薄暗いオツキミ山の洞窟内。
岩壁から滴る水の音が、静かな洞窟に小さく響いていた。
天井には鍾乳石が垂れ下がり、足元には大小さまざまな岩が転がっている。入口から差し込んでいた光は、とうに届かなくなっていた。
そんな洞窟の中を、二人の子供とポケモンたちが進んでいた。
「…………」
「…………」
いや、正確には――一人は平然と歩いていて、もう一人はその服を小さく掴みながら、プルプルと震えていた。
「…………シンヤ」
「ん? どうした、レン?」
「……もう少し、ゆっくり歩いてくれないかしら?」
「ん? ああ、分かった。足元が悪いからな」
シンヤは歩く速度を落とし、レンの歩幅に合わせた。
レンは、シンヤの服の裾を小さな手でぎゅっと握りしめている。
桃がかった紫色の髪が、歩くたびに揺れる。普段はどこか小悪魔的で、余裕たっぷりの態度を見せる少女だが、今は暗闇が怖いらしく、シンヤのすぐそばから離れようとしなかった。
「…………」
「…………」
シンヤは前を向いたまま、必死に平静を装っていた。
(…………待て待て待て待て)
(服を掴んでる! レンが! あのレンが! 俺の服を小さな手でぎゅっと掴んでるんだが!?)
(しかも、普段の余裕たっぷりな態度とのギャップがすごい! 何だこの可愛さは! 反則だろ!!)
心の中では盛大な叫び声が響き渡っていた。
しかし、表情には出さない。
シンヤは前世の記憶を持つ少年であり、これまで数々のゲームやアニメを楽しんできた人間だ。
可愛いキャラクターに耐性がないわけではない。
……ないはずだった。
(いや、これは無理だって! 実際に目の前でやられたら話が違うだろ!)
「……シンヤ?」
「ん?」
「さっきから、何だか嬉しそうじゃない?」
「そ、そんなことないぞ?」
「……本当かしら?」
レンがじっと見上げてくる。
シンヤは、思わず視線を逸らした。
(危ない。顔に出るところだった……!)
その様子を見て、レンは不思議そうに首を傾げるのだった。
◆リザードとニドリーノの実戦訓練!
オツキミ山に入ってから、シンヤたちは何度か野生のポケモンと遭遇していた。
すでにズバット、パラス、イシツブテを捕獲している。
ズバットは暗い洞窟内を飛び回るポケモンであり、パラスは湿った岩場や苔の生えた場所に姿を現した。
イシツブテは、岩場を転がるように移動していたところを発見したのだ。
ただし、シンヤはこれらの捕獲を単に手持ちを増やすためだけに行ったわけではない。
「リザード、次は右側から来るぞ!」
「リザーッ!」
野生のイシツブテが、岩場を利用して転がりながら突進してくる。
リザードは正面から受け止めようとはせず、直前で身体を捻って回避した。
イシツブテが勢いを保ったまま通り過ぎる。
「よし、そのまま距離を取れ! かえんほうしゃ!」
「リザァァッ!」
リザードの口から炎が放たれ、イシツブテの進路を塞ぐように地面を走った。
イシツブテは急停止し、横へ逃れようとする。
「追いかけなくていい! 相手が方向を変えるのを待て!」
リザードはシンヤの指示に従い、無理に接近しなかった。
やがてイシツブテが別の岩場へ逃げようとした瞬間、リザードが一気に踏み込む。
「アイアンテール!」
金属のように硬化した尻尾が、イシツブテの身体へ命中した。
イシツブテは岩の上を転がり、動きを止めた。
「よし、そこまでだ!」
シンヤはすぐにリザードを止めた。
「いい動きだったぞ。進化してから、踏み込みの強さがかなり変わったな」
「リザーッ!」
リザードは誇らしげに胸を張った。
しかし、シンヤは続けて指摘する。
「ただ、回避した後の身体の向きが少し遅れていた。前より身体が大きくなった分、方向転換の感覚を調整する必要があるな」
リザードは自分の足元を見てから、真剣な表情で頷いた。
「リザード。焦らず、一つずつ身につけていこう」
「リザーッ!」
その横では、ニドリーノも野生のポケモンを相手に動きを確認していた。
「ニドリーノ、相手の正面から突っ込むな! 岩を回り込んで、角の届く距離まで近づけ!」
「ニドリーノ!」
ニドリーノは岩を盾にしながら、相手の動きを観察する。
そして、相手が岩の陰から姿を現した瞬間、地面を蹴って飛び出した。
「つのでつく!」
鋭い角が相手の身体に当たる。
ニドリーノは勢いを殺しながら着地し、すぐに相手と距離を取った。
「よし! 進化前より突進の力は上がっている。でも、まだ身体の重心が前に寄りすぎているな。攻撃した後、もう少し早く次の動きに移れるようにしよう」
「ニドリーノ!」
シンヤは満足そうに頷いた。
(リザードもニドリーノも、進化によって明確に強くなっている。でも、身体が変わったことで新しい課題も生まれている。ここを丁寧に調整できれば、今後の戦い方も広がるはずだ)
その間、レンは少し離れた場所から二匹の戦いを見守っていた。
「シンヤって、ポケモンのことを本当によく見ているのね」
「そうか?」
「ええ。単に技を使わせるだけじゃなくて、動き方や身体の使い方まで細かく見ているでしょう?」
「まあな。ポケモンごとに得意なことも違うし、進化したら身体の使い方も変わるからな」
シンヤはリザードとニドリーノを見つめた。
「強くなるためには、今の自分に何ができて、何が足りないのかを知ることも大事なんだ」
「……ふふっ。なるほどね」
レンは興味深そうに頷いた。
「シンヤのポケモンたちは幸せね。こんなに丁寧に見てもらえるんだもの」
「……そう言ってもらえると嬉しいな」
シンヤは少し照れくさそうに笑った。
そして、レンの手がまだ自分の服を掴んでいることに気づく。
(……うん。やっぱり可愛い)
もちろん、その感想は口には出さなかった。
◆嫉妬するトレーナーたち
さらに奥へ進もうとした、そのときだった。
「おい、そこのお前!」
突然、洞窟の向こうから声が響いた。
シンヤたちが振り向くと、三人の少年トレーナーがこちらへ歩いてくる。
彼らはシンヤと同じくらいか、少し年上に見えた。
そして、その視線はシンヤ本人よりも、隣にいるレンへ向けられていた。
「何だ?」
シンヤが尋ねると、先頭の少年が顎をしゃくった。
「お前、随分と可愛い子を連れてるじゃねえか」
「……は?」
「俺たちも旅をしてるんだ。そんな子と一緒に歩けるなんて、いいご身分だな!」
別の少年が、面白くなさそうに言う。
「お前、そんなに強いのか? その子に認められてるってことは、相当なんだろうな?」
シンヤは数秒ほど彼らを見つめた。
(……ああ、なるほど)
何となく事情を察した。
彼らは、シンヤがレンと一緒に歩いていることが気に入らないらしい。
つまり、嫉妬だ。
「……それで、俺に何の用だ?」
シンヤが尋ねると、先頭の少年がモンスターボールを取り出した。
「ポケモンバトルだ! お前がどれくらい強いのか、見せてもらおうじゃねえか!」
「……別に構わないけど」
シンヤは肩をすくめた。
「ただし、洞窟の中だ。周囲を壊したり、ポケモンを必要以上に傷つけたりするのはなしだぞ」
「へっ、余裕ぶりやがって!」
少年たちは、それぞれポケモンを繰り出した。
シンヤは一度、レンの方を振り返る。
「少しだけ待っててくれるか?」
「ええ。頑張ってね、シンヤ」
レンはそう言って、少し後ろへ下がった。
その言葉を聞いた少年たちの表情が、さらに険しくなった。
(……ああ、これは面倒なことになったな)
シンヤは内心でため息をついた。
だが、売られた勝負を受ける以上、手加減しすぎるのも相手に失礼だ。
「リザード、頼む!」
「リザーッ!」
最初の相手が繰り出したのは、イシツブテだった。
「イシツブテ! ころがる!」
イシツブテが身体を丸め、洞窟の地面を転がってくる。
「リザード、正面から受けるな! 左の岩を使って回避しろ!」
リザードは岩の横へ飛び退いた。
イシツブテが岩にぶつかり、進路を変える。
「今だ! かわらわり!」
リザードが踏み込む。
その拳がイシツブテへ命中し、相手は勢いを失って地面へ転がった。
「なっ……!」
「イシツブテ、戦闘不能! リザードの勝ちだ!」
シンヤはすぐにリザードを下がらせた。
「よし、よくやった!」
「リザーッ!」
続いて二人目の少年が、アーボを繰り出した。
「アーボ、締めつけろ!」
アーボが地面を這い、リザードへ飛びかかろうとする。
「リザード、後ろへ跳べ! 相手の頭の動きを見ろ!」
リザードはアーボの動きを観察し、身体を捻って回避する。
アーボが追撃しようと首を伸ばした瞬間――。
「ほのおのキバ!」
リザードが一気に距離を詰め、炎をまとった牙でアーボへ攻撃した。
アーボは悲鳴を上げて後退し、その場に倒れ込んだ。
「アーボ、戦闘不能!」
「くっ……!」
二人目も敗北した。
そして最後の少年が、モンスターボールを握りしめる。
「まだだ! 俺のポケモンなら……!」
繰り出されたのは、ズバットだった。
「ズバット、超音波だ!」
ズバットが甲高い音を発し、洞窟内に音が反響する。
「……っ!」
シンヤは顔をしかめた。
洞窟では音が反響しやすい。普通の場所よりも、超音波の影響が広がる可能性がある。
「リザード、耳を塞げ! 無理に追うな!」
リザードは顔をしかめながらも、指示に従った。
ズバットが空中から接近する。
「リザード、えんまく!」
リザードが黒い煙を吐き出し、周囲を覆った。
ズバットは煙の中へ突っ込むのをためらい、いったん上昇する。
その隙を逃さず、シンヤは指示を出した。
「今だ! げんしのちからで進路を塞げ!」
リザードの周囲に岩の破片が浮かび上がる。
それらはズバットへ直接ぶつけるのではなく、飛行経路を遮るように配置された。
ズバットは急旋回を余儀なくされ、飛行速度が落ちる。
「そこだ! かえんほうしゃ!」
リザードの炎が、ズバットの逃げ道を塞ぐように放たれた。
ズバットは慌てて高度を下げ、地面へ降りる。
「リザード、アイアンテール!」
硬化した尻尾が、ズバットの身体を捉えた。
ズバットは地面へ落ち、動けなくなった。
「ズバット、戦闘不能! リザードの勝ち!」
三人目の少年も、呆然と立ち尽くした。
「そ、そんな……」
シンヤはリザードの頭を撫でた。
「よくやった。洞窟内の地形と煙を上手く利用できたな」
「リザーッ!」
シンヤは三人の少年たちへ向き直る。
「勝負はこれで終わりだ。ポケモンたちを回復させてやってくれ」
「…………」
少年たちは悔しそうに唇を噛んだ。
しかし、彼らのポケモンたちが無事なのを確認すると、シンヤはそれ以上責めることなく、レンのもとへ戻った。
「待たせたな。行こうか」
「ええ」
レンはにこやかに頷いた。
そして、少年たちに聞こえないくらいの小さな声で囁く。
「……シンヤって、やっぱり強いのね」
「まあ、旅を始めてからいろいろ経験しているからな」
「ふふっ。頼もしいわ」
そう言って、レンは再びシンヤの服を掴んだ。
(…………っ!?)
シンヤの心臓が、またもや大きく跳ねた。
(待ってくれ! 今の笑顔からの、その行動は反則だろ!?)
彼は平静を保つため、必死に前を向いた。
◆ピカチュウのフラッシュ
さらに奥へ進むにつれて、洞窟内はますます暗くなっていった。
先ほどまでは、岩壁の輪郭や足元の石を何とか見分けられた。
しかし、今では数歩先すら見通せない。
「……これは、少し危ないな」
シンヤは立ち止まった。
足元には細かな石が散らばっている。転倒すれば、ポケモンだけでなくレンまで怪我をしかねない。
「ピカチュウ、頼めるか?」
「ピカ?」
シンヤはピカチュウのモンスターボールを手に取った。
「周囲を照らしてほしいんだ」
「ピカッ!」
ピカチュウが前へ出る。
そして、身体から光を放った。
眩い光が周囲へ広がり、暗かった洞窟内が明るくなる。
岩壁の凹凸、足元の石、天井から垂れ下がる鍾乳石。
それらが一気に見えるようになった。
「おお、助かる!」
シンヤは感心したように頷いた。
と同時に疑問があった。
「いつの間にフラッシュを覚えたんだ?」
「ピカピカ!」
ピカチュウは得意げに胸を張った。
シンヤは波動の眼で確認する。
(なるほど。暗闇での活動が続くうちに、周囲を照らすためのエネルギーの使い方を身につけたのか?)
もちろん、正確な習得の経緯は分からない。
だが、ピカチュウが自分なりに必要性を感じ、技を身につけた可能性はある。
(技は教えられるだけじゃない。実際の経験の中で、ポケモン自身が必要な力を身につけることもあるんだな)
「よし、ピカチュウ。しばらく照明を頼むぞ。疲れたらすぐに教えてくれ」
「ピカッ!」
ピカチュウは元気よく鳴き、先頭を照らし始めた。
これで、洞窟の奥へ進むことができる。
……ただし、レンの震えが収まるかどうかは、また別の話だった。
「…………」
「…………」
「……レン?」
「な、何かしら?」
「いや、まだ怖いのか?」
「こ、怖くなんてないわよ!」
レンは即座に答えた。
だが、その手はシンヤの服をしっかり掴んだままだった。
「……そうか?」
「そうよ!」
「…………」
「…………」
シンヤは、何とか笑いをこらえた。
しかし、肩がわずかに震えてしまった。
レンはそれを見逃さなかった。
「……シンヤ?」
「は、はい」
「今、笑った?」
「いや、笑ってないぞ?」
「嘘ね」
レンは頬を膨らませた。
「レディーをからかって面白いのかしら?」
「す、すまんすまん! 悪かったって!」
シンヤは慌てて謝った。
レンはぷくっと膨らませた頬をそのままに、じっと彼を見つめる。
その姿がまた可愛らしく、シンヤは心の中で頭を抱えた。
(だから可愛いって! その表情はずるいって!!)
だが、今度こそ笑いを表に出さないよう、必死に耐えた。
レンはしばらく彼を見つめていたが、やがて小さく笑った。
「……それじゃあ、許してあげる代わりに、一つお願いがあるわ」
「お願い?」
「ええ。ハナダシティに着いたら、私とお茶会をしてくれる?」
「……お茶会?」
「そう。美味しい紅茶を飲みながら、ゆっくりお話しするの。どうかしら?」
シンヤは一瞬だけ考えた。
(……つまり、奢れってことね)
お茶会という言葉から察するに、紅茶やお菓子を楽しむ時間を用意してほしいということだろう。
別に、それくらいなら問題ない。
「分かった。ハナダシティに着いたら、お茶会をしよう」
「本当?」
「ああ、約束する」
その返事を聞いたレンの表情が、ぱっと明るくなった。
「ふふっ。楽しみにしているわね、シンヤ」
「おう」
レンは満足そうに頷く。
そして、先ほどよりも少しだけ機嫌が良くなった様子で、再びシンヤの隣を歩き始めた。
(なるほど……レンは紅茶とか、そういう時間が好きなんだな)
シンヤは、彼女の新たな一面を知ることができたのを嬉しく思った。
ただし、服を掴む手はまだ離れていなかった。
(……まあ、いいか)
シンヤは内心で微笑みながら、洞窟の奥へと歩みを進めた。
◆ついに発見! ピッピたちの群れ
しばらく歩き続けた、そのときだった。
「……ん?」
シンヤは、かすかな音に気づいた。
洞窟の奥から、何かが跳ねるような音が聞こえてくる。
トン、トン、トン。
そして、時折、楽しげな鳴き声も混じっていた。
「ピッピ……?」
シンヤは足を止めた。
レンも顔を上げる。
「……今の声」
「ああ。もしかすると……」
二人は顔を見合わせた。
そして、音を立てないよう、慎重に進んでいく。
ピカチュウはフラッシュの光を弱め、必要な範囲だけを照らすようにした。
やがて、岩壁の向こうに広い空間が見えてきた。
シンヤは岩陰から、そっと顔を覗かせる。
「…………!」
そこには――ピッピがいた。
一匹や二匹ではない。
三匹、五匹、十匹……。
数えるのも難しいほどのピッピたちが、広い洞窟の中を跳ね回っていた。
「……すごいな」
シンヤは思わず息を呑んだ。
さらに奥へ視線を向けると、巨大な月の石が鎮座していた。
淡い光を放つその石は、周囲の岩とは明らかに違う存在感を持っている。
そして、その周囲には二十匹以上のピッピが集まっていた。
彼女たちは、何かを待つように、洞窟の天井を見上げている。
「これが……ピッピの群れ……」
レンは感動したように呟いた。
「……ああ」
シンヤもまた、その光景に見入っていた。
(そういえば、アニポケ無印でも、満月の夜に野生のピッピたちが集まって、月の石の周りで踊っていた話があったな……)
前世の記憶が蘇る。
アニメで見た、あの神秘的な光景。
ゲームで知っていたピッピと月の石の関係。
それらが、今、目の前で現実のものになろうとしている。
(……本当に、ポケモンの世界に来たんだな)
改めてそう実感した。
レンは、感動を隠しきれない様子で呟いた。
「これが……ピッピたちのお月見の踊り……」
「お月見の踊り?」
シンヤが小声で尋ねる。
レンは少しだけ顔を赤くしながら、頷いた。
「え、ええ。ピッピたちは、月の光を浴びながら、神秘的で可愛らしいダンスを披露することがあるのよ」
「……何で、そんなことを知っているんだ?」
「…………っ!」
レンの顔が、みるみる赤くなっていった。
「か、可愛いものが好きだから、調べただけよ!?」
「……なるほど」
シンヤは、納得したように頷いた。
(……可愛いものが好きだから調べた、か)
(…………可愛い)
もちろん、口には出さない。
だが、レンの照れた表情を見て、シンヤはまたしても心の中で叫んでいた。
レンは顔を赤くしたまま、そっぽを向く。
「……もう。シンヤ、今、何か変なことを考えたでしょう?」
「いや、何も?」
「本当かしら?」
「本当、本当」
シンヤは笑いをこらえながら、再びピッピたちへ視線を戻した。
今は、余計なことを言う場面ではない。
この神秘的な光景を、静かに見守るべきだ。
二人は岩陰に身を潜め、ピッピたちの様子を観察することにした。
◆月の石の輝き、そして進化
やがて、洞窟内のピッピたちが、一斉に動き始めた。
最初は一匹が、ぴょん、と跳ねる。
続いて隣のピッピも跳ねる。
そして、次々と仲間たちが動き出し、群れ全体が同じリズムで踊り始めた。
「ピッピッ!」
「ピッピ!」
「ピッピピッ!」
楽しげな鳴き声が洞窟に響く。
ピッピたちは月の石を囲むように輪を作り、身体を左右に揺らしながら、くるくると回り始めた。
その動きは、どこか儀式のようでもあり、子供たちが遊んでいるようでもあった。
シンヤは、その様子をじっと見つめる。
(……すごいな)
ゲームの中では、月の石は進化のためのアイテムとして扱われる。
しかし、目の前にある月の石は、ただの道具ではない。
この場所で暮らすポケモンたちにとって、何か特別な意味を持っているようだった。
そして――。
ピッピたちが、いっせいに指を掲げた。
「ピッピッ!」
「ピッピ!」
「ピッピピッ!」
無数の小さな指が、同じ方向へ向けられる。
その瞬間、周囲に不思議な光が広がった。
「……ゆびをふる、か!」
シンヤは思わず呟いた。
ピッピたちが一斉にゆびをふるを使ったことで、洞窟内の空気が震える。
何が起きるのかは分からない。
それでも、ピッピたちはまるで、この瞬間を待ち望んでいたかのように、楽しそうに踊り続けていた。
やがて、巨大な月の石が淡い光を放ち始めた。
最初は小さな輝きだった。
それが徐々に強くなり、洞窟全体を照らしていく。
「……綺麗」
レンが、感嘆の声を漏らした。
シンヤも言葉を失っていた。
月の石の表面に、細かな亀裂が走る。
そして――。
パキッ。
小さな音が響いた。
続いて、ピシピシピシッ、と亀裂が広がっていく。
「……まさか」
シンヤは目を見開いた。
月の石が、砕け始めていた。
光がさらに強まり、洞窟の中を白く染め上げる。
そして、石はついに――。
パァンッ!
眩い光とともに砕け散った。
飛び散った破片は、地面へ落ちる前に淡い光となって消えていく。
その瞬間、何匹ものピッピたちが光に包まれた。
「……!」
シンヤとレンは、息を呑んだ。
ピッピたちの身体が大きくなり、耳や手足の形が変化していく。
丸みを帯びた身体が、さらにふっくらとした姿へ。
耳の先は長くなり、背中には小さな翼が現れる。
やがて光が収まると――。
そこには、ピクシーへと進化したポケモンたちが立っていた。
「ピクシー……!」
レンは、感動と驚きが入り混じった声を漏らした。
シンヤもまた、目の前の光景に見入っていた。
(……すごい。こんなに一度に進化するなんて)
ゲームなら、月の石を使えば進化する。
しかし、この世界では、野生のポケモンたちが自分たちの暮らしの中で進化を迎えている。
彼女たちにとって、これは特別な日なのだろう。
ピッピたちは進化した仲間たちを囲み、嬉しそうに鳴き声を上げた。
ピクシーたちもまた、仲間たちに応えるように両手を広げた。
その光景は、とても温かいものだった。
……だが、その隣では、別の意味で焦っている少女がいた。
「…………」
レンは、呆然と進化したピクシーたちを見つめていた。
そして、震える声で呟く。
「……そんな……」
「レン?」
「ピッピを……ピッピのまま捕まえたかったのに……!」
「…………あ」
シンヤは、そこでようやく気づいた。
そうだ。
レンはピッピを探しに来たのだ。
しかも、ピクシーではなく、ピッピの姿のまま捕まえたいと思っていた。
目の前で何匹ものピッピが進化してしまったのだから、焦るのも無理はない。
「……ま、まあ、まだピッピは残ってるぞ?」
「分かっているわ。でも……!」
レンは悔しそうに唇を噛んだ。
そのときだった。
二匹のピッピが、群れから離れ、こちらへ向かって歩いてきた。
「……ピッピ?」
シンヤは不思議そうに首を傾げた。
二匹のピッピは、警戒する様子もなく、シンヤとレンの前までやってくる。
そして、二人を見上げた。
「ピッピッ!」
一匹が、嬉しそうに鳴いた。
もう一匹も、同じように鳴く。
シンヤはしゃがみ込み、優しく声をかけた。
「どうした? さっきのダンス、見せてくれてありがとうな。すごく綺麗だったぞ」
そう言って、二匹の頭をそっと撫でる。
ピッピたちは気持ちよさそうに目を細めた。
「ピッピッ♪」
その姿を見て、レンも思わず表情を和らげた。
「……可愛い」
彼女は、二匹のピッピをじっと見つめた。
すると、一匹がレンの方へ歩み寄り、彼女の手に頬を寄せた。
「……えっ?」
レンは驚いたように目を見開いた。
ピッピは、レンの顔を見上げている。
その視線は、レンの手元にあるモンスターボールへ向けられていた。
もう一匹も、シンヤのモンスターボールを見つめている。
「……もしかして」
シンヤは波動の眼を使い、二匹の様子を確認した。
そこに映ったのは、強い好奇心と期待だった。
――この二人についていったら、きっと楽しそう。
そんな感情が、二匹から伝わってくる。
「……なるほどな」
シンヤはレンを見た。
「レン。この子、レンと一緒に旅をしたいみたいだぞ?」
「……えっ!?」
レンは、驚いてピッピを見つめた。
「わ、私と……?」
ピッピは小さく頷いた。
「ピッピッ!」
レンはしばらく言葉を失っていた。
やがて、そっと膝をつき、ピッピと目線を合わせる。
「……本当に、私でいいの?」
ピッピは、今度は元気よく鳴いた。
「ピッピ!」
レンの表情が、ぱっと明るくなる。
「……ありがとう!」
彼女は、ピッピを優しく抱きしめた。
ピッピは嬉しそうに鳴き、レンの腕の中で身体を揺らした。
その様子を見て、シンヤも笑顔になった。
「よかったな、レン」
「ええ……! 本当に嬉しいわ!」
そして、シンヤももう一匹のピッピへ向き直った。
「……さて。お前も、俺と一緒に来たいのか?」
「ピッピッ!」
ピッピはその場で元気よく跳ねた。
「そうか……。よし、それじゃあ、これからよろしくな!」
シンヤはモンスターボールを取り出した。
「ピッピ、ゲットだ!」
赤い光がピッピを包み込む。
ボールが地面へ落ち、揺れる。
そして――。
カチッ。
「よし!」
シンヤはボールを手に取り、笑顔を浮かべた。
「これからよろしくな、ピッピ!」
レンも、自分のモンスターボールを手にした。
「私も……! ピッピ、これからよろしくね!」
彼女のボールも、無事にピッピを捕まえた。
こうして、シンヤとレンは、それぞれ一匹ずつピッピを仲間に迎えたのだった。
◆ピクシーたちからの贈り物
二人がピッピを捕まえた、その瞬間。
周囲から、パチパチと拍手をするような鳴き声が響き始めた。
「ピッピッ!」
「ピクシー!」
「ピッピ!」
残っていたピッピたちと、進化したピクシーたちが、二人を祝福するように鳴いていた。
「……え?」
シンヤは驚いて周囲を見回した。
レンもまた、目を丸くしている。
「私たちを……祝福してくれているの?」
ピッピたちは嬉しそうに跳ね、ピクシーたちは優しく手を振っていた。
どうやら、二人が自分たちのダンスを楽しみ、仲間を大切に迎え入れてくれたことが嬉しかったらしい。
そんな中、二匹のピクシーが、シンヤとレンの前へ歩み寄ってきた。
彼女たちは、両手いっぱいに何かを抱えていた。
「……これは?」
シンヤが目を向けると、そこには淡く輝く石があった。
「……月の石!?」
思わず声が出た。
二匹のピクシーが抱えていたのは、十個以上はありそうな月の石だった。
ピクシーたちは、それらを二人へ差し出した。
「ピクシー!」
シンヤは、すぐには受け取らなかった。
「……えっと、これは……俺たちに?」
ピクシーは頷く。
レンも困惑した様子で尋ねた。
「でも、こんなにたくさん……。本当に、いただいてもいいの?」
ピクシーたちは、もう一度頷いた。
シンヤは波動の眼で彼女たちの感情を確かめた。
そこにあったのは、感謝と喜び。
そして――贈り物を受け取ってほしい、という純粋な気持ちだった。
(……なるほど)
シンヤは、ようやく理解した。
彼女たちは、自分たちのダンスを褒めてくれた二人に、お礼をしたいのだ。
「……分かった。ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
シンヤは、そっと月の石を受け取った。
レンも少し迷った後、両手で丁寧に受け取る。
「……ありがとう。大切にするわね」
二匹のピクシーは、満足そうに微笑んだ。
そして、周囲のピッピたちも、嬉しそうに鳴き声を上げる。
シンヤは、月の石をバッグの専用収納へ丁寧にしまった。
(……これは、父さんの発明品を試すどころか、とんでもない収穫になったな)
月の石は、進化に使われる貴重な石だ。
もちろん、すぐに使うつもりはない。
今後の育成や、ポケモンたちの進化について考えるうえで、大切に保管しておこう。
レンも、受け取った月の石を大事そうにしまった。
「……ふふっ。今日は来てよかったわ」
「そうだな。まさか、こんな光景に出会えるとは思わなかった」
二人は、改めて洞窟の広間を見渡した。
ピッピたちは最後にもう一度、楽しげに踊り始めた。
ピクシーたちもその輪に加わり、優雅に身体を揺らす。
やがて、彼女たちはゆっくりと洞窟の奥へと歩き始めた。
一匹、また一匹と、暗闇の向こうへ消えていく。
最後のピッピが振り返り、小さく手を振った。
「ピッピッ!」
「……またな!」
シンヤは笑顔で手を振り返した。
レンも、嬉しそうに微笑みながら手を振る。
「……ありがとう、ピッピたち!」
やがて、群れの姿は洞窟の奥へ消えていった。
広間には、静寂が戻る。
残されたのは、砕けた月の石の名残と、二人の心に刻まれた神秘的な光景だけだった。
シンヤは、手元のモンスターボールを見つめた。
「……新しい仲間が増えたな」
「ええ。私も、素敵な出会いができたわ」
レンは、嬉しそうに頷いた。
そして、ふとシンヤの服を掴んでいた手に気づき、少しだけ恥ずかしそうに手を離した。
「……そ、それじゃあ、先へ進みましょうか」
「……ああ」
シンヤは、ほんの少しだけ名残惜しさを感じながらも、笑顔で頷いた。
(……まあ、これからも一緒に旅をするんだ。まだチャンスはある……!)
何のチャンスなのかは、本人にもよく分かっていなかった。
こうして、シンヤとレンは新たな仲間を迎え、月の石という貴重な贈り物も手に入れた。
オツキミ山の探索は、まだ終わらない。
この先には、さらなる出会いと発見が待っているはずだ。
そして、二人の旅路もまた、少しずつ賑やかになっていくのだった。
【シンヤの手持ち】
リザード LV:21→22
ニドリーノ LV:18→20
【NEWメンバー】
・ズバット LV:10
・パラス LV:10
・イシツブテ LV:10
・ピッピ LV:10
【レンの手持ち一覧】
・イーブイ(♀) LV:15
・ラルトス(♀) LV:15
・クチート(♀) LV:15
・マリル(♀) LV:15
・プリン(♀) LV:10
・ピッピ(♀) LV:10