予選4回戦を突破し、見事に本戦出場を決めたシンヤたちマサラタウン出身の同期4人。
熾烈な予選を勝ち抜いたトレーナーたちには、本戦開始まで二日間の休息期間が与えられた。
長丁場の大会を戦い抜くためにも、トレーナーとポケモン双方のコンディションを整える必要がある。
もちろん、シンヤも例外ではない。
本来ならば、ゆっくり身体を休める予定だったのだが――。
「ムチュー!」
「はいはい。ミルクね」
シンヤの腕の中で、小さなポケモンが声を上げる。
その正体は、ムチュール。
カンナから預かっていたタマゴが、なんと予選4回戦の試合直後に孵化したのだ。
生まれたばかりのムチュールは、赤ん坊特有の泣きわめくようなことは少ない。むしろ比較的おとなしい方だと言える。
ただし、ひとつ問題があった。
「……またか。さっき飲んだばかりだろ?」
「ムチュー!」
「分かった分かった。お腹が空いたんだな」
ミルクを欲しがる頻度がかなり高いのである。
そのため、シンヤは休息時間の大半をムチュールのお世話に費やしていた。
もっとも、シンヤ一人で面倒を見ているわけではない。
「坊ちゃま、次は私が見ておきます。少し休んでください」
「そうそう。大会中なんだから、少しくらい私たちに任せなさいよ」
「ラムの言う通りです。ムチュールちゃんも、私たちに任せて大丈夫ですよ」
レン、ラム、レムの三人が交代で世話をしてくれている。
これがリーグ期間中でなければ、シンヤは自分で最後まで面倒を見るつもりだった。
しかし、今は大会の真っ最中。
本戦に向けた準備やポケモンたちの調整もあるため、さすがにすべての時間をムチュールに費やすわけにはいかない。
「助かるよ。俺も少しは休ませてもらう」
「ふふっ。坊ちゃまがそう言うなんて、珍しいですね」
「何だよ。俺だって休むときは休むぞ」
「本当かしら?」
「ラム、からかわないの」
レムにたしなめられ、ラムは肩をすくめた。
そんなやり取りをしながら、シンヤはムチュールをレンに預ける。
そして、彼が休息期間中に取り組んでいたもうひとつの仕事へと向かった。
それは、ポケモンたちの状態確認と技構成の調整だった。
「さて、次はお前だな」
シンヤの目の前にいるのは、ハクリュー。
「リュー!」
ハクリューは元気よく鳴き、長い身体をくねらせる。
シンヤはその身体に手を添え、波導の眼を使って状態を確かめた。
「身体にエネルギーが満ちてきてるな。もう進化が近いか」
「リュー!」
「ハハハ。用意したこれも無駄にならなそうだな」
シンヤがハクリューの首元にある金属製のリングへ目を向ける。
そこには、小さな宝石が組み込まれていた。
メガストーン――カイリュナイト。
以前、ナツメから譲り受けたメガストーンのひとつである。
ハクリューがカイリューへと進化した際には、メガシンカできるようにと、あらかじめリングへ組み込んでおいたのだ。
もっとも、現時点ではハクリューのまま。
メガシンカはまだ先の話である。
「進化した後のことも考えて、技構成を調整しておかないとな」
「リュー!」
今回、シンヤはハクリューの技構成を大きく見直していた。
以前の第1回戦では、雨や晴れといった天候操作を中心に戦ったため、観客や対戦相手には「天候を操るポケモン」という印象が強く残っているはずだ。
もちろん、それはハクリューの強みのひとつである。
しかし、それだけではない。
今回の調整では、天候に頼らない攻撃の連携を増やすことを目的としていた。
**㉑ ハクリュー**
- レベル:54
- 特性:ふしぎなうろこ
- メガシンカ:なし
**覚えている技**
- 接近戦:しんそく、アクアジェット
- 遠距離技:たつまき、りゅうのはどう、かみなり、かえんほうしゃ、れいとうビーム、ウェザーボール、こごえるかぜ、ほのおのうず
- 変化技:りゅうのまい、でんじは、あまごい、にほんばれ
「たつまき、ほのおのうず、こごえるかぜ。このあたりが今回の調整の中心だな」
シンヤはハクリューの技構成を確認しながら説明する。
「たつまきとほのおのうずを組み合わせれば、炎を巻き込んだ竜巻を作れる。こごえるかぜなら、氷や冷気を利用した竜巻も可能だ」
単独の技として使うだけでなく、技と技を組み合わせることで新しい攻撃手段を生み出す。
それが今回の狙いだった。
「炎の竜巻で相手の動きを制限したり、氷の竜巻で足場を凍らせたり……状況次第で色々できる」
「リュー!」
「もちろん、技を増やしただけで使いこなせるわけじゃない。別荘での特訓でも確認したけど、実戦でどう使うかはまだまだ工夫が必要だ」
ハクリューは進化が近づいている影響なのか、以前よりも多くの技を覚えておけるようになっていた。
そのため、今回の技の追加も問題なくこなせたのである。
「進化したら、さらに選択肢が増えるかもしれないな」
「リュー!」
「期待してるぞ」
シンヤはハクリューの頭を優しく撫でた。
今回の調整は、単に技を増やしただけではない。
相手に「天候操作」という印象を持たせたまま、別の攻撃手段を用意する。
それによって、対戦相手の予測を外すこともできるだろう。
「さて――そろそろ戻るか」
そう言ってシンヤが歩き出そうとした、そのとき。
「お前もポケモンリーグに参加してたのか!――クロス!」
どこからか、聞き覚えのある怒鳴り声が響いてきた。
シンヤは足を止める。
「……ん?」
声のした方向へ向かうと、そこにはサトシと、見慣れない青年がいた。
青年は目立つオレンジ色の髪をしており、前髪が額の上で交差している。顔には大きなヒゲも生えていた。
「ハッ。だったらなんだってんだ、雑魚トレーナー。あの雑魚ヒトカゲは成長したのかよ?」
「当たり前だ! あのヒトカゲは今では立派に育っているぜ!」
「どうだかな。ヒトカゲの段階で才能ねえから、俺は捨てたまでだ」
その言葉を聞き、シンヤは思わず目を細めた。
(……ヒトカゲを捨てた?)
その青年の名前はクロス。
シンヤが直接会うのは初めてだったが、サトシは旅の途中で何度か遭遇しているようだった。
そして、シンヤにはひとつ思い当たることがあった。
(そうか。あのヒトカゲの元トレーナーが、こいつだったのか)
以前見たアニメの記憶では、確かダイスケという人物がヒトカゲを捨てた話だった。
しかし、この世界ではクロスがその役割を担っているらしい。
周囲にいたトレーナーたちも、クロスの発言に気分を悪くしたような表情を浮かべていた。
それに気づいたクロスは、両手を広げて鼻で笑う。
「はっ? なんだよ。俺は事実を言っただけだぜ?」
「……」
「まともに炎技もしっかり使えない奴を、使えない奴として捨てることの何が悪いってんだ?」
「お前っ!」
サトシが怒りに任せて詰め寄ろうとする。
しかし、その肩をタケシが掴んだ。
「サトシ、落ち着け」
「でもタケシ!」
「相手にする必要はない。ああいうトレーナーに何を言っても無駄だ」
隣にいたカスミも呆れたように息を吐く。
「そうよ。ポケモンを捨てたことを悪いと思ってない相手に、何を言ったって仕方ないわ」
さらに、サトシの隣にいたもう一人の少年が、そっと肩に手を置いた。
「サトシ。落ち着きなよ」
「……ヒロシ」
少年にたしなめられ、サトシは何とか怒りを抑え込んだ。
その様子を見て、クロスは「ハッ」と笑う。
そこへ、シンヤが声をかけた。
「サトシ、声が大きいぞ。周りの迷惑も考えろ」
「シンヤ?! でもこいつが――」
サトシはクロスを指さす。
「指を下ろせ」
「え?」
「気に入らない相手だからって、指をさしていいわけじゃないだろう」
「……あ、ああ。悪い」
サトシは渋々ながらも指を下ろした。
クロスは、そんなシンヤを不愉快そうに見つめる。
「お前は……珍しいポケモンで勝ち進んでいるだけの奴か」
「俺からすれば、珍しくもないんだがな。それで、お前は?」
「俺か? クロスだ。本戦出場した選手の一人といっておこうか」
「クロス、ね……」
その名前を聞いて、シンヤはようやく目の前の青年のことを思い出した。
(ああ、そういや劇場版でやられてたの、こいつだっけ)
もちろん、今は目の前の人物がどんな実力を持っているのか、正確には分からない。
しかし、少なくともポケモンを捨てたことを悪びれもしない相手だということは理解できた。
「……あんなヒトカゲを拾った奴の同期か? 大したことはないだろうな!」
「あんなヒトカゲ――ああ。そういうことか」
シンヤはサトシへ一度視線を向ける。
彼のリザードンがどれほど強くなったのか、シンヤは実際のバトルを見ていない。
だが、今のリザードンが、かつてのヒトカゲだった頃とは比べものにならないほど成長していることは想像できた。
「どんなポケモンも育て次第だ。捨てるということは、お前にはポケモンを育てる器量も度胸もないだけだろう?」
「……あ?」
「何より、ヒトカゲは進化していけば、より高みを目指せるリザードンになる可能性を秘めたポケモンだ。それをしっかり育てもしないで捨てるような奴の方が、大したことはない」
「……んだと、てめぇ」
クロスがシンヤを睨みつける。
だが、シンヤは涼しい表情のまま受け流した。
そして、クロスの腕に目を向ける。
「腕につけている『それ』を持っているってことは、腕は確かでも人間性は最低のようだな」
「……ほう?」
クロスの腕には、Zリングが装着されていた。
シンヤの視線に気づいたクロスは、見せびらかすように腕を持ち上げる。
「これが何か分かるってことは、知識はあるんだな」
「まあね。ま、それがあろうが俺のポケモンがお前如きに負ける要素はないけど」
「……言うじゃねえか、この野郎」
クロスはさらに険しい表情を浮かべる。
しかし、その一方でサトシは少しずつ落ち着きを取り戻していた。
シンヤが代わりに言いたいことを言ってくれたから、というわけではない。
目の前の相手に対して、わざわざ怒りをぶつけ続ける必要はないと感じ始めたのだ。
「決勝リーグでは見てやがれ。俺のポケモンがお前をボコボコにして、ぎゃふんと言わせてやるよ!」
「ぎゃふん」
「……ッ!」
シンヤが淡々と復唱すると、クロスの額に青筋が浮かんだ。
しかし、何とか怒りを抑えたのか、クロスは大きな足音を立てながらその場を去っていった。
その背中を、サトシはまだ睨みつけている。
「あいつ!」
「むかつくからって、相手の挑発に乗るのは良くないぞ」
「分かってるけどさぁ……リザードンの気持ちを考えると」
「お前、今はお前のリザードンだろう? あのリザードンが今更あんな小物を気にするか?」
「……た、確かに」
サトシは、自分のリザードンの普段の様子を思い出す。
今では立派な仲間であり、頼れる相棒だ。
クロスに捨てられた過去を持っていたとしても、今のリザードンはサトシと共に歩んでいる。
「ま、リザードンがどう思っているかは、本人にしか分からないけどな」
「うん。そうだな!」
シンヤはそこで、サトシの隣にいる見慣れない少年へと目を向けた。
「それで、そっちにいる見慣れない奴は?」
「ああ、紹介するよ。僕はヒロシ。サトシとはちょっとした縁で友達になったんだ」
「俺はシンヤ。サトシと同じマサラ出身だ」
二人は互いに手を差し出し、握手を交わす。
「よろしく、シンヤ」
「ああ、よろしく」
「決勝で当たったらよろしくね、シンヤ!」
「こちらこそ」
簡単な挨拶を済ませると、シンヤはサトシたちと別れ、自分に用意されたコテージへと戻っていった。
その後も、シンヤたちはムチュールの世話を交代で続けた。
休息期間とはいえ、シンヤにとってはなかなか忙しい二日間だった。
そして――休息の二日間が終わった。
いよいよ、ポケモンリーグ決勝リーグ当日の朝。
会場の特設ステージには、熾烈な予選を勝ち抜いた本戦出場者たちが集まっていた。
ステージ中央の受付前には、巨大な水槽が設置されている。
その中には、たくさんのコイキングが泳いでいた。
今回の決勝リーグでは、トーナメントの組み合わせを決める方法が少し変わっている。
選手たちが順番に釣竿を使って水槽内のコイキングを釣り上げ、そのお腹に書かれた番号をスタッフが確認する。
その番号によって、トーナメントの枠が決定するという仕組みだった。
「……コイキングを釣って決めるのか」
シンヤは水槽を眺めながら、少しばかり感心したように呟いた。
「面白い方法だね」
隣にいたレンも、興味深そうに水槽を覗き込んでいる。
「釣り上げたコイキングの番号で対戦相手が決まるなんて、運も絡んでくるわね」
「坊ちゃま、釣りならお得意なのでは?」
ラムが尋ねる。
「まあ、釣り竿は持っているけどな。今回は腕前より運だろう」
「ふふっ。どんな相手になるか楽しみですね」
レムも微笑む。
シンヤたちがステージへ到着すると、そこには既にサトシ、シゲル、リーフ、ヒロシの姿があった。
少し離れた壁際には、クロスもいる。
「遅かったな、シンヤ!」
サトシが手を振る。
「やあシンヤ。重役出勤かい?」
シゲルはいつものようにからかうような笑みを浮かべた。
「おはよう、シンヤ君」
リーフも挨拶する。
「色々と用意をしててな」
「へぇ、そんな用意することってあるか?」
「サートシ君とは違うってことだろう」
「なんだとシゲル!?」
またしても始まる二人の言い争い。
シンヤは苦笑しながら、その様子を眺めた。
そのとき、リーフがシンヤの方へ近づいてくる。
「久しぶりね、レンちゃん」
「うっふふ。なんでそんなに睨むのか分からないけど、久しぶりね、リーフちゃん」
二人は笑顔を浮かべている。
しかし、その視線の間には明らかな火花が散っていた。
そして――。
「……」
シンヤの右腕をレンが、左腕をリーフが、それぞれ掴んでいる。
両方向から引っ張られ、シンヤは困ったように二人を見た。
「俺も呼ばれてるらしいから、離してくれ……」
「……仕方ないわね」
「ふふっ。呼ばれているなら仕方ないわね」
二人は名残惜しそうに手を離した。
シンヤは小さく息を吐き、受付の方へ向かう。
「それでは、マサラタウンのシンヤ君。どうぞ!」
スタッフに呼ばれ、シンヤは釣竿を受け取った。
竿を握り、水槽へと糸を垂らす。
しばらくすると、ウキが小刻みに揺れ始めた。
「……来たな」
シンヤは竿を握る手に力を込める。
そして、ウキが大きく沈んだ瞬間――一気に竿を跳ね上げた。
「おおっ!」
水しぶきを上げながら、丸々と太ったコイキングが宙を舞う。
スタッフがそのお腹を確認する。
「番号は――『B-4』です!」
「B-4か」
シンヤは発表された番号を確認し、トーナメント表へ目を向けた。
そこには、すでに他の選手たちの番号が記されている。
シゲルは『A-2』。
サトシは『A-3』で、ヒロシとの対戦が決まっている。
リーフは『B-2』。
そして、クロスは『B-4』だった。
「サトシやシゲルとは決勝。リーフとは順当にいけば準決勝か」
シンヤは静かに呟く。
そして、自分と同じB-4の枠にいる人物へと目を向けた。
クロス。
彼はシンヤの視線に気づくと、親指を首に当て、横へ引くような仕草を見せた。
まるで、相手の首を切るかのように。
それを見たシンヤは、表情を変えないまま心の中で呟く。
(……とりあえず、あいつはぶっ殺すか)
もちろん、ポケモンバトルでの話である。
こうして、決勝リーグ第5回戦。
シンヤの最初の対戦相手は、思わぬ因縁が生まれたクロスに決定した。
「クロスか。頑張れよ、シンヤ!」
サトシが応援する。
「経緯はサトシから聞いたよ。彼に負けることは許さないよ?」
シゲルも珍しく真剣な表情だった。
「頑張って、シンヤ君」
リーフも力強く声をかける。
「ああ」
シンヤは三人の言葉に頷いた。
「ああいう手合いは腹に来るタイプだからな――――捻じ伏せるわ」
その声は、普段のシンヤとは少し違っていた。
穏やかな雰囲気の奥に、冷たい闘志が宿っている。
周囲の温度が、ほんの少し下がったように感じられるほどだった。
レンはその変化に気づき、シンヤの横顔を見つめる。
ラムとレムも、いつもとは違う彼の様子に気づいていた。
何しろ、シンヤもまたヒトカゲを育ててきたトレーナーだ。
ポケモンがどれほど努力し、どれほどの時間をかけて成長していくのかを知っている。
最初から強いポケモンばかりではない。
思うように技が使えないこともある。
負けることも、失敗することもある。
それでも、トレーナーとポケモンが共に歩み、少しずつ強くなっていく。
その過程こそが、ポケモンを育てるということなのだ。
だからこそ、別個体のヒトカゲであろうと、同じヒトカゲを育ててきたシンヤにとって、クロスの言葉は許しがたいものだった。
「……シンヤ」
レンがそっと声をかける。
「大丈夫だ。心配するな」
シンヤはいつもの表情に戻り、レンたちへ微笑んだ。
「ただ、あいつにはポケモンを育てるということがどういうことなのか、少し教えてやる必要がある」
その視線の先には、まだクロスがいた。
決勝リーグ最初の戦い。
それは、単なる勝ち上がりを懸けた試合ではない。
ポケモンを育てる者として、シンヤが譲れないものを懸けた戦いになろうとしていた。
以上、シンヤの相手は劇場版-キミに決めた!-に出てくるクロスです。
そして気づく人もいるかもだけどシンヤの関わる可能性があるため、ここでは本来
健康診断と称して、ロケット団がリーグ参加者のポケモンを狙うけどそれがいないよ