ポケモンやしきを後にしたシンヤは、三匹のイーブイとメタモンを連れてポケモンセンターへと戻ってきた。
今回の探索で捕まえたドガースとブーバーは、ひとまずボールの中で休ませている。受付でジョーイさんに二匹の健康状態を確認してもらうと、幸いにも大きな問題はなかった。
「二匹とも、少し疲れているみたいだけど健康状態は良好よ。しばらく休ませてあげれば大丈夫ね」
「ありがとうございます。じゃあ、実家に送っておきます」
シンヤは父親から渡された転送用グローブを使い、二匹のモンスターボールを実家へ送る手続きを済ませた。
これで二匹も、実家の広大な敷地でゆっくり休めるだろう。
その後、シンヤはポケモンセンターの通信設備を借り、マサラタウンの自宅へ連絡を入れた。
『おっ、シンヤ! どうした?』
画面に映ったのは、相変わらずどこか楽しそうな父・マサユキだった。その隣から母・ミサキも顔を覗かせる。
「父さん、母さん。七つ目のバッジを取ったよ」
『おお! もう七つか!』
『まあ、シンヤったら。順調じゃない!』
両親は自分のことのように喜んでくれた。
もっとも、息子の実力を知っている二人にとっては、ある程度予想どおりだったのかもしれない。
「次は八つ目だ。これを取れば、ポケモンリーグへの挑戦資格が揃う。もうひと頑張りだな」
『そうね。ここまで来たんだから、最後まで頑張りなさい。でも、無理はしないこと。ポケモンたちの体調も、あなた自身の体調も大切なんだからね』
「わかってるよ、母さん」
『それで、シンヤ』
そこで父親が、意味ありげな笑みを浮かべた。
『八つ目のバッジを取ったら、お前にいい物を渡してやろう』
「……いい物?」
『ああ。楽しみにしておけ』
ミサキも隣で、くすくすと笑っている。
『ふふっ。きっと気に入ると思うわよ』
「何だよ、二人とも。妙に意味深だな……」
『それは、もらってからのお楽しみだ』
「……まあ、わかったよ。期待しておく」
シンヤは首を傾げたものの、両親がこういう顔をしているときに問い詰めても、素直に教えてくれないことはよく知っていた。
何か新しい発明品だろうか。それとも、旅に役立つ道具か。
いずれにせよ、八つ目のバッジを手に入れればわかることだ。
「じゃあ、また連絡するよ」
『ああ。頑張れよ、シンヤ!』
『レンちゃんにもよろしくね!』
「……はいはい。伝えておくよ」
通信を切ったシンヤは、転送用グローブを軽く撫でてから、ポケモンセンターのロビーへと視線を向けた。
そのときだった。
「シンヤ、お待たせ――」
振り返ったシンヤは、言葉を失った。
そこにいたのは、温泉から戻ってきたレンだった。
普段のクラシカルなロリータ服ではなく、淡い色合いの浴衣を身にまとっている。湯上がりの身体はじっくりと温まり、耳の下から首筋、そして鎖骨にかけて、ほんのりと桜色に染まっていた。白い肌との対比が、いつもよりも鮮やかだ。
浴衣の襟元から覗くうなじには、小さな水滴がいくつか残っている。照明を受けたそれらが、きらきらと淡く光っていた。
いつもは上品で、どこか小悪魔的な笑みを浮かべているレン。
そんな彼女が、今は湯上がり特有の柔らかな雰囲気をまとっている。
シンヤは、思わず見入ってしまった。
(……いや、待て)
(可愛い。いや、それはいつものことなんだけど……)
頭の中で、何とか冷静さを取り戻そうとする。
(何だ、この妙な破壊力は……?)
レンが一歩近づく。
浴衣の袖がふわりと揺れ、濡れた髪から、ほのかに温泉の香りが漂ってきた。
(……俺たち、十歳だよな?)
シンヤは心の中で、誰にともなく確認した。
もちろん、レンは十歳の少女である。
それなのに、いつもの姿とは違う雰囲気に、シンヤはどう反応すればいいのかわからなくなってしまった。
――そして。
(よしっ!)
レンは、心の中で小さくガッツポーズを決めていた。
実のところ、彼女には今回の湯上がり姿について、ちょっとした作戦があったのである。
きっかけは、ナツメだった。
あの超能力者のジムリーダーが、シンヤに並々ならぬ興味を持っていること。
そして、シンヤがナツメから譲り受けた、数々の貴重なメガストーン。
レンは決して、シンヤがナツメに特別な感情を抱いているとは思っていなかった。
むしろ、メガストーンを前にした彼の様子を見れば、今のシンヤの頭の中が何でいっぱいなのかは一目瞭然だ。
問題は、ナツメのほうである。
(何とも思っていない相手に、あんな貴重なメガストーンをたくさん渡すかしら?)
少なくとも、レンにはそう思えなかった。
ナツメがシンヤに興味を持っている。
それ自体は、彼女も薄々感じていたことだった。
だからこそ、シンヤが少し離れている間、レンはある人物に相談を持ちかけたのである。
シンヤの母親――ミサキに。
温泉に入る前のことだった。
『……なるほどねぇ』
ミサキは、レンの話を聞くと、にこにこと楽しそうに頷いた。
『つまり、レンちゃんはシンヤにもう少し女の子として意識してほしいのね?』
「そ、そういうわけでは……! いえ、そういうわけでも、あるのですけれど……」
普段は堂々としているレンも、さすがに恋愛の話となると、言葉が少しぎこちなくなる。
『ふふっ。大丈夫よ。あの子、ポケモンのことになると何でもすぐ気づくのに、女の子の気持ちには驚くほど鈍いところがあるから』
「……やっぱり、そうなのですね」
『ええ。だからね――』
ミサキは、そっとレンに耳打ちした。
『お風呂上がりの姿を見たら、きっと固まると思うわよ!』
その言葉を信じて、レンは浴衣の襟元をほんの少しだけ整えた。
普段より、うなじが見えやすいように。
もちろん、ミサキの助言どおりにするのは、かなり恥ずかしかった。
何しろ、レン自身もまだ十歳なのだ。
シンヤにどう思われるかを考えるだけで、胸の奥が落ち着かなくなる。
それでも、ナツメのことを思い出すと、少しくらいは自分を意識してほしいと思ってしまうのだった。
(……ふふっ。作戦、大成功ね)
そう考えながら、レンはいつもの余裕たっぷりな微笑みを浮かべた。
「どうしたのかしら、シンヤ? レンの顔に、何かついている?」
「い、いや! 別に、何も!」
「そう? でも、さっきからずっと見ているようだけれど?」
「そ、それは……!」
言い返そうとしたシンヤだったが、うまい言葉が出てこない。
普段なら、レンにからかわれても適当に受け流せる。
しかし、今はどうにも調子が狂っていた。
レンは、そんなシンヤの様子を見て、内心でほくそ笑む。
――ところが。
作戦が成功しているのは、レンだけではなかった。
シンヤもまた、相手の様子を見てしまう人間だったのである。
レンの頬が、少しずつ赤くなっている。
いつものようにからかっているはずなのに、目が合うたびに、ほんのわずかに視線が揺れる。
(……あれ?)
シンヤは気づいた。
(レンも、照れてるのか?)
その事実を認識した途端、今度はシンヤ自身の顔が熱くなった。
「……っ」
「……っ」
二人は、ほとんど同時に視線を逸らした。
そして、沈黙。
先ほどまでの余裕はどこへやら、レンは浴衣の袖をぎゅっと握りしめている。
シンヤもまた、何を話せばいいのかわからず、意味もなく頭を掻いていた。
(な、何だか……思っていたより恥ずかしいわね、これ……!)
(落ち着け、俺……! 別に何もおかしなことはない。温泉に入って、浴衣に着替えただけだ……!)
しかし、意識してしまったものは仕方がない。
互いの顔が赤くなっていくのを止めることは、できなかった。
そして、そんな二人の様子を、少し離れた受付から眺めている人物がいた。
ジョーイさんである。
彼女は、カウンター越しに二人を見守りながら、にこやかな笑みを浮かべていた。
……もっとも、その胸中は少しばかり複雑だったのだが。
(ああ……いいわねぇ)
湯上がりの少女と、顔を真っ赤にして固まっている少年。
互いに気になっているのに、素直になれず、目が合うだけで照れてしまう。
そんな初々しい姿を見ていると、何だかこちらまで温かな気持ちになってくる。
(私にも、ああいう時期があったらなぁ……)
ジョーイさんは、心の中でそっと嘆いた。
もちろん、彼女にも若い頃はあった。
しかし、こうして目の前で繰り広げられている光景は、何度見ても微笑ましいものだった。
いや、むしろ――。
(……この二人、いつになったら自分たちの気持ちに気づくのかしら?)
ジョーイさんは、少しだけ苦笑した。
その頃、シンヤとレンはというと。
「……あ、あのさ、レン」
「な、何かしら?」
「……温泉、気持ちよかった?」
「え、ええ! とっても気持ちよかったわ!」
「そ、そっか……」
「……」
「……」
会話が続かない。
いつもなら、レンが何かしら面白いことを言って、シンヤがそれに応じる。
あるいは、シンヤがポケモンの話を始め、レンが興味深そうに聞く。
それなのに、今はどうにもぎこちなかった。
やがてレンは、恥ずかしさを誤魔化すように、小さく咳払いをした。
「……ふふっ。シンヤったら、ずいぶんと可愛らしい反応をするのね」
「なっ……! そ、それを言うなら、レンだって……!」
「レンだって、何かしら?」
「…………何でもない」
「あら、残念。最後まで聞きたかったのに」
いつもの調子を取り戻そうとするレン。
だが、彼女自身の頬もまだ赤いままだった。
シンヤはそれを見て、思わず小さく笑った。
「……レン」
「何かしら?」
「その浴衣、似合ってるよ」
「――っ!」
今度こそ、レンの顔が一気に赤くなった。
自分から意識させようとしたくせに、いざ真正面から褒められると、どう反応していいのかわからなくなってしまう。
「……あ、ありがとう、シンヤ」
レンは、いつもより小さな声で答えた。
そして、ほんの少しだけ、彼の隣へと近づいた。
「……シンヤも、たまにはそういうことを言うのね」
「いや、思ったことを言っただけだけど……」
「ふふっ。そういうところよ」
「……?」
シンヤは首を傾げた。
どうやら、また何かを間違えたらしい。
その鈍感さに、レンは呆れたように微笑む。
けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。
ナツメに負けたくない。
シンヤに、もう少し自分を意識してほしい。
そんな気持ちは、確かにあった。
それでも――。
(……シンヤが、レンのことを可愛いって思ってくれたなら)
それだけで、今日の作戦は十分に成功だったのかもしれない。
レンは、シンヤの隣でそっと笑った。
そしてシンヤは、まだ少し赤い顔のまま、そんな彼女を横目で見ていた。
グレンタウンの夜は、静かに更けていく。
ポケモンリーグまで、残るバッジはあと一つ。
しかし、シンヤにとっては、ポケモンとの絆を深める旅だけでなく――。
隣にいる少女との関係もまた、少しずつ変わり始めているようだった。
サトシの手持ちを無印版で仲間にしてないのを仲間にするか否か
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仲間にしてええんやで
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仲間にしなくてもいいだろ