◆ヤマブキシティのジムリーダー
グンジョウシティでの一件から翌日。
シンヤとレンは、リザードンの背に乗ってヤマブキシティへとやってきた。
眼下には、カントー地方でも有数の大都市が広がっている。高層ビルが立ち並び、道路には多くの人々と車が行き交い、街全体が活気に満ちていた。
「わあ……! 空から見ると、やっぱり大きな街ね」
リザードンの背に乗りながら、レンが感嘆の声を上げる。
「そうだな。ここまで大きいと、街を歩くだけでも時間がかかりそうだ」
「それなら、今日はジム戦を済ませてから観光するのもよさそうね。シンヤ、今度こそ寄り道しすぎないでちょうだい?」
「俺はいつも必要なことしかしてないぞ?」
「ふふっ。それ、本気で言っているのかしら?」
「……何が言いたい?」
「別に?」
レンは楽しそうに笑った。
そんなやり取りをしながら、二人はリザードンを安全な場所に着陸させ、ヤマブキシティの街へと降り立った。
シンヤの所持バッジは、現在五つ。
ニビジムのグレーバッジ。
ハナダジムのブルーバッジ。
クチバジムのオレンジバッジ。
タマムシジムのレインボーバッジ。
セキチクジムのピンクバッジ。
次に目指すのは、ヤマブキジムのゴールドバッジだ。
しかし――。
「……うーん」
ジムの方向を確認したシンヤは、なぜか微妙な顔をした。
「どうしたの、シンヤ?」
「いや、ちょっとな……」
「もしかして、ジム戦が面倒になったの?」
「違う。いや、面倒というより……」
シンヤは言葉を濁した。
ヤマブキジムのジムリーダー。
その名前は、ナツメ。
ゲームでもアニメでも知られる、超能力を操るエスパータイプの使い手だ。
そして、シンヤが知っているアニメ版のナツメには、少々厄介な事情があった。
幼い頃に超能力に目覚め、その力の訓練にのめり込むあまり、人間らしい感情を失ってしまったかのような少女。
笑顔を見せず、周囲を寄せつけず、敗者を人形に変えてしまうような恐ろしい力まで持っていた。
もちろん、この世界のナツメが同じとは限らない。
これまでにも、ゲームやアニメの知識と実際の世界に違いがあることは何度も経験してきた。
それでも、できれば面倒な事態には遭遇したくない。
「……よし。まずは情報収集だ」
「情報収集?」
「ああ。ジムリーダーがどんな人なのか、先に調べておこうと思ってな」
「ふうん。珍しいわね。いつもなら、ジムを見つけたらすぐに挑戦するのに」
「相手によっては、事前に知っておいた方がいいこともあるんだよ」
「そういうことにしておくわ」
レンは小さく笑った。
こうして二人は、街の人々にヤマブキジムについて尋ねて回ることにした。
ところが――。
「ヤマブキジムのナツメ様? そりゃあ、もうすごいお方ですよ!」
最初に話を聞いた店主は、目を輝かせて語り始めた。
「カントーのジムリーダーの中でも、エリカ様と一、二を争う美人だって評判でね!」
「……は?」
シンヤは思わず聞き返した。
「冷たい視線がたまらないって人もいるし、ポケモンに関する知識もすごいんだ。あの若さで、四天王にだってなれるんじゃないかって話だよ!」
「な、なるほど……」
別の通行人にも尋ねてみる。
「ナツメさんなら、ジムリーダーとしても一流ですよ。相棒のフーディンがとんでもなく強いらしくてね」
「フーディンが?」
「ええ。それに、フーディンが姿を変えるところを見た人もいるとか!」
「……姿を変える?」
シンヤの表情が、ぴたりと止まった。
さらに話を聞けば、出てくるのはこんな評判ばかりだった。
「ナツメ様は本当にお美しい!」
「冷たい目で見つめられたい……!」
「ポケモンの知識が半端じゃない。あの人、本当にジムリーダーでいいのか? 四天王になれるだろ!」
「いやいや、あんな胸を強調する服装はけしからんだろ!」
「最後のは何なんだよ……」
シンヤは額を押さえた。
評判がいい。
いや、いいどころではない。
街の人々からの人気は、想像していたものとはまるで違っていた。
そして何より、気になる情報が二つある。
相棒はフーディン。
そのフーディンが、姿を変える。
「……まさか」
シンヤの脳裏に、ひとつの可能性が浮かんだ。
メガシンカ。
ポケモンとトレーナーの絆、そしてメガストーンとキーストーンによって引き起こされる、通常の進化を超えた進化。
カントー地方のこの時代に、すでにメガシンカを使えるトレーナーがいるのか?
いや、そもそも、この世界でメガシンカがどこまで知られているのか。
考え始めると、いくつもの疑問が浮かんでくる。
「……おいおい、マジかよ」
シンヤの額に、冷や汗が浮かんだ。
これまで、ジムリーダーとのバトルで苦戦したことはある。
マチスのライチュウも強かった。エリカのラフレシアも見事な戦い方をした。キョウのクロバットも手強かった。
だが、今回は少し事情が違う。
相手は、メガシンカを使うかもしれない超能力者。
しかも、あのフーディンだ。
「シンヤ?」
隣を歩いていたレンが、心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「……本当に?」
「本当だって」
「そう? いつものシンヤなら、もう少し余裕のある顔をしていると思うのだけれど」
レンは彼の顔をじっと見つめた。
出会ってから、シンヤはどんな相手を前にしても、基本的には余裕を失わなかった。
強敵を前にしても、まず相手を観察し、状況を整理し、勝つための方法を考える。
ところが今は、明らかに様子が違う。
冷や汗までかいている。
「……何か、嫌な予感でもするの?」
「まあ……そんなところだ」
シンヤは遠くに見えるヤマブキジムを見つめた。
「とりあえず、行ってみよう。考えるのはそれからだ」
「分かったわ」
レンは頷いたものの、シンヤの横顔を気にするように見つめていた。
一体、ヤマブキジムには何が待ち受けているのだろうか。
二人はそのまま、ジムへと向かった。
◆ようこそ、ヤマブキジムへ
ヤマブキジムは、街の中心部に堂々と建っていた。
入口の扉を開けると、広々とした室内が二人を迎える。
そして、その奥。
一人の女性が椅子に腰掛けていた。
紫がかった髪。
整った顔立ち。
そして、どこか近寄りがたい雰囲気。
彼女は椅子から立ち上がることもなく、超能力で浮かせたティーポットからカップへ紅茶を注いでいた。
カップも、ソーサーも、すべてが空中を優雅に移動している。
やがて、彼女は紅茶を一口飲んだ。
「ようこそ、チャレンジャー」
その声は落ち着いていて、冷たさの中にも不思議な響きがあった。
シンヤは彼女を見つめた。
間違いない。
この女性が、ヤマブキジムのジムリーダー――ナツメだ。
そして、入口付近に立っていた男性が二人へ歩み寄ってきた。
「君たちが挑戦者かな?」
「はい。俺はマサラタウンのシンヤです。こちらは旅の仲間のレン」
「私はレンよ。よろしくお願いしますわ。私は見学ですが」
「これはご丁寧に。私はナツメの父だ。こちらは母だよ」
男性の隣には、穏やかな表情を浮かべた女性も立っていた。
「娘を訪ねてくれてありがとう。ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
シンヤは内心で頷いた。
なるほど。
家族がジムの運営に関わっているのか。
このあたりは、彼の知るアニメ版の設定とよく似ている。
――そう、アニポケと同じ。
そう思った、その瞬間。
「そう。アニポケと同じ。そう思っているわね?」
「…………は?」
シンヤの思考が、そこで止まった。
ナツメは紅茶のカップをソーサーに置くと、まっすぐ彼を見つめた。
「あなた、面白いことを考えているのね」
「……今、俺の心を読んだのか?」
「そうね。少しだけ」
ナツメは微笑んだ。
その微笑みを見た瞬間、シンヤは悟った。
この人、ただの超能力者じゃない。
少なくとも、普通のジムリーダーではない。
「まさか、この世界で御同類に会うことになるとは思わなかったわ」
「……御同類?」
レンが怪訝そうに眉を寄せる。
ナツメは椅子から立ち上がり、二人の前に立った。
そして、あまりにも真面目な顔で口を開いた。
「改めて自己紹介をするわ」
彼女は片手を腰に当て、堂々と言い放つ。
「ヤマブキシティ出身、ナツメ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者、転生者がいたら、私のところに来なさい。以上」
「ぶっ――――!」
シンヤは盛大に吹き出した。
それはもう、盛大に。
「ちょ、ちょっと、シンヤ!?」
レンが慌てて彼の背中を叩く。
しかし、シンヤは笑いを止められなかった。
「お、おいおい……! まさか、ここでそれを聞くことになるとは……!」
ナツメは腕を組み、楽しそうに彼を見つめていた。
「あら。やっぱり、その自己紹介を理解できるということは――そういうことね?」
「……ああ」
シンヤは何とか笑いを収め、姿勢を正した。
そして、今度は自分も堂々と名乗る。
「俺はマサラタウンのシンヤ! あらゆるポケモンと友になって、頂点を目指す男だ!」
「ぶっ――!」
今度はナツメが吹き出した。
「ふ、ふふふっ……! 何、その自己紹介……!」
彼女は口元を押さえ、肩を震わせる。
「ルフィにフォーゼを混ぜたわね!」
「そちらこそ! 涼宮ハルヒとは、また懐かしいものを……!」
「ふふふっ、まさかポケモンの世界で、こんな話ができる相手に出会うなんて!」
「俺も驚いてるよ!」
二人は顔を見合わせ、また笑った。
レンは、そんな二人を交互に見つめていた。
「…………」
何が起きているのか、まるで分からない。
ほんの数分前まで、シンヤは冷や汗をかいていた。
ところが今は、ナツメと楽しそうに笑い合っている。
しかも、二人にしか分からないらしい話題で。
「……シンヤ?」
「ん?」
「私にも、分かるように説明してくれるかしら?」
「あー……その、なんだ」
シンヤは困ったように頭を掻いた。
「ちょっとした、昔の作品のネタだよ」
「昔の作品?」
「そう。まあ、細かい説明は省くけど……」
「ふうん……?」
レンは笑顔を浮かべていた。
ただし、その目は笑っていなかった。
「シンヤは、ナツメさんとずいぶん楽しそうなのね?」
「いや、これは、その……」
「ふふっ。あとで、ゆっくり聞かせてもらうわね?」
「……はい」
シンヤは思わず背筋を伸ばした。
その様子を見て、ナツメは再び笑い出した。
一方、ナツメの両親は別の意味で感動していた。
「……お父さん」
「ああ……」
二人は、目に涙を浮かべながら娘を見つめていた。
「ナツメが……あんなに笑っている……」
「ええ……本当に久しぶりね……」
ナツメは幼い頃から強い超能力を持っていた。
その力を制御し、鍛えることに集中するあまり、家族と一緒に笑う機会も少なくなっていた。
もちろん、今のナツメが感情を失っているわけではない。
ただ、彼女の力を理解し、同じ目線で話せる人間は少なかった。
そんな娘が、初対面の少年と心から楽しそうに笑い合っている。
両親にとっては、それだけで胸がいっぱいになる光景だった。
「……よかったな、ナツメ」
父親はそっと呟いた。
その声は、誰にも聞こえないほど小さかった。
◆特別ルール――一対六
ひとしきり笑ったあと、ナツメは再び椅子に腰掛けた。
「さて。そろそろ本題に入りましょうか」
「ジム戦だな」
「ええ。あなたのバトル、楽しみにしていたのよ。マチスさんやエリカ、キョウさんからは聞いてるわ」
ナツメの目が、すっと細くなる。
先ほどまでの親しげな雰囲気が消え、ジムリーダーとしての鋭さが表れた。
「ただし、今回は特別ルールにさせてもらうわ」
「特別ルール?」
「そう。私が使用するポケモンは一匹だけ」
「……一匹?」
「ええ。そして、あなたは六匹すべてを使っていいわ」
シンヤは一瞬、言葉を失った。
通常のジム戦なら、双方が同じ数のポケモンを使用するのが基本だ。
相手が一匹しか使わず、自分は六匹使える。
一見すれば、挑戦者に有利なルールである。
だが、シンヤはすぐに違和感を覚えた。
「……なあ、ナツメさん」
「何かしら?」
「どうして、そんなルールなんですか?」
ナツメは紅茶を一口飲んだ。
そして、何でもないことのように答える。
「御同類なのだから、私の相棒が何をするのか分かるでしょ?」
その言葉を聞いた瞬間、シンヤの表情が変わった。
「……なるほど。そういうことか」
彼はゆっくりと頷いた。
一匹で六匹を相手にする。
しかも、ナツメの相棒はフーディン。
先ほど聞いた評判では、姿を変えることもあるという。
もし、その姿の変化がメガシンカを指しているのなら。
この戦いは、単なる一対一のジム戦ではない。
一匹の強力なポケモンを相手に、六匹を使ってようやく勝機を見いだすような戦いになる可能性がある。
ナツメは、そのことを承知のうえで一匹だけを選んでいるのだ。
「分かった。受けて立つよ」
シンヤの表情から、先ほどまでの戸惑いが消えた。
代わりに浮かんだのは、強敵を前にしたトレーナーの顔だった。
「それじゃあ、始めましょうか」
ナツメが立ち上がる。
両親は観戦席へ移動し、レンもフィールドを見渡せる場所に腰を下ろした。
審判はナツメの父親が務めることになった。
「これより、ヤマブキジムのジム戦を開始する!」
父親が宣言する。
「今回のルールは、ジムリーダー側が一匹、挑戦者側が六匹。挑戦者は手持ちのポケモンを順番に繰り出すことができる。ジムリーダーのポケモンが戦闘不能になった時点で、挑戦者の勝利とする!」
ナツメはモンスターボールを手に取った。
「さあ、来て。私のパートナー」
ボールが開き、光の中からフーディンが現れる。
二本のスプーンを持った、黄色い身体のポケモン。
その瞳には、深い知性と静かな自信が宿っていた。
フーディンはナツメの隣に立つと、スプーンを軽く持ち上げた。
空気が揺らぐ。
ほんのわずかな動作だけで、周囲の空気が張り詰めたように感じられた。
シンヤは波動の眼を発動させる。
――強い。
それも、ただレベルが高いというだけではない。
技の扱いが洗練されている。反応も速い。攻撃を繰り出す前の予備動作がほとんどなく、相手の行動に合わせて即座に対応できる。
そして何より、戦意がまったく揺らいでいない。
フーディンは、六匹を相手にすることを恐れていなかった。
「……よし」
シンヤは最初のボールを取り出した。
「行くぞ、ピカチュウ!」
「ピカッ!」
黄色い身体がフィールドへ飛び出す。
ナツメは静かに微笑んだ。
「いい選択ね。でも――」
彼女の目が鋭く光る。
「簡単には勝たせないわ」
◆第一戦――ピカチュウ
「バトル開始!」
父親の声が響く。
「フーディン、サイコキネシス!」
開幕と同時に、フーディンが攻撃を仕掛けた。
念力がフィールドを覆い、ピカチュウを捕らえようとする。
「ピカチュウ、でんこうせっか!」
ピカチュウは地面を蹴った。
だが、フーディンはピカチュウの動きに合わせて念力の向きを変える。
逃げ道を塞ぐように、見えない力が迫った。
「そのまま、アイアンテール!」
ピカチュウは身体をひねり、尻尾を地面へ叩きつける。
反動を利用して軌道を変え、念力の拘束から抜け出した。
「いいわね。なら、シャドーボール」
フーディンの手元に黒い球体が生まれる。
放たれたシャドーボールが、ピカチュウを追いかける。
「ピカチュウ、かわして、かみなりパンチ!」
ピカチュウは地面を滑るように回避し、フーディンへ接近する。
拳が電気をまとった。
だが、命中する直前――フーディンの姿が消えた。
「テレポートか!」
次の瞬間、フーディンはピカチュウの背後へ現れていた。
「サイコキネシス!」
念力が直撃する。
「ピカッ!?」
ピカチュウの身体が宙へ浮かび、地面へ叩きつけられた。
「ピカチュウ!」
シンヤは叫んだ。
ピカチュウはすぐに立ち上がったが、身体には確かなダメージが蓄積していた。
「……やっぱり、そう簡単にはいかないか」
シンヤは目を細めた。
フーディンのテレポートは、単なる回避技ではない。
攻撃の直前に位置を変え、相手が反撃しにくい角度から攻撃を仕掛けてくる。
しかも、攻撃の精度が高い。
「ピカチュウ、もう一度でんこうせっか!」
ピカチュウが走る。
今度は一直線ではない。
左右に細かく進路を変え、フーディンが狙いを定めにくいように動く。
「フーディン、きあいだま!」
青白いエネルギー球が放たれた。
「ジャンプ!」
ピカチュウは飛び上がる。
きあいだまが地面に着弾し、爆発した。
土煙が舞い上がる。
その煙を利用し、ピカチュウはフーディンの側面へ回り込んだ。
「今だ、かみなりパンチ!」
電撃をまとった拳が、フーディンの脇腹を捉える。
「フーディン!」
ナツメが声を上げた。
フーディンは数歩後退した。
初めて、明確にダメージを受けたのだ。
シンヤの目が輝く。
「よし、効いてるぞ!」
「ピカチュウ!」
「ピカッ!」
ピカチュウが元気よく鳴いた。
だが、ナツメは笑みを崩さない。
「見事ね。でも、ここからよ」
フーディンのスプーンが光った。
次の瞬間、ピカチュウの足元の地面が大きく盛り上がった。
「なっ!?」
サイコキネシスによって持ち上げられた地面が、ピカチュウの動きを封じる。
「フーディン、シャドーボール!」
黒い球体が至近距離から放たれた。
「ピカチュウ、アイアンテールで地面を砕け!」
ピカチュウは尻尾を振り下ろし、足元の地面を破壊する。
しかし、完全には間に合わなかった。
シャドーボールが直撃し、ピカチュウは大きく吹き飛ばされた。
地面を転がり、ようやく止まる。
「ピカチュウ、もういい!」
シンヤはボールを向けた。
ピカチュウは一瞬だけフーディンを見つめたあと、悔しそうに鳴いてボールへ戻った。
「……よく頑張った。十分だ」
シンヤはボールを握りしめた。
ピカチュウはフーディンに一撃を与えた。
だが、相手の実力は想像以上だった。
レンは息を呑んでいた。
「ピカチュウが、ここまで苦戦するとは……」
「ええ。あのフーディン、ただ者じゃないわね」
ナツメの母親も、驚いたように呟いた。
「ナツメが、最初からあれほど真剣に戦うなんて……」
ナツメはフーディンの隣で、楽しそうに笑っていた。
「いいわ。とてもいいバトルよ、シンヤ」
「そいつはどうも」
シンヤもまた、笑っていた。
次のボールを取り出す。
「まだまだ、これからだ!」
◆第二戦――ゲンガー
「頼むぞ、ゲンガー!」
「ゲゲゲッ!」
紫色の身体を揺らしながら、ゲンガーがフィールドに現れた。
フーディンは相手を観察するように、スプーンを構え直す。
「ゲンガー、シャドーボール!」
「フーディン、テレポート!」
ゲンガーが放ったシャドーボールは、フーディンが消えたことで空を切った。
「やっぱり速いな……!」
シンヤはすぐに指示を変える。
「ゲンガー、こごえるかぜ! 広く撒け!」
ゲンガーは冷気を周囲へ放った。
フーディンがテレポートで移動するたび、冷気がフィールドを覆っていく。
「なるほど。移動先を制限するつもりね」
ナツメはすぐに意図を見抜いた。
「フーディン、シャドーボール!」
シャドーボールがゲンガーへ迫る。
「ゲンガー、したへ潜れ!」
ゲンガーは身体を地面に沈め、攻撃を回避した。
「今だ、のろい!」
ゲンガーの身体から、不気味な紫色の気配が広がる。
フーディンの周囲の空気が重くなった。
だが、ナツメは慌てない。
「フーディン、サイコキネシス!」
念力がゲンガーを捉え、地面から引きずり出す。
「そのまま、シャドーボール!」
黒い球体が直撃した。
ゲンガーは吹き飛ばされたが、空中で体勢を立て直し、再び笑みを浮かべる。
「ゲゲゲッ!」
「まだいけるか。なら、シャドーボールを連射!」
ゲンガーは複数のシャドーボールを放った。
フーディンはテレポートを繰り返して回避する。
しかし、ゲンガーの攻撃は、先ほどよりも広い範囲へ散らされていた。
逃げた先にも、次の球体が迫る。
フーディンの身体に、シャドーボールがかすった。
「フーディン!」
ナツメが思わず声を上げる。
ゲンガーはその隙を逃さず、距離を詰めた。
「ヘドロウェーブ!」
紫色の波がフィールドを覆う。
フーディンはテレポートで逃げたものの、着地した足元には冷気が残っていた。
わずかに動きが鈍る。
「今だ、シャドーボール!」
ゲンガーの攻撃が直撃した。
フーディンは地面を滑るように後退する。
確かなダメージ。
しかし、フーディンはまだ倒れない。
「……すごいわね。ゴーストタイプの特性を、よく活かしている」
ナツメは感心したように呟いた。
「でも、ここまでよ。フーディン、サイコキネシス!」
ゲンガーが再び念力に捕らえられる。
「ゲンガー、のろいを維持しろ!」
シンヤは最後まで指示を出した。
ゲンガーの周囲の紫色の気配が、さらに濃くなる。
その直後、フーディンの動きが一瞬だけ止まった。
「……っ!」
ナツメが目を見開く。
ゲンガーは最後の力を振り絞り、至近距離からシャドーボールを放った。
フーディンは直撃を受け、片膝をつく。
しかし、すぐに立ち上がった。
一方のゲンガーは、力を使い果たして地面へ倒れ込んだ。
「ゲンガー、戦闘不能!」
父親が判定を下す。
シンヤはゲンガーをボールへ戻した。
「よくやった。十分に仕事をしてくれたぞ」
二匹目も敗北。
だが、フーディンには確実にダメージが蓄積している。
シンヤはそれを確認し、次のボールを手に取った。
◆第三戦――ハガネール
「行け、ハガネール!」
巨大な鋼の身体が、フィールドへ現れる。
地面がわずかに揺れた。
ハガネールはフーディンを見下ろすと、低い唸り声を上げた。
フーディンは相手の大きさにも怯まず、静かにスプーンを構えた。
「ハガネール、ステルスロック!」
ハガネールが身体を動かし、フィールドに無数の尖った岩を浮かび上がらせる。
「なるほど。交代を制限する技ね」
ナツメは冷静に分析した。
ただし、今回のルールではフーディンは一匹しか使えない。
交代を封じることそのものよりも、フーディンの移動範囲を狭める意味合いが大きい。
「ハガネール、身体を回転させて砂嵐を起こせ!」
ハガネールが身体を回転させるとジムの中で砂嵐が発生する。
「なるほど。今度は視界・テレポートの移動先をより狭めるための……フーディン、サイコキネシス!」
念力がハガネールを捉えた。
巨大な身体がゆっくりと浮かび上がる。
「……やっぱり、重量だけでは対抗できないか!」
ハガネールの身体が空中で回転し、地面へ叩きつけられた。
轟音が響く。
「ハガネール、じしん!」
ハガネールが身体を大きく揺らし、地面を震わせる。
フーディンはテレポートで回避した。
だが、着地地点にはステルスロックが待ち構えている。
「フーディン!」
鋭い岩が身体に当たり、フーディンがわずかに体勢を崩した。
「今だ、ヘビーボンバー!」
ハガネールは巨体を持ち上げ、フーディンへ落下する。
「テレポート!」
フーディンが消える。
しかし、ハガネールの巨体はすでに地面へ落ちていた。
衝撃でフィールドが揺れ、周囲の岩が跳ね上がる。
「その衝撃を利用しろ! ストーンエッジ!」
地面から鋭い岩が突き出した。
フーディンが移動した先を狙う。
完全には避けきれず、岩の一撃がフーディンの身体をかすめた。
「……いいわね!」
ナツメの声が弾む。
「フーディン、きあいだま!」
青白いエネルギーが、ハガネールの頭部へ直撃した。
ハガネールは大きく揺らいだが、倒れない。
「もう一発、じしん!」
「フーディン、サイコキネシスで抑えて!」
ハガネールの動きが念力によって止められる。
地面を揺らす前に、巨体が固定されてしまった。
「くっ……!」
ハガネールは必死に抵抗する。
だが、フーディンの超能力は強かった。
巨体が持ち上がり、今度はフィールドの端へ叩きつけられた。
ハガネールはしばらく動こうとしたものの、ついに力尽きた。
「ハガネール、戦闘不能!」
シンヤはボールを握りしめた。
これで三匹。
残るは、スターミー、バタフリー、リザードン。
フーディンは、すでに何度も強力な攻撃を受けている。
呪いでダメージも受けているはずだ。
それでも、その立ち姿にはまだ余裕が残っていた。
「……とんでもないな、こいつ」
シンヤは思わず笑った。
強い。
本当に強い。
ここまで戦って、ようやくその実力の一端が見えてきた。
「シンヤ……」
レンは、彼の横顔を見つめた。
苦戦しているはずなのに、彼の目は輝いていた。
むしろ、強敵を前にして、どんどん楽しそうになっている。
レンは小さく息を吐いた。
「本当に、バトルが好きなのね……」
◆第四戦――スターミー
「行くぞ、スターミー!」
シンヤのスターミーがフィールドへ現れた。
ナツメのフーディンは、相手を見てわずかに首を傾げる。
同じエスパータイプ。
互いにサイコキネシスを使える。
しかし、シンヤのスターミーには水タイプとしての技もある。
「スターミー、こうそくいどう!」
スターミーは素早く移動し、フーディンの攻撃を誘う。
「フーディン、シャドーボール!」
黒い球体が飛ぶ。
スターミーは横へ滑り、回避する。
「ハイドロポンプ!」
強烈な水流がフーディンへ迫った。
「テレポート!」
フーディンは水流を避けたが、スターミーは攻撃を止めなかった。
「サイコキネシスで水流の軌道を変えろ!」
スターミーの念力が水流を持ち上げ、フーディンが移動した方向へ押し出す。
水がフーディンの身体をかすめた。
「……!」
ナツメの表情が引き締まる。
「やるわね。フーディン、きあいだま!」
「スターミー、パワージェム!」
光り輝く宝石のようなエネルギーと、青白い気合の球体がぶつかり合った。
激しい爆発が起こり、双方が距離を取る。
スターミーは素早く体勢を整えた。
フーディンは、わずかに肩で息をしている。
「今だ、アクアジェット!」
スターミーが水をまとって突進する。
フーディンはテレポートを試みた。
しかし、スターミーの動きは速かった。
水流がフーディンの身体を捉え、フィールドの中央へ押し戻す。
「スターミー、サイコキネシス!」
念力がフーディンを包み込む。
「フーディン、シャドーボール!」
至近距離からの反撃。
黒い球体がスターミーに直撃し、二匹は同時に吹き飛ばされた。
スターミーは地面に落ち、身体を震わせる。
それでも、立ち上がろうとした。
「……もう十分だ、スターミー」
シンヤは静かにボールを向けた。
スターミーは彼を見上げ、悔しそうに鳴いたあと、光となってボールへ戻った。
四匹目。
シンヤは残る二つのボールを見つめる。
バタフリー。
そして、リザードン。
ここからが本番だった。
◆第五戦――バタフリーの役割
「次は、バタフリーだ!」
「フリー!」
バタフリーは羽ばたきながら、フィールドへ舞い降りた。
その姿を見た瞬間――。
ナツメの表情が変わった。
それまで落ち着いていた瞳が、鋭く細められる。
そして、彼女の額に、うっすらと汗が浮かんだ。
「……そういうこと」
ナツメはシンヤを見つめた。
「あなた、最初からこの展開を狙っていたのね」
「さあ、どうだろうな?」
シンヤは笑って答えた。
「バタフリー、みがわり!」
バタフリーの身体が分かれ、フィールドにもう一つの姿が現れた。
「フーディン、サイコキネシス!」
フーディンは即座に攻撃を仕掛ける。
バタフリーは回避しながら、ちょうのまいを舞った。
羽ばたきが規則正しくなり、身体から放たれる気配が変わる。
「もう一度、みがわり!」
分身が増え、フーディンの狙いを乱す。
「フーディン、テレポートで距離を取りなさい!」
ナツメの指示が飛ぶ。
フーディンは瞬間移動し、バタフリーの背後へ回り込んだ。
「きあいだま!」
強烈な一撃が放たれる。
バタフリーは直撃を避けたものの、爆風に煽られて大きく揺れた。
「バタフリー、かげぶんしん!」
バタフリーの姿がさらに増える。
その隙に、再びちょうのまい。
二度目。
三度目。
積み重ねられた舞によって、バタフリーの動きは明らかに鋭くなっていた。
特殊攻撃に対する耐性も高まり、簡単には倒れない。
「……早く倒しなさい!」
ナツメの声に、初めて焦りが混じった。
「フーディン、サイコキネシス! 分身ごと押さえ込むの!」
フーディンの精神力が広がる。
フィールド全体が揺れ、バタフリーたちの動きが止まった。
「今よ、フーディン!」
念力が一気に収束する。
しかし――。
「今だ!バタフリー、バトンタッチ!」
シンヤの声が響いた。
バタフリーは光に包まれ、その姿がフィールドから消えた。
そして、その力を受け継ぐように、最後のポケモンが現れる。
その光がシンヤの手元へ戻ると同時に、フィールドへ巨大な影が降り立った。
「最後だ!リザードン!」
雄々しい翼。
燃え盛る尻尾。
大地を踏みしめる足。
リザードンが咆哮を上げると、フィールドの空気が震えた。
その身体には、バタフリーが積み重ねたちょうのまいの力が引き継がれていた。
三度の舞によって高まった素早さと特殊耐久。
それを受け取ったリザードンが、ゆっくりと翼を広げる。
「グオオオオオッ!」
ナツメは、その姿を見つめた。
そして、楽しそうに笑った。
「……いいわ。最高よ、シンヤ」
彼女の手元で、フーディンのスプーンが輝く。
「フーディン。ここからが本当の勝負よ」
フーディンは静かに頷く。
「リザードン、りゅうのまい!」
リザードンが大きく翼を広げ、身体をひねるように舞った。
ドラゴンの力が全身を巡り、攻撃力と素早さがさらに高まる。
バタフリーから受け継いだ強化に、リザードン自身のりゅうのまいが重なった。
「……すごいわね」
ナツメは感嘆の声を漏らした。
「でもここからが本番!超越したその念動力を身に纏え!フーディン、メガシンカ!」
ナツメが胸元のキーストーンに触れる。
フーディンの身体が光に包まれた。
メガストーンとキーストーンが共鳴し、眩い光がフィールドを満たす。
光が収まったとき、そこに立っていたのは、通常のフーディンとは明らかに異なる姿だった。
身体はより細く、鋭く。
超能力はさらに研ぎ澄まされ、周囲の空気が震えている。
複数のスプーンが宙に浮かび、そのすべてが独立して動いていた。
メガフーディン。
その圧倒的な存在感に、観客席のレンも息を呑んだ。
「これが……メガシンカ……」
シンヤは静かに頷いた。
◆最終決戦――リザードンVSメガフーディン
リザードンとメガフーディン。
フィールドの両端に立つ二匹を見て、観客であるレン、そしてナツメの両親は息を呑んだ。
片や、圧倒的な精神力と瞬間移動を操る超能力の使い手。
片や、五匹分の戦いを経て、さらにバタフリーの力を引き継いだ炎の竜。
シンヤは、リザードンの様子を確認した。
(ちょうのまい三回分に場に出てすぐにしたりゅうのまい一回分。素早さも特殊耐久も上がっている。だが、相手はメガフーディン……)
能力上昇があるからといって、油断はできない。
相手の攻撃力と反応速度は異常だ。
一撃でもまともに受ければ、リザードンといえど危険である。
いくら今までのバトルの疲労、ゲンガーの呪いのダメージ、ハガネールの砂嵐にステルスロックの妨害など。
「リザードン。更にりゅうのまい!」
リザードンは翼を広げ、力強く舞った。
身体から放たれる気迫が、さらに増していく。
攻撃力と素早さが更に高まる。
ちょうのまいによる強化に、りゅうのまいが重なった。
ナツメは目を細めた。
「フーディン、サイコキネシス!」
メガフーディンが腕を上げる。
見えない力がリザードンを襲った。
「リザードン、ドラゴンクロー!」
リザードンは両腕にドラゴンの力を宿し、正面から突っ込む。
サイコキネシスとドラゴンクローが衝突した。
衝撃が広がり、フィールドの床が震える。
リザードンの爪が押し戻される。
だが、すぐに体勢を立て直した。
「いいぞ! そのまま接近戦だ!」
「フーディン、テレポート!」
メガフーディンは姿を消した。
次の瞬間、リザードンの背後へ現れる。
「きあいだま!」
至近距離からの攻撃。
「リザードン、かわせ!」
リザードンは翼を広げ、身体をひねる。
きあいだまが翼の端をかすめ、爆発した。
「くっ……!」
リザードンの身体が揺れる。
それでも、倒れない。
「リザードン、もう一度ドラゴンクロー!」
リザードンは振り返りざまに爪を振るった。
メガフーディンはサイコキネシスで受け止める。
鋭い爪と念力が拮抗する。
「フーディン、シャドーボール!」
メガフーディンのもう片方の手から、黒いエネルギー弾が放たれた。
「リザードン、かえんほうしゃ!」
炎が噴き出し、シャドーボールと激突する。
爆発。
炎と黒煙がフィールドを覆った。
「……見えない」
レンは思わず立ち上がった。
「二匹とも、どうなっているの……?」
ナツメの母親も、祈るように両手を握っていた。
「お願い、ナツメ……」
父親は娘の横顔を見つめる。
その表情には、驚きと喜びが混じっていた。
娘が、これほど本気で戦っている。
そして、その本気を引き出せる相手が目の前にいる。
煙が晴れた。
リザードンは片膝をつきかけながらも、どうにか立っていた。
メガフーディンもまた、身体を揺らしながら浮遊している。
どちらも、明らかに疲労していた。
「……すごい」
レンが呟いた。
シンヤは笑っていた。
これまでにも強いポケモンとは戦ってきた。
ジムリーダーたちのポケモンも、それぞれが鍛え抜かれていた。
だが、目の前の相手は別格だった。
五匹を使い、能力を引き継ぎ、さらに強化したリザードンでさえ、ようやく互角に持ち込めている。
それほどの相手。
それほどの強敵。
転生し、前世の記憶を取り戻してから、シンヤは数々の戦いを経験してきた。
けれど、今この瞬間ほど、胸の奥から闘志が湧き上がったことはなかった。
「……ははっ」
シンヤは笑った。
「最高だな……!」
ナツメもまた、笑みを浮かべていた。
「ええ。本当に……!」
彼女にとっても、これほど本気でフーディンを戦わせるのは久しぶりだった。
しかも、相手は一匹ではない。
六匹ものポケモンを使い、最後の一匹にすべてを託す。
その作戦を成立させるために、シンヤは一匹一匹の役割を明確にしていた。
そして、今のリザードンは、バタフリーから受け継いだ力を最大限に活用している。
ただ強いポケモンを並べただけでは、こうはならない。
トレーナーの戦術と、ポケモンたちの連携があってこそだ。
「……シンヤ」
ナツメが静かに口を開いた。
「あなたと戦えて、本当によかったわ」
「俺もだ。ここまでの相手は、そうそういない」
「なら、最後まで全力でいきましょう」
「もちろん!」
二人の声が重なった。
「リザードン、ドラゴンクロー!」
「フーディン、サイコキネシス!」
リザードンが吠え、両腕に最大限のドラゴンエネルギーを集める。
メガフーディンは両手を広げ、周囲の精神力を一点へと集中させた。
ドラゴンクロー。
サイコキネシス。
二つの力が、真正面から激突する。
リザードンの爪が押し戻される。
メガフーディンの念力が、リザードンの身体を押し潰そうとする。
床が砕け、空気が震えた。
「リザードン、押し切れ!」
「フーディン、負けては駄目よ!」
互いのトレーナーが叫ぶ。
リザードンは歯を食いしばり、さらに一歩踏み込んだ。
メガフーディンの念力が揺らぐ。
しかし、すぐに持ち直す。
「……まだだ!」
シンヤは拳を握りしめた。
リザードンの身体は限界に近い。
ちょうのまいとりゅうのまいによる強化も、無限ではない。
それでも、リザードンは前へ進んだ。
一歩。
さらに一歩。
ドラゴンクローが、少しずつ念力を押し返していく。
「リザードン……!」
レンは息を呑んだ。
ナツメの瞳が大きく開かれる。
「まさか……!」
そして――。
「今だあああっ! ドラゴンクローッ!!」
シンヤの叫びとともに、リザードンが最後の力を振り絞った。
鋭い爪が、サイコキネシスを突き破る。
均衡が崩れた。
メガフーディンの身体を、ドラゴンクローが捉える。
「フーディン――!」
ナツメの声が響いた。
衝撃が広がり、メガフーディンの身体が吹き飛ばされた。
地面へ落ちた瞬間、メガシンカの光が消えていく。
浮遊していたスプーンが床に落ち、金属音を立てた。
フーディンは立ち上がろうとした。
しかし、もう身体に力が残っていなかった。
静寂。
そして、審判の父が手を上げた。
「フーディン、戦闘不能!」
「……勝者、チャレンジャーのシンヤ!」
一瞬の沈黙のあと、観客席にいるレンから歓声が上がった。
シンヤは大きく息を吐き、リザードンへ駆け寄る。
「リザードン!」
リザードンは荒い息を吐きながら、ゆっくりと顔を向けた。
「……よくやった。最高のバトルだったぞ」
「グルル……!」
リザードンは誇らしげに吠えたあと、その場に腰を下ろした。
シンヤはその首元を撫でる。
「もう休んでいい。お前は十分に頑張った」
一方、ナツメもフーディンのもとへ歩み寄っていた。
「……ありがとう、フーディン」
彼女は膝をつき、相棒の頭をそっと撫でる。
フーディンは疲れ切っていたが、どこか満足そうに目を閉じた。
ナツメは顔を上げ、シンヤを見た。
「……あなたの勝ちよ」
「ありがとう。ナツメさんも、フーディンも、本当に強かった」
「ええ。私も、あなたたちと戦えて楽しかったわ」
ナツメは立ち上がり、シンヤへ手を差し出した。
シンヤはその手を握り返す。
二人は、強敵同士として互いを認め合った。
「これがヤマブキジムを攻略した証、ゴールドバッジよ」
「これで六個目か」
シンヤはナツメから渡されたバッジを眺めるのであった。
◆まさかの一言
ジム戦が終わり、リザードンとフーディンは休息を取ることになった。
ナツメはシンヤに向き直る。
「シンヤ。あなたの戦術には驚かされたわ。六匹を使えるという条件を、ここまで効果的に利用するなんて」
「相手が一匹だからこそ、できることもあったんだ。バタフリーが最後に力を引き継げなかったら、リザードンでも厳しかったと思う」
「それでも、最後に勝ったのはあなたたちよ」
ナツメは微笑んだ。
その表情は、先ほどまでの冷たい印象とは違っていた。
「……本当に、楽しかったわ」
その言葉を聞いて、ナツメの両親は顔を見合わせた。
そして、父親が母親へ小声で囁いた。
「……なあ」
「ええ……」
二人の視線が、シンヤへ向けられる。
「彼なら、ナツメのお婿さんに……」
「――っ!?」
その言葉が聞こえた瞬間、レンの身体が固まった。
「…………」
笑顔のまま、動かない。
しかし、握りしめた拳は小さく震えていた。
「……お婿さん?」
レンの声が、妙に低く響いた。
シンヤは振り返る。
「え? 今、何か言ったか?」
「いいえ?」
レンはにっこりと笑った。
「何でもないわ。ええ、本当に、何でもないのよ?」
「……そ、そうか?」
シンヤは首を傾げた。
ナツメの両親は、そんなレンの様子に気づかないまま、期待に満ちた目でシンヤを見つめている。
ナツメ本人はというと、両親の言葉を聞いて、少しだけ頬を赤くしていた。
「お父さん、お母さん……! 何を言っているのよ!」
「いや、だってなあ……」
「あなたがあんなに楽しそうに笑って、本気でバトルをするなんて、久しぶりだったもの」
「だからって、そういう話にはならないでしょう!」
ナツメは珍しく慌てていた。
それを見て、シンヤは思わず苦笑した。
「はは……。まあ、仲がいいのは何よりだな」
「シンヤ」
レンが彼の腕を取った。
「そろそろ、次の予定を確認しましょう?」
「え? ああ、そうだな」
「ええ。とっても大事な予定があるものね?」
「……レン?」
レンは笑顔だった。
ただし、その笑顔からは、いつもの余裕ある雰囲気が少しだけ失われていた。
「ふふっ。何でもないわよ、シンヤ」
彼女はシンヤの腕をしっかりと抱えた。
「さあ、行きましょう?」
「お、おう……」
シンヤは理由が分からないまま、レンに連れられてジムの出口へ向かった。
その背中を見送りながら、ナツメは小さく笑う。
「……ふふ。シンヤも、なかなか大変そうね」
「そうねえ。あの子、女の子の気持ちには少し鈍そうだもの」
ナツメの母親が微笑む。
「でも、あんなに楽しそうな顔をするようになったんだもの。今日の出会いは、きっといいことだったのよ」
ナツメは窓の外を眺めた。
ジム戦で久しぶりに心から笑い、全力で戦う喜びを味わった。
そして、自分と同じように、どこか普通とは違う知識を持つ相手に出会った。
「……また、戦いたいわね」
彼女は静かに呟いた。
その隣で、フーディンがゆっくりと目を開く。
「フーディン」
「ええ。次は、負けないわ」
ナツメは微笑んだ。
こうして、ヤマブキジムでの激戦は幕を閉じた。
シンヤは六匹の連携によって、メガシンカしたフーディンを打ち破った。
しかし――。
ジムを出たシンヤを待っていたのは、次なる強敵でも、奇妙な超能力でもなかった。
「……レン? 何か怒ってる?」
「怒ってないわよ?」
「いや、でも……」
「怒ってないって言ってるでしょう?」
「……はい」
シンヤは、なぜかジム戦以上の緊張感を覚えていた。
そしてレンは、彼の腕を抱えたまま、いつもより少しだけ強く歩き続けるのだった。
はいというわけで特殊ルールでのバトルでした。
今作、初めて大苦戦といってもいいバトルを経験したシンヤである。
なお、1VS1なら確実に負けてたのでシンヤはその結果もわかっているため、増長はしないです。仲間の連携などで勝てたに過ぎないので
【ナツメの手持ち】
・フーディン(LV:100)
※なお、一応手加減状態でジム戦を行う
サトシの手持ちを無印版で仲間にしてないのを仲間にするか否か
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仲間にしてええんやで
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仲間にしなくてもいいだろ