目的だったピッピを仲間にできたレンの機嫌は、まさに最高潮だった。
先ほどまで、オツキミ山の入口からずっとシンヤの服を掴み、暗闇に怯えてプルプルと震えていた少女とは思えないほど元気になっている。
「ふふっ♪ ピッピ、これからよろしくね!」
「ピッピィ~♪」
レンは新しく仲間になったピッピを両腕で抱きしめながら、楽しそうに歩いていた。
ピッピもまた、レンの腕の中が気に入ったらしい。安心しきった様子で、彼女の胸元に身を寄せている。
(……うん。よかった。本当に嬉しそうだ)
シンヤはその光景を横目で見ながら、思わず微笑んだ。
目的のポケモンを捕まえられたのだから、レンが喜ぶのも当然だろう。
ただし、シンヤには一つだけ、少々複雑な気持ちもあった。
(しかし、さっきまでずっと俺の服を掴んでいたんだよな……)
あのときのレンは、暗闇が怖くて仕方がない様子だった。
少し歩くたびに服をぎゅっと掴み、時にはシンヤの背中に隠れるようにしていた。
そのたびに、彼女の可愛らしさがシンヤの精神に大きなダメージを与えていたのである。
(正直、ちょっと寂しい気もするけど……いや、あれ以上は俺のキャパシティーを超えていた。そう考えれば助かったのか?)
十歳の少年としては、いささか複雑な葛藤だった。
前世の記憶を持つシンヤでさえ、レンの仕草と笑顔には不意打ちを食らうことがある。
そんなことを考えながら、シンヤたちはオツキミ山の出口を目指して進んでいた。
洞窟内には、ポケモンたちの鳴き声がかすかに響いている。
ピカチュウのフラッシュが周囲を照らし、岩肌や足元の凹凸を浮かび上がらせていた。
そのとき――。
「……ん?」
シンヤが不意に足を止めた。
「どうかしたの、シンヤ?」
「ピーッ?」
レンとピッピが不思議そうに彼を見上げる。
シンヤはすぐには答えず、ゆっくりと近くの岩肌に手を伸ばした。
指先を岩に触れさせ、静かに目を閉じる。
(……この感覚は)
波動の眼。
視覚だけでは捉えられないものを、波動を通じて探る。
岩の表面、その奥に広がる空間。そして、周囲の地形や物質のわずかな違和感。
シンヤは岩肌の一部に、ほかとは異なる感触を覚えていた。
「この岩肌の先に、何かあるな」
「岩肌の先に?」
レンが首を傾げる。
「うん。確信があるわけじゃないけど……自然にできた岩の重なり方とは、少し違う気がする」
シンヤは岩肌を注意深く観察した。
波動から感じ取った違和感と、目で見た岩の形状を照らし合わせる。
そして、背負っていたバッグに手を入れた。
「ちょっと調べてみるよ」
取り出したのは、父マサユキが開発した万能発掘ツールだった。
シンヤが操作すると、折り畳まれていた器具が変形し、先端に頑丈なツルハシが姿を現す。
「えっ……!」
レンは思わず目を丸くした。
「本当に、そんなコンパクトなものが変形するのね……!」
「うん。俺も貰って初めて使うんだけど、どういう仕組みで変形してるのか、すごく気になる」
シンヤはツルハシを手に取り、まじまじと眺めた。
コンパクトな状態から複数の道具へ変形する機構。しかも、実際の発掘に耐えられる頑丈さまで備えている。
普通なら、何種類もの道具を持ち運ばなければならない作業を、一つの器具でこなせるのだ。
(我が父ながら、とんでもないものを発明したな……)
シンヤの脳裏に、父マサユキの姿が浮かぶ。
なぜか、発明品を掲げながら高笑いする姿まで鮮明に想像できた。
『ハーッハッハッハ! 俺の発明は世界の常識を変えるゾォォォォ!』
(……父さんなら、本当に言いそうなんだよなぁ)
シンヤは遠い目をした。
もちろん、実際にその場に父はいない。
しかし、発明品を目の前にすると、どうしても父のテンションの高い姿が浮かんでしまうのだった。
「シンヤのお父様って、本当にすごい発明家なのね」
「うん。すごいのは間違いないよ。たまに、どこまで本気なのかわからなくなるけど」
「ふふっ。少し、お会いしてみたくなったわ」
「……会ったら、たぶん驚くと思うよ」
シンヤは苦笑しながら、岩肌へと向き直った。
今は父の発明談義をしている場合ではない。
まずは、岩の向こうに何があるのか確かめることが先だ。
「ピカチュウ、もう少し照らしてくれる?」
「ピカ!」
ピカチュウが頬の電気袋を光らせながら、フラッシュの光を周囲に広げる。
「レン、少しだけ離れていて。崩れた岩が飛ぶかもしれないから」
「わかったわ。気をつけてね」
レンはピッピを抱いたまま、少し後ろへ下がった。
シンヤは岩肌をもう一度観察する。
無闇に力任せで掘るつもりはなかった。
波動の眼で岩の状態を確かめ、崩れやすい箇所と、掘り進めるべき箇所を見極める。
そして――。
カツン。
ツルハシの先端が岩に当たった。
カツッ、カツンッ!
少しずつ、慎重に岩を削っていく。
大きく振りかぶるのではなく、必要な場所にだけ力を加える。
岩の破片が足元に落ちるたび、シンヤは作業を止め、周囲の状態を確認した。
(焦るな。化石が埋まっているなら、下手に力を入れれば傷つける可能性がある)
父から渡された発掘用の保護眼鏡と手袋も、きちんと着用している。
道具の性能に頼りきるのではなく、発掘対象を傷つけないことを最優先にする。
何度も慎重にツルハシを振り下ろしていると――。
「……あっ!」
岩の隙間から、何かが姿を現した。
シンヤはすぐに手を止め、周囲の岩を指先で丁寧に取り除いた。
やがて、岩の中から現れたものは……。
「これは……!」
甲羅のような形をした、灰色がかった化石だった。
レンも思わず息を呑む。
「もしかして……化石?」
「うん。形からすると、ポケモンの化石である可能性が高そうだ」
シンヤは化石を傷つけないよう、周囲の岩を少しずつ取り除いていく。
完全に取り出した化石を手のひらで支え、さまざまな角度から観察した。
(甲羅の形……ゲームの知識で考えるなら、こうらのカセキに似ている。でも、ここは現実のポケモン世界だ。形だけで種類を断定するのは早い)
前世のゲーム知識は、あくまで手がかりだ。
この化石が本当にどのポケモンのものなのか、正式な鑑定を受けるまではわからない。
シンヤは用意していた専用の化石ケースを取り出した。
ケースの内部には、化石を支えるための調整機構と、衝撃を吸収するクッションが備えられている。
化石の形状に合わせて固定具を調整し、移動中に動かないよう慎重に収納した。
「よし……ひとまず、これで大丈夫だ」
「本格的ね。そんなケースまで持ってきていたの?」
「父さんが用意してくれたんだ。化石は貴重なものだし、見つけたとしても持ち帰る途中で壊したら意味がないからね」
シンヤは化石ケースを地面の安全な場所に置いた。
しかし、彼はまだ作業を終えなかった。
波動の眼が、岩の奥にもう一つ違和感を捉えていたからだ。
「……やっぱり、まだ何かある」
「えっ、まだあるの?」
「うん。もう少しだけ調べてみるよ」
シンヤは再びツルハシを手に取った。
最初に見つけた化石の周囲を慎重に削り、岩の内部を確かめていく。
数分後――。
カツン、と小さな音が響いた。
岩の表面に、曲線を描くような輪郭が浮かび上がる。
「これは……貝?」
レンが顔を近づけすぎないよう気をつけながら、そっと覗き込んだ。
「うん。今度は貝のような形だね」
シンヤは慎重に周囲の岩を取り除き、二つ目の化石を取り出した。
その形状は、先ほどの甲羅型の化石とは明らかに違っていた。
(この形……貝のカセキに似ているな)
シンヤは内心でそう考えたものの、やはり断定はしなかった。
こちらも専用ケースに収納し、先ほどの化石とは別々に固定する。
そして、最後にもう一度、掘削箇所の周辺を確認した。
すると――。
「……ん?」
岩の隙間に、琥珀色の小さな塊が埋まっているのが見えた。
シンヤは思わず身を乗り出した。
「これは……琥珀?」
淡い光を反射する、小さな琥珀色の塊。
表面には、長い年月を経てきたことを感じさせる独特の質感があった。
シンヤは周囲の岩を慎重に取り除き、琥珀を傷つけないように取り出した。
手のひらに載せ、光にかざしてみる。
(まさか……ひみつのコハク?)
前世の知識が頭をよぎる。
ニビシティの科学博物館に展示されている、古代のポケモンを復元する手がかりとなる琥珀。ゲームでは、プテラの復元に使われることで知られている。
ただし、今シンヤが手にしているものが、本当にその「ひみつのコハク」なのかはわからない。見た目が似ているだけの別の琥珀かもしれないし、内部に何が残されているのかも、今の段階では確認できない。
(これは……専門家に鑑定してもらう必要があるな)
シンヤは琥珀を慎重にケースへ収納した。
こうして、彼はオツキミ山で三つの発見を手に入れたのだった。
甲羅型の化石。
貝型の化石。
そして、琥珀色の小さな塊。
「……まさか、こんなに見つかるとは思わなかった」
シンヤは思わず呟いた。
「すごいわね、シンヤ! まさか本当に化石を発見するなんて!」
レンの瞳も、興味深そうに輝いていた。
先ほどまで暗闇を怖がっていた少女は、今ではすっかり発掘の成果に夢中になっている。
「なんかあるなって直感を信じてよかったよ」
「それでも、実際に掘り出すのは大変だったでしょう?」
「うん。化石を傷つけないようにするのは、思った以上に神経を使ったよ」
シンヤは万能発掘ツールを畳み、元のコンパクトな形状へ戻した。
改めて見ても、やはり不思議な道具である。
レンは、彼の持つバッグにも視線を向けた。
「それにしても、そのバッグも不思議よね。道具だけじゃなくて、あんな大きなケースまで入ってしまうなんて……。どういう仕組みなのか、すごく気になるわ」
レンは少し考えるように首を傾げた。
「でも、発明者のシンヤのお父様が詳しいことを話していないのなら、私が無理に聞くわけにはいかないわね」
「ありがとう。これは俺専用に作ってくれた道具だから、量産はしないって言っていたよ」
「量産しない?」
「うん。便利なのは間違いないけど、こういう技術は悪用しようと思えば、いくらでも悪用できるからね」
シンヤはバッグを軽く叩いた。
このバッグは、フーパのリングを応用して作られた、特定の場所につながる空間収納システムだ。あらかじめ接続先を用意しなければならず、どこへでも自由に出入りできるわけではない。それでも、一般に広まれば大きな影響を与える技術だろう。
「貴重なものを盗み出したり、危険な物品を隠して運んだり……。悪いことを考える人間に渡ったら、厄介なことになると思う」
「確かに……。便利なものほど、使い方を考えなければならないのね」
「そういうこと」
シンヤは頷いた。
そして、もう一つの発明品へと視線を落とす。
「それを言うなら、この万能発掘ツールも同じだね」
「こちらも?」
「うん。発掘道具としては、かなり便利だからね。もし普通に販売するなら……父さんのことだし、考古学者や化石発掘の専門家、それから正式な発掘調査を行う人たちを中心にするんじゃないかな」
もちろん、実際に父がどのような販売方針を考えているかは、シンヤにもわからない。
ただ、これまでの父の仕事ぶりを思えば、技術の有用性だけを見て、何も考えずに世間へばらまくようなことはしないだろう。
(父さんは、確かに発明するときの勢いがすごいけど……何も考えずに開発するような人じゃない。危険性や使い道も、きっと考えているはずだ)
シンヤはそう信じていた。
「さて……目的のものも見つかったし、そろそろ出口を目指そうか」
「ええ!」
レンは嬉しそうに返事をした。
腕の中では、ピッピが小さく鳴く。
「ピッピィ♪」
「ふふっ、ピッピも嬉しそうね。あなたも、今日の冒険が楽しかったのかしら?」
「ピッピ!」
ピッピは元気よく頷くような仕草を見せた。
シンヤはそんな二人を見て、自然と笑みを浮かべた。
新しい仲間との出会い。
不思議な月見の踊り。
そして、思いがけず発見した三つの古代の遺物。
オツキミ山での冒険は、当初の想像以上に実りあるものになっていた。
とはいえ、旅はまだ始まったばかりだ。
これから先には、ハナダシティでのジム戦も待っている。
シンヤはバッグの中に大切に収めた化石ケースを確認すると、ピカチュウに前方を照らしてもらいながら歩き始めた。
その隣を、ピッピを抱いたレンが楽しそうについていく。
やがて、遠くの方に出口から差し込む光が見え始めた。
「もうすぐ外ね」
「そうだね。……さて、化石の鑑定も楽しみだけど、まずはハナダシティを目指そう」
「ええ。それから、約束したお茶会も忘れないでね?」
「もちろん。忘れてないよ」
「ふふっ、よろしい♪」
レンは満足そうに微笑んだ。
こうしてシンヤとレンは、オツキミ山での冒険を終えようとしていた。
しかし、二人が見つけた三つの遺物が、後にどのような発見へとつながるのか――。
それは、まだ誰にもわからない。