「タマムシ 虹色 夢の色」
タマムシシティの入り口に掲げられたキャッチフレーズを、シンヤとレンは並んで見上げていた。
目の前に広がるのは、カントー地方でも屈指の規模を誇る大都会。
高くそびえるビル群。大勢の人々が行き交う大通り。色鮮やかな看板に、さまざまな商品を扱う店の数々。
シオンタウンの静けさとは正反対の、活気に満ちた街だった。
「……本当に大きな街ね」
レンが感嘆の声を漏らす。
「ああ。これだけ大きな街なら、夢だって何色にでもなるだろうな」
シンヤも街を見渡しながら頷いた。
「虹色、夢の色……か。いいキャッチフレーズだと思うよ」
「ええ。私も好きだわ」
レンは微笑んだあと、思い出したようにシンヤの袖を引いた。
「そうそう。お茶会の約束、覚えているわよね?」
「もちろん。タマムシに着いたら、だったな」
「ええ。でも、ジム戦のあとでもいいわ。あなた、きっと先にジムへ行きたいでしょう?」
「……いいのか?」
「もちろんよ。あなたが頑張っているところを見るのも好きだもの。それに、私もその間に街を見て回れるし」
「助かるよ。じゃあ、ジム戦が終わったら一緒にお茶会だな」
「ふふっ。楽しみにしているわね」
そうして二人は街へと足を踏み入れた。
ただし、ジムへ直行するわけではない。
タマムシシティには、シンヤにもレンにも興味を引かれる場所がたくさんある。
その一つが――香水店だった。
香水店での出会い
店内に足を踏み入れると、ふわりと甘く、上品な香りが二人を包み込んだ。
店内には色とりどりの香水瓶が並び、壁際の棚には小さなボトルから高級感のある装飾瓶まで、さまざまな商品が陳列されている。
花のような香り。柑橘系の爽やかな香り。落ち着いた木々を思わせる香り。
それぞれが混ざり合うことなく、店内を華やかに彩っていた。
「いらっしゃいませ」
女性スタッフたちが、にこやかに二人を出迎えた。
そのうちの一人がシンヤを見て、少し意外そうに目を瞬かせる。
「あら、男の子が入ってくるのは珍しいですね」
「そうなんですか? 男性はあまり入らないんですか?」
シンヤが尋ねると、女性スタッフは苦笑した。
「ええ。特にあなたくらいの年齢の男の子だと、香水の良さが分からないという方も多くて……」
「なるほど」
シンヤは棚に並ぶ香水瓶へ視線を向けた。
「でも、いい香りのものばかりだと思いますよ」
隣では、レンも香水瓶を眺めていた。
「ええ。このお店の香水、どれも素敵な香りね。強すぎず、上品なものも多いわ」
「そうだな。それに、香水にもいろいろな種類がある。男性だって香水を楽しんでいいと思うよ」
シンヤは一本の瓶を手に取り、ラベルを確認する。
「香りって、身だしなみの一つでもあるし、自分の気分を変えるきっかけにもなるだろ? もちろん、使う場所や量には気をつける必要があるけど」
「……あらあら」
奥から、柔らかな笑い声が響いた。
「男性ですのに、嬉しいことを言ってくださいますね」
二人が振り向くと、そこには着物姿の女性が立っていた。
美しい所作。穏やかな笑顔。そして、どこか気品を感じさせる佇まい。
彼女は袖で口元をそっと隠しながら、微笑んだ。
「大抵の男性は、『こんなののどこが良いんだ』とおっしゃる方がほとんどですので……」
「エリカ様!」
女性スタッフたちが一斉に頭を下げた。
シンヤはその女性を見て、すぐに正体に思い至る。
「エリカ……タマムシジムのジムリーダーさんですね」
「ええ。ご存じでしたのね」
「もちろんです。タマムシジムは、くさタイプを得意とするジムだと聞いています」
「ふふっ。よくご存じですこと」
エリカは優雅に微笑んだ。
タマムシジムのジムリーダーであると同時に、香水を扱うこの店にも関わっている人物。
シンヤにとっては、次のジム戦の相手その人だった。
「ところで……」
エリカは興味深そうにシンヤを見つめた。
「もし、あなたが香水をお使いになるとしたら、どのような香水がよろしいと思いますか?」
「俺ですか?」
「ええ。ぜひ、あなたのお考えを聞かせてくださいな」
シンヤは少し考えた。
自分自身が香水を使うことも考えられるが、彼にはもっと気になる用途があった。
「そうですね……。ポケモンを落ち着かせる効果のある香水、でしょうか?」
「……あら?」
エリカの目が、興味深そうに細められた。
「ポケモンを落ち着かせる香水、ですの?」
「はい。人間用とポケモン用では、香りの感じ方も違うでしょうし。ポケモンの中には、匂いに敏感な子もいますよね」
シンヤは棚の香水瓶を眺めながら続ける。
「それに、香りでリラックスできるポケモンもいると思います。もちろん、すべてのポケモンに同じ香りが合うとは限りませんし、苦手な匂いだってあるはずです。
だから、ポケモンの種類や個体差に合わせて選べる香水があれば、トレーナーにとっても便利だと思います」
「…………」
エリカはしばらく黙っていた。
やがて、口元に手を添え、嬉しそうに笑った。
「うっふふ……。そう言っていただけると、香水店に関わる者としては、とても貴重なご意見ですわ」
「そうですか?」
「ええ。香水を単に身だしなみのためのものとしてではなく、ポケモンとの暮らしに役立てるものとして考える……。とても興味深い視点です」
「実際に商品化するなら、ポケモンに悪影響がないか、きちんと調べる必要がありますけどね」
「もちろんですわ。ポケモンの健康を損なうようでは、本末転倒ですもの」
エリカは満足そうに頷いた。
そのやり取りを聞いていたレンが、ふと口を開く。
「……それで、多忙なジムリーダーさんは、どうしてシンヤに話しかけたのかしら?」
「レン?」
「だって、気になるでしょう?」
レンはにこりと微笑んだ。
その笑顔には、ほんの少しだけ探るような色があった。
エリカは気を悪くした様子もなく、穏やかに答える。
「スタッフから、男の子が入店したと聞きまして」
「それで、わざわざ?」
「ええ。タマムシシティを訪れるトレーナーの多くは、ジム戦を目的としておりますから」
エリカの声は穏やかだったが、言葉の端々にはジムリーダーとしての厳しさが感じられた。
「もし香水を馬鹿にするような方でしたら、ジムへの出入りをお断りしようと思っておりましたの」
「……なるほど」
シンヤは納得した。
つまり、エリカは自分の店を訪れたトレーナーが、香水やポケモンへの配慮をどう考えているのか確かめに来たのだろう。
そして、シンヤの話を聞いた結果――。
「あなたは、香水をきちんと理解してくださっているようですわね」
エリカは微笑んだ。
「それでは、シンヤさん。よろしければ、タマムシジムでバトルをいたしませんか?」
「……もちろんです!」
シンヤの表情がぱっと明るくなる。
次のジム戦。
それは、旅を始めてから積み重ねてきた経験を試す機会でもある。
サント・アンヌ号での大会を経て、彼のポケモンたちは大きく成長した。
そして、先ほどのエリカとの会話で、彼は確信していた。
このジムリーダーは、ただタイプ相性だけで勝負する相手ではない。
「それでは、ご案内いたしますわ」
エリカが優雅に一礼する。
「皆さん、少し席を外しますね」
「はい、エリカ様!」
こうしてシンヤは、レンとともにタマムシジムへ向かうことになった。
◆タマムシジム、四対四の勝負
タマムシジムの内部には、豊かな植物が植えられていた。
つる植物が柱に絡み、花々が咲き誇る。温室を思わせる空間には、緑の香りが満ちている。
まさに、くさタイプを得意とするジムリーダーの場所だった。
「素敵なジムね……」
レンが感心したように呟く。
「植物の配置もよく考えられているな。ポケモンたちにとっても、過ごしやすそうだ」
シンヤは周囲を観察しながら、バトルフィールドへと進んだ。
そこでは、エリカの門下生たちが待っていた。
そして、フィールドの反対側にはエリカが立っている。
「それでは、タマムシジムのジム戦を始めましょう」
エリカは優雅に一礼した。
「今回のバトルは四対四。どちらかのポケモンが四匹とも戦闘不能になった時点で勝敗が決まります。交代できるのはチャレンジャーのみですわ」
「分かりました」
「それでは……参ります!」
エリカが最初のモンスターボールを構えた。
「ウツボット、お願いします!」
「ウツボォォッ!」
現れたのは、大きな口を持つ食虫植物のようなポケモン。
ウツボットだ。
シンヤはその姿を見た瞬間、わずかに目を細めた。
(……なるほど。最初から、かなり鍛えられた個体を出してきたな)
波動の眼を通して分かる。
ウツボットの動きには無駄がなく、戦闘への意欲も高い。これまでに数多くのバトルを経験しているようだった。
エリカはシンヤの表情を見て、柔らかく微笑む。
「マチスさんから、あなたのお話を伺っておりますの」
「マチスさんから?」
「ええ。ハナダジムでの出来事や、サント・アンヌ号でのロケット団の騒動など……。新人トレーナーとは思えないほどの経験を積んでいらっしゃるそうですわね」
「……そういうことですか」
シンヤは苦笑した。
どうやら、各地のジムリーダーの間で、彼の情報が共有されているらしい。
「ですから、こちらも相応の力を持つポケモンでお相手した方がよろしいでしょう?」
「望むところです!」
シンヤはモンスターボールを手に取った。
「フシギソウ、頼む!」
「フシッ!」
フシギソウがフィールドへ飛び出した。
くさタイプ同士の対決。
しかも、相手はくさタイプのエキスパートであるエリカ。
シンヤがフシギソウを選んだ理由は、単に相性を考えてのことではなかった。
フシギソウは、サント・アンヌ号の大会でフシギダネから進化したばかりだ。
だが、もともと成長の早い個体であり、大会を通じて多くの経験を積んだことで、さらなる進化に必要な力が蓄えられつつあった。
このバトルは、その成長を確かめる絶好の機会なのだ。
「フシギソウ、いくぞ!」
「ウツボット、参りますわ!」
こうして、タマムシジムのバトルが始まった。
◆第一戦 フシギソウVSウツボット
「ウツボット、つるのムチ!」
「ウツボォッ!」
ウツボットの口元から、二本のつるが勢いよく伸びた。
「フシギソウ、横へ跳べ!」
フシギソウは素早く身を翻し、つるを回避する。
「続けて、はっぱカッター!」
鋭い葉が連続して飛ぶ。
フシギソウは、葉の軌道を見極めながら身体を低くしてかわした。
「いい動きですわね。では、こちらも……ウツボット、ねむりごな!」
ウツボットの身体から、淡い粉が舞い上がる。
「フシギソウ、つるのムチで風を起こせ!」
フシギソウがつるを振るい、粉の流れを乱す。
眠り粉はフィールドの端へ流れていった。
「よし、そのまま……にほんばれ!」
「フシッ!」
フシギソウが空へ向かって力を放つ。
雲の切れ間から日差しが差し込み、フィールド全体が明るく照らされた。
エリカの目が少しだけ見開かれる。
「にほんばれ……ですの?」
「そうです! フシギソウ、ウェザーボール!」
フシギソウの前に、光を帯びたエネルギーが集まった。
晴天の影響を受けたウェザーボールは、炎のような性質を帯びている。
くさ・どくタイプのウツボットにとって、決して受けやすい攻撃ではない。
「ウツボット、避けなさい!」
ウツボットは横へ跳ぼうとした。
だが、フシギソウはすでに相手の動きを読んでいた。
「そこだ!」
ウェザーボールが放たれる。
炎を帯びた球体がウツボットを直撃し、爆発的な衝撃が広がった。
「ウツボォォッ!」
ウツボットは地面を転がり、何とか立ち上がろうとする。
しかし、ダメージは大きかった。
「ウツボット、戦闘不能ですわ!」
審判役の門下生が宣言した。
「よしっ! フシギソウ、よくやった!」
シンヤが拳を握る。
シンヤが声をかけると、フシギソウは嬉しそうに振り返った。
その瞬間だった。
フシギソウの体が、まばゆい光に包まれた。
「えっ……!?」
レンが目を見開く。
光の中で、背中のつぼみが大きく開き、花弁が広がっていく。体格も変化し、力強く成長した姿が現れた。
光が収まったとき、そこに立っていたのは――。
「バーナ……!」
シンヤは驚きながらも、すぐに笑顔を浮かべた。
「そうか……! お前、進化したんだな!」
「バナバーナ♪!」
フシギバナは力強く鳴き声を上げた。
「おめでとう、フシギバナ!」
レンが拍手を送る。
観客たちからも歓声が上がった。
エリカも目を輝かせていた。
「素晴らしいですね。勝利をつかんだ直後に進化するなんて……。フシギソウが積み重ねてきた経験が、実を結んだのでしょう」
「ありがとうございます。これからも頼むぞ、フシギバナ!」
フシギバナは力強く頷いた。
シンヤにとっても、嬉しい進化だった。
エリカは倒れたウツボットをボールへ戻し、穏やかに微笑んだ。
「素晴らしい戦術、そして友情ですわ。では、次はこちらで参りましょう」
彼女が二つ目のボールを取り出す。
「モンジャラ、お願いします!」
「モンジャッ!」
全身をつるで覆われたポケモン、モンジャラが姿を現した。
シンヤはフシギバナの様子を確認する。
まだ戦える。
だが、このまま戦わせ続けるよりも、次のポケモンに経験を積ませる方がいいだろう。
何より進化後、連戦は避けたい。
「フシギバナ、戻れ! よく頑張ったな」
「バーナ!」
フシギバナは満足そうに鳴き、ボールへ戻った。
「次は……カメール、頼む!」
「カメェッ!」
カメールがフィールドへ飛び出した。
それを見たエリカが、わずかに首を傾げる。
「……水タイプのカメール、ですの?」
「はい!」
草タイプに水タイプ。
一般的なタイプ相性だけを考えれば、不利な選択に見えるだろう。
しかし、エリカは油断しなかった。
マチスから聞いた話を思い出していたからだ。
この少年は、相性だけで戦うトレーナーではない。
◆第二戦 カメールVSモンジャラ
「モンジャラ、つるのムチ!」
モンジャラの無数のつるが、一斉にカメールへ襲いかかる。
「カメール、甲羅に籠って回避!」
「カメェッ!」
カメールは身体を丸め、回転しながらつるの隙間をすり抜けた。
攻撃を受けることなく、距離を取る。
「今だ! あまごい!」
カメールが空へ向かって手を伸ばす。
雨雲が広がり、フィールドに雨が降り始めた。
「雨……ですのね」
エリカは状況を見極めるように目を細めた。
「そうです! カメール、うずしお!」
カメールが水流を放つ。
雨によって勢いを増した水が渦を巻き、モンジャラの身体を包み込んだ。
「モンジャッ!?」
モンジャラはつるを伸ばして脱出しようとする。
だが、渦潮はその動きを許さない。
「よし、れいとうビーム!」
カメールの口元から、冷気を帯びた光線が放たれた。
水流ごとモンジャラを凍らせ、動きを封じる。
「続けて、ウェザーボール!」
雨の影響を受けたウェザーボールが放たれ、凍りついたモンジャラに直撃した。
氷が砕け、モンジャラはその場に倒れ込んだ。
「モンジャラ、戦闘不能ですわ!」
「よしっ!」
シンヤは思わず拳を握った。
「カメール、いいぞ!」
カメールは嬉しそうに胸を張った。
まるで――。
『フシギソウだけじゃない! 僕だってやれるんだ!』
カメールはそう思う鳴き声を上げた。
そして――その体もまた、光に包まれた。
「また進化!?」
レンが思わず声を上げる。
カメールの体が大きくなり、甲羅がさらに頑丈な姿へと変化していく。両肩には大きな砲身が現れ、堂々たる姿が光の中から浮かび上がった。
「カメックスだ……!」
シンヤは目を見張った。
「カメール、お前も進化したのか!」
「ガァァァメ!」
カメックスは自分の新しい体を確かめるように両腕を動かし、背中の砲身を力強く揺らした。
「おめでとう、カメックス!」
レンが嬉しそうに拍手する。
観客席も大きな歓声に包まれた。
エリカは二度目の進化を目の当たりにし、感心したように頷いた。
「一度のジム戦で、二匹ものポケモンが進化するなんて……。シンヤさん、あなたとポケモンたちの絆は、私が思っていた以上に深いようですね」
「二匹とも、ずっと頑張ってきたんです。進化はその成果だと思います」
シンヤはカメックスを見つめた。
「これからも一緒に強くなっていこうな!」
「カメックス!」
カメックスは力強く応えた。
こうしてシンヤは、ウツボットとモンジャラを連続して撃破し、二匹の進化を見届けた。
しかし、バトルはまだ終わっていない。
「しかし、雨を降らせて水技を強化し、うずしおで拘束。そこへれいとうビームを重ねる……。実に巧みな連携でしたわ」
「ありがとうございます!」
「ですが、まだ終わりではありませんわよ」
エリカが三つ目のボールを取り出す。
「ナッシー、お願いします!」
「ナッシィィ!」
大きなヤシの木のような身体に、三つの顔を持つポケモン。
ナッシーがフィールドへ姿を現した。
シンヤはカメックスを見た。
「……よく頑張った。戻れ、カメックス!」
「ガァメッ!」
カメックスがボールへ戻る。
「次は……リザード!」
シンヤがボールを投げると、炎の尻尾を揺らしながらリザードが姿を現した。
その瞬間、ちょうど雨が弱まり、空から差し込む日差しが戻ってきた。
「タイミングも悪くないな……」
シンヤは小さく呟く。
リザードとナッシー。
ここからは、火力と戦術がぶつかり合う勝負となる。
◆第三戦 リザードVSナッシー
「それでは、参りますわ。ナッシー、ヘドロばくだん!」
ナッシーが紫色の泥を放つ。
「リザード、かえんほうしゃ!」
リザードの口から炎が噴き出し、ヘドロばくだんと正面からぶつかった。
ドォォン!
爆発が起こり、フィールドに煙が広がる。
「ナッシー、グラスフィールドです!」
ナッシーが力を放つと、フィールドの地面に草が生い茂り、緑色の光が広がった。
「続けて、エナジーボール!」
ナッシーが緑色のエネルギー弾を放つ。
「かえんほうしゃ!」
リザードの炎がエナジーボールを迎え撃つ。
再び爆発が起こり、煙が舞い上がった。
シンヤは目を細める。
(……煙の向こう、ナッシーの動きが見えない)
波動の眼で気配を追う。
すると――。
「リザード、避けろ!」
その直後、煙の中から紫色の塊が飛び出した。
「ヘドロばくだん!?」
リザードは身を捻り、間一髪で直撃を避ける。
エリカは袖で口元を隠しながら、上品に笑った。
「オホホホ。エナジーボールを放った直後、時間差でもう一度ヘドロばくだんを放ってもらいましたの」
「くっ……! 技を連続して使うだけじゃなく、時間差まで利用してきたか!」
ナッシーは、グラスフィールドによって強化されたくさタイプの技を活かしながら、相手の注意を引きつけていた。
そして、煙に紛れて別の攻撃を準備する。
単純な火力勝負ではない。
エリカは、技と技の間に生じる一瞬の隙さえも、攻撃の機会に変えているのだ。
「……面白い!」
シンヤの口元が、自然と緩んだ。
「リザード、ニトロチャージをしながら、りゅうのまいだ!」
「リザァッ!」
リザードは炎をまとって走り出した。
迫り来るヘドロばくだんを、ニトロチャージの炎で焼き払う。
そして、その場で身体をしならせ、力強く舞うような動きを見せた。
りゅうのまい。
攻撃と素早さを高めるための舞だ。
リザードの身体から、力強いオーラが立ち上る。
「……素晴らしい動きですわ」
エリカは感心したように呟いた。
「ですが、こちらも簡単には負けませんわよ!」
「なら、こっちも全力でいくぞ! ドラゴンクロー!」
「リザァァァァァ!」
リザードが一気に加速した。
攻撃と素早さが高まった身体は、先ほどまでとは比べものにならない。
ナッシーが反応するより早く、その懐へと飛び込む。
そして――。
「ドラゴンクロォォォォー!」
ザシュンッ!
リザードの爪が、アッパーカットのようにナッシーの顔面を捉えた。
「ナッシィィッ!」
ナッシーの身体が大きく浮き上がり、そのまま地面へ倒れ込む。
目を回したナッシーは、動けなくなっていた。
「ナッシー、戦闘不能ですわ!」
「よしっ!」
シンヤは拳を握った。
「やったな、リザード!」
リザードは得意げに尻尾の炎を揺らす。
「シンヤさん、補助技を使いながら、攻撃技を攻撃で防ぐ……。こちらのダメージを抑えつつ、次の攻撃につなげる。やりますわね」
エリカが率直に称賛すると、シンヤは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます!エリカさんも時間差で攻撃するおは!
「これでもジムリーダーですから。挑戦者の実力に合わせて、バトルの難易度を調整するのも役目の一つですわ」
「……なるほど。こちらの力を試しているわけですね」
「ええ。もちろん、勝つためにも全力を尽くしますけれど」
エリカは最後のボールを取り出した。
「それでは、最後の一匹ですわ!」
彼女がボールを投げる。
「ラフレシア、お願いします!」
「ラフレシアァ!」
巨大な花を頭に咲かせたポケモン、ラフレシアがフィールドに現れた。
その姿を見たシンヤは、リザードを戻そうとはしなかった。
ここまで三匹を相手に戦ってきたリザード。
消耗はあるものの、まだ戦う意志は十分に残っている。
「……リザード、続投だ!」
「リザァッ!」
リザードは前を向き、力強く鳴いた。
そして、エリカが静かに指示を出す。
「ラフレシア、にほんばれからのソーラービーム!」
ラフレシアが力を放つと、日差しがさらに強くなった。
周囲が明るく照らされ、植物たちが光を浴びて輝く。
ラフレシアは太陽のエネルギーを集め、強力なソーラービームを放った。
「リザード、かえんほうしゃ!」
リザードも炎を放つ。
二つの技が正面からぶつかり、激しい衝撃が広がった。
炎と光が弾け、フィールドに熱風が吹き抜ける。
やがて、両者の技は相殺された。
シンヤはリザードの様子を確認し、少しだけ口元を緩めた。
「……こちらの火力を上げただけですよ、エリカさん!」
エリカは楽しそうに笑った。
「うっふふふ。もちろん、分かっておりますわ」
そして、意味深にラフレシアへ視線を送る。
「では……グラスフィールドを用意した意味を、お見せしましょう」
「……何?」
エリカは、まるで秘密を打ち明けるように告げた。
「ラフレシア、ひみつのちから♪」
「ラフレシアァ!」
ラフレシアが地面へ力を伝える。
次の瞬間、リザードの周囲を白い光が包み込んだ。
「……っ!?」
シンヤは目を見開いた。
「ひ、ひみつのちから!? いかん、リザード、眠るな!」
だが、遅かった。
「リ、リザァ……」
リザードの瞼が重くなり、身体がふらつく。
そして、膝をついた。
「続けて、せいちょうですわ」
ラフレシアの身体が光を帯び、力が高まっていく。
日差しが強い状態で使われるせいちょうは、通常よりも大きく力を高める。
エリカは、グラスフィールドによる技の強化だけでなく、ひみつのちからによる状態異常、さらに成長による火力強化まで組み合わせていた。
「ソーラービーム!」
ラフレシアが再び光を集める。
そして――。
「ラァァァァフゥゥゥ!」
シュドォォォン!
強烈な光線が、動けないリザードへと直撃した。
「リザァァッ!」
リザードは衝撃を受け、地面へ片膝をついた。
「……マジか」
シンヤは思わず呟いた。
「技と技の組み合わせ……。しかも、フィールドの効果まで計算に入れている!」
単に強い技を使うだけではない。
エリカは、技を組み合わせることで相手の行動を制限し、その隙に決定打を叩き込む戦い方をしていた。
リザードが眠ってしまったのも、シンヤにとっては予想外だった。
「……くっ」
リザードは、動けない自分に悔しそうな表情を浮かべる。
自分は、まだまだ強くなれるはずだ。
それなのに、目の前の相手には、知らない戦術がいくつもある。
リザードは必死に身体を動かそうとした。
シンヤもまた、リザードを見つめながら拳を握り締める。
悔しい。
だが――。
それ以上に。
(……面白い!)
シンヤの胸の奥から、熱い感情が湧き上がった。
まだ知らない技があるかもしれない。
まだ知らない戦術があるかもしれない。
そして、それらを組み合わせることで、今までにない戦い方が生まれる。
リザードもまた、同じ気持ちを抱いていた。
もっと強くなりたい。
もっといろいろな戦い方を知りたい。
そして、目の前の相手を超えたい。
シンヤとリザードの心が、同じ方向を向いた。
その瞬間だった。
ピカァァァッ!
リザードの身体が、まばゆい光に包まれた。
「……えっ!?」
シンヤが目を見開く。
リザードの身体が大きくなっていく。
背中から翼が生え、手足が力強く変化していく。
そして――。
「グォォォォォォ――――!」
炎をまとった巨体が、フィールドに立ち上がった。
リザードは、リザードンへと進化を遂げたのだ!
「……リザードン!」
シンヤは驚きと喜びに満ちた声を上げた。
「すごい……! リザードンに進化したのね!」
レンも思わず、その場で小さく跳び上がった。
エリカも、さすがに驚きを隠せない様子だった。
「なっ……! このジム戦で、三匹も進化を遂げるなんて……!」
フシギソウがフシギバナへ。
カメールがカメックスへ。
そして、リザードがリザードンへ。
シンヤの三匹が、この一戦を通して次々と新たな姿へと進化したのである。
門下生たちからも、自然と拍手が湧き上がった。
「すごい……!」
「三匹も進化するなんて!」
「なんて素晴らしいバトルなの……!」
だが、進化の光が消えたとき、リザードンはまだ眠りから完全には覚めていなかった。
シンヤはすぐに声をかける。
「リザードン!まだバトルは終わっていないぞ!起きろ!」
「グゥ……」
リザードンが、ゆっくりと目を開ける。
その目には、先ほどまでの悔しさに加えて、強い闘志が宿っていた。
進化によって力を増した身体。
そして、目の前の強敵を倒したいという気持ち。
その二つが、リザードンを突き動かしていた。
「よし……いけ、リザードン! かえんほうしゃあぁぁぁ!」
「グォォォォッ!」
リザードンが、強烈な炎を放つ。
エリカはすぐに指示を飛ばした。
「ラフレシア、ソーラービーム!」
ラフレシアもまた、日差しのエネルギーを集めて光線を放つ。
炎と光線が正面から激突した。
ドォォォォン!
激しい爆発が起こり、フィールドが煙に包まれる。
エリカは目を細めた。
「……進化によって力は増したようですけれど、ラフレシアも十分に鍛えておりますわ!」
「分かっています! だからこそ――」
シンヤは、まっすぐリザードンを見つめた。
「ここで勝つんだ、リザードン!」
「グォォォォォッ!」
リザードンの炎が、さらに勢いを増した。
そして――。
ソーラービームを押し返し、そのままラフレシアへと突き進んだ!
「ラフレシアァァッ!」
直撃。
ラフレシアの巨体が大きく揺れ、目を回しながら地面へ倒れ込んだ。
しばらくして、審判役の門下生が高らかに宣言した。
「ラフレシア、戦闘不能! よって、勝者! マサラタウンのシンヤ!」
一瞬の静寂。
そして――。
「やったぁ!」
レンが、その場で小さくジャンプした。
「シンヤ、おめでとう!」
「ありがとう、レン!」
シンヤは笑顔で応えた。
そして、リザードンへと駆け寄る。
「よくやったな、リザードン! 進化も、勝利も、本当におめでとう!」
「グォォッ!」
リザードンは誇らしげに鳴いた。
その背中を、シンヤは優しく撫でる。
エリカはラフレシアをボールへ戻し、穏やかに微笑んだ。
「素晴らしいバトルでしたわ。ポケモンたちの成長、そしてトレーナーとポケモンの信頼関係……。どちらも、しっかりと伝わってきました」
「ありがとうございます、エリカさん」
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」
エリカは一礼すると、シンヤの前へ歩み寄った。
「それでは、シンヤさん。あなたの勝利を称え、こちらをお渡しいたしますわ」
彼女が差し出したのは、タマムシジムの証。
レインボーバッジだった。
「……レインボーバッジ!」
シンヤは両手で受け取り、じっと見つめた。
これで、ジムバッジは四つ目。
旅を始めてから、数々の困難を乗り越え、仲間たちとともに成長してきた証だ。
「ありがとうございます! 大切にします!」
「ええ。これからも、ポケモンたちとともに歩んでくださいませ」
エリカは微笑んだ。
その言葉を聞き、シンヤは力強く頷いた。
「はい!」
こうして、シンヤはタマムシジムでの勝利を収めた。
そして、三匹のポケモンが進化を遂げた、忘れられないジム戦となったのである。
◆バトルのあと、約束のお茶会へ
ジムを出たシンヤとレン。
レインボーバッジを手にしたシンヤは、まだ興奮が冷めない様子だった。
「……まさか、三匹とも進化するとはな」
「本当に驚いたわ。フシギソウもカメールも、そしてリザードも……。みんな、あなたと一緒に強くなっているのね」
レンは嬉しそうに微笑んだ。
「特にリザードンは、エリカさんの戦術に刺激を受けて進化したように見えたわ」
「ああ。俺も同じことを感じたよ。悔しさだけじゃなくて、もっと強くなりたいって気持ちがあったんだと思う」
シンヤは腰のボールを見つめた。
フシギバナ。
カメックス。
リザードン。
三匹の新たな姿を思い浮かべ、自然と笑みがこぼれる。
「……これからが楽しみだな」
「ええ。だけど……」
レンが、にっこりと笑った。
「約束は約束よね?」
「……ああ、お茶会だな」
「そう! さあ、行きましょう。せっかくタマムシシティに来たのだから、素敵なお店を見つけなくちゃ」
「はいはい」
「また二回!」
「……はい」
二人は笑い合いながら、タマムシシティの大通りへと歩き出した。
次なる目標は、さらに強くなること。
そして、仲間たちと一緒に、もっと多くの景色を見ること。
虹色の夢が広がる大都会で、シンヤとレンの旅は、まだまだ続いていく。
感想でもあったのですが特性を出すか出さないかについて。期限はある程度表が集まり次第まで
-
出す。セキエイリーグから出す
-
出さないか。ホウエンからでいいやろ