ニビシティ、ポケモンセンター。
ニビジムでの激戦を終えたシンヤは、手持ちのポケモンたちをポケモンセンターに預け、休憩スペースで一息ついていた。
バッグの中には、先ほどタケシから受け取ったグレーバッジがある。
「……よし。これで一つ目だ!」
シンヤはバッジケースを開き、改めてグレーバッジを眺めた。
ゲームで何度も手に入れたバッジ。しかし、実際に自分のポケモンたちと戦い、勝利して手に入れたものとなると、感慨深さがまるで違う。
とりわけ、ヒトカゲがリザードへ進化した瞬間は忘れられそうにない。
「リザード、よく頑張ったよな……」
今はボールの中で休んでいる相棒を思い浮かべ、シンヤは微笑んだ。
そして、バッグから通信端末を取り出す。
「さて、と。母さんに報告するか!」
画面を操作すると、ほどなくして母ミサキの顔が映し出された。
『あら、シンヤ! どうしたの?』
「母さん、聞いてくれ! ニビジムに挑戦してきたんだ!」
『まあ! もうジム戦をしたのね! それで、どうだったの?』
シンヤは思わず笑顔になる。
「勝ったよ! タケシさんに勝って、グレーバッジを手に入れた!」
『本当!? おめでとう、シンヤ!』
画面の向こうで、ミサキがぱっと顔を輝かせた。
『すごいじゃない! 旅に出てからまだそんなに経っていないのに、もう最初のバッジを手に入れたのね!』
「まあ、ポケモンたちが頑張ってくれたおかげだよ。特にヒトカゲ……いや、今はリザードだな。ジム戦の最中に進化したんだ!」
『まあまあ! ヒトカゲがリザードに!? それはぜひ見てみたいわ!』
「今はポケモンセンターで休ませてもらってるから、回復したらまた連絡するよ」
『ええ、楽しみにしているわ! それにしても、最初のバッジかぁ……』
ミサキはしみじみとした表情を浮かべた。
『あなたが小さかった頃から、いつか旅に出るんだろうなって思っていたけれど……こうして本当に旅をして、ポケモンたちと一緒に成長している姿を見ると、やっぱり嬉しいわね』
「母さん……」
シンヤは少し照れくさそうに頭をかいた。
前世の記憶を取り戻した彼にとっても、今の母親は大切な家族だ。
この世界で過ごしてきた十年間は、決して偽物ではない。
「ありがとう、母さん。これからも頑張るよ!」
『ええ! でも、頑張りすぎてポケモンたちを疲れさせないこと。あなた自身も、ちゃんと食べて眠ること。いいわね?』
「はーい」
『返事が軽いわよ、シンヤ?』
「ちゃんと守ります!」
ミサキの鋭い視線に、シンヤは背筋を伸ばした。
そのときだった。
『おっ、シンヤと通信中か?』
画面の向こうから、もう一人の声が聞こえてきた。
「……あれ? 父さん?」
そこへ顔を出したのは、父マサユキだった。
黒髪に、ジニアを思わせる髪型。若々しい外見とは裏腹に、その頭の中には次から次へと発明のアイディアが浮かんでくる。
どうやら、ちょうど家に帰ってきたところらしい。
『おう、シンヤ! ジム戦に勝ったんだって?』
「そうだよ! グレーバッジを手に入れた!」
『おおっ、やったじゃないか! さすが俺の息子だな!』
「ありがとう、父さん!」
マサユキは満足そうにうなずくと、何かを思い出したように手を叩いた。
『そうだ! ちょうどいいところに連絡してくれたな。実は、お前に見せたいものがあるんだ!』
「見せたいもの?」
『そう! 新発明だ!』
その瞬間、シンヤは嫌な予感……いや、期待と警戒が入り交じった感覚を覚えた。
(……待て。父さん、また何か作ったのか?)
旅立ちのときに渡された、空間転移機能付きのボストンバッグ。
あれだけでも十分すぎるほど規格外だった。
それなのに、父はまだ何かを発明したという。
マサユキは画面の外へ消え、少ししてから、一本の道具を持って戻ってきた。
『ジャジャーン! これが最新作――万能発掘ツールだ!』
「…………は?」
シンヤは固まった。
画面越しに見せられたのは、少し大型の、多機能な道具だった。
一見すると頑丈な金属製の採掘器具だが、先端や柄の構造が通常の工具とは明らかに異なっている。
マサユキは得意げに説明を始めた。
『こいつ一つで、ロックピックハンマー、タガネ、手スコップ、手ガリ、それから竹ベラ、竹串、お玉なんかにも切り替えられるんだ!』
「………………」
『岩石を砕くときはハンマー形態。化石の周囲を少しずつ削るときはタガネ形態。土を取り除くならスコップ形態。細かい部分を掘り進めるなら手ガリ形態。最後の仕上げは竹ベラや竹串で繊細に作業できる!』
「いや、ちょっと待って!?」
シンヤは思わず画面に顔を近づけた。
「どんな発明だよ、それ!?」
『ん? 便利だろ?』
「便利とかそういう問題じゃないんだって!」
シンヤの頭の中に、前世で見た発掘調査の映像がよみがえる。
発掘現場では、作業員たちが複数の工具を使い分け、周囲の地層を確認しながら慎重に土や岩を取り除いていく。
化石は非常に繊細なものも多い。乱暴に掘れば壊れてしまうため、発掘作業には専門知識と経験、そして相応の道具が必要になる。
それなのにこの父がやったことは?!
(ハンマー、タガネ、スコップ、手ガリ、竹ベラ、竹串、お玉……!? 全部一つにまとめたのか!?)
確かに、万能工具という発想そのものは理解できる。
しかし、用途によって求められる形状も強度も違う。
岩を砕ける強度を持ちながら、化石の表面を傷つけない繊細な作業もこなせる。
しかも、それらを一つの道具で実現するというのだ。
(いや、待て待て待て! これ、物理法則を無視した多機能ツールになってないか!?)
シンヤは思わず額を押さえた。
「父さん……もしかして、ガチの発明王なの?」
『はっはっは! そう褒めるなよ!褒めても発明品が生まれるだけだ!』
「褒めてるけど、ちょっと理解が追いついてないんだよ!」
ミサキはそんな父子のやり取りを見て、くすくすと笑っていた。
『ふふっ。マサユキったら、昔からこうなのよ。思いついたら、納得するまで作り続けるんだから』
「母さんはこれを見て驚かなかったの!?」
『最初は驚いたわよ? でも、もう慣れちゃったもの』
「慣れないで!?」
シンヤは思わず叫んだ。
◆ ガラル出身の発明家、長年の夢を実現する
マサユキは万能発掘ツールを手に持ったまま、少し懐かしそうに話し始めた。
『実はな、この道具は俺がガラルにいた頃から、ずっと作りたいと思っていたものなんだ』
「ガラルにいた頃から?」
『ああ。発掘作業って、作業の段階ごとに道具を持ち替える必要があるだろう? それなら、必要な機能を一つの道具にまとめれば、作業効率が上がるんじゃないかと思ってな』
「それは……確かに、理屈はわかるけど」
『ただ、当時はうまくいかなかったんだ。頑丈さを重視すると細かい作業が難しくなる。繊細さを重視すると、今度は岩を砕く強度が足りなくなる。機構を複雑にすると、重くなりすぎるしな』
マサユキは肩をすくめた。
『それで、ずっと試行錯誤していたんだが……ここ最近になって、急にアイディアが浮かんできてな。そこから一気に設計が進んで、ようやく完成したんだ!』
「急にアイディアが浮かんで、完成……?」
(この父さん、発明の神様にでも愛されているのか?)
シンヤは遠い目になった。
前世の記憶にある発明家たちは、研究と実験を重ね、何度も失敗を繰り返しながら技術を完成させていた。
もちろん、父も長年試行錯誤してきたのだろう。
それでも、ここ最近になって急に発想がまとまり、実用的な道具として完成させたというのだから、恐れ入る。
マサユキはさらに説明を続けた。
『それと、先端の素材にもこだわったぞ。岩石を削ったり砕いたりする部分には、コラッタやドードーの歯、くちばしに他のポケモンの毛などの成分を研究して取り入れているんだ』
「……え?」
シンヤの目が丸くなった。
『もちろん、ただ歯やくちばしをくっつけたわけじゃないぞ。素材の硬さや弾性、摩耗への強さを調べて、金属部分と組み合わせているんだ。実家で暮らしているポケモンたちから得られる素材も、研究に役立っている』
「いやいや、ちょっと待って! ポケモンの素材を工具に応用してるの!?」
『ポケモンの身体には、人間が作った素材とは異なる特徴を持つものもあるからな。もちろん個体差や採取方法にも気をつけている。ポケモンたちの健康を損なわない形で協力してもらっているんだ』
「そこはちゃんとしてるんだ……」
シンヤは少し安心した。
実家では、ポケモンたちの健康と生活環境がきちんと管理されている。
素材を集めるスタッフも、ポケモンに無理をさせないように作業しているはずだ。
それにしても。
(コラッタの歯やドードーのくちばしを研究して、発掘工具の素材に応用する……。ポケモンの世界ならではの発想だな)
現実世界の技術を知るシンヤにとっても、この世界の技術とポケモンの生態が組み合わさった発明は興味深いものだった。
そして、マサユキはもう一つの道具を取り出した。
『それから、発掘した化石を保管するための専用ケースも用意したぞ!』
「まだあるの!?」
『もちろん!』
画面に映し出されたのは、一見するとコンパクトなケースだった。
しかし、マサユキが蓋を開けて内部を見せると、その収納構造が明らかになった。
『軽量型だけど、大容量だ。化石の大きさに合わせて固定位置を変えられるし、内部には衝撃を抑える仕組みも入れてある。小さな化石や破片も、なるべく動かないように収納できるんだ』
「…………」
シンヤは無言になった。
発掘ツールだけでも驚きなのに、化石専用ケースまで用意している。
しかも、軽量で大容量。さらに、化石の破損を防ぐ構造まで備えているらしい。
(いや、俺が旅に出てから……まだ数日じゃなかったっけ?)
シンヤは、ここ数日の出来事を頭の中で振り返った。
旅立ちの日に、空間転移機能付きのバッグを渡された。
そこには、調理器具や医薬品、ポケモン用の道具まで詰め込まれていた。
そして今回、発掘用の万能ツールと化石専用ケース。
(父さん……ガチの発明王じゃないか!)
シンヤの中で、父親への評価がまた一段階上がった。
いや、上がるどころか、もはやどこまで上がるのか見当もつかない。
◆ 発掘装備一式、息子専用サイズで完成済み!?
『それだけじゃないぞ、シンヤ!』
マサユキがさらに画面の外へ手を伸ばす。
「……まだあるの?」
既に父に呆れ顔なシンヤは疲れた様子で尋ねた。
『発掘作業をするなら、安全装備も必要だからな!』
次々と画面に映し出される装備。
保護メガネ。
作業用グローブ。
採掘用の防護服。
そして、細かな作業に必要な補助器具まで。
『保護メガネは粉じんや小さな破片から目を守るためのもの。グローブは滑りにくく、細かい作業もしやすい素材を選んだ。防護服は岩場での擦り傷や軽い衝撃を防ぎつつ、動きやすさも重視してある』
「……父さん」
『ん?』
「これ、全部俺用?」
『もちろんだ! サイズもお前に合わせて調整してあるぞ!』
「いつの間に!?」
シンヤは椅子から身を乗り出した。
自分は旅に出る前、発掘について具体的な話をした覚えはない。
それなのに、父は万能発掘ツールだけでなく、ケースも保護メガネもグローブも防護服も、すべて息子に合わせて用意していた。
『お前は昔から化石や珍しいものに興味があっただろう? 旅先で見つけることもあるかもしれないと思ってな』
「……ありがとう、父さん」
今度は、シンヤも素直に礼を言った。
驚きは尽きないが、自分の旅を考え、必要になりそうなものを用意してくれたことが嬉しかった。
マサユキは照れくさそうに笑う。
『なあに、息子の旅を応援するのも親の役目だからな! 使い方は説明書に書いてあるが、わからないことがあったら連絡してくれ』
「うん、大切に使うよ!」
『よし! それでこそ俺の息子だ!』
ミサキも横から口を挟んだ。
『ただし、発掘に夢中になって帰る時間を忘れたり、ポケモンたちを待たせたりしないこと。危険な場所に一人で入り込むのも駄目よ』
「わかってるって、母さん!」
『本当かしら?』
「本当です!」
シンヤは即答した。
もっとも、化石や珍しいポケモンの痕跡を見つけたら、ついつい夢中になってしまう可能性は否定できなかった。
だからこそ、安全装備と事前の計画は欠かせない。
◆ オツキミ山には、何かが眠っている?
一通り説明を終えたマサユキは、ふと思い出したように言った。
『そうだ。シンヤ、ニビシティの近くにはオツキミ山があるだろう?』
「うん。次の目的地に向かう途中で通るつもりだよ」
『あそこでは、時々ポケモンの化石が発掘されるらしいぞ。せっかく道具を用意したんだ。興味があるなら、試しに調べてみるといい』
「オツキミ山で化石……!」
シンヤの目が輝いた。
もちろん、彼はゲームでオツキミ山を何度も探索している。
カントー地方を冒険するトレーナーなら、避けては通れない場所の一つだ。
そして、ゲームでのイベントを思い出す。
(確か、オツキミ山の内部で研究員が化石を二つ見つけていて、そのうち片方を譲ってもらえるイベントがあったはず……)
ゲームで手に入るのは、甲羅の化石と貝の化石。
それぞれ、後に復元することで別々のポケモンへとつながる。
さらに、ニビシティの博物館には秘密のコハクに関係するイベントもあった。
(秘密のコハクも、ゲームではニビシティの博物館で手に入る。ということは、この世界でも近隣のどこかで発見されている可能性はある……)
ただし、ゲームのイベントがそのまま現実になるとは限らない。
この世界では、化石が発見される場所も、誰が所有しているかも、ゲームとは違うかもしれない。
(でも、オツキミ山で化石が見つかるという話自体は、かなり気になるな)
シンヤは新しい発掘ツールを思い浮かべた。
今まではポケモンバトルと捕獲が旅の中心だった。
だが、ポケモンの世界には、バトル以外にも未知の発見がある。
珍しいポケモンとの出会い。
野生ポケモンの生態。
各地の自然環境。
そして、遠い昔に生きていたポケモンたちの痕跡――化石。
それらを調べることも、旅の大きな楽しみになりそうだった。
『もし化石や珍しい鉱石、それから何かお宝みたいなものを発掘したら、実家に送ってくれ。こちらで状態を確認して、必要なら鑑定に出したり、換金したりしておくからな』
「えっ、換金までしてくれるの?」
『もちろん。価値のわからないものを勝手に売るわけじゃないぞ。まずは何なのか調べて、必要なら専門家に確認してからだ』
「それなら安心だな……」
シンヤはうなずいた。
見つけたものをすぐに換金するかどうかは別として、専門知識のある人に鑑定してもらえるのは心強い。
とくに化石のような貴重なものなら、適切な保存と管理が必要になる。
「わかった! オツキミ山に行ったら、周囲をよく観察してみるよ!」
『おう! ただし、安全第一だぞ!』
「それは母さんにも言われたよ!」
『大切なことだから、何度でも言うわよ』
ミサキが笑顔で念を押す。
シンヤも笑った。
「わかってるって! 無理はしないし、危険な場所には入らない。ポケモンたちの体調も確認しながら行動するよ」
『よろしい!』
母の返事に、シンヤは思わず苦笑した。
◆ 旅は、バトルだけじゃない
通信を終えたシンヤは、スマートフォン型の端末をしまい、バッグの中を確認した。
グレーバッジ。
ポケモンたちのボール。
そして、父が新たに用意してくれた万能発掘ツールと専用ケース。
「……なんか、冒険の方向性がどんどん広がっていくな」
最初は、ポケモンリーグを目指すつもりだった。
八つのバッジを集め、リーグに挑戦する。
それが、今の目標だ。
だが、この世界に来てから、シンヤは改めて実感していた。
ポケモンの世界には、ゲームでは描ききれなかったことが無数にある。
ポケモンたちがどんな暮らしをしているのか。
どんな環境で生き、何を食べ、どんなことを考えているのか。
人間とポケモンは、どうやって協力し、共に生きているのか。
そして、何千年、何万年という時間の向こう側に、どんなポケモンたちが存在していたのか。
「リーグを目指すのは変わらない。でも、それだけにこだわる必要もないよな」
シンヤは小さく笑った。
旅先で見つけたものを調べる。
珍しいポケモンを捕まえ、その特徴を知る。
仲間たちと一緒に、新しい技や戦い方を試す。
時には、バトルとは関係のない寄り道をする。
それもまた、この世界でしか味わえない冒険だ。
「さて……まずはポケモンたちの回復を待って、明日の準備だな」
シンヤは窓の外を眺めた。
ニビシティの向こうには、オツキミ山へ続く道がある。
その山の中には、まだ見ぬポケモンたちと、遠い昔の秘密が眠っているかもしれない。
(甲羅の化石に、貝の化石。それに、秘密のコハク……。この世界では、どんな形で出会うことになるんだろうな)
胸の中に、新たな期待が膨らんでいく。
最初のジムバッジを手に入れた少年の旅は、次なる目的地へ向けて動き始めていた。
今回、更新はなしです。