ポケットモンスター~波動の眼を持つ少年~   作:レイザル

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初代でヒトカゲを選んだ作者と同年代はきっといるはず


第3話「旅立ちの朝!選ばれた相棒はヒトカゲ!」

翌朝、午前六時。

 

 

ピピピピッ、ピピピピッ!

 

 

「……ん、朝か」

 

 

シンヤは目覚まし時計を止め、ゆっくりと上半身を起こした。

今日はいよいよ旅立ちの日。

十歳の少年がポケモントレーナーとして、初めて自分のポケモンをパートナーに迎える日だ。

 

 

そしてシンヤにとっては、前世の記憶を取り戻してから初めて迎える、本物のポケモンとの冒険の始まりでもあった。

 

 

「よし……!」

 

 

ベッドから降り、顔を洗って身支度を整える。

昨日、父のマサユキから受け取った特製バッグは、部屋の隅に置いてある。

 

 

フーパのリングを応用した、とんでもない発明品。

そのバッグを背負って旅に出るのだと思うと、なんだか不思議な気分だった。

 

 

「シンヤー? 起きてる?」

 

 

「起きてるよ、母さん!」

 

 

「朝ご飯、できてるわよー」

 

 

「今行く!」

 

 

シンヤはバッグを確認してから、階段を下りていった。

そこには、すでに朝食の準備を終えた母――ミサキがいた。

 

 

「おはよう、母さん」

 

 

「おはよう、シンヤ。六時頃に起きるだろうと思って、朝ご飯はもう用意しているわよ?」

 

 

「……流石、母さん」

 

 

(特に何時に起きるなんて言ってなかったんだけどな……)

 

 

母の先読みには恐れ入る。

もしかすると、十年間一緒に暮らしてきた経験から、息子がどれくらい早く起きるのか予想していたのかもしれない。

 

 

シンヤは椅子に座り、用意された朝食を食べ始めた。

 

 

今日からしばらくは、母の手料理を毎日食べることもできなくなる。

そう考えると、いつもと変わらない朝食なのに、少しだけ特別な味がした。

 

 

「……ごちそうさまでした」

 

 

「お粗末様。……頑張ってね」

 

 

ミサキは微笑みながら、シンヤを見つめた。

その表情には、息子の旅立ちを喜ぶ気持ちと、心配する気持ちが入り混じっている。

 

 

「うん」

 

 

シンヤは短くうなずいた。

 

 

「ちゃんと気をつけて旅をするよ。ポケモンたちのことも大切にする」

 

 

「ええ。あなたなら大丈夫だと思うけれど、無理だけはしないでね」

 

 

「わかってる」

 

 

母の言葉を胸に刻み、シンヤは部屋へ戻った。

そして、特製バッグを背負う。

持ち物は昨日のうちに確認済み。忘れ物もない。

 

 

「……よし、行こう!」

 

 

玄関で靴を履き、扉を開ける。

 

 

朝の涼しい空気が頬を撫でた。

 

 

シンヤは家を出て、少し歩いたところで振り返った。

 

 

 

改めて見る、我が家。

 

 

「…………」

 

 

(……いや、やっぱりデカくない?)

 

 

家族三人で暮らすには、明らかに大きすぎる一軒家。

その奥には、工房専用の小屋があり、さらに広大な敷地が広がっている。

一般的な家庭なら、まず見かけない規模だ。

 

 

おまけに、まだ入ったことはないものの、地下室まであるらしい。

 

 

(地下室には何があるんだろうな……。父さんの研究設備とか、試作品の保管庫とか?)

 

 

考え始めると、いくらでも想像が膨らむ。

 

 

だが、今日は旅立ちの日だ。

寄り道している場合ではない。

 

 

「……帰ってきたら、いろいろ聞いてみよう」

 

 

そう呟き、シンヤは前を向いた。

目指す場所は、オーキド研究所。

そこには、これからの人生を共に歩む最初のパートナーが待っている。

 

 

 

 

 

 

◆オーキド研究所――一番乗りの少年

 

 

マサラタウンの朝は静かだった。

道沿いの草木には朝露が残り、遠くからはポケモンたちの鳴き声が聞こえてくる。

シンヤは慣れた道を歩き、やがて大きな建物の前にたどり着いた。

 

 

オーキド研究所。

 

 

カントー地方のポケモン研究を代表する施設の一つであり、今日から旅立つ新人トレーナーたちが、最初のポケモンを受け取る場所でもある。

 

 

「……着いた!」

 

 

時計を見る。

 

 

午前六時半を少し過ぎた頃だった。

 

 

予定より早く到着したが、問題はない。

 

 

シンヤが入口へ向かうと、ちょうど中から白衣姿の老人が姿を現した。

 

 

「おぉ、シンヤ! お前さんが一番乗りじゃな!」

 

 

「おはようございます、オーキド博士!」

 

 

ポケモン研究の権威、オーキド博士。

テレビや研究資料で何度も名前を見聞きしてきた人物が、今は目の前にいる。

ゲームの中で見ていたキャラクターが、現実に存在している。

 

 

それだけで胸が高鳴る。

 

 

「フォッフォッフォ。ずいぶん早く来たのう。そんなにポケモンを受け取るのが楽しみか?」

 

 

「もちろんです! 今日から自分のポケモンと一緒に旅ができるんですから!」

 

 

「うむ、いい心がけじゃ!」

 

 

博士は満足そうにうなずいた。

 

 

「では、こっちに来なさい。まずはトレーナーとして必要なものを渡しておこう」

 

 

「はい!」

 

 

研究所の中へ案内される。

棚には研究資料やポケモンに関する書籍が並び、奥には計測機器や観察用の設備が設置されていた。

 

 

研究員たちが使うデスクも整然と並んでいる。

 

 

(……すごいな。本当に研究所なんだ)

 

 

ゲームで見た景色を思い出しながらも、シンヤは目の前の設備を興味深そうに眺めた。

 

 

「さて、シンヤ。これらを受け取りなさい」

 

 

博士がデスクの上を指さす。

そこには、最新型のポケモン図鑑と、いくつかの空のモンスターボールが置かれていた。

 

 

「こちらがポケモン図鑑。そして、こっちがモンスターボールじゃ」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「図鑑は、ポケモンを観察し、記録するための大切な道具じゃ。新しく発見したポケモンの情報を記録し、研究に役立てることもできる」

 

 

博士は図鑑の操作方法や、モンスターボールを使用する際の注意点について、ひと通り説明してくれた。

 

 

シンヤは真剣に耳を傾けながら、必要な情報を頭の中で整理していく。

前世で何度も使ったポケモン図鑑。

だが、実物を手にするのは初めてだ。

手の中にある図鑑の重みが、これから始まる旅の現実を感じさせてくれる。

 

 

「……よし、これで基本的な説明は終わりじゃな」

 

 

「ありがとうございました、博士」

 

 

「うむ。あとは、最初のポケモンを選ぶだけじゃ」

 

 

その言葉を聞いて、シンヤは一つの考えを思いついた。

 

 

「博士、少しお願いがあるんですけど……」

 

 

「なんじゃ?」

 

 

「これからサトシたちに渡されるポケモンを、先に図鑑に登録させてもらってもいいですか?」

 

 

「ほう?」

 

 

「野生では出会う機会が少ないポケモンもいますし、最初に博士のところにいる個体のデータは貴重だと思うんです。せっかく図鑑をいただいたので、できるだけ多くの情報を集めておきたくて」

 

 

もちろん、それだけが理由ではない。シンヤは前世の知識を持っている。

フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ。

 

 

それぞれの特徴や進化先、ゲームでの能力については、すでに十分すぎるほど知っている

だが、ここは現実のポケモン世界。

 

 

同じ種族でも、個体によって性格や体質、得意な技、コンディションは違うはずだ。

だからこそ、実際に観察しておきたかった。

 

 

「フォッフォッフォ! 抜け目がないのう、シンヤ」

 

 

博士は楽しそうに笑った。

 

 

「まあ、こんな朝早くから一番乗りで来た特権じゃな。よかろう。三匹とも、今は研究所で待機しておる」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「ただし、観察した情報を何でもかんでも鵜呑みにせんことじゃ。ポケモンの状態は日々変わる。今日のデータが明日も同じとは限らんからのう」

 

 

「はい。気をつけます!」

 

 

(さすが博士。研究者として大事なことを言うな……)

 

 

シンヤは内心で感心した。

前世の知識があるからといって、目の前のポケモンを知ったつもりになってはいけない。

実際の個体を見て、情報を確かめる。

それが大切なのだ。

 

 

「では、こちらじゃ」

 

 

博士に案内され、シンヤは研究所の奥へ進んだ。

そこには三匹のポケモンがいた。

 

 

緑色の体に、背中の球根が特徴的なフシギダネ。

赤橙色の体に、小さな炎を尻尾の先に灯すヒトカゲ。

青い体に、丸い甲羅を背負ったゼニガメ。

 

 

カントー地方で最初のパートナーとして選ばれる、三匹のポケモンだ。

 

 

「さあ、シンヤ。まずは図鑑を使ってみるといい」

 

 

「はい!」

 

 

シンヤはポケモン図鑑を構え、三匹を順番にスキャンしていった。

 

 

ピッ、ピピッ。

 

 

図鑑がそれぞれのデータを記録していく。

そして――。

 

 

シンヤは図鑑を下ろすと、改めて三匹を見つめた。

ここからは、もう一つの能力を使う。

転生の自覚とともに目覚めた、波動の眼。

 

 

(……さて。ゲームの知識じゃなくて、実際のこの子たちはどうなんだ?)

 

 

意識を集中させる。

 

 

三匹の姿が、今までとは少し違って見えた。

体の状態。

呼吸のリズム。

視線の動き。

 

 

そこから感じ取れる、気力や感情の揺らぎ。

 

 

さらに、言葉にはならない情報が、頭の中に浮かび上がってくる。

 

 

シンヤは一匹ずつ、慎重に観察した。

 

 

 

 

◆フシギダネ

まずはフシギダネ。

落ち着いた様子で、こちらを見上げている。

 

 

(体調は良好。呼吸も安定してる……)

 

 

目を通して得られる情報を整理する。

フシギダネは、周囲の様子をよく観察する性格のようだった。

好奇心はあるが、むやみに動き回るタイプではない。

技の使い方にも、一定の慣れがある。

 

 

(なるほど。堅実なタイプなのかな)

シンヤは小さくうなずいた。

 

 

 

 

◆ゼニガメ

続いてゼニガメ。

こちらはフシギダネよりも活発で、シンヤが近づくと興味深そうに顔を向けた。

 

 

(おっ、こっちは好奇心旺盛だな)

 

 

体調は良好。

動きにも勢いがあり、気力も十分。

ただし、興味を引くものがあると、そちらへ意識が向きやすいようだった。

 

 

(バトルでは、その性格が長所にも短所にもなりそうだ)

集中力を維持できれば強みになるが、相手の誘いに乗りすぎると隙ができるかもしれない。

 

 

もちろん、まだ短時間の観察にすぎない。

それでも、ゲームの種族データだけではわからない個体の特徴が見えてくる。

そして、最後に――。

 

 

 

 

◆ヒトカゲ

 

 

シンヤは、赤橙色の小さなポケモンへ視線を向けた。

尻尾の先で、炎がゆらゆらと揺れている。

 

 

ヒトカゲ。

初代『ポケットモンスター』。

そのリメイク作品。

カントー地方を冒険するゲームで、シンヤが何度も選んできたポケモンだった。

 

 

(……やっぱり、ヒトカゲだよな)

 

 

理由は単純だった。

ヒトカゲが好きだから。

進化すればリザード、そしてリザードンへと成長する。

 

 

しかし、シンヤが惹かれているのは、最終進化の強さだけではなかった。

小さな体で一生懸命に頑張る姿。

トレーナーとの絆を深めながら成長していく姿。

そして、火を操るポケモンとしての可能性。

 

 

前世で何度も一緒に冒険した、思い入れのあるポケモンなのだ。

 

 

(でも、ここはゲームじゃない)

 

 

シンヤは自分に言い聞かせた。

 

 

(このヒトカゲが、俺の知ってるゲームのヒトカゲと同じとは限らない)

 

 

だからこそ、先入観を捨てて観察する。

シンヤはヒトカゲの目を見つめた。

 

 

その瞬間――。

頭の中に、これまで以上にはっきりと情報が浮かび上がった。

体調は良好。

疲労は少ない。

尻尾の炎も安定している。

 

 

そして、バトルに対する意欲は十分にある。

だが、それだけではない。

このヒトカゲには、他の二匹とは少し違う特徴があった。

 

 

(……ん?)

 

 

シンヤは目を細めた。

 

 

ヒトカゲの体には、まだ十分に引き出されていない力がある。

技の習熟度にも、伸びしろが見える。

 

 

何より――。

シンヤが近づくと、ヒトカゲはじっとこちらを見つめ返してきた。

警戒しているわけではない。

かといって、すぐに懐いてくるわけでもない。

ただ、目の前にいる少年がどんな人間なのか、確かめようとしているようだった。

 

 

(……そっか)

 

 

シンヤは自然と笑みを浮かべた。

 

 

(お前も、これから始まる冒険を待ってるんだな)

 

 

もちろん、ヒトカゲが実際に何を考えているのか、すべてわかるわけではない。

 

 

波動の眼で感じ取れるのは、あくまでも今の状態や感情の一端だ。

だからこそ、シンヤは決めつけない。

これから一緒に過ごし、少しずつ知っていけばいい。

 

 

「……博士」

 

 

「なんじゃ?」

 

 

シンヤはヒトカゲから目を離さずに答えた。

 

 

「俺、このヒトカゲをパートナーにしたいです」

 

 

「ほう。ヒトカゲを選ぶか!」

 

 

オーキド博士は、興味深そうにシンヤを見た。

 

 

「理由を聞いてもいいかの?」

 

 

「はい」

 

 

シンヤは、ゆっくりと言葉を選んだ。

 

 

「昔からヒトカゲが好きなんです。もちろん、進化した後の姿も好きですけど……それだけじゃなくて、この子自身と一緒に成長していきたいと思ったんです」

 

 

彼はヒトカゲの前にしゃがみ込んだ。

 

 

「強くなることも大事だけど、それだけが旅の目的じゃないから。いろんな場所に行って、いろんなポケモンに出会って、一緒に楽しいことを経験して……」

 

 

そこで、シンヤは小さく笑った。

 

 

「もし、つらいことがあったら一緒に乗り越えたい。俺は、そういう旅がしたいんです」

 

 

ヒトカゲは、じっとシンヤを見つめていた。

やがて、その小さな口から声が漏れる。

 

 

「カゲ?」

そして、一歩。

小さな足で、シンヤのほうへ近づいた。

シンヤはそっと手を差し出した。

 

 

ヒトカゲは一瞬だけその手を見つめ――。

ちょん、と鼻先を触れさせた。

 

 

「……!」

 

 

シンヤの表情が、ぱっと明るくなる。

 

 

「ありがとう。これからよろしくな、ヒトカゲ!」

 

 

「カゲーッ!」

 

 

ヒトカゲは元気よく鳴いた。

 

 

その尻尾の炎が、朝の光の中で楽しげに揺れる。

その瞬間、シンヤは確かに感じた。

ヒトカゲの中にある、まっすぐな意欲。

そして、これから始まる新しい関係への、小さな期待。

波動の眼が映し出す情報は、決して万能ではない。

 

 

けれど、今のシンヤには十分だった。

 

 

このポケモンと一緒なら、きっと楽しい旅になる。

 

 

そう思えたのだ。

 

 

「フォッフォッフォ……」

 

 

オーキド博士は、二人の様子を見て穏やかに笑った。

 

 

「どうやら、もう決まったようじゃな」

 

 

「はい!」

 

 

シンヤは力強くうなずいた。

 

 

「俺の最初のパートナーは、ヒトカゲです!」

 

 

こうして、シンヤとヒトカゲの冒険が始まろうとしていた。

まだ小さな炎。まだ未熟なトレーナー。

けれど、その先には、数えきれないほどの出会いと経験が待っている。

 

 

そしてシンヤの波動の眼は、これから先、彼自身も予想していなかったポケモンたちの可

能性を見つけ出していくことになる。

 

 

「カゲーッ!」

 

 

元気いっぱいの鳴き声が、オーキド研究所の一角に響いた。

 

 

シンヤの手に小さな前足を添えたヒトカゲは、まるでこれから始まる冒険を心待ちにして

いるかのように、つぶらな瞳で彼を見上げていた。

 

 

「ははっ、そんなに期待されると、こっちも気合いが入るな!」

 

 

シンヤは笑いながら、ヒトカゲの頭を優しく撫でた。

小さな頭。滑らかなオレンジ色の肌。尻尾の先で揺れる炎。

ゲーム画面の中で何度も見てきた姿が、今はこうして自分の目の前にある。

 

 

しかも、これからは画面越しに指示を出すのではない。

自分自身がこの世界を歩き、隣にいるこのヒトカゲと一緒に戦い、成長していくのだ。

 

 

(……いや、本当にすごいことになったな、俺の人生)

 

 

内心で感慨にふけりながらも、シンヤはふと、あることを思い出した。

 

 

(そういえば、さっき波動の眼で見たとき、こいつの技の習熟度や伸びしろが、ゼニガメやフシギダネと少し違って見えたんだよな……)

 

 

もちろん、あの二匹に問題があったわけではない。

フシギダネは落ち着いて周囲を観察する力があり、ゼニガメは好奇心旺盛で、物事に飛び込んでいく勢いがあった。どちらも、それぞれの個性と可能性を持っている。

 

 

だが、ヒトカゲには何かが違った。

現在の技を扱う感覚が比較的よく身についており、さらに新しい技を覚えていくための余地も大きく感じられたのだ。

 

 

(技を覚えられる数が多いのか。それとも、新しい技の取得速度が速いのか……。あるいは、その両方か?)

 

 

ゲームの知識だけなら、ヒトカゲの初期技についてはおおよその見当がつく。

しかし、ここはゲームの世界を再現した箱庭ではない。

ポケモンたちは、それぞれが個性と意思を持った生き物だ。

同じ種族だからといって、同じ技を同じ時期に覚えるとは限らない。

それならば――。

 

 

(せっかく波動の眼があるんだ。まずは、今のこいつがどんなポケモンなのか、ちゃんと確かめておこう)

 

 

シンヤはヒトカゲの顔を見つめた。

 

 

「なあ、ヒトカゲ。ちょっとだけ、今のお前のことを見せてもらうぞ」

 

 

「カゲ?」

 

 

ヒトカゲは首を傾げた。

 

 

何を言われているのか、まだよく分かっていないらしい。

シンヤは苦笑しつつ、意識を集中させた。

すると、視界の奥で何かが静かに切り替わった。

 

 

ヒトカゲの身体を包み込む、淡い波動。

小さな身体の内側を巡る生命力。呼吸のリズム。筋肉の動き。そして、頭の中に蓄積された技の感覚までもが、以前よりもはっきりと認識できるようになっていく。

 

 

(よし……見えた)

 

 

その瞬間。

 

 

「…………は?」

 

 

シンヤの口から、思わず間の抜けた声が漏れた。

目の前のヒトカゲは、何も知らずに尻尾の炎を揺らしている。

だが、シンヤの目には、そのポケモンが持つ技の情報が映し出されていた。

 

 

・ひっかく。

・なきごえ。

・ひのこ。

 

 

ここまでは、シンヤの予想の範囲内だった。

ヒトカゲが最初から使える技として、十分に納得できる。

ところが――。

 

 

(……ん? 待て。まだあるぞ?)

 

 

シンヤは、もう一度確認した。

 

 

見間違いではない。

 

 

ヒトカゲの中には、さらに二つの技の感覚が存在していた。

 

 

・アイアンテール。

・げんしのちから。

 

「………………」

 

 

シンヤは固まった。

 

 

ヒトカゲは、そんな彼の顔を不思議そうに見つめている。

 

 

「カゲ?」

 

 

「…………え?」

 

 

もう一度、波動の眼で確認する。

 

 

・ひっかく。

・なきごえ。

・ひのこ。

・アイアンテール。

・げんしのちから。

 

 

変わらない。

 

 

「……いやいやいや、ちょっと待て!?」

 

 

とうとうシンヤは、心の声をそのまま口に出してしまった。

 

 

「アイアンテール!? げんしのちから!? お前、そんな技まで覚えてるのか!?」

 

 

「カゲッ!?」

 

 

突然大きな声を出されたヒトカゲが、びくっと身体を震わせる。

 

 

「あっ、ご、ごめん! お前に怒ってるわけじゃないからな!」

 

 

慌てて声を落とし、シンヤは再びヒトカゲの頭を撫でた。

 

 

「いや、むしろすごいぞ、お前……!」

 

 

「カゲー!」

 

 

褒められたと受け取ったのか、ヒトカゲは嬉しそうに鳴いた。

 

 

一方、シンヤの頭の中では、前世のゲーム知識が猛烈な勢いで回転していた。

 

 

(アイアンテールはともかく、げんしのちからまで!? この段階で!?)

 

 

アイアンテールは、尻尾に力を込めて硬質化させ、相手を叩く技。実機では3割で相手の防御を下げる効果があったがアニメではそんな描写はなかったっけな。

げんしのちからは、古代の力を呼び起こし、相手を攻撃する技だ。しかも確立で全能力値強化もある。

どちらも、一般的なヒトカゲが旅立ちの時点で当たり前のように扱える技ではない。

少なくとも、シンヤの知っているゲームの感覚ではそうだった。

 

 

もちろん、この世界のポケモンがゲームとまったく同じ技習得の仕組みを持っているとは限らない。

それでも、驚かずにはいられなかった。

 

 

(まさかのタマゴ技持ち……いや、げんしのちからまであるとなると、ただのタマゴ技という説明だけじゃ足りない可能性もあるな?)

 

 

シンヤは、思わずヒトカゲの尻尾へと視線を向けた。

細く、まだ幼い尻尾。

あの小さな身体で、アイアンテールをまともに振るうことができるのだろうか。

 

 

さらに、げんしのちから。

この技については、技名を認識できても、実際にどの程度まで使いこなせるのかは別の話だ。

技を知っていることと、実戦で使いこなせることは違う。

これは、ゲームをやり込んできたシンヤだからこそ、理解していることでもあった。

 

 

(習得済みではある。でも、技の完成度はどのくらいだ? 威力を十分に発揮できるのか。それとも、まだ発動の感覚をつかんだ程度なのか……)

 

 

そこで、シンヤは波動の眼から得られる情報を、もう少し丁寧に読み取った。

 

 

すると、二つの技には明確な違いがあることが分かった。

ひっかく、なきごえ、ひのこ。

この三つは、ヒトカゲにとって比較的馴染みのある技らしい。身体の動きや技を発動させる感覚が、ある程度自然に身についている。

 

 

対して、アイアンテールとげんしのちからは、技そのものの感覚を持っているものの、まだ安定性にばらつきがあった。

 

 

(なるほど……! 覚えてはいるけど、完全に使いこなせているわけじゃないんだな)

 

 

それでも、幼いヒトカゲが二つもの高度な技を身につけていること自体、十分に驚異的だ。

しかも、波動の眼で見た限り、ヒトカゲには技を練習し、身体の使い方を覚えていくための柔軟性がある。

新しい技を理解する速さも、今後の観察次第では期待できそうだった。

 

 

(こいつ……想像していた以上に、面白い個体だぞ)

 

 

シンヤの口元に、自然と笑みが浮かぶ。

だが、そこで彼は一つのことを忘れないようにした。

 

 

(とはいえ、最初から期待を押しつけるのは違うよな)

 

 

自分が知っているゲームの知識は、旅をするうえで役に立つ。

しかし、目の前のヒトカゲは、ゲームの攻略情報に書かれたデータではない。

 

 

自分の意思で喜び、悩み、失敗し、成長していく一匹のポケモンなのだ。

強い技を持っているからといって、無理に使わせる必要はない。

技の習熟度が高いからといって、いきなり厳しい訓練を課すつもりもなかった。

まずは、この子の性格を知ること。身体の状態を確かめることだ。

 

 

何が得意で、何が苦手なのかを、一緒に見つけていくこと。

それが、シンヤの目指すトレーナー像だった。

 

 

「よし、ヒトカゲ」

 

 

「カゲ?」

 

 

「お前、どうやら俺が思っていた以上にすごい才能を持ってるみたいだな。でも、焦る必要はないぞ」

 

 

シンヤは、ヒトカゲの目をまっすぐに見た。

 

 

「これから少しずつ、一緒にできることを増やしていこう。得意なことはもっと伸ばして、苦手なことはゆっくり克服する。お前のペースもちゃんと考えるからさ」

 

 

「カゲ……」

 

 

ヒトカゲは、シンヤの顔をじっと見つめた。

言葉のすべてを理解できたわけではないだろう。

 

 

それでも、声の調子や眼差しから、彼が自分を大切にしようとしていることは伝わったのかもしれない。

やがてヒトカゲは、シンヤの手に頭をすり寄せた。

 

 

「カゲーッ!」

 

 

「ははっ、よしよし!」

 

 

シンヤは嬉しそうに笑った。

 

 

その様子を、少し離れたところから眺めていたオーキド博士が、興味深そうに近づいてくる。

 

 

「ほほう。ずいぶんと早く打ち解けたようじゃな」

 

 

「あ、オーキド博士!」

 

 

「選んだばかりじゃというのに、もうずいぶん仲がよさそうじゃ。ヒトカゲも、君のことを気に入ったようじゃな」

 

 

「はい! こいつ、すごくいい子ですよ!」

 

 

「ほっほっほ。それは何よりじゃ」

 

 

オーキド博士は、ヒトカゲへと視線を向けた。

 

 

「この子は、研究所にいる間も活発でな。好奇心が強く、時折、ほかのポケモンがしていることを真似しようとすることもあった。もちろん、まだ幼いから、うまくいかないことも多かったがのう」

 

 

「なるほど……」

 

 

シンヤは、心の中で先ほどの情報と照らし合わせた。

 

 

(ほかのポケモンの動きを見て、技の感覚を身につけた可能性もあるのか? それとも、もっと別の理由が……)

 

 

ただし、今の段階では断定できない。

博士の話は貴重な手がかりだが、ヒトカゲがアイアンテールやげんしのちからを身につけた経緯までは分からないのだから。

 

 

「博士、ひとつ聞いてもいいですか?」

 

 

「何かな?」

 

 

「このヒトカゲって、以前から何か特別な訓練を受けていたんですか? 例えば、ほかのポケモンの技を真似しようとしたりとか」

 

 

オーキド博士は少し考え込んだ。

 

 

「特別な訓練というほどのものはしておらんよ。ただ、ポケモンには生まれつきの個性がある。親から受け継いだ性質もあれば、育った環境によって身につけるものもある。なかには、同じ種族でも驚くほど多彩な技を扱える個体もおるんじゃ」

 

 

「やっぱり、そうなんですね」

 

 

「うむ。もっとも、技を知っていることと、実際に使いこなせることは別じゃ。もしこの子が多くの技を覚えているのなら、どの程度まで扱えるのか、焦らず確かめていくとよいじゃろう」

 

 

(……博士、いいことを言うなあ)

 

 

シンヤは内心で深くうなずいた。

波動の眼が見せてくれる情報は、あくまで手がかりだ。

それをどう活用するかは、自分次第。

見えた情報を鵜呑みにするのではなく、実際に観察し、試し、ヒトカゲ自身の反応を確かめていく必要がある。

 

 

「分かりました。ありがとうございます、博士!」

 

 

「なに、これから君たちは長い旅に出るんじゃ。ゆっくり学んでいけばよい」

 

 

オーキド博士は穏やかに笑った。

 

 

「さて、シンヤ君。ポケモンを選んだところで、次は旅立ちの準備じゃな。図鑑の使い方や、モンスターボールの扱いについて、もう少し説明しておこう」

 

 

「あ、そうでした!」

 

 

シンヤは慌てて姿勢を正した。

 

 

ヒトカゲの珍しい技構成に衝撃を受け、すっかり頭から抜け落ちていた。

 

 

(危ない危ない。いきなり相棒の才能に驚いている場合じゃない。まずは旅に出るための基本をしっかり押さえないとな!)

 

 

シンヤは腰を落とし、ヒトカゲと目線を合わせた。

 

 

「ヒトカゲ。これから博士の話を聞くから、お前も一緒にいてくれよ」

 

 

「カゲッ!」

 

 

元気な返事。

その尻尾の炎が、朝の光を受けてゆらゆらと揺れる。

こうして、シンヤとヒトカゲの旅は始まった。

 

 

このときのシンヤは、まだ知らなかった。

自分が選んだこのヒトカゲが、どれほどの可能性を秘めているのか。

 

 

そして、自分自身の持つ波動の眼が、この旅でどんな出会いと成長をもたらすのかも。

ただ一つ確かなのは――。

これから出会うポケモンたちも、これから起こる出来事も、ゲームで知っている知識だけでは測れないということだった。

 

 

「よし、ヒトカゲ! まずは最初の一歩だ!」

 

 

「カゲーッ!!」

 

 

少年と小さな炎のポケモンは、並んで研究所の出口へと向かう。

 

 

カントー地方の空は、どこまでも青く澄み渡っていた。

 

 

そして、二人の冒険は、ここから本当の意味で動き出す。




【シンヤの手持ち一覧】

・ヒトカゲ LV:5 むじゃきな性格(実機で言う両刀型候補な性格)
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