◆インターバル――母からの言葉
三分間のインターバル。
リーフはベンチに座り、俯いていた。
その背中を、ブルーが軽く叩く。
「ほら! 何俯いてんの!」
「ママ……」
「まだ試合は終わってないのよ! ここから逆転する手を考えなさい!」
「う、うん……」
ブルーの言葉に、リーフは小さく頷いた。
しかし、表情から元気が戻った様子はない。
それも無理はなかった。
前半戦では、自分が考えていた戦術を次々と無効化され、こちらの行動を逆手に取られてしまった。
相手のポケモンは、ほとんど無傷。
対して、自分はすでに三匹を失っている。
「(無傷の相手に、残り三匹で挑む……。きついわね)」
ブルーはちらりとシンヤの方を見る。
「(何より、手持ちの練度の差が凄いわね。ただ単にレベルを上げただけじゃない)」
先ほどのブーバーンとニドクインの攻防を思い出す。
同じ炎技。
しかも、ニドクインが放ったのは、威力で勝るだいもんじだった。
それなのに、ブーバーンのかえんほうしゃは正面からそれを突き破った。
「(技一つ一つの練度が高い。いくら晴れで強化されていたとしても、ああも簡単に貫けるものじゃないわ)」
ブルー自身、新人トレーナーだった頃に似たような経験はあった。
互いの技がぶつかり合い、相殺される。
それが普通だった。
しかし、シンヤのブーバーンは違った。
技の威力だけではない。
炎の出力、放つ角度、勢い、そして相手の技を押し切るための制御。
そうしたものが、徹底的に鍛えられている。
「(どういう育成力してんのよ、シンヤ君……)」
ブルーは、恐ろしいものを見るような目でシンヤを見つめた。
◆シンヤside――フルバトルの戦術
一方、シンヤはレン、ラム、レムと話をしていた。
「凄い戦い方をするわね、シンヤ」
「そうか?」
「ええ。今までの貴方のバトルは、真正面からぶつかるものが主だったでしょう?」
「そうですね。坊ちゃまは、どちらかというと相手に真っ向から向かうタイプかと」
「だからこそ、ラムたちは驚いているわけよ、坊ちゃま」
三人にそう言われ、シンヤはなるほどと呟いた。
「別におかしなことじゃないさ。むしろ、フルバトルは手持ちの動きや相手の戦術を、どれだけ早く把握できるかが勝敗に繋がる」
シンヤは置かれていた飲み物を手に取る。
「三人が見てきたバトルは、基本的に三対三だっただろう? 俺が今までフルバトルをしたのも、トキワジムくらいだしな」
「あー、そういえばそうだったわねぇ」
レンは思い出したように頷いた。
確かに、フルバトルを観戦するのは今回で二度目だ。
「フルバトルでは、いかに相手の手持ちを先に倒すかが肝になる。そのためには、事前に戦術を練るのも普通だ」
「ふーん。それでハガネールやゲンガーによる攻撃だったのね」
「そうだ」
シンヤはフィールドへ視線を向ける。
「他の地方では、インターバル終了後にフィールドを変更するところもあるらしいが、セキエイリーグにはそういった仕組みがない。だから、どくびしを消すには――」
「どくタイプを持つフシギバナを出すしかない、と」
「その通り」
シンヤは軽く頷いた。
「ぶっちゃけた話、ひでりキュウコンを起点にした戦術だからな。そこを崩せば、リーフの戦い方はかなり読みやすくなる」
そして、リーフの方を見る。
「……戦意喪失に近いか」
「それはそうよ。だって、シンヤが出した三匹、ほとんど無傷じゃない」
「ここから三匹で六匹を相手にするって、よほどのことがないと逆転は無理よ」
レンとラムが呆れたように言う。
「まあ、そう簡単にはいかないだろうけどな」
シンヤは残りのボールを確認した。
まだリーフには、フシギバナ、キュウコン、そしてまだ見ぬ1匹が残っている。
特にフシギバナは、リーフのエース。
最後まで油断するつもりはなかった。
そのとき、会場にアナウンスが響く。
『まもなくインターバルが終了します! 両選手はフィールドへお戻りください!』
シンヤは飲み物を置き、立ち上がった。
「さて、後半戦だ」
◆後半戦開始――メガスピアー、降臨!
「さあ、インターバル終了! 準決勝第二試合、後半戦の開始です!」
両者がフィールドへ戻る。
「お願い、フシギバナ!」
「頼むぞ、スピアー!」
「バアァァァナ!」
「スピッ!」
リーフの最初の一匹はフシギバナ。
対するシンヤはスピアーを繰り出した。
フシギバナが場に出た瞬間、フィールドに散らばっていたどくびしが消えていく。
毒タイプのフシギバナが、その毒を吸収するように解除したのだ。
だが――。
「っ……!」
フシギバナの身体に、ステルスロックのダメージが入る。
前半にハガネールが設置した岩の罠は、まだ残っていた。
「試合開始!」
「戻って!」
リーフは、すぐにフシギバナをボールへ戻した。
その判断を見て、シンヤは口元を緩める。
「戻す間につるぎのまい!」
「スピッ!」
スピアーが身体を回転させる。
その動きに合わせて、攻撃力が高まっていった。
(くっ……!)
リーフは唇を噛む。
フシギバナを出したのは、どくびしを解除するため。
しかし、その一瞬を利用して、スピアーに攻撃力を上げられてしまった。
本来なら、ここでキュウコンを出したい。
晴天を再び発生させ、残るポケモンたちの力を引き出したい。
だが、まだステルスロックが残っている。
(なんとか……なんとかステルスロックを!)
このままでは、キュウコンを出すたびにダメージを受けてしまう。
どうにかしてステルスロックを取り除かなければ、晴れを利用した戦術を十分に展開できない。
そこで、リーフは一つのことに気づいた。
(そうだ。見えないなら、見えないものごと壊せばいい!)
キュウコンを出そうとしていたボールから、別のボールへ持ち替える。
「お願い、ピカチュウ!」
「ピッカ! ピカッ?!」
ここでリーフが繰り出したのは、ピカチュウだった。
それを見て、シンヤはわずかに眉を顰める。
(……ここでピカチュウ? 除去技はなかったはずだが……)
一瞬の思考。
ピカチュウが覚えている技を思い浮かべる。
そして、一つの可能性に気づいた。
「試合再開!」
「そうか、そのピカチュウ、ほうで――」
「ピカチュウ! 全体にほうでん!」
「ピィィィカー!」
ピカチュウが全身から電撃を放出する。
フィールド全体を電気が駆け巡った。
その電撃によって、ステルスロックの岩が次々と破壊されていく。
「やった!」
リーフが声を上げる。
「なんでこれに気づかなかったの、私のバカ!」
焦りと動揺のせいで、思いつかなかった方法。
しかし、これでようやくキュウコンを安全に出せる。
ここから挽回できる。
そう考えた、そのときだった。
「まあ、そういう広範囲技も想定はしていたがな」
「えっ?」
シンヤが左手を掲げる。
キーストーンが輝いた。
「避けることも、防ぐことも許さない。一瞬で終わらせよう」
スピアーの身体が光に包まれる。
「……メガシンカ!」
シンヤのキーストーンと、スピアーのメガストーンが呼応する。
眩い光がフィールドを包み込んだ。
そして――。
「メガスピアー!」
「スピィィィ!」
再び、メガスピアーがその姿を現した。
「スピアーのメガシンカ?!」
リーフが目を見開く。
「ドリルライナー!」
メガスピアーが身体を丸める。
次の瞬間、凄まじい速度でピカチュウへ突っ込んだ。
「ピカッ?!」
ピカチュウは間一髪で横へ飛び退く。
「ほうでん!」
「ピィィィ!」
再び電撃が放たれる。
しかし、ドリルライナーを維持して回転するメガスピアーには届かない。
「だったら……かみなりだよ!」
「ピィィカァァァァチュゥゥゥゥ!」
空から巨大な雷が落ちる。
その一撃がメガスピアーを包み込んだ。
「よし!」
リーフが拳を握る。
だが――。
「そのまま、どくづき!」
「スピッ!」
雷の光が消えた瞬間、メガスピアーがピカチュウの背後に現れた。
ドスッ!
「ピッ……カ……」
鋭い毒の一撃。
ピカチュウの身体が揺れ、そのまま地面へ倒れた。
「ピカチュウ、戦闘不能!」
「う、うそ……。かみなりが当たったはずじゃ……」
リーフは信じられないという表情を浮かべる。
シンヤは落ち着いた声で説明した。
「それは勘違いだ。当たる寸前、スピアーはドリルライナーを解除して、まもるを使った」
「まもる……?」
「ギリギリのタイミングだったから、雷が当たったように見えたんだろうな」
シンヤはメガスピアーを見る。
「よくやった、スピアー」
「スピッ!」
リーフはピカチュウをボールへ戻す。
そして、次のボールを取り出した。
「お願い、キュウコン!」
「コン!」
キュウコンがフィールドへ現れる。
その瞬間、特性ひでりが発動。
再び、強い日差しがフィールドを照らした。
(ひでりが続いている間に、何とかフシギバナへ繋げて……。せいちょうで火力を上げる!)
リーフは頭の中で戦術を組み立てる。
今の状況は、シンヤが一匹も失っていないのに対し、自分はすでに四匹を失っている。
残り二匹。
ここから勝つには、フシギバナの力を最大限に引き出すしかない。
「試合再開!」
「かえんほうしゃ! 最大パワーだよ!」
「ドリルライナー! 先端にどくづきも展開!」
「バーン!」
「スピィィ!」
キュウコンの口から、強烈な炎が放たれる。
一方、メガスピアーは身体を丸め、毒の力をまといながら突進した。
毒がスピアーの全身を覆う。
かえんほうしゃがメガスピアーへ命中する。
しかし、凄まじい回転を続けるドリルライナー。
さらに、全身を覆うように展開されたどくづき。
それらが炎を受け流し、メガスピアーの本体へ届くのを防いでいた。
そして――。
ドシュン!
「コンッ?!」
メガスピアーが炎を突き抜け、キュウコンへと到達した。
ドリルライナーとどくづき。
二つの攻撃を同時に受けたキュウコンは、勢いよく吹き飛ばされる。
壁に激突し、そのまま目を回した。
「キュ、キュウコン戦闘不能!」
審判も冷や汗をかく。
「……強いね、シンヤ」
キュウコンをボールへ戻しながら、リーフが呟いた。
「どうしてそんなに強いの?」
シンヤは少しだけ遠くを見つめた。
「より高みへ。どこまで行けるのか、その先を見たいからだ」
その言葉に、リーフは一瞬だけ目を伏せる。
だが、すぐに顔を上げた。
「……けど、まだまだ! ここからだよ!」
最後のボールを手にする。
「お願い、フシギバナ!」
「バーナ!」
リーフのエース、フシギバナが再びフィールドへ現れた。
残るは、この一匹。
「試合再開!」
◆最後のエース――フシギバナの全力
「せいちょう! からのウェザーボール!」
「バーナ!」
フシギバナの身体が輝く。
攻撃と特攻が高まり、さらに晴天の力を受けたウェザーボールが放たれた。
その球体は、これまでとは比較にならないほど巨大な炎をまとっている。
メガスピアーは素早く横へ飛び、攻撃を回避した。
「せいちょう!」
リーフはさらに指示を出す。
フシギバナの身体が再び輝く。
「もう一回、せいちょう!」
もう一度、能力を高める。
これで攻撃と特攻は最大まで強化された。
リーフのフシギバナは、晴天のもとで最大限の火力を発揮できる状態になった。
「よし……!」
リーフは拳を握る。
「ムチでスピアーを捕らえて!」
「バァァァナ!」
フシギバナの蔓が勢いよく伸びる。
メガスピアーは素早い動きでそれをかわす。
だが、蔓は一度かわされても止まらない。
軌道を変え、メガスピアーを追い続ける。
「ムチを維持しつつ、やどりぎのタネ!」
フシギバナの花の中心から、無数の種が放たれた。
種はフィールドのあちこちへ散らばり、地面に触れたものから根を伸ばしていく。
その根が、メガスピアーへと迫った。
「なるほど。植物だから、晴天の影響で成長が早いのか」
シンヤが呟く。
「そうだよ! こうなったフシギバナは止められない!」
リーフは自信を取り戻したように声を上げる。
実際、晴天とせいちょうを組み合わせたフシギバナの火力は相当なものだった。
もともと耐久力を重視して育成されていたフシギバナ。
そこへ、せいちょうによる火力強化を組み合わせている。
攻撃を受け止めながら、相手を圧倒する。
それがリーフのエースの戦い方だった。
「晴れが続いている間に倒す! ウェザーボール!」
巨大な炎の球体が放たれる。
同時に、蔓とやどりぎの根がメガスピアーの逃げ道を塞いでいく。
左右から迫る蔓。
地面から伸びる根。
頭上から迫る炎の球体。
メガスピアーは少しずつ壁際へ追い込まれていった。
「いっけぇぇぇ! ハードプラントォォォォ!」
「バーナ!」
フシギバナの足元から、巨大な根が現れる。
草タイプの究極技。
その圧倒的な力が、メガスピアーへと迫った。
だが――。
「……大技は発動直後、動けないのが特徴だ」
シンヤは冷静に見ていた。
「ここだ。ドリルライナー!」
「スピッ!」
メガスピアーが再び身体を丸める。
凄まじい回転とともに、フシギバナへ突撃した。
地面から次々と根が伸び、進路を塞ごうとする。
しかし、メガスピアーはそれらを貫いていく。
フシギバナも蔓を操り、何とか進路を変えようとする。
だが、間に合わない。
シュドォォォォォン!
「バーナッ?!」
メガスピアーの一撃が、フシギバナへ直撃した。
「バーナ……」
フシギバナはその場に崩れ落ちる。
そして、目を回した。
「フシギバナ、戦闘不能!」
審判が旗を上げる。
一瞬の静寂。
そして――。
「リーフ選手のポケモンが全て戦闘不能となったため、準決勝第二試合!」
実況者が大きく息を吸い込む。
「勝者は――――マサラタウンのシンヤ選手!!」
会場が歓声に包まれた。
準決勝第二試合。
シンヤの勝利で幕を閉じたのだった。
◆試合終了――勝者と敗者
メガスピアーの身体から光が溢れる。
やがて、その光が収まり、元のスピアーへと戻った。
「スピー!」
「よく頑張ったな。ありがとう」
シンヤはスピアーの身体を優しく撫でる。
メガシンカを解除したスピアーは、かなり疲労している様子だった。
それでも、シンヤに応えるように小さく鳴く。
「スピッ」
シンヤはスピアーをボールへ戻した。
そして、リーフのもとへ歩いていく。
リーフはフシギバナをボールへ戻し、俯いていた。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「ナイスガッツだった」
シンヤはリーフへ声をかけた。
「最後まで諦めないバトルは良かったと思う」
「うぅ……うん……。前半で諦めかけてたけど」
リーフは目元を拭いながら答える。
実際、インターバル中の彼女は、かなり落ち込んでいた。
だが、シンヤがレンたちと楽しそうに話している姿を見て、再び闘志を燃やしたのだった。
負けたくない。
最後まで戦いたい。
その気持ちを取り戻し、最後の一匹まで戦い抜いた。
「それで……勝負前の約束はどうするの?」
「ああ。まあ、保留かね。さすがにすぐには思いつかんよ」
「そ、そう……。い、いろいろ覚悟しておくね?」
リーフは少しだけもじもじする。
「???」
シンヤは首を傾げた。
その様子を遠くから見ていたレンは、笑顔のまま青筋を浮かべている。
一方、ラムとレムは二人の様子を見て、楽しそうに笑っていた。
「ふふっ。レン様、落ち着いてください」
「そうそう。まだ約束の内容も決まっていないようですし」
「……分かっているわ」
レンは笑顔を崩さずに答えた。
しかし、その視線はシンヤとリーフから離れない。
◆決勝へ――次はサトシとの戦い
「次はサトシとだね」
リーフが言う。
「ああ。あいつとも全力で戦う」
シンヤは迷いなく答えた。
その言葉を聞き、リーフは少しだけ考える。
シンヤの言う全力とは、いったいどんなものなのだろう。
今回のような周到な戦術なのか。
それとも、真正面からぶつかる激しい戦いなのか。
あるいは、その両方なのか。
「……まあ、考えるのはやめておこうかな」
リーフは苦笑した。
きっと、また何か恐ろしいことをするのだろう。
その頃、会場では次の決勝戦を待つ観客たちの歓声が響いていた。
準決勝第二試合を制したシンヤ。
そして、先ほどの第一試合を制したサトシ。
ついに、二人が決勝の舞台で激突することになった。
カントーリーグの頂点を懸けた戦い。
その時は、もうすぐそこまで迫っていた。