ハナダシティの有名な喫茶店で、レンとの甘くて少し恥ずかしいお茶会を楽しんだシンヤ。
ジム戦で感じていた苛立ちもすっかり薄れ、今ではいつもの落ち着きを取り戻していた。
一方、隣を歩くレンはというと――。
「ふふっ……♪」
「……レン、さっきから随分と機嫌がいいな?」
「あら、そうかしら?」
「そうかしらって……さっきからずっと笑ってるじゃないか」
「楽しかったんだもの。仕方ないでしょう?」
そう言って、レンは意味ありげにシンヤを見上げた。
「……また一緒に行きましょうね?」
「ああ、もちろん」
「約束よ?」
「約束だって」
シンヤが笑顔で答えると、レンは満足そうに頷いた。
もっとも、二人が先ほど喫茶店で何をしていたのかを知る者がいれば、きっとこう言っただろう。
――君たち、まだ付き合っていないのか、と。
だが、当の二人はまだその関係に明確な名前をつけていない。
そんな初々しい二人は、ひとまずポケモンセンターへと戻ることにした。
シンヤには、旅の仲間たちについて確認しておきたいことがあったからだ。
◆進化の時! 四匹の決意
「さて……そろそろ、みんなの状態を改めて確認するか」
ポケモンセンターの一室。
シンヤは自分のポケモンたちをボールから出し、順番に様子を見ていった。
このところ、ゴールデンボールブリッジでの百連戦や学習装置による経験の共有もあり、手持ちだけでなく、実家で育ててもらっているポケモンたちも大きく成長している。
だからこそ、今の状態をきちんと把握しておきたかった。
「みんな、よく頑張ってくれたな。おかげで、かなり成長できた」
シンヤが一匹ずつ声をかけると、ポケモンたちは嬉しそうに反応した。
そして、彼は四匹の前で足を止める。
「……まずは、お前たちだな」
ニドリーノ。
コイキング。
マンキー。
そして、実家で育てられているニドラン♀。
いずれも進化を迎えられる段階まで成長していた。
シンヤは波動の眼を使い、それぞれの状態を確かめる。
体調に問題はない。成長も順調。そして何より――。
「……お前たちも、進化したいんだな?」
四匹の反応は明らかだった。
ニドリーノは自慢の角を前に突き出し、力強く鳴く。
コイキングはいつも以上に勢いよく跳ね、床にぶつかりそうになって慌てて向きを変えた。
マンキーは両腕を振り回しながら、やる気に満ちた表情を見せる。
そしてニドラン♀も、シンヤの言葉を待ちわびていたかのように元気よく鳴いた。
「分かった。じゃあ、みんなの気持ちを尊重しよう」
シンヤは優しく微笑む。
「進化して、もっと強くなろう!」
その言葉に応えるように、四匹の身体が光に包まれた。
最初に光が強くなったのは、ニドリーノだった。
月の石を当てると身体が大きくなり、筋肉が盛り上がる。頭部の角はさらに立派なものへと変わり、全身から力強い気配が放たれた。
光が消えたとき、そこに立っていたのは――。
「ニドー!」
ニドキングは誇らしげに胸を張り、シンヤへ向けて力強く鳴いた。
「よし、ニドキング! これからも頼むぞ!」
続いて、コイキングの身体がまばゆい光に包まれる。
跳ねることしかできなかった魚の身体が大きく変わり、長い身体と巨大な口、威圧感のある角を備えた姿へと変貌していく。
やがて現れたのは、荒々しい迫力を備えた巨大なポケモン――。
「ギャーーー……!」
ギャラドスは天井に頭をぶつけそうになり、シンヤは慌てて声を上げた。
「待て待て! ここはポケモンセンターだ! 落ち着け、ギャラドス!」
ギャラドスは一瞬、何事かと首を傾げる。
やがてシンヤの声を理解したのか、どうにか身体を丸めて大人しくなった。
「……うん。強くなったのは分かったから、まずは場所を考えような」
レンはその様子を見て、口元を押さえて笑っていた。
「ふふっ……ギャラドスって、もっと怖いポケモンだと思っていたけれど。シンヤの言うことは聞いてくれるのね」
「いや、聞いてくれるというか……今のは部屋が壊れそうだったから必死だっただけだよ」
シンヤは苦笑する。
もっとも、ギャラドスの目には、進化を喜ぶような力強い輝きがあった。
その巨体には、これまでコイキングとして積み重ねてきた経験が確かに受け継がれている。
そして、三匹目。
マンキーの身体が光に包まれ、身体つきが大きく変化していく。
より強靭な腕、鍛え上げられた筋肉、そして荒々しい闘志。
進化を終えたポケモンは、拳を握り締めてシンヤの前に立った。
「ブギャー!」
「おお……!」
シンヤは思わず声を上げた。
オコリザルは自分の拳を見つめ、何度か力強く振るう。
その動きには、以前のマンキーよりも明らかな力強さが感じられた。
「よし! これからはオコリザルとして、もっといろいろな技を磨いていこう!」
「ブギィッ!」
元気いっぱいの返事。
どうやら本人も、進化した自分の力を試したくて仕方がないようだった。
そして最後は、実家で育成されていたニドラン♀。
その身体が光に包まれ、小さな身体が一回り大きくなる。耳や角、身体つきが変化し、進化した姿へと成長した。
「ニドー!」
「よし、ニドリーナ。おめでとう!」
シンヤが頭を撫でると、ニドリーナは嬉しそうに目を細めた。
だが――彼女の進化は、まだ終わりではなかった。
ニドリーナはシンヤの顔を見上げると、再び強い意志を感じさせる鳴き声を上げた。
「……ん? まだ進化したいのか?」
「ニドリーナ!」
「なるほど。そういうことか」
シンヤは笑みを浮かべた。
彼女は、さらに強くなりたいのだ。
ニドリーナとしての成長だけでは満足していない。もう一段階先へ進み、ニドクインになりたいという気持ちが伝わってきた。
「分かった。そこまで望んでいるなら、もちろん応援するよ」
シンヤは用意していた月の石を取り出した。
そして、ニドリーナの意思を改めて確かめてから、それを使う。
まばゆい光が、再び彼女を包み込んだ。
身体が大きくなり、力強い姿へと変化していく。
やがて光が消えたとき、そこにいたのは――。
「ニド!」
ニドクインは堂々と立ち、シンヤへ向かって嬉しそうに鳴いた。
「おめでとう、ニドクイン!」
シンヤは笑顔で彼女を迎えた。
これで、四匹の進化はすべて完了した。
ニドキング、ギャラドス、オコリザル、ニドクイン。
どのポケモンも、進化前とは比べものにならないほどの力を秘めている。
もちろん、進化したからといって、すべての技を完璧に使いこなせるわけではない。
新しい身体の動かし方に慣れ、技の威力や間合いを確かめる必要もある。
それでも――。
「……みんな、本当に強くなったな」
シンヤは、誇らしげに並ぶ仲間たちを見つめた。
進化はゴールではない。
新しい力を手に入れたからこそ、これから磨いていく楽しみも増えたのだ。
同期の新人トレーナーたち――シゲル、サトシ、そしてリーフ
進化を終えたポケモンたちを眺めていたレンは、ふと何かを思い出したようにシンヤへ尋ねた。
「そういえば、シンヤ?」
「ん?」
「あなたって、少し前にマサラタウンから旅立った新人トレーナーなのよね?」
「そうだけど?」
「だったら、ほかの同期の子たちはどうしているのかしら? あなた以外にも、同じ時期に旅立った子がいるのでしょう?」
「ああ、いるよ。マサラタウンの新人トレーナーは俺を除いて三人かな」
「三人も?」
レンは興味深そうに身を乗り出した。
シンヤは指を一本立てる。
「まず一人目は、シゲル。オーキド博士の孫だよ」
「オーキド博士のお孫さん……それは、かなり有名そうね」
「実際、有名だな。本人もそれを自覚しているし、自信に満ちあふれているタイプだよ。旅立ったときには、たくさんの女の子を連れて、ずいぶん派手に出発したらしい」
「……たくさんの女の子?」
「うん。まあ、あいつらしいといえば、あいつらしいかな」
シンヤは苦笑した。
ゲームの知識があるとはいえ、この世界のシゲルが実際にどのような旅をしているかは、まだ詳しく分からない。
それでも、オーキド博士の孫としての知名度と、自信家という性格は、マサラタウンでもよく知られている。
「もちろん、ただ自信家なだけじゃない。ポケモンについての知識もあるし、トレーナーとしての実力もある。今後、どこかで対戦する機会があれば面白そうだと思ってるよ」
「なるほど。自信家だけれど、実力もあるのね」
レンは頷いた。
「では、二人目は?」
「サトシだな」
「あら。どんな子なの?」
「一言でいえば、おっちょこちょい。でも、ポケモンのことになると、誰よりも熱くなるような奴だよ」
シンヤの表情が、少し柔らかくなった。
「失敗することもあるだろうし、考えるより先に身体が動くこともあると思う。でも、ポケモンを大切にする気持ちは本物だ。ポケモンが困っていたら、自分の危険なんて考えずに助けようとする。そういう奴だよ」
「……ふふっ。なんだか、あなたと似ているところもありそうね?」
「えっ? 俺が?」
「ええ。あなたもポケモンのことになると、ずいぶん真剣になるでしょう?」
「それは……まあ、否定できないけど」
シンヤは少し照れくさそうに頭を掻いた。
ハナダジムでの一件を思い出す。
自分が怒った理由も、結局のところ、挑戦者とポケモンに向き合うべきジムリーダーが、その責任を軽んじているように見えたからだ。
ポケモンを大切にし、相手と真剣に向き合う。
その点では、サトシとは気が合うかもしれない。
「ただ、サトシのこと。どうせ旅立ちから失敗してそうだけど……」
「そうなのね……。では、最後の一人は?」
シンヤは三本目の指を立てた。
「そして三人目が――リーフだ」
「……リーフ?」
レンの表情が、ほんのわずかに変わった。
「女の子なの?」
「そうだよ」
「……へえ?」
声の調子が、少しだけ低くなった。
シンヤは気づかず、そのまま話を続ける。
「俺はリーフの父親には会ったことがないんだけど、近所で聞いた話だと、サトシの父親とライバル関係にあるらしいんだ。お互いに張り合っているとか、なんとか」
「ふうん……」
「それで、リーフの母親なんだけど――」
「……お母様も、綺麗な人なの?」
「え?」
「だって、リーフちゃんも女の子なんでしょう? どんな子なのかしらと思って」
「いや、まあ、そういう話になるんだけど……」
シンヤは記憶を辿る。
近所の人々が話していた、リーフの家族のこと。
「リーフの母親は、昔から美人で有名だったらしい。見た目が、ポケモンの世界でいうと……いや、これは俺の前世の知識が混ざっているから、説明が難しいな」
「前世?」
「いや、何でもない。こっちの話」
危うく余計なことを口にしそうになり、シンヤは咳払いで誤魔化した。
レンは少し不思議そうにしたものの、追及はしなかった。
「とにかく、リーフのお母さんは、とにかく、ものすごく美人な人だな」
「…………」
「で、リーフ自身も、お母さんの若い頃にそっくりなんだって。近所の人たちがそう話していたよ。だから、リーフも相当な美少女だ」
「…………へえ」
レンの笑顔が、少しずつ薄れていく。
「……シンヤ?」
「ん?」
「そのリーフちゃんという子、とっても美人なのね?」
「まあ、そういう噂だな。俺も近所付き合いで昔に何度か会ったことはあるぐらい。最近は会ってなかったけど」
「そう……」
レンはミルクティーもないのに、手元のカップを持ち上げる仕草をした。
もちろん、今はポケモンセンターの一室なので、カップの中身は空である。
シンヤは首を傾げた。
「……レン? どうかした?」
「別に?」
「いや、何か機嫌が悪くなってないか?」
「そんなことないわよ?」
どう見ても、少し機嫌が悪くなっていた。
シンヤはしばらく考えた後、ようやく思い当たったように口を開いた。
「……ああ、もしかして」
「何かしら?」
「レン、可愛いからな。そんなに気にしなくていいと思うぞ?」
「…………えっ?」
今度こそ、レンの動きが止まった。
「……か、可愛い?」
「うん。レンも十分可愛いと思うけど」
「~~~~っ!?///」
レンの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
先ほどまでの微妙な不機嫌さなど、跡形もなく消え去っていた。
「な、ななな、何を急に言い出すのよ……!」
「え? いや、落ち込んでいるみたいだったから、元気を出してほしくて」
「お、落ち込んでなんかいないわ!」
「そうか? ならよかった」
シンヤは何の疑いもなく頷いた。
レンはそんな彼を見て、胸元をそっと押さえる。
(……もう! この人は、本当に……!)
自分が少し不機嫌になったことに気づいてくれたのは嬉しい。
けれど、そこから自然に「可愛い」と言ってくるなんて、予想していなかった。
しかも、本人はまったく気負っていない。
それが余計に恥ずかしいのだ。
「……シンヤ」
「ん?」
「……あなたって、ときどき本当にずるいわね」
「えっ? 俺、何かした?」
「……何でもないわ!」
レンは顔を背けた。
シンヤはますます不思議そうな顔をする。
どうやら彼は、レンの心の中で何が起こっているのか、まだ十分には理解できていないらしい。
もっとも、彼自身もレンと一緒にいる時間を心地よく感じているのは確かだった。
その気持ちが、いつかどんな形になるのか。
それはまだ、二人にも分からない。
◆ハナダシティ近郊の育て屋へ
「……そういえば、シンヤ」
「今度はどうした?」
「さっきから、あなたのポケモンたちがずいぶん成長しているでしょう? これからもどんどん仲間が増えていくのかしら?」
「そうだな。捕まえるだけじゃなく、育成も大事だからな」
「それなら、ハナダシティの近くに育て屋があるのを知っている?」
「ああ、そういえばあったな!」
シンヤは思い出したように手を打った。
ポケモンの育て屋。
預けたポケモンを世話してくれる施設であり、地域によっては旅人やトレーナーたちが利用している。
ただし、シンヤには自宅に専用の育成環境がある。両親の家にはポケモンの世話を専門とする人々もいるし、学習装置もある。
だから、育て屋にポケモンを預けて育成を任せる必要はない。
「今回は見学だな。どんなところなのか、実際に見てみたい」
「ふふっ。あなたなら、きっといろいろなことを質問するのでしょうね」
「否定はしない」
「そういうところ、シンヤらしいわ」
二人は必要な荷物を整え、ハナダシティの郊外へ向かった。
街の中心部から少し離れると、住宅や商店が減り、緑の多い道へと変わっていく。
やがて、木々の向こうに柵で囲まれた広い敷地が見えてきた。
その入口には、ポケモンの絵が描かれた看板が掲げられている。
「ここが育て屋か……」
「思っていたより、広いのね」
敷地の中からは、ポケモンたちの鳴き声が聞こえてくる。
シンヤが入口から様子を窺っていると、奥の建物から老夫婦が姿を現した。
「おや? お客さんかね?」
「こんにちは。少し見学させてもらってもいいですか?」
「もちろん、構わんよ。わざわざ来てくれてありがとうね」
老夫婦は穏やかな笑顔で二人を迎え入れた。
敷地内では、何匹ものポケモンたちが思い思いに過ごしていた。
草むらで遊ぶポケモン。
日向ぼっこをしているポケモン。
老婦人の足元に集まって、餌をねだるポケモンたち。
その光景は、まるで大家族のようだった。
「わあ……みんな、とっても楽しそう!」
レンが感嘆の声を漏らす。
「そうでしょう? わしらは、こうしてポケモンたちに囲まれて過ごすのが好きでね」
老夫婦は、目を細めながらポケモンたちを見つめた。
「もちろん、預かったポケモンたちには責任を持って世話をしておるよ。食事も健康管理も、それぞれに合った方法でね。ただ、こうしてみんなが元気に過ごしている姿を見るのが、何よりの楽しみなんじゃ」
「素敵ですね」
シンヤは心からそう答えた。
自宅にも大勢のポケモンたちが暮らしているが、環境が違えば世話の仕方も変わる。
自分の知らない施設を見て、学べることは多いはずだ。
そう考えながら敷地を見渡していた、そのときだった。
「……ん?」
シンヤの前に、二匹のポケモンが歩み出てきた。
一匹は、背中に大きな種が植えられた緑色のポケモン。
もう一匹は、青い甲羅を背負った小さなポケモン。
シンヤは思わず目を見開いた。
「……フシギダネ? それに、ゼニガメ!?」
カントー地方の御三家。
自分が旅立つ際、オーキド博士の研究所で出会った三匹のうち、ヒトカゲを選んだことで別れた二匹だ。
もちろん、目の前の二匹が研究所にいた個体と同じとは限らない。
だが、どちらもシンヤに強い興味を示している様子だった。
「おやおや……また君たちかね」
老婦人が二匹を見て、優しく声をかけた。
「この子たちは、どうしたんですか?」
シンヤが尋ねると、老紳士が説明してくれた。
「実はその二匹、野生のポケモンなんじゃよ。いつの間にか、この育て屋に入り込んでね」
「野生なんですか?」
「うむ。最初は驚いたが、特に暴れることもなくてな。ほかのポケモンたちとも仲良くしておるし、追い出すのも忍びなくて、こうして面倒を見ているんじゃ」
老婦人は、フシギダネの頭を優しく撫でた。
「この子たちは、外の世界に興味があるようなんだけどねぇ……」
「ダネ?」
「ゼニ?」
二匹は老婦人を見上げた後、再びシンヤの方を向いた。
その目には、好奇心と期待が入り混じっている。
「本当は、外の世界へ出してあげたいんじゃ。でも、野生のままでは危険も多い。かといって、誰にでも託せるわけではないからね」
老紳士は少し困ったように笑った。
「いつか、この子たちを大切にしてくれるトレーナーが現れればと思っていたんじゃよ」
そして、二匹の視線を追うようにシンヤを見た。
「……どうやら、そのトレーナーが来てくれたのかもしれんね」
「えっ?」
「君を見てから、この子たちはずっと興味津々じゃ。よければ、二匹を引き取ってくれんかね?」
シンヤはフシギダネとゼニガメを見つめた。
フシギダネは一歩近づき、ゼニガメもそれに続く。
どちらも、シンヤを怖がっている様子はない。
波動の眼で様子を確かめると、二匹の健康状態は良好。
好奇心も強く、新しい環境に飛び込んでみたいという気持ちが感じられた。
もちろん、波動の眼だけで二匹の未来が分かるわけではない。
それでも、二匹が自分に興味を持っていることは、行動からも十分に伝わってきた。
「……分かりました。俺に任せてください」
シンヤはしゃがみ込み、二匹と目線を合わせた。
「俺はシンヤ。これから一緒に旅をするなら、楽しいことばかりじゃないと思う。強いポケモンと戦うこともあるし、厳しい場所を歩くことだってある」
フシギダネが、じっと彼を見つめる。
ゼニガメも、小さな手を握り締めた。
「でも、無理をさせるつもりはない。体調を見ながら、一緒に成長していこう。二匹がそれでも俺と旅をしたいなら――歓迎するよ」
「ダネ!」
「ゼニ!」
二匹は、嬉しそうに声を上げた。
シンヤは笑顔で頷く。
「よし。それじゃ、これからよろしくな!」
老夫婦も、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう。君なら、きっとこの子たちを大切にしてくれるじゃろう」
「いえ、こちらこそ。二匹をここまで世話してくださって、ありがとうございます」
シンヤは丁寧に頭を下げた。
こうして、新たな仲間が二匹加わることになった。
レンはその様子を見守りながら、嬉しそうに微笑んでいた。
「ふふっ。シンヤ、また仲間が増えたわね」
「ああ。まさか育て屋でフシギダネとゼニガメに出会うとは思わなかったよ」
「これで、ヒトカゲに続いてカントー地方の御三家が揃っていくわけね?」
「そういうこと。前から揃えてみたいとは思っていたんだ」
シンヤは二匹を見つめた。
もっとも、仲間が増えれば増えるほど、全員に目を配ることも重要になる。
そこで、シンヤは二匹の状態を詳しく確認することにした。
◆フシギダネとゼニガメ――すでにLv.16!
「……えっ、二匹ともレベル16なのか?」
波動の眼で確認したシンヤは、少し驚いた。
野生のポケモンとしては、すでにかなり成長している。
しかも、技の習得状況も悪くない。
「野生でここまで育っているなら、実戦を経験させれば、かなり早く戦力になりそうだな」
ただし、レベルが高いことと、トレーナーの指示に合わせて戦えることは別だ。
これからはシンヤの指示を理解し、技を状況に応じて使い分ける練習が必要になる。
シンヤはまず、フシギダネの技を確認した。
接近戦 たいあたり
遠距離技 つるのムチ、はっぱカッター
変化技 なきごえ、やどりぎのタネ、どくのこな、ねむりごな、せいちょう
「……これは、かなりいいな」
シンヤは感心した。
フシギダネは「つるのムチ」と「はっぱカッター」で距離を問わず攻撃できる。
さらに「やどりぎのタネ」で相手の体力を徐々に奪い、「どくのこな」や「ねむりごな」で相手の行動を制限することもできる。
単純な攻撃力だけでなく、戦場全体をコントロールする能力があるのだ。
「フシギダネは、相手を弱らせてから攻める戦い方が得意になりそうだな。もちろん、粉技は風で吹き飛ばされたり、味方に影響したりする可能性もあるから、使うタイミングには注意しよう」
「フシギダネ!」
フシギダネは元気よく鳴いた。
続いて、ゼニガメの状態を確認する。
接近戦 たいあたり、かみつく、こうそくスピン
遠距離技 バブルこうせん、みずでっぽう、みずのはどう
変化技 しっぽをふる、からにこもる
「ゼニガメもいい技構成だな」
ゼニガメは、フシギダネとは対照的に、攻撃と防御を切り替える戦い方ができる。
「バブルこうせん」や「みずのはどう」で相手を遠くから攻撃し、「こうそくスピン」で接近戦を仕掛けたり、相手の攻撃を回避する動きに応用したりすることも考えられる。
「からにこもる」で防御を固めることもできるため、相手の攻撃を受け止めて反撃する戦術にも向いている。
「フシギダネは搦め手、ゼニガメは攻守の切り替えか……。二匹とも、これからが楽しみだな」
シンヤは満足そうに頷いた。
Lv.16なら、少しずつ実戦を経験させ、身体の動かし方や技の精度を磨いていけば、十分に活躍できる可能性がある。
ただし、すぐに進化させることだけを目標にはしない。
まずは新しい環境に慣れ、シンヤとの連携を覚え、それぞれの得意分野を伸ばしていくことが先決だ。
「これからよろしくな、フシギダネ。ゼニガメ」
「ダネ!」
「ゼニ!」
二匹は、シンヤの言葉に元気よく応えた。
レンも嬉しそうに二匹へ手を振る。
「ふふっ。これから賑やかになりそうね」
「ああ。……ただ、手持ちを整理する必要もあるな」
シンヤは少し考え込んだ。
現在の主力は、リザード、ピジョン、バタフリー、ニドキング、フシギダネ、ゼニガメ。
新しく加わった二匹を育てるため、しばらくの間はオコリザルとピカチュウを実家へ預けることにする。
どちらも十分に育っており、実家には適切な育成環境が整っている。学習装置による経験の共有もあるため、預けている間も成長を続けられる。
「オコリザル、ピカチュウ。少しの間、実家で過ごしてくれるか?」
二匹はシンヤの説明を聞くと、納得したように頷いた。
「オコッ!」
「ピカチュウ!」
「ありがとう。新しい仲間たちが慣れてきたら、また一緒に旅をしよう」
シンヤは二匹をボールへ戻し、両親へ送る準備を整えた。
これで、手持ちの編成も決まった。
リザード。
ピジョン。
バタフリー。
ニドキング。
フシギダネ。
ゼニガメ。
タイプも戦術も異なる六匹。
そして、実家ではオコリザルやピカチュウをはじめ、多くの仲間たちが成長を続けている。旅はまだ始まったばかりだ。
これから先、どんなポケモンに出会い、どんな景色を見て、どんな強敵と戦うことになるのか。シンヤは、胸の奥に湧き上がる期待を感じていた。
「よし……次は、フシギダネとゼニガメの実戦訓練だな」
「ふふっ。シンヤ、また夢中になりすぎないようにね?」
「分かってるよ。二匹の体調を見ながら、無理のない範囲でやるさ」
「なら、いいけれど」
レンは微笑んだ。
そして二人は、育て屋の老夫婦に改めてお礼を伝え、ハナダシティへ戻ることにした。
シンヤの旅に、新たな仲間が加わった。
そして、その隣には――少しずつ特別な存在になりつつある少女、レンがいる。
新しいポケモンたちとの冒険も、二人の関係も、ここからさらに動き始めるのだった。
◆オーキド博士、またも絶叫?!増え続けるシンヤのポケモンデータ!!
――マサラタウン、オーキド研究所。
今日も今日とて、研究所ではポケモンに関する研究が進められていた。
オーキド博士は机に向かい、研究資料を確認している。
「ふむふむ……なるほど。最近の野生ポケモンの生態にも、まだまだ興味深い点があるのう」
穏やかな昼下がり。
助手たちも、それぞれの仕事に取り組んでいた。
そこへ――。
ピコンッ!
研究所のコンピューターから、データの受信を知らせる音が鳴った。
「ん? 新しいデータか?」
オーキド博士は画面を確認する。
送信者の名前を見た瞬間、表情が固まった。
「…………シンヤ?」
画面には、見慣れた名前が表示されている。
そして、その下には――。
【新規捕獲・進化・育成状況データ】
添付ファイル数。
……多い。
とにかく、多い。
「…………」
博士は無言。
「いやいやいや……待つんじゃ。まだ慌てる時間ではない」
自分に言い聞かせるように呟き、受信データを開く。
最初に表示されたのは、手持ちポケモンの最新情報だった。
リザード、ピジョン、バタフリー。
ここまでは、以前に確認した情報の更新である。
だが、次の項目を見た瞬間――。
「……ニドリーノが、ニドキングに進化!?」
博士は椅子から勢いよく立ち上がった。
「コイキングがギャラドス!? マンキーがオコリザル!? ニドラン♀がニドリーナを経てニドクインじゃと!?」
研究所に博士の声が響き渡る。
助手たちが一斉に振り返った。
「は、博士!? どうしたんですか!?」
「どうしたもこうしたもあるか! シンヤ君じゃ、またシンヤ君からデータが届いたんじゃ!」
「……ああ、またですか」
「『またですか』ではないわい!!」
博士は画面を指差した。
「前回の報告から、どれだけ時間が経ったと思っておる!? もう進化が四匹じゃぞ! しかも、あのコイキングがギャラドスじゃ!」
博士の頭に、以前受け取ったデータが蘇る。
シンヤが捕まえたポケモンたち。
ポッポ、コラッタ、コイキング、コダック、ヤドン、ニョロモ、トサキント……。
その後も次々と捕獲報告が届き、さらにトキワの森では強力なピカチュウまで仲間に加えた。
ニビシティではジム戦に勝利。
オツキミ山では珍しい化石まで発見したらしい。
そしてハナダシティへ到着したと思ったら、今度はゴールデンボールブリッジで百連戦を制覇。
「……普通、新人トレーナーが旅立って、ここまでのことを短期間にやるかのう?」
博士は頭を抱えた。
しかし、受信データはまだ終わっていなかった。
「……ん? まだ続きがあるのか?」
画面をスクロールする。
すると、新たな項目が現れた。
【新規加入ポケモン】
- フシギダネ:Lv.16
- ゼニガメ:Lv.16
「…………」
博士は、画面をじっと見つめた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……フシギダネと、ゼニガメ?」
数秒の沈黙。
「なぜじゃあああああああああああああああああああ!!?」
研究所中に、博士の絶叫が響き渡った。
助手たちは慌てて駆け寄る。
「博士! 今度は何ですか!?」
「フシギダネとゼニガメまで仲間になっておるんじゃ!!」
「ええっ!?あの2匹も!?」
「そうじゃ! しかも、両方ともレベル16! どこで、どうやって仲間にしたんじゃ!?」
博士は受信データを確認する。
どうやら、ハナダシティ近郊の育て屋で出会った野生個体らしい。
老夫婦が世話をしていた二匹がシンヤに興味を持ち、そのまま仲間になったという。
「……なるほど。育て屋で出会ったのか」
博士は一度、深呼吸した。
「出会いそのものは、決しておかしなことではない。野生のポケモンが人間の施設に居着くこともあるじゃろう」
そこまでは理解できる。
問題は――。
「しかし、どうしてシンヤ君のところには、こうも次々と珍しい出会いが集まるんじゃ……!」
博士は天井を仰いだ。
そして、ふと別の項目に気づく。
「……ん? この進化したポケモンたちの技構成も、更新されておるのか?」
画面を開くと、そこには技の変化まで詳細に記録されていた。
リザードは「りゅうのいぶき」から「りゅうのはどう」へ。
ピジョンは「つばさでうつ」から「ダブルウィング」へ。
バタフリーは「ねんりき」から「サイケこうせん」へ。
ニドリーノは「どくばり」から「ヘドロばくだん」へ。(なお進化して技が変更になる)
さらに、ピカチュウやマンキーの技まで細かく記録されている。
「……技の習得状況まで、これほど細かく記録しておるのか」
博士の表情が、少しずつ研究者のものへと変わった。
「いや、待てよ。これは興味深い……。短期間での技の変化、実戦経験、進化前後の能力差。比較すれば、貴重な研究資料になるぞ」
そう。
驚きはしている。
頭も抱えている。
だが、オーキド博士はポケモン研究の第一人者だ。
これだけ豊富なデータが届けば、研究者として興味を持たないはずがない。
「ふむ……シンヤ君は、単に捕まえるだけではなく、一匹一匹の状態を見ながら育てておるようじゃな」
博士は、データの記録方法にも目を通した。
捕獲した場所。
そのときの状況。
技の変化。
進化したタイミング。
ポケモンの体調や戦闘経験。
単なる捕獲報告ではない。
旅の記録であり、成長の記録でもある。
「……これは、ありがたい資料じゃ」
博士はしみじみと呟いた。
そして、すぐに次の瞬間――。
「……いや、待て。ということは、まだデータに載っていないポケモンも、これから増える可能性があるのか?」
博士の手が止まった。
視線が、ゆっくりと受信データの一覧へ戻る。
すでに数多くのポケモンが登録されている。
そのうえ、シンヤには自宅で預かってもらっているポケモンたちもいる。
学習装置まで稼働しているらしい。
しかも、本人はまだ旅の序盤だ。
「…………」
博士は椅子に深く腰掛けた。
「……シンヤ君。君は一体、どこまで行くつもりなんじゃ……?」
その問いに、答える者はいない。
ただし、遠く離れたハナダシティでは――。
「よし、次はどんなポケモンに出会えるかな!」
シンヤ本人は、そんなことを考えながら、レンと一緒に次の冒険へ向けて準備を進めているのだった。
そして、オーキド研究所では。
「……よし。シンヤ君専用のデータ管理フォルダを、もう一段階整理しよう」
「博士、専用フォルダって、もう三つありますよね?」
「足りん!」
「ええっ!?」
「捕獲データ、進化データ、技習得データ、育成記録、化石関連資料……分類を増やさねば、わしの研究が追いつかん!」
「博士、研究所のサーバー容量は大丈夫ですか!?」
「……そこは、後で考える!」
助手たちは顔を見合わせた。
こうして今日も、オーキド研究所の仕事は増えていく。
その原因はもちろん――。
旅先で次々と新たな仲間を増やし、進化させ、詳細なデータを送り続ける新人トレーナー、シンヤであった。