ポケットモンスター~波動の眼を持つ少年~   作:レイザル

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番外編 シンヤとレン、二人が過ごす一日

◆いつもとは違うお誘い

 

 

セキエイリーグが終わってから、しばらく経ったある日のこと。

 

 

シンヤは実家の庭で、ポケモンたちの様子を確認していた。

 

 

リーグを終えたばかりとはいえ、彼の日常は大きく変わらない。ポケモンたちの世話をし、トレーニングを見守り、次の旅に向けて準備を進める。

 

 

そんなシンヤのところへ、一人の少女がやって来た。

 

 

「シンヤ、ちょっといい?」

 

 

「レン? どうしたんだ?」

 

 

振り返ると、そこにはレンが立っていた。

 

 

いつものように余裕のある笑みを浮かべ、こちらを見つめている。

 

 

「ねえ。今日は時間ある?」

 

 

「特に予定はないけど」

 

 

「それなら、私と出かけない?」

 

 

「出かける?」

 

 

「そう。二人でね」

 

 

レンは少しだけ首を傾けた。

 

 

「デート、って言った方が分かりやすいかしら?」

 

 

「……デート?」

 

 

「ふふっ。何、その反応。嫌なの?」

 

 

「いや、そういうわけじゃないよ」

 

 

シンヤは一瞬だけ言葉に詰まった。

 

 

レンと出かけること自体は珍しくない。これまでも買い物に付き合ったり、街を歩いたりしたことはある。

 

 

しかし、今回は彼女自身がはっきりとデートだと言った。

 

 

その言葉を意識するなという方が無理だった。

 

 

「いいぞ。俺でよければ付き合うよ」

 

 

「本当? やった」

 

 

レンは嬉しそうに笑う。

 

 

「じゃあ決まりね。今日は私がシンヤを独り占め」

 

 

「独り占めって……」

 

 

「あら、嫌だった?」

 

 

「嫌じゃないよ」

 

 

「ならいいじゃない」

 

 

レンは満足そうに頷いた。

 

 

その笑顔を見ながら、シンヤは胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。

 

 

 

(……嬉しいな)

 

 

 

 

もちろん、表情には出さない。

 

 

けれど、内心ではかなり喜んでいた。

 

 

前世の記憶を持つシンヤにとって、レンという存在は特別だった。

 

 

かつて好きだった作品の登場人物。いわゆる推しと呼べる存在にそっくり。

 

 

だが、今は違う。

 

 

目の前にいるレンは、画面の向こうにいたキャラクターではない。

 

 

笑い、怒り、からかい、時には拗ねる。自分と同じ時間を生きている、一人の女の子だ。

 

 

そして、今のシンヤは彼女のことを、前世の推しそっくりだからという理由だけで見ているわけではなかった。

 

 

(レンと一緒にいるのが楽しい。もっと一緒にいたい)

 

 

それは、今の自分自身が感じている気持ちだった。

 

 

ただ――。

 

 

 

(……こういうのは、やっぱり意識するな)

 

 

 

最近はナツメとのデートもあった。

 

 

女性としての彼女を意識し、二人きりで過ごす時間に緊張したこともある。

 

 

そうした経験もあってか、今まで以上にレンのことも女の子として意識してしまう。

 

 

普段は平気でからかってくる彼女が、今日は自分をデートに誘ってくれた。

 

 

その事実だけで、少し落ち着かなくなる。

 

 

「シンヤ?」

 

 

「ん?」

 

 

「もしかして、もうデートのことで頭がいっぱい?」

 

 

「……そんなことはないよ」

 

 

「ふふっ。怪しいわねぇ」

 

 

レンは楽しそうに笑った。

 

 

「じゃあ、支度してきて。待ってるから」

 

 

「ああ。すぐ行くよ」

 

 

「期待してるわよ、シンヤ」

 

 

そう言って、レンは軽い足取りで先に歩いていった。

 

 

その後ろ姿を見送りながら、シンヤは小さく息を吐く。

 

 

「……今日は大変そうだ」

 

 

けれど、その声にはどこか嬉しそうな響きがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆水ポケモンの水族館

 

 

最初に二人が訪れたのは、ヤマブキシティ近郊にある水ポケモン専門の水族館だった。

 

 

館内には大小さまざまな水槽が並び、水中を泳ぐポケモンたちの姿が展示されている。

 

 

「わあ……!」

 

 

レンは入口をくぐった瞬間、目を輝かせた。

 

 

「すごいわね。こんなにたくさんの水ポケモンがいるなんて」

 

 

「水ポケモンが好きなのか?」

 

 

「好きよ。特に水中での動きは、コンテストでも参考になるもの」

 

 

レンは最初の大きな水槽へ近づいた。

 

 

そこでは、優雅に泳ぐミロカロスの姿を見ることができた。

 

 

「見て、シンヤ。ミロカロスよ」

 

 

「綺麗だな」

 

 

「ええ。あの動き、どう思う?」

 

 

「水の流れに逆らわず、体をしならせているな。動きに無駄がない」

 

 

「そうなの。コンテストなら、あの流れるような動きはとても参考になるわ」

 

 

レンは水槽の前で、ミロカロスの動きをじっと観察していた。

 

 

普段の少し小悪魔的な態度とは違い、好きなことに集中しているときの彼女は真剣そのものだった。

 

 

「レンは本当にコンテストが好きなんだな」

 

 

「もちろん。自分のポケモンたちの魅力を、どうすれば一番綺麗に見せられるか。考えるだけでも楽しいもの」

 

 

「バトルとはまた違った面白さがあるんだろうな」

 

 

「ええ。強さだけではなく、技の使い方や見せ方、ポケモンとの息の合わせ方も大切なの」

 

 

次の水槽には、アシレーヌがいた。

 

 

泡を生み出しながら水中を舞う姿は、まるで水の中で踊っているようだった。

 

 

「わぁ……あれも素敵ね」

 

 

レンは水槽に近づき、しばらくその動きを眺めていた。

 

 

「技そのものを見せるだけじゃなくて、泡を使って演出しているんだな」

 

 

「そう。技の組み合わせ次第で、同じポケモンでもまったく違う表現ができるのよ」

 

 

「なるほどな。バトルでも応用できそうだ」

 

 

「もう。シンヤは何を見てもバトルのことを考えるのね」

 

 

「職業病みたいなものかな」

 

 

「ふふっ。そういうところもシンヤらしいけど」

 

 

レンはくすくすと笑う。

 

 

その後も二人は水槽を巡り、ポケモンたちの動きを観察した。

 

 

大きな水槽の前では、二人並んで立ち止まる。

 

 

水の中を泳ぐポケモンたちを眺めていると、自然と会話が途切れた。

 

 

「ねえ、シンヤ」

 

 

「何?」

 

 

「今日、誘ってよかったわ」

 

 

「そう?」

 

 

「ええ。こうして二人でゆっくり出かけるのも、悪くないでしょう?」

 

 

「俺も楽しいよ」

 

 

「ふふっ。なら、今日はまだまだ楽しんでもらわないとね」

 

 

レンはそう言って、シンヤの手を取った。

 

 

「次はあっちよ」

 

 

「はいはい」

 

 

その手を握り返し、シンヤは彼女の隣を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆図書館でお勉強

 

 

水族館を満喫した二人が次に向かったのは、街の図書館だった。

 

 

「ここに来るのか?」

 

 

「ええ。ちょっと調べたいことがあるの」

 

 

レンは受付を済ませると、迷うことなく専門書の並ぶ棚へ向かった。

 

 

「コンテストに関する本?」

 

 

「それもあるけれど、今日はポケモンの技や生態について調べたいの」

 

 

 

彼女が手に取ったのは、水ポケモンの生態や技の演出についてまとめられた本だった。

 

 

「さっきの水族館で見たポケモンたち、動きに特徴があったでしょう?」

 

 

「ああ」

 

 

「ああいう動きがどうしてできるのか、もっと詳しく知りたいの。知識があれば、コンテストで新しい表現を考えるときにも役立つもの」

 

 

「なるほど。観察したことを知識で補強するわけか」

 

 

「そういうこと」

 

 

レンは椅子に座り、本を開いた。

 

 

シンヤも隣に座り、別の資料を手に取る。

 

 

水中でのポケモンの動き、技の性質、泡や水流の利用方法。

 

 

二人はそれぞれ資料を読みながら、ときどき気になった箇所を話し合った。

 

 

「この技の組み合わせ、面白いな」

 

 

「どれ?」

 

 

「水流を作って、その流れに乗せて技を放つ方法。見た目にも綺麗だし、技の威力や軌道にも変化をつけられるかもしれない」

 

 

「本当ね。コンテストでも使えそう」

 

 

「ただ、ポケモンの負担や制御の難しさは考えないといけないな」

 

 

「ふふっ。そういうところはシンヤらしいわね。すぐに実用性まで考えるんだから」

 

 

「せっかくなら、実際に使える形にしたいからな」

 

 

「それも大切よ。でも、コンテストでは少し冒険してみることも必要なの」

 

 

「なるほど。勉強になるよ」

 

 

レンは少し得意げに笑った。

 

 

「でしょう?」

 

 

その後も、二人は資料を読み進めた。

 

 

レンは気になるページに印をつけ、ノートに要点を書き留めていく。

 

 

シンヤはそんな彼女の姿を横目で見た。

 

 

 

(真剣な顔もいいな)

 

 

 

楽しそうに笑うレンも好きだが、こうして自分の目標に向かって努力している姿も魅力的だった。

 

 

しばらくすると、レンがふと顔を上げた。

 

 

「……何?」

 

 

「いや、集中しているなと思って」

 

 

「当たり前でしょう。せっかく来たんだから、ちゃんと勉強しないと」

 

 

「偉いな」

 

 

「褒めても何も出ないわよ?」

 

 

「そうか。残念だ」

 

 

「ふふっ。じゃあ、褒めてくれたお礼に、あとで何か奢ってあげようかしら」

 

 

「それはありがたいな」

 

 

「何がいいか、考えておいて」

 

 

レンは楽しそうに笑い、再び本へ視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆買い物と天使の首飾り

 

 

図書館を出る頃には、午後の日差しが少し傾き始めていた。

 

 

「次は買い物に行きましょう」

 

 

「何か欲しいものでもあるのか?」

 

 

「特に決めていないわ。せっかくだから、いろいろ見て回りたいの」

 

 

二人が向かったのは、アクセサリーや衣服を扱う店が並ぶ商店街だった。

 

 

レンは店先の商品を眺めながら、楽しそうに歩いている。

 

 

「これ、可愛いわね」

 

 

足を止めたのは、小さなアクセサリーショップだった。

 

 

店内には、ネックレスや髪飾り、ブレスレットなどが並んでいる。

 

 

レンはその中から、天使の翼を模した小さな首飾りを手に取った。

 

 

中央には透明な石があしらわれ、光を受けてきらきらと輝いている。

 

 

「どうかしら?」

 

 

レンは首元に当てて、シンヤへ見せた。

 

 

「似合っているよ」

 

 

「本当に?」

 

 

「ああ。レンの雰囲気にも合っていると思う」

 

 

「ふふっ。ありがとう」

 

 

レンは鏡を見ながら、首飾りをそっと揺らした。

 

 

その表情は気に入っているようだったが、すぐに元の場所へ戻そうとする。

 

 

「買わないのか?」

 

 

「うーん。少し迷っているの」

 

 

「気に入ったんじゃないのか?」

 

 

「そうだけど、今日は見るだけでもいいかなって」

 

 

シンヤは首飾りを見つめ、それからレンの顔を見る。

 

 

「じゃあ、俺が買うよ」

 

 

「え?」

 

 

「今日誘ってくれたお礼。これくらいはさせてほしい」

 

 

「でも……」

 

 

「気に入ったんだろ?」

 

 

レンは少しだけ目を丸くした。

 

 

そして、すぐにいつもの笑顔を浮かべる。

 

 

「ふふっ。シンヤからのプレゼント?」

 

 

「そういうことになるな」

 

 

「それなら、ありがたく受け取ろうかしら」

 

 

レンは少しだけ身を寄せ、シンヤの顔を覗き込む。

 

 

「でも、こういうのを女の子に贈るときは、ちゃんと意味を考えた方がいいわよ?」

 

 

「意味?」

 

 

「さあ、何でしょう?」

 

 

レンは答えを教えず、楽しそうに笑った。

 

 

会計を済ませ、店を出る。

 

 

レンは首飾りを身につけ、胸元にそっと触れた。

 

 

「どう?」

 

 

「うん。やっぱり似合っている」

 

 

「ありがとう。大切にするわね」

 

 

「気に入ってくれたならよかった」

 

 

「ええ。今日のことを思い出せるもの」

 

 

その言葉に、シンヤは少しだけ照れた。

 

 

「……そう言われると、買った甲斐があるよ」

 

 

「あら? シンヤも照れることがあるのね」

 

 

「そりゃあるよ」

 

 

「ふふっ。もっと見せてほしいわ」

 

 

「レン、からかっているだろ」

 

 

「もちろん」

 

 

レンは悪戯っぽく笑った。

 

 

その後も二人は店を巡り、レンが気に入った小物を見たり、シンヤが彼女に似合いそうなものを勧めたりしながら時間を過ごした。

 

 

買い物を終える頃には、二人の距離は朝よりも自然に近くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆夕暮れの公園

 

 

日が傾き、街並みが橙色に染まり始めた頃。

 

 

二人は街の外れにある公園へやって来た。

 

 

公園の向こうには、夕日がゆっくりと沈んでいく。

 

 

空は赤や橙、紫が混ざり合い、穏やかな色に染まっていた。

 

 

「綺麗ね」

 

 

「ああ」

 

 

二人は並んで立ち、しばらく夕日を眺めていた。

 

 

今日一日のことを思い返す。

 

 

水族館でポケモンたちを眺め、図書館で勉強し、買い物をして。

 

 

どれも特別な出来事というわけではない。

 

 

けれど、レンと一緒だったからこそ、楽しい一日になった。

 

 

「今日はありがとう、シンヤ」

 

 

「こちらこそ。誘ってくれてありがとう」

 

 

「楽しんでくれた?」

 

 

「もちろん。水族館も図書館も面白かったし、買い物も楽しかったよ」

 

 

「ふふっ。なら、誘った甲斐があったわ」

 

 

レンは胸元の首飾りに触れた。

 

 

「これも、とても気に入ったわ」

 

 

「よかった」

 

 

「ねえ、シンヤ」

 

 

「何?」

 

 

「今日は、私のことをどう思った?」

 

 

「どうって?」

 

 

「いつもと違う一日だったでしょう? 私と出かけて、どう感じたのかなって」

 

 

シンヤは少し考える。

 

 

「楽しかったよ。レンの好きなものや、真剣に取り組んでいることも改めて分かったし」

 

 

「それだけ?」

 

 

「それに……」

 

 

シンヤはレンの方を向いた。

 

 

「一緒にいると、自然と楽しくなる。もっと一緒にいたいと思える相手だよ」

 

 

「……へえ」

 

 

レンの目が少しだけ丸くなる。

 

 

「それって、結構嬉しい言葉ね」

 

 

「本心だからな」

 

 

「ふふっ。そういうことをさらっと言うんだから」

 

 

レンは少しだけ頬を赤くし、夕日の方へ視線を戻した。

 

 

「ねえ。私からも、一つ聞いていい?」

 

 

「いいよ」

 

 

「シンヤは、私のことをどう見ているの?」

 

 

「どういう意味?」

 

 

「そのままの意味よ」

 

 

レンはシンヤの顔を見つめる。

 

 

「昔から一緒にいる感じの友達? それとも、ただの仲間?」

 

 

シンヤはすぐには答えなかった。

 

 

もちろん、友達であり、仲間でもある。

 

 

だが、それだけではない。

 

 

今の自分にとって、レンは特別な存在だった。

 

 

「大切な人だと思っているよ」

 

 

「……大切な人?」

 

 

「ああ。これからも一緒にいたいと思う相手だ」

 

 

レンは一瞬、言葉を失った。

 

 

それから、いつものように笑おうとしたが、少しだけ上手くいかなかった。

 

 

「……そっか」

 

 

胸元の首飾りを指先で触れる。

 

 

今日一日、レンはシンヤの隣にいた。

 

 

彼が自分のことを見てくれていることも、言葉を選んでくれていることも、ちゃんと感じていた。

 

 

だからこそ、最後に一つだけ確かめてみたかった。

 

 

「シンヤ」

 

 

「ん?」

 

 

「ちょっと目を瞑ってくれる?」

 

 

「目を?」

 

 

「ええ。お願い」

 

 

レンはシンヤの前に立った。

 

 

「何かするのか?」

 

 

「内緒」

 

 

「……分かった」

 

 

シンヤは少し不思議に思いながらも、言われた通りに目を閉じた。

 

 

夕暮れの風が、二人の間を静かに吹き抜ける。

 

 

レンはシンヤの顔を見つめた。

 

 

普段は自分の冗談に困った顔をしたり、真剣な表情でポケモンのことを考えたりする彼。

 

 

今は目を閉じ、何が起こるのか分からないまま、素直に自分の言葉を待っている。

 

 

 

(……本当に、可愛いんだから)

 

 

 

レンは小さく笑った。

 

 

そして、そっと背伸びをする。

 

 

シンヤの頬に手を添え、ゆっくりと顔を近づけた。

 

 

 

 

 

――ちゅっ。

 

 

 

 

 

柔らかな感触が、シンヤの唇に触れた。

 

 

「……っ!?」

 

 

シンヤの身体が固まる。

 

 

目を開くと、すぐ目の前にレンの顔があった。

 

 

そして、自分の唇に触れていたものの正体を理解する。

 

 

レンの唇だった。

 

 

ほんの一瞬。

 

 

けれど、確かに二人の唇が重なっていた。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

目が合う。

 

 

レンもまた、顔を真っ赤にしていた。

 

 

いつもの余裕たっぷりな笑顔はどこにもない。

 

 

シンヤも、何が起きたのか理解するまでに少し時間がかかった。

 

 

「……レン?」

 

 

「……な、何?」

 

 

「今のって……」

 

 

「見て分からなかった?」

 

 

レンは視線を逸らした。

 

 

「……キス、よ」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、シンヤの顔が一気に赤くなる。

 

 

「えっ……!」

 

 

「ふふっ……」

 

 

レンは笑おうとした。

 

 

いつものようにからかって、シンヤの反応を楽しもうと思った。

 

 

けれど、自分自身も恥ずかしくて、思うように笑えない。

 

 

「……レンも、顔が赤いぞ」

 

 

「うるさいわね。レンだって恥ずかしいんだから」

 

 

「そ、そうだよな……」

 

 

二人とも、どうしていいか分からなくなってしまった。

 

 

先ほどまで自然に交わしていた会話も、今はなかなか出てこない。

 

 

夕日が沈んでいく。

 

 

その景色を背景に、二人は向かい合ったまま立ち尽くしていた。

 

 

やがて、レンが小さく口を開く。

 

 

「……嫌だった?」

 

 

「そんなわけないだろ」

 

 

シンヤはすぐに答えた。

 

 

「びっくりしただけだよ」

 

 

「本当に?」

 

 

「ああ」

 

 

「なら、よかった」

 

 

レンはほっとしたように笑う。

 

 

そして、少しだけ意地悪そうな表情を取り戻した。

 

 

「ふふっ。シンヤのこんな顔、初めて見たわ」

 

 

「レンだって、いつもと全然違うぞ」

 

 

「そう?」

 

 

「うん。いつもの余裕はどこに行ったんだ?」

 

 

「……今は忘れてちょうだい」

 

 

レンは頬を膨らませた。

 

 

その仕草が可愛らしくて、シンヤは思わず笑ってしまう。

 

 

「何よ?」

 

 

「いや。レンも普通の女の子なんだなって」

 

 

「失礼ね。私は最初から普通の女の子よ?」

 

 

「そうだったな」

 

 

「もう」

 

 

二人の間に、ようやくいつもの空気が戻ってくる。

 

 

ただし、先ほどまでとは少し違う。

 

 

互いに相手を意識していることが、はっきりと分かってしまったからだ。

 

 

レンは胸元の天使の首飾りに触れた。

 

 

「ねえ、シンヤ」

 

 

「何?」

 

 

「今日のこと、忘れないでね」

 

 

「忘れるわけないだろ」

 

 

「約束よ?」

 

 

「ああ。約束する」

 

 

レンは満足そうに笑った。

 

 

「じゃあ、今日はこれでおしまい」

 

 

「もう帰るのか?」

 

 

「ええ。これ以上一緒にいたら、私もどうなるか分からないもの」

 

 

「……それはどういう意味?」

 

 

「さあ? 自分で考えてみたら?」

 

 

レンはいつもの小悪魔のような笑みを浮かべ、シンヤの手を取った。

 

 

「帰りましょう。送ってくれるんでしょう?」

 

 

「もちろん」

 

 

二人は手を繋ぎ、公園を後にした。

 

 

夕暮れの道を歩く二人の顔には、まだ少し赤みが残っていた。

 

 

シンヤは隣を歩くレンをちらりと見る。

 

 

彼女は何事もなかったかのように振る舞っているが、時折、胸元の首飾りに触れては嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

(……本当に、今日は特別な一日だったな)

 

 

 

前世の記憶にあった推し。

 

 

そんな言葉だけでは、もう彼女を表せない。

 

 

今、隣にいるレンは、自分にとって大切な一人の女の子だ。

 

 

そしてレンもまた、シンヤの手を握りながら、胸の内で小さく呟いていた。

 

 

 

(……今日、誘ってよかった)

 

 

 

いつものようにからかって、笑って。

 

 

最後には、自分から一歩踏み出した。

 

 

少し大胆だったかもしれない。

 

 

けれど、後悔はなかった。

 

 

むしろ、次はどんな時間を過ごそうかと考えてしまう。

 

 

「ねえ、シンヤ」

 

 

「ん?」

 

 

「また二人で出かけましょうね」

 

 

「ああ。今度は俺から誘うよ」

 

 

「ふふっ。楽しみにしているわ」

 

 

レンは繋いだ手に、ほんの少し力を込めた。

 

 

二人の距離は、今日一日で確かに近づいた。

 

 

そして、夕日に照らされたその帰り道は、二人にとって忘れられない思い出になったのだった。

 




うむ、番外編はここまで


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