ポケットモンスター~波動の眼を持つ少年~   作:レイザル

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第95話 つかの間の休息

◆決勝前日――それぞれの休息

 

 

ポケモンリーグ、準決勝。

 

 

その二試合が行われた日の夜。

 

 

決勝戦は翌日に予定されている。

 

 

激戦を勝ち抜き、決勝へと進んだ二人のトレーナー――シンヤとサトシ。

 

 

彼らには、明日の決勝に備えて一日を休息に充てる時間が与えられていた。

 

 

もっとも、二人がその時間をどう使うかは、まったく違っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆シンヤの場合――休息中も止まらない戦術分析

 

 

「さーて……明日のメンバーはどうするかな」

 

 

宿泊施設の一室。

 

 

テーブルの上には、シンヤのポケモンたちのデータが表示された端末と、いくつものポケモンボールが並んでいた。

 

 

シンヤは椅子に座り、画面を見つめている。

 

 

「休みながら、明日に使うポケモンを選んでいるのね」

 

 

隣からレンが声をかけた。

 

 

「ああ。まあ、実際に決勝だからな。負けるのは嫌だし」

 

 

「それはそうでしょうけど……」

 

 

レンは苦笑する。

 

 

シンヤはポケモンボールを一つ手に取り、画面と見比べた。

 

 

誰を選出するか。

 

 

誰を先発にするか。

 

 

そして、メガシンカを誰に使うのか。

 

 

いやメガシンカについては、すでに候補を決めていた。

 

 

だが、それ以外の五匹をどう組み合わせるかが問題だった。

 

 

(サトシのこれまでのバトルを見る限り、選出してくる可能性が高いのは……)

 

 

サトシの手持ち。

 

 

これまでの戦い方。

 

 

ポケモンごとの得意分野。

 

 

そして、試合中に見せてきた判断力。

 

 

シンヤはそれらを頭の中で組み立てていく。

 

 

「サトシの選出を考えると、先発は――」

 

 

端末を操作する。

 

 

「ドサイドン……いや、ここは展開を考えてカビゴンを……。いや、サンダースもありか……」

 

 

「…………」

 

 

「いや、でも相手があいつなら、こっちの方が……」

 

 

「…………」

 

 

「それなら、後続にギャラドスを置いて……」

 

 

すでにシンヤの意識は、明日の決勝戦へと向かっていた。

 

 

レンはその様子を眺め、隣にいたラムとレムへ視線を向ける。

 

 

「あー……これは、しばらく声をかけても無理そうね」

 

 

「ですね。坊ちゃま、完全に集中していらっしゃいます」

 

 

「はぁ~~~~……」

 

 

レンは大きく息を吐いた。

 

 

せっかくの休息日だというのに、シンヤの頭の中はポケモンバトルでいっぱいらしい。

 

 

ラムが腕を組む。

 

 

「坊ちゃまは、こうなると周りが見えなくなるからね」

 

 

「姉様、呼びかけても聞こえていないみたいです」

 

 

「仕方ないわね」

 

 

レンはシンヤをちらりと見た。

 

 

「とりあえず、ご飯の用意をしましょう。二人とも」

 

 

「かしこまりました」

 

 

「疲労回復に良い食材を使いましょう。明日は決勝ですから」

 

 

「そうね。疲労回復効果のあるドリンクも用意しておきましょう」

 

 

「後はお風呂も沸かしておきますね」

 

 

三人はシンヤを尻目に、それぞれ準備を始めた。

 

 

その間も――。

 

 

「いや、でもサトシなら……。いや、あいつの場合は普通に予想を裏切ってくる可能性も……」

 

 

シンヤの独り言は止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆サトシの場合――考えるより、まず自分たちらしく!

 

 

一方、その頃。

 

 

別の宿泊施設では、サトシがパソコンの前で頭を抱えていた。

 

 

「あーっ! もう! シンヤのポケモンって、分かってることが少なすぎるぞ!」

 

 

「ピカピーカ……」

 

 

隣にいたピカチュウも、困ったように鳴く。

 

 

サトシの後ろにはシゲル、タケシ、カスミがいた。

 

 

シゲルは画面を覗き込みながら、腕を組む。

 

 

「まあ、確かにね。大会で使ったポケモンは分かっても、シンヤがどれだけのポケモンを育てているのか、全部は把握できていない」

 

 

「そうなんだよ!」

 

 

サトシは画面を指差した。

 

 

「こいつを使ってくるかもしれないし、今まで見たことないポケモンが出てくるかもしれないんだろ?」

 

 

「それに、同じポケモンでも戦い方が違う可能性がある」

 

 

シゲルが続ける。

 

 

「シンヤは一匹のポケモンに複数の戦い方を覚えさせているようだからね。相手に合わせて戦術を変えてくるはずだ」

 

 

「うーん……そうなんだよなぁ」

 

 

サトシは椅子の背もたれに寄りかかった。

 

 

「あいつ、ポケモンのことをよく見てるし、どうやったら強くなるかもちゃんと考えてるもんな」

 

 

「そこがシンヤの強みだろうね」

 

 

シゲルは画面を操作しながら答える。

 

 

「育成したポケモンの数も多い。しかも、それぞれの得意分野を伸ばしながら、いろんな戦術に対応できるようにしている。選出を読むのは簡単じゃないよ」

 

 

「うわぁ……ますます分かんなくなってきたぞ!」

 

 

サトシは頭を抱え直した。

 

 

タケシも画面を見ながら頷く。

 

 

「シンヤのポケモンは、それぞれがしっかり鍛えられている。しかも、戦術に合わせて連携も考えているだろう。こちらの動きを見てから、対応を変えてくる可能性もある」

 

 

「それに、メガシンカもあるんでしょ?」

 

 

カスミが腕を組む。

 

 

「誰がメガシンカするのか分からないのも厄介よね」

 

 

「チョッゲ!」

 

 

カスミの腕の中にいるトゲピーも同意するように鳴いた。

 

 

サトシは再び画面へ目を向ける。

 

 

これまでのシンヤの試合を見返す。

 

 

使用したポケモン。

 

 

得意な技。

 

 

戦術の傾向。

 

 

一つ一つ確認していくものの、決定的な答えは見つからない。

 

 

「うーん……」

 

 

サトシは唸った。

 

 

「なあ、シゲル。お前ならどうする?」

 

 

「僕かい?僕なら、まず分かっている情報を整理するね。相手が使ってきそうなポケモンをいくつか想定して、それぞれに対応できる選出を考える」

 

 

「やっぱり、そうするよなぁ」

 

 

「もちろん、それで全部対応できるとは思わないけどね。シンヤだって、こちらの予想を読んでくるだろうし」

 

 

「じゃあ、どうすればいいんだよ!」

 

 

サトシが声を上げる。

 

 

シゲルは少しだけ笑った。

 

 

「それを考えるのが、トレーナーの仕事だろ?」

 

 

「うっ……」

 

 

「でも、君の場合は少し違うかもしれないね」

 

 

「どういう意味だよ?」

 

 

シゲルはパソコンから視線を外し、サトシを見る。

 

 

「君は、相手の作戦を全部見抜いてから戦うタイプじゃない。実際にバトルが始まってから、ポケモンたちと一緒に考えて、その場で答えを見つけていく」

 

 

「……まあ、そうだけど」

 

 

「それが君の強さだよ。僕とは違うやり方だけどね」

 

 

サトシはシゲルを見つめた。

 

 

シゲルは続ける。

 

 

「僕は、できるだけ事前に情報を集めて、相手の動きを予測してから戦いたい。準備できることは、できる限り準備しておく」

 

 

「うん」

 

 

「でも、君は違う。目の前で起きたことに対して、すぐに反応できる。ポケモンたちとの信頼関係があるからこそ、言葉にしなくても通じ合えるんだろうね」

 

 

「それって、褒めてるのか?」

 

 

「もちろん」

 

 

シゲルは少し笑った。

 

 

「だから、君は君らしく戦えばいい。ただし、何も準備しなくていいという意味じゃないよ」

 

 

「分かってるって!」

 

 

サトシは勢いよく立ち上がった。

 

 

「よし! もう考えすぎるのはやめた!」

 

 

『えっ?』

 

 

タケシとカスミが同時に声を上げる。

 

 

サトシは帽子を被り直した。

 

 

「シンヤがどんなポケモンを出してくるか、全部分かるわけないもんな。それなら、俺は俺らしく戦う!」

 

 

「ピカ!」

 

 

ピカチュウが元気よく返事をする。

 

 

「相手がどんなポケモンを出してきても、俺とお前たちなら何とかできる! バトルの中で考えて、みんなで勝つんだ!」

 

 

「ピカピカ!」

 

 

サトシの表情には、いつもの明るさが戻っていた。

 

 

シゲルはそんなサトシを見て、肩をすくめる。

 

 

「やっといつもの君に戻ったね」

 

 

「何だよ、それ!」

 

 

「さっきまで、ずっと難しい顔をしていたからさ」

 

 

「うるさいな! シゲルだって、考えすぎて頭が固くなってるんじゃないのか?」

 

 

「僕は君ほど無計画じゃないよ」

 

 

「なにぃ!?」

 

 

二人の間に、いつものような軽口が交わされる。

 

 

タケシは苦笑し、カスミは呆れたようにため息をついた。

 

 

「はいはい、二人とも。今は喧嘩している場合じゃないでしょ」

 

 

「別に喧嘩なんかしてないよ」

 

 

「そうだぞ!」

 

 

声を揃えて答える二人。

 

 

カスミはますます呆れた顔をした。

 

 

タケシが話を戻す。

 

 

「サトシ。分かっている情報は頭に入れておくんだ。相手のポケモンや技を知っているだけでも、戦い方は変わる」

 

 

「分かってるって!」

 

 

サトシは再びパソコンの前に座った。

 

 

「えーっと……こいつは……」

 

 

「そこはもう少し詳しく調べた方がいいね」

 

 

シゲルが隣から画面を指差す。

 

 

「分かってるよ!」

 

 

サトシはピカチュウと一緒に画面を覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

一方、シゲルはその様子を見ながら、静かに考えていた。

 

 

(僕は、できるだけ先を読んで勝つための準備をする。サトシは、目の前のポケモンと一緒に答えを見つけていく)

 

 

どちらが正しいという話ではない。

 

 

ただ、戦い方が違う。

 

 

そして、明日の相手であるシンヤもまた、独自の戦い方を持っている。

 

 

(シンヤは、サトシの直感にどう対応するつもりなんだろうね)

 

 

シゲルは画面に映るシンヤの戦績を見つめた。

 

 

明日の決勝。

 

 

そこには、きっと三者三様の戦い方が交差することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆夜――月明かりの下で

 

 

そして、夜。

 

 

夕食を済ませ、入浴も終えたシンヤは、ようやく部屋で一息ついていた。

 

 

もっとも、テーブルの上にはまだ端末が置かれている。

 

 

画面には、明日の決勝に向けた選出候補が表示されていた。

 

 

「…………」

 

 

シンヤは腕を組み、じっと画面を見つめる。

 

 

「……まだ考えているの?」

 

 

声をかけてきたのはレンだった。

 

 

「ん? ああ、まあな」

 

 

「夕食のときも考えていたでしょう?」

 

 

「そうだったか?」

 

 

「お風呂に入っている間も、何かブツブツ言っていたわよ」

 

 

「……聞こえてたのか」

 

 

「ええ。『先発はどうする』『後続をどうする』って」

 

 

レンは呆れたように笑う。

 

 

「本当にバトルが好きなのね」

 

 

「まあ、好きなのは間違いないな」

 

 

シンヤは端末を閉じた。

 

 

「でも、そろそろ休むよ。明日に疲れを残すわけにもいかないし」

 

 

「ふふっ。ようやく?」

 

 

「ようやくって何だよ」

 

 

「さっきからずっと、明日のことばかり考えていたから」

 

 

レンは窓の方へ視線を向けた。

 

 

「ねえ、シンヤ。少し外に出ない?」

 

 

「外?」

 

 

「ええ。今日は月が綺麗だから」

 

 

シンヤも窓の外を見る。

 

 

夜空には、雲の少ない澄んだ空が広がっていた。

 

 

その中央に、丸い月が浮かんでいる。

 

 

「ああ……確かに綺麗だな」

 

 

「せっかくだし、一緒に月を見ましょう?」

 

 

レンは微笑んだ。

 

 

「明日のことは、少しだけ忘れて」

 

 

「……そうだな」

 

 

シンヤは立ち上がった。

 

 

二人は上着を羽織り、宿泊施設の外にある庭へ向かった。

 

 

庭には、夜風が静かに吹いていた。

 

 

昼間の賑やかさが嘘のように、周囲は穏やかな静けさに包まれている。

 

 

二人は庭の端にあるベンチへ腰を下ろした。

 

 

頭上には、月。

 

 

その光が庭を淡く照らしている。

 

 

「綺麗ね」

 

 

レンが空を見上げる。

 

 

「ああ」

 

 

シンヤも月を見つめた。

 

 

しばらく、二人の間に沈黙が流れる。

 

 

けれど、それは気まずいものではなかった。

 

 

ただ静かに、同じ景色を眺めている。

 

 

そんな時間だった。

 

 

「……明日は決勝ね」

 

 

レンがぽつりと口を開いた。

 

 

「そうだな」

 

 

「ここまで来たんだもの。絶対に勝ちたい?」

 

 

「もちろん」

 

 

シンヤは迷わず答えた。

 

 

「ここまで一緒に戦ってきたポケモンたちのためにも、勝ちたいと思っている」

 

 

「ふふっ。シンヤらしい答えね」

 

 

「そうか?」

 

 

「ええ。自分のことより、ポケモンたちのことを先に考えるんだもの」

 

 

シンヤは少しだけ苦笑した。

 

 

「まあ、俺一人でここまで来たわけじゃないからな」

 

 

これまでの大会を思い返す。

 

 

苦戦した試合。

 

 

思い通りにいかなかった戦い。

 

 

仲間たちと力を合わせ、何とか勝ち上がってきた。

 

 

その一つ一つが、今につながっている。

 

 

「でも、サトシも強いぞ」

 

 

「知っているわ」

 

 

レンは月を見上げたまま答えた。

 

 

「シンヤが認めている相手だものね」

 

 

「あいつは、予想できない動きをする。こっちがどれだけ考えていても、思いもよらないことをしてくるからな」

 

 

「それがサトシの強さ?」

 

 

「ああ。考えていないわけじゃない。ただ、考えるより先に身体が動くというか……ポケモンとの信頼関係から、その場で最善の行動を見つけてくるんだ」

 

 

シンヤは小さく笑った。

 

 

「だから、明日は油断できない」

 

 

「じゃあ、今日ずっと考えていたのも無駄じゃなかったわね」

 

 

「そうだな。ただ、最後は実際に戦ってみないと分からない」

 

 

「ふふっ。結局、バトルの話に戻ってしまうのね」

 

 

「悪い」

 

 

「別にいいわよ」

 

 

レンは少しだけ身体を寄せた。

 

 

「シンヤがポケモンのことを考えているときの顔、嫌いじゃないもの」

 

 

「そうなのか?」

 

 

「ええ。真剣で、楽しそうで……見ているこっちまで嬉しくなるわ」

 

 

シンヤはレンを見る。

 

 

レンは月明かりの下で、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

「……ありがとう」

 

 

「どういたしまして」

 

 

また、静かな時間が流れる。

 

 

しばらくすると、レンがシンヤの横顔を覗き込んだ。

 

 

「でも……少し疲れているんじゃない?」

 

 

「え?」

 

 

「今日ずっと考え込んでいたでしょう。準決勝の後から、明日のことばかり」

 

 

「まあ、決勝だからな。いろいろ考えておきたいんだ」

 

 

「それは分かっているわ」

 

 

レンは一度、月へ視線を戻した。

 

 

「でも、シンヤだってずっと頑張ってきたでしょう?」

 

 

その言葉に、シンヤはすぐには答えなかった。

 

 

準決勝を勝ち抜いた。

 

 

ここまで来るために、ポケモンたちと何度も訓練を重ねてきた。

 

 

そして、明日はいよいよ決勝。

 

 

勝ちたいという気持ちは強い。

 

 

だからこそ、負ける可能性を考えるたびに、頭の中で何度も戦術を組み直してしまう。

 

 

「……そうだな。少し、気が張っていたのかもしれない」

 

 

シンヤが小さく息を吐く。

 

 

レンはその変化を見逃さなかった。

 

 

「珍しいわね。シンヤが自分から疲れているって認めるなんて」

 

 

「俺だって疲れるさ」

 

 

「ふふっ。そうね」

 

 

レンは少しだけ笑った。

 

 

そして、そっとシンヤの手に自分の手を重ねた。

 

 

「明日のことを考えるのも大切。でも、今は少しだけ休んでほしいな」

 

 

「……レン」

 

 

「今日は私が付き合ってあげる。だから、今くらいはバトルのことを忘れて」

 

 

いつものように余裕のある笑顔。

 

 

けれど、その声には、普段よりも少しだけ素直な響きがあった。

 

 

シンヤは重ねられた手を見つめる。

 

 

そして、ゆっくりと握り返した。

 

 

「ありがとう。そうさせてもらうよ」

 

 

「うん」

 

 

レンは嬉しそうに頷いた。

 

 

少し離れた場所。

 

 

庭へ続く建物の陰から、二人の様子を見守っている影が二つあった。

 

 

ラムとレムである。

 

 

「……あらあら」

 

 

ラムが小さく笑う。

 

 

「姉様、どうしました?」

 

 

「見てみなさいよ。あの二人」

 

 

レムがそっと視線を向ける。

 

 

ベンチに並んで座るシンヤとレン。

 

 

二人の手は、自然に重なっていた。

 

 

そしてレンは、普段よりもずっと柔らかな表情を浮かべている。

 

 

「まあ……」

 

 

レムの頬がほんのり赤くなる。

 

 

「レン様、随分と嬉しそうですね」

 

 

「そうね。いつものレンなら、もう少しからかうような言い方をするでしょうに」

 

 

「今は、ずいぶん素直ですね」

 

 

「坊ちゃまの前だと、ああなるのかしらね」

 

 

ラムは口元に手を当て、楽しそうに笑った。

 

 

「ふふっ。これは邪魔しない方がよさそうね」

 

 

「姉様、あまりからかってはいけませんよ」

 

 

「分かってるわよ。今はね」

 

 

「今は、って……」

 

 

レムは困ったように姉を見た。

 

 

ラムは肩をすくめる。

 

 

「でも、いいじゃない。坊ちゃまもレンも、明日は大事な決勝なんだから。今くらい、ああやってゆっくり過ごす時間があっても」

 

 

「そうですね」

 

 

レムも二人へ視線を戻す。

 

 

「坊ちゃま、今日はずっと考え込んでいらっしゃいましたから……レン様と過ごして、少しでも気持ちが落ち着くといいですね」

 

 

「そうね」

 

 

ラムの表情も、少しだけ柔らかくなる。

 

 

「明日は思いっきり戦ってもらわないといけないしね」

 

 

二人はそれ以上近づかず、静かにその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ベンチでは。

 

 

「……ねえ、シンヤ」

 

 

「ん?」

 

 

「明日の決勝、楽しみ?」

 

 

「もちろん。サトシと本気で戦えるんだからな」

 

 

「勝ちたい?」

 

 

「ああ。もちろん勝ちたい」

 

 

シンヤは迷わず答えた。

 

 

けれど、少し間を置いてから、続ける。

 

 

「でも、今は……明日が来るのが少し惜しい気もするな」

 

 

「え?」

 

 

レンが顔を向ける。

 

 

「こうしてゆっくり過ごす時間も、悪くないから」

 

 

その言葉に、レンは一瞬目を丸くした。

 

 

そして、頬をほんのり赤くする。

 

 

「……そういうことを、急に言うのね」

 

 

「何か変なこと言ったか?」

 

 

「いいえ。何でもないわ」

 

 

レンは顔をそらした。

 

 

けれど、重ねた手は離さない。

 

 

「私も……もう少し、この時間が続けばいいと思うわ」

 

 

小さな声だった。

 

 

シンヤはその言葉を聞き、少しだけ目を細める。

 

 

そして、今度は自分からレンの手を握り直した。

 

 

「じゃあ、もう少しだけこうしていよう」

 

 

「ええ」

 

 

二人は何も言わず、月を見上げた。

 

 

夜風が髪を揺らす。

 

 

レンの肩が、そっとシンヤの腕に触れた。

 

 

シンヤはその距離を変えず、隣にいる彼女の温もりを感じていた。

 

 

さっきまで頭の中を占めていた選出や戦術は、少しずつ遠のいていく。

 

 

勝ちたい気持ちは変わらない。

 

 

明日になれば、また全力で戦う。

 

 

それでも今は、明日の勝敗を考えなくていい。

 

 

ただ、大切な人と同じ月を眺める。

 

 

その穏やかな時間が、張り詰めていたシンヤの心を少しずつ解きほぐしていった。

 

 

「……シンヤ」

 

 

「ん?」

 

 

「明日、頑張ってね」

 

 

「ああ。全力で戦うよ」

 

 

「うん。応援しているから」

 

 

レンは微笑んだ。

 

 

「でも、無理はしないでね」

 

 

「分かってる」

 

 

シンヤも笑顔で答えた。

 

 

やがて、レンがそっとシンヤの肩に寄りかかる。

 

 

シンヤは少し驚いたものの、何も言わずにそのまま受け止めた。

 

 

月明かりの下。

 

 

二人だけの静かな時間が流れていく。

 

 

そして、夜空の月は変わらず、二人を優しく照らしていた。

 

 

翌日。

 

 

ついに、ポケモンリーグ決勝戦。

 

 

シンヤとサトシ。

 

 

二人の少年が、カントー地方の頂点を懸けて激突する。

 

 

互いに異なる道を歩んできた二人の戦いの幕開けは、もうすぐそこまで迫っていた。

 

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