり、最後はメガシンカか)
アルトはルカリオの隣へ立ち、胸元に手を当てる。
「胸の奥の波導が叫んでいる……」
ルカリオもまた、強い闘志を宿した目でメガハッサムを見つめた。
「行くぞ、限界突破のメガシンカ!」
ルカリオの身体が光に包まれる。
光が弾け、さらに研ぎ澄まされた姿が現れた。
メガルカリオ。
その全身から、強烈な波導が放たれる。
観客席から、再び大歓声が上がった。
「メガルカリオだ!」
「両方ともメガシンカしているぞ!」
実況が叫ぶ。
「これぞメガシンカ同士の激突! シンヤ選手のメガハッサムに対し、アルト選手も切り札のメガルカリオを投入しました!」
アルトは、メガルカリオの肩へ手を置いた。
「ここからが本番だ。行くぞ!」
シンヤはメガハッサムを見つめる。
「受けて立つぞ、ハッサム」
「ハッサム!」
両者が同時に動いた。
「ルカリオ、しんそくからコメットパンチ!」
「ハッサム、でんこうせっかからインファイト!」
メガルカリオが先制技で距離を詰め、その拳に鋼の輝きをまとわせる。
メガハッサムもまた、鋭い踏み込みから連続攻撃を繰り出した。
ガギィンッ!!
拳と鋏が激突する。
氷が砕け、足元に亀裂が走る。
二匹は互いに距離を取り、すぐさま再び突撃した。
「コメットパンチ!」
「インファイト!」
鋼の拳がぶつかり合い、衝撃波が周囲へ広がる。
だが、戦いが続くにつれ、少しずつ差が生まれ始めていた。
メガハッサムは、地面に足をつけずとも跳躍し、飛翔することで攻撃の角度を変えられる。
一方のメガルカリオは、地面を蹴って移動し、踏み込みによって攻撃の威力を引き出していた。
その差が、氷のフィールドで大きくなっていく。
ファイアローのフレアドライブによって溶けた場所。
ゲッコウガとメガハッサムの激突によって、ひび割れた場所。
そして、シャワーズが掘った穴。
足場は、戦いが進むほど不安定になっていた。
メガルカリオは波導を使い、姿勢を保とうとする。
だが、どれほど優れた感覚を持っていても、崩れかけた氷の上で無理な踏み込みを繰り返せば、限界はある。
シンヤはその変化を見逃さなかった。
(足場が悪くなってきた。ハッサムは空中から角度を変えられるけど、ルカリオは踏み込むたびに滑る可能性がある)
アルトもまた、戦況を理解していた。
(このまま打ち合えば、こちらが不利になる。ならば……一撃で決める!)
彼は拳を握りしめた。
「ルカリオ! 最大出力のインファイトだ!」
メガルカリオの全身から波導が噴き上がる。
両拳が光をまとい、強烈な一撃の準備が整った。
シンヤは、すぐに指示を返す。
「ハッサム、こっちもインファイトだ!」
メガハッサムの両腕が力強く引かれる。
二匹は、真正面から激突する構えを取った。
観客席が静まり返る。
「両者、ここで大技を選択!」
実況の声が響く。
「決めるぞ、ルカリオ!」
「行け、ハッサム!」
二匹が同時に地面を蹴った。
ドゴォォォォンッ!!
最大出力のインファイトが、正面からぶつかり合う。
波導と鋼の衝撃が氷を砕き、白い破片が空へ舞い上がった。
メガルカリオは力を込め、メガハッサムを押し切ろうとする。
だが、その足元で――氷が滑った。
「なっ!?」
踏み込みに使った氷が砕け、メガルカリオの身体がわずかに傾く。
波導で姿勢を立て直そうとしたが、最大出力の一撃を繰り出した直後だった。
ほんの一瞬、体勢が崩れる。
その隙を、メガハッサムは見逃さなかった。
「今だ、ハッサム!」
メガハッサムは空中で身体をひねり、巨大な鋏を振り抜いた。
ガゴォンッ!!
鋏の一撃がメガルカリオの顎を捉える。
メガルカリオの身体が大きく吹き飛び、溶けて水になったフィールドへと落下した。
ザバァァンッ!!
大きな水しぶきが上がる。
観客たちは息を呑み、フィールドを見つめた。
数秒後。
水面に、メガルカリオの身体が浮かび上がる。
その光が消え、元のルカリオの姿へ戻っていた。
ルカリオは目を閉じたまま、動かない。
審判が旗を上げる。
「ルカリオ、戦闘不能! よって、この試合――勝者、シンヤ選手!」
一瞬の静寂。
そして、会場を揺るがすほどの歓声が響き渡った。
「うおおおおおおっ!!」
「メガシンカ同士の対決を制したぞ!」
「シンヤ選手、予選突破だ!」
シンヤはメガハッサムのもとへ歩み寄った。
「よくやった、ハッサム!」
メガハッサムは鋏を打ち鳴らし、力強く吠えた。
その姿は、まさに鋼の戦士だった。
◆敗者の誇りと、勝者の言葉
アルトはルカリオのもとへ駆け寄り、静かにボールへ戻した。
「……やられたよ」
彼はシンヤの前へ歩み寄る。
「メガシンカの力を引き出し、正面からの打ち合いでも勝つつもりだった。だが、君はフィールドそのものを戦術に組み込んでいたんだね」
「氷の上で力を入れれば、滑る可能性がある。ルカリオが弱かったわけじゃない。あの一撃は本当に強かったよ」
シンヤは率直に言った。
「ただ、ハッサムは空中で体勢を変えられる。そこに差が出た。それだけだ」
アルトはしばらく黙り込んだあと、笑った。
「なるほど。君は、ポケモンの能力だけでなく、地形や状況も含めて勝ち筋を考えているんだね」
「まあな。強いポケモンを使うだけじゃ、勝てない時もあるから」
「……いい試合だった。君のようなトレーナーと戦えてよかったよ」
アルトが手を差し出す。
シンヤはその手を握り返した。
「俺もだ。また機会があれば戦おう」
「その時は、もっと強くなって戻ってくるよ」
二人は握手を交わし、互いの健闘を称えた。
こうして、シンヤは予選最終戦を突破した。
そして――。
サトシ、シゲル、リーフ、シンヤ。
マサラタウンからセキエイリーグへやってきた新人トレーナー全員が、予選を突破したのだった。
◆試合後――サトシたちの感想
サトシはピカチュウを抱え、興奮した声を上げた。
「すげえ技の応酬だったな、ピカチュウ!」
「ピカピッカ!」
「メガシンカ同士の戦いなんて、迫力が違うわね……」
カスミはそう言いながら、メガハッサムの姿を思い出し、少し身を震わせた。
「でも、やっぱり虫ポケモンは苦手ぇ……」
「ハハハ。メガシンカで格好よくなったのは分かるが、虫は虫だからな」
タケシが笑う。
「そこ、納得しないでよ!」
サトシは二人のやり取りを気にせず、拳を握りしめた。
「それにしても、シンヤはすげえな! バタフリーで能力を上げて、シャワーズで耐久を整えて、最後にメガハッサムで一気に決めるなんて!」
「そうだな。あれは単に三匹を交代させただけじゃない」
タケシは真剣な表情に戻る。
「バタフリーのちょうのまいをバトンタッチで引き継ぎ、シャワーズはとけるとアクアリングで守りを固めた。そこからメガハッサムへつなぎ、攻撃の機会を作ったんだ」
「しかも、シャワーズが氷の下に潜ったことで、ファイアローに地形を変えさせていた。あの水しぶきも、ちゃんと狙っていたのね」
カスミも感心したように頷いた。
「うーん……やっぱり、シンヤってすごいな!」
サトシは、フィールドから去っていくシンヤを見つめた。
「オレも、もっといろんな戦い方を考えないとな!」
その目には、ライバルへの憧れと、次の戦いへの闘志が宿っていた。
◆シゲルの分析――恐るべきバトンタッチ
シゲルは、試合の流れを頭の中で整理していた。
「恐ろしい戦術だね……」
彼は冷や汗を浮かべながら、フィールドを見つめる。
「バタフリーでちょうのまいを三回積み、攻撃・特防・素早さを上げる。それをバトンタッチでシャワーズに引き継いだ」
シゲルは指を折りながら続ける。
「シャワーズは氷の下へ潜り、とけるで物理耐久を強化し、アクアリングで継続回復。そして、ファイアローの攻撃を受ける直前に、もう一度バトンタッチ……」
彼はメガハッサムを思い返す。
「メガハッサム自体は、バトンタッチでちょうのまいの強化を引き継いだ。しかも、つるぎのまいでさらに攻撃力を上げていた。あの時点で、すでに相当な脅威だったんだ」
シゲルは腕を組み直す。
「厄介ってもんじゃない。シンヤの手持ち次第では、フルバトルでも全抜きされる恐れがあるぞ」
彼は自分の手持ちポケモンを思い浮かべた。
対策を考えなければならない。
強制交代技で積み上げた能力をリセットするか。ちょうはつなどで変化技を封じるか。あるいは、能力上昇を無視する手段を用意するか。
しかし、シンヤが必ずバトンタッチ戦術を使うとは限らない。
「……なるほど。だからこそ厄介なんだ」
相手の対策を読んだうえで、別のポケモンを選ぶこともできる。
シンヤの手持ちは多い。
本戦で対戦する可能性が高くなった今、シゲルは初めて、シンヤを単なる幼馴染やライバルとしてではなく、徹底的に分析すべき強敵として捉え始めていた。
◆リーフとブルー――見せつけられた脅威
「……おっそろしいことをするわね、シンヤ君」
ブルーは感心と警戒が入り混じった声で言った。
リーフは首を傾げる。
「そんなに恐ろしいことなの、ママ?」
「恐ろしいってものじゃないわよ。あのバトンタッチ戦術は、対策がなければ本当に危険なの」
ブルーは、メガハッサムを思い返しながら説明した。
「バタフリーがちょうのまいで能力を上げ、シャワーズが耐久と回復を準備して、その強化をメガハッサムへ渡す。相手がその流れを止められなければ、強化されたポケモンを相手にすることになる」
「じゃあ、強制交代技で交代させればいいんじゃない?」
「それも対策の一つね。ちょうはつなどで変化技を封じる方法もあるわ。けれど、シンヤ君が必ず同じ手を使うとは限らない。相手の対策を見て、別の戦術へ切り替えることだってできる」
リーフは、少し青ざめた。
「そっか……。ハッサム対策に炎ポケモンを用意したとしても、シンヤ君が別のポケモンを出すかもしれない。バトンタッチ対策を用意しても、そもそもバトンタッチを使わない可能性がある……」
「そういうこと」
ブルーは頷いた。
「それに、今回のバタフリーのちょうのまいで上がった特攻は、物理攻撃主体のハッサムには直接役立たない。それでも、素早さの上昇を利用し、強化された状態で攻めることができた」
「つまり、シャワーズがアタッカーだったら……?」
「話はもっと厄介になっていたでしょうね。ちょうのまいで素早さが上がったシャワーズが、特殊技で攻撃してくる可能性もあったのだから」
リーフは息を呑んだ。
「……シンヤ君、そこまで考えていたの?」
「考えていたかどうかは本人に聞かないと分からないわ。でも、少なくとも、あの試合で見せた戦術は本戦出場者の頭に焼きついたはずよ」
ブルーは静かに続けた。
「『メガシンカするハッサムを使い、バトンタッチで能力を引き継がせるトレーナーがいる』ってね」
リーフは、フィールドを去るシンヤの背中を見つめた。
(シンヤ君は、まだまだポケモンを持っている。その中に、メガシンカできるポケモンが何匹いるのかも分からない……)
彼女は拳を握りしめた。
(でも、だからこそ勝ちたい。シンヤ君の戦術を知って、それを乗り越えて勝つんだ)
ブルーは娘の表情を見て、微笑んだ。
「いい顔になったわね、リーフ」
「当然よ。私だって、負けるつもりはないもの!」
◆シンヤたち――印象操作の成果
試合後、控室へ向かう通路。
シンヤはハッサムのボールを手にしながら、満足げに頷いていた。
その隣にはレン、ラム、レムがいる。
レンは楽しそうに微笑んだ。
「流石ね、シンヤ。これで本戦に出場するトレーナーたちへの印象操作は完璧かしら♪」
「印象操作って……言い方が悪いだろ」
シンヤは苦笑した。
ラムは腕を組み、感心したように言う。
「流石坊ちゃま。あくどいことを平気でするわね。感服ものよ」
「ラム、あくどいって言うなよ!」
「だって、そうでしょう? 相手にバトンタッチ戦術を見せつけて、メガハッサムの強さまで印象づけたんですから」
ラムはにやりと笑った。
「本戦で坊ちゃまと当たる相手は、さぞかし頭を悩ませるでしょうね」
「姉様、そんな言い方はあんまりです。シンヤ君の戦略なんですから」
レムが困ったように微笑む。
レンは、シンヤの顔を覗き込んだ。
「でも、実際にそうでしょう? 今回の試合を見た人たちは、シンヤの手持ちにメガシンカできるポケモンがいることを知った。しかも、ただメガシンカさせるだけじゃなくて、バトンタッチまで使いこなす」
「まあな」
シンヤは肩をすくめた。
「本戦では、相手も俺のことを調べてくるだろう。なら、こっちも相手に考えさせる材料を与えておく。ハッサム対策を考えるか、バトンタッチ対策を考えるか、それとも別の可能性を警戒するか……」
シンヤは、少しだけ口元を緩めた。
「どれを選んでも、相手の選択肢は増える。考えすぎれば、逆に判断が鈍ることもある」
「なるほど。さすが坊ちゃま、悪知恵が働きますね」
「だから、ラム!」
レンとレムが、思わず笑い声を漏らした。
シンヤは苦笑しながら、ハッサムのボールを見つめる。
(ただし、本戦はここからだ。相手も強い。今日の戦術が通用しないことだってある)
彼は表情を引き締めた。
(だからこそ、次も考える。相手の強さを見て、仲間の力を引き出す。それが俺の戦い方だ)
予選突破。
それは、終わりではない。
シンヤたちの本当の戦いは、ここから始まるのだった。