翌朝。
グレンタウンのポケモンセンターでは、昨日までのぎこちなさが嘘のように、シンヤとレンが出発の準備を進めていた。
……もっとも、完全にいつもどおりに戻ったかといえば、そうでもない。
「シンヤ、荷物はそれで全部かしら?」
「ああ。ポケモンたちの状態も問題ないし、忘れ物もないはずだ」
「そう。なら、そろそろ出発しましょう」
「そうだな」
目が合う。
昨日の湯上がり姿が、ほんの一瞬だけ頭をよぎった。
「……」
「……」
二人は同時に視線を逸らした。
「……じゃ、じゃあ行くか!」
「え、ええ!」
ほんの少しだけ赤くなった顔を誤魔化すように、二人は出発した。
今日の目的地は、カントー地方最後のジムがあるトキワシティ。
そして、八つ目のバッジを手に入れるための最終戦だ。
シンヤは実家から連れてきたフーディンのボールを手に取った。
「すまんな、フーディン。ここからテレポートするとなると結構な距離があるけど、頼んだ」
「フーディ」
フーディンは、気にするなと言わんばかりに首を振った。
そして目を閉じ、静かに瞑想を始める。
周囲の空気がわずかに揺らぎ、フーディンの身体から超能力の波動が広がっていった。
「さて、次が最後のジムになる」
「ええ。トキワジムだったわね。どんなジムなのかしら?」
「……地面タイプの使い手、ということくらいしかわからないな」
シンヤは腕を組んだ。
前世の記憶には、サカキが使うポケモンの情報がいくつも残っている。
ただし、世代によって手持ちは微妙に変わっていた。
サイホーン、ダグトリオ、ニドクイン、ニドキング、サイドン。
あるいは、ドサイドンやゴローニャ、ガラガラ、サンドパン。
地面タイプを中心としたポケモンたちだ。
一方で、ナッシーやウインディ、ギャラドス、ガルーラ、ペルシアンなどを使う姿も記憶にある。
もっとも、この世界のサカキがゲームと同じ手持ちを揃えている保証はない。
何より、ゲームの知識だけで勝てると思うほど、シンヤは楽観的ではなかった。
「へぇ、地面タイプなのね。なら、水ポケモンや草ポケモンで攻めるのかしら?」
「いや。それだけで勝てるとは思わないな。相手だって弱点を突かれることは承知しているはずだ。技構成も、戦い方も、それを前提に組んでいるだろう」
「なるほど。相手の弱点を突くことと、それだけに頼ることは別なのね」
「そういうこと」
シンヤは頷いた。
「それに、今回はフルバトルになる可能性が高い。六匹対六匹だ」
「長いバトルになりそうね」
「ああ。あと、地面タイプ相手に気をつけたい技がある」
「それは?」
「じわれ。一撃必殺技の一つだ。まともに食らえば、一発で戦闘不能になりかねない」
「一撃必殺……」
レンの表情が引き締まった。
「つのドリルやじわれのような技は、当たれば勝負をひっくり返される可能性がある。だからこそ、相手が使う兆候を見逃さないようにしないとな」
「そうね。どれだけ強くても、一度の判断ミスで流れが変わるもの」
「そのとおり」
シンヤは、今回のメンバーを頭の中で再確認する。
先発はコノヨザル。
続いてギャラドス、カメックス、ピカチュウ、フシギバナ、そしてリザードン。
育成中のポケモンを出すつもりはなかった。
最後のジムなのだ。
ここまで一緒に戦ってきた主力たちで、真正面から挑む。
「今回はリザードンが最後の切り札になる。前半の三匹で相手の戦術を見極めて、後半の三匹で流れを作る」
「ピカチュウも出すのね?」
「ああ。あいつは少ない匹数で戦うより、フルバトルのほうがやる気になるだろうからな」
シンヤは苦笑した。
実家で番長を務めているピカチュウは、戦いの場数も十分だ。
相手を翻弄する素早さと、意表を突く技の組み合わせ。
そこにギャラドスの空中機動力と火力、コノヨザルの粘り強さが加われば、相手の戦術を崩す足掛かりになる。
そして最後は、リザードンの圧倒的な突破力で勝負を決める。
「……ディン」
フーディンが目を開いた。
「お、準備できたか」
シンヤはレンへ手を差し出す。
「レン、俺に捕まってくれ。テレポートするから」
「ええ」
レンは一瞬だけ迷い、それからシンヤのジャケットをそっと掴んだ。
フーディンが二人へ意識を集中させる。
次の瞬間――。
~トキワシティ~
シュンッ!
「わっ、本当に一瞬ね!」
目を開けたレンは、周囲を見回して驚いた。
つい先ほどまでグレンタウンにいたはずなのに、二人はもうトキワシティの街中に立っていた。
「リザードンやピジョットに乗って空から来るのも悪くないけど、今回は時間を節約したいからな」
「八つ目のバッジを手に入れたら、リーグに向けた育成もあるものね」
「そのとおり」
シンヤはフーディンを労い、ボールへ戻した。
「助かったよ。あとは実家で休んでくれ」
「フーディ」
フーディンは満足そうに頷き、ボールの中へ戻った。
そのボールを転送用グローブで実家へ送る。
準備は整った。
シンヤは六つのボールを確認し、レンと並んでトキワジムへ向かった。
目の前にそびえ立つ、最後のジム。
ここを突破すれば、カントー地方の八つのバッジが揃う。
ポケモンリーグへの挑戦資格を手にすることになるのだ。
「……いよいよね」
「ああ」
シンヤはジムの扉を見上げた。
「行こう」
二人は、重厚な扉を押し開いた。
~トキワジム~
ジムの内部は広大だった。
岩肌を思わせる壁面。頑丈な床。複雑な段差と、バトルのために設計された広いフィールド。
その奥に、一人の男性が立っていた。
腕を組み、二人の到着を待っていた男。
サカキ。
トキワジムのジムリーダーである。
「待っていたぞ、チャレンジャー」
低く、落ち着いた声がジム内に響く。
「君とのバトルを、心から楽しみにしていた」
「……あなたが、サカキさん」
シンヤは相手を見据えた。
アニメで見たサカキは、基本的に椅子に座り、部下へ指示を出す姿が印象的だった。
しかし、目の前にいる男は違う。
佇まいからして隙がない。
相手を値踏みする鋭い視線。余裕のある態度。その奥に潜む、研ぎ澄まされた闘志。
(……アニメ版やゲーム版というより、ポケスペ寄りか?)
そんな感想が頭をよぎった。
だが、今は余計なことを考えている場合ではない。
「マサラタウンのシンヤです。八つ目のバッジを懸けて、勝負をお願いします」
「いいだろう」
サカキは静かに頷いた。
「余計な前置きは必要ない。互いに時間を無駄にしないバトルをしようじゃないか」
「望むところです」
サカキはジムの中央へ歩み出た。
「ルールは六対六。ポケモンの交代は自由。最後まで戦い抜き、より多くのポケモンを倒した側が勝者となる」
「了解です」
シンヤもフィールドの反対側へ進む。
観客席には、ジムの関係者たちが集まり始めていた。
誰もが、トキワジム最後の試練を見届けようとしている。
「それでは――バトル、開始!」
審判の声が響き渡った。
「行け、ドサイドン!」
サカキの最初のボールから、巨大なポケモンが現れた。
地面を踏みしめるだけで、重い音が響く。
ドサイドン。
その巨体には、歴戦の風格があった。
「頼むぞ、コノヨザル!」
シンヤの先発は、怒りを力へ変えるポケモン。
コノヨザルがフィールドへ降り立ち、拳を握りしめた。
「コノォ……!」
両者が向かい合う。
そして、戦いが始まった。
「ドサイドン、ステルスロック!」
ドサイドンが地面へ力を込める。
フィールドに無数の岩が浮かび上がり、交代して出てくるポケモンを待ち受けるように配置され始めた。
「させるか! コノヨザル、れいとうパンチ!」
「コノォッ!」
コノヨザルが地面を蹴り、氷をまとった拳を叩き込む。
ドサイドンは岩を配置しきる前に攻撃を受け、技が中断された。
「ほう。場を整える時間すら与えないか」
サカキは目を細めた。
「ドサイドン、じしん!」
大地が激しく揺れる。
コノヨザルは大きく跳躍し、迫り来る衝撃波をかわした。
「そのまま動き続けろ! 隙を見てビルドアップだ!」
コノヨザルは着地と同時に拳を構え直す。
筋肉が膨らみ、全身に力が漲った。
「ストーンエッジ!」
鋭い岩の刃が、地面から次々と突き出す。
コノヨザルは身体をひねり、岩の間を縫うように走った。だが、完全には避けきれない。
岩の一つが肩をかすめ、身体が大きく揺れる。
「コノヨザル!」
「コノォッ!」
それでも、コノヨザルは止まらない。
ドサイドンの懐へ潜り込み、拳を振りかぶる。
「ドレインパンチ!」
強烈な一撃が、ドサイドンの身体へ突き刺さった。
同時に、コノヨザルの身体から疲労が抜けていく。
ドサイドンが苦しげに膝をついた。
「まだだ! ストーンエッジ!」
最後の抵抗。
しかし、コノヨザルは真正面から岩を受けることなく、身を低くして突進した。
「ふんどのこぶし!」
怒りを凝縮した拳が、ドサイドンを捉える。
轟音。
巨体がフィールドを滑り、動きを止めた。
「ドサイドン、戦闘不能!」
「よし!」
シンヤは拳を握った。
コノヨザルは肩で息をしながらも、まだ立っている。
サカキは倒れたドサイドンをボールへ戻した。
「見事だ。では、次はどうかな?」
彼が繰り出したのは、骨を手にしたポケモンだった。
「ガラガラ!」
ガラガラは現れるなり、骨を両手で構えた。
「つるぎのまい!」
身体を旋回させるように踊り、攻撃力を高める。
「コノヨザル、ビルドアップで受ける準備を――」
「遅い! ボーンラッシュ!」
ガラガラが突進した。
骨が連続して振るわれ、コノヨザルへ次々と打ち込まれる。
一撃を受け止めても、二撃目、三撃目が間髪入れずに迫る。
コノヨザルは反撃の隙を見つけられない。
「くっ……!」
シンヤは歯を食いしばった。
ガラガラの連続攻撃は、単なる力押しではない。
コノヨザルが体勢を立て直そうとする瞬間を狙い、次の一撃を叩き込んでいる。
「コノヨザル、ふんどのこぶし!」
コノヨザルが吠え、拳を振り抜いた。
ガラガラは骨を交差させ、直撃を防ぐ。
しかし、衝撃で身体が後退した。
「今だ!」
シンヤが指示を出そうとした、その瞬間。
「ボーンラッシュ!」
ガラガラが再び連撃を叩き込んだ。
コノヨザルの身体が大きく揺れ、ついに膝をつく。
「コノヨザル、戦闘不能!」
「……よく戦った。戻って休め」
シンヤはコノヨザルをボールへ戻した。
最初の一匹を倒したものの、こちらも一匹を失った。
だが、まだ焦る必要はない。
「次はお前だ、ギャラドス!」
巨大なギャラドスが、咆哮とともにフィールドへ降り立った。
「ギャラァァァッ!」
「ガラガラ、ボーンラッシュ!」
サカキは即座に攻める。
だが、ギャラドスは大きく身体を持ち上げ、空中へ逃れた。
「ギャラドス、あまごい!」
ギャラドスが咆哮する。
天井の向こうから雨雲が広がり、ジムの内部にも雨が降り注いだ。
「ほう、天候操作か」
「さらに、りゅうのまい!」
ギャラドスが空中で舞うように旋回する。
力と素早さが高まっていく。
「ガラガラ、ボーンラッシュ!」
骨が飛ぶ。
ギャラドスは身をひねってかわし、そのまま一気に降下した。
「たきのぼり!」
雨をまとった水流が、ギャラドスの巨体を包み込む。
ガラガラは骨を構えて迎え撃とうとしたが、圧倒的な水流の勢いに押し潰された。
激しい水しぶきが上がる。
「ガラガラ、戦闘不能!」
「いいぞ、ギャラドス!」
シンヤが声を上げる。
サカキは静かに次のボールを取り出した。
「では、こちらも弱点を突かせてもらおう。ニドクイン!」
大柄なニドクインが現れ、雨の中で鋭い視線を向けた。
「十万ボルト!」
ニドクインの身体から電撃が走る。
「ギャラドス、かわ――」
シンヤが指示を出すより早く、電撃がギャラドスへ襲いかかった。
「ギャラァッ!」
身体が大きく震える。
効果は抜群。
それでも、ギャラドスは倒れなかった。
「まだだ! ぼうふう!」
強烈な風が巻き起こる。
雨粒が混じった風圧がニドクインへ襲いかかり、その巨体を押し戻した。
「ニドクイン、もう一度十万ボルト!」
電撃が走る。
ギャラドスは空中で身をひねろうとしたが、避けきれなかった。
直撃。
巨体が大きく揺れ、そのまま地面へ落下する。
「ギャラドス、戦闘不能!」
「戻れ、ギャラドス。よくやった」
シンヤはボールを握りしめた。
相手の弱点を突き、さらに天候まで利用した。
それでも、ニドクインを倒しきるには至らなかった。
「なら、次は俺の番だ。行け、カメックス!」
カメックスが堂々とフィールドへ現れる。
「ニドクイン、十万ボルト!」
再び電撃が走った。
「カメックス、こうそくスピン!」
カメックスは甲羅へ身体を収め、猛烈な勢いで回転する。
電撃をぎりぎりでかわしながら、ニドクインとの距離を取った。
「そのまま、からをやぶる!」
甲羅から身体を乗り出し、カメックスの力が一気に高まる。
攻撃力と素早さが増す一方、守りは薄くなる。
シンヤはそのリスクを承知していた。
だからこそ、ここで一気に攻める。
「みずのはどう!」
カメックスが2門の大砲を突き出した。
圧縮された水の波動が、ニドクインへ直撃する。
「ニドクイン!」
ニドクインは踏ん張ろうとしたが、強烈な水流に押し流され、地面へ倒れ込んだ。
「ニドクイン、戦闘不能!」
「よし!」
これでサカキの三匹目を倒した。
しかし、シンヤの側もコノヨザルとギャラドスが戦闘不能になっている。
戦況は、まだどちらにも傾いていなかった。
「次はニドキング!」
サカキが繰り出したのは、ニドクインと対になるポケモンだった。
「かみなり!」
空気を裂く電撃が、カメックスへ降り注ぐ。
「こうそくスピンでかわしながら、あくのはどう!」
カメックスは身体を回転させ、電撃の狙いを外した。
そのまま背中の2門の大砲から暗黒の波動を集め、ニドキングへ放つ。
衝撃が命中し、ニドキングの身体が揺れた。
しかし、次の瞬間には、再び雷が走る。
「カメックス、回避だ!」
カメックスは身をひねった。
だが、からをやぶることで守りを削っていた影響もあり、完全には避けきれない。
電撃が甲羅をかすめ、動きが鈍る。
「もう一度、かみなり!」
ニドキングが吠えた。
雷が落ちる。
カメックスは耐えようとしたが、ついに力尽き、膝をついた。
「カメックス、戦闘不能!」
「よく頑張った、カメックス。戻って休んでくれ」
シンヤは静かにボールへ戻した。
残るこちらのポケモンは三匹。
対するサカキは、まだ二匹を残している。
「さて……次はどうする?」
サカキの問いかけに、シンヤは迷わずボールを取り出した。
「ここからは、番長の出番だ。行け、ピカチュウ!」
「ピッカァ!」
黄色い小さな身体が、フィールドへ降り立つ。
ニドキングは一瞬、相手の小ささを侮るように視線を落とした。
その瞬間だった。
「ピカチュウ、なみのり!」
「ピカッ!」
ピカチュウの周囲に、水が渦巻いた。
予想外の攻撃に、ニドキングの目が見開かれる。
巨大な水流が襲いかかり、ニドキングの身体を包み込んだ。
地面タイプにとって、水技は大きな脅威だ。
まして、これほどの勢いで浴びせられれば、耐えきるのは難しい。
水流が収まったとき、ニドキングはすでに倒れていた。
「ニドキング、戦闘不能!」
「……なるほど」
サカキの目が細くなる。
「小さな身体に、意外な手札を隠しているわけか」
「ピカチュウは見た目で判断すると痛い目を見るぞ」
シンヤは笑った。
「さて、次はどう来る?」
「もちろん、力で押し潰す」
サカキが次のボールを投げた。
「ドサイドン!」
二匹目のドサイドンが、轟音とともに現れた。
ピカチュウは身構える。
「なみのり!」
再び水流が巻き起こる。
四倍弱点を突く、強烈な一撃。
だが、サカキは表情を変えなかった。
「ドサイドン、がんせきほう!」
ドサイドンが巨大な岩塊を発射する。
岩塊は迫り来る水流を正面から打ち砕き、衝撃で周囲に水しぶきを散らした。
爆風がフィールドを吹き荒れる。
「ピカチュウ!」
ピカチュウの身体が弾き飛ばされ、地面へ叩きつけられた。
ドサイドンもまた、がんせきほうの反動で動きを止めている。
「今だ、ピカチュウ! 近づけ!」
「ピカッ……!」
ピカチュウは立ち上がり、ドサイドンへ向かって駆け出した。
しかし、反動から立ち直ったドサイドンが、巨大な腕を振り上げる。
「アームハンマー!」
「アイアンテールで迎え撃て!」
ピカチュウは尻尾を鋼鉄のように硬化させ、振り抜いた。
両者の攻撃が激突する。
火花が散り、衝撃が床を揺らした。
だが――。
体格差と純粋な力の差は、あまりにも大きかった。
ピカチュウの身体が弾き飛ばされ、地面を転がる。
「ピカチュウ、戦闘不能!」
「……戻れ、ピカチュウ。よくやった」
シンヤはピカチュウをボールへ戻した。
予想以上に手強い。
相手のドサイドンは、弱点を突かれることを承知のうえで、それを力でねじ伏せてきた。
サカキは、単に地面タイプのポケモンを揃えているわけではない。
それぞれのポケモンに、弱点を覆すだけの戦術と技量を身につけさせている。
2匹目のドサイドンはおそらく最初の1匹目よりも攻撃特化なのだろうな。
「次は、お前だ。フシギバナ!」
大きな花を背負ったフシギバナが、フィールドへ現れた。
「フシギバナ、にほんばれ!」
フシギバナが空へ向かってエネルギーを放つ。
ジムの天井越しに、強い日差しが降り注いだ。
「せいちょう!」
日光を浴び、フシギバナの力が高まっていく。
「ギガドレイン!」
蔓が伸び、ドサイドンへ絡みつく。
緑色のエネルギーが吸い取られ、フシギバナの身体へと流れ込んだ。
ドサイドンは身体を震わせながらも、なお立ち続ける。
「ストーンエッジ!」
鋭い岩の刃が飛び出した。
フシギバナは身をよじって避けるが、すべてをかわすことはできない。
岩の一つが身体をかすめ、さらにもう一つが足元へ突き刺さった。
「フシギバナ、もう一度ギガドレイン!」
フシギバナは蔓を伸ばし、再びエネルギーを吸収する。
ドサイドンの身体が大きく揺れた。
だが、倒れるには至らない。
その巨体は、並外れた耐久力を誇っていた。
「……よく耐えてたな」
だがその直後、ドサイドンが崩れ落ちた。
「ドサイドン、戦闘不能!」
サカキは静かに目を細めた。
そして、最後のボールを手にする。
「……なるほど」
口元に笑み。
「最後は、お前だ」
ボールが開く。
高速で飛び出してきたのは――。
「スピアー!」
巨大な毒針を持つスピアーだった。
「なっ、スピアー!?」
驚くシンヤだったがすぐに冷静になり、
「フシギバナ!」
「ウェザーボール!」
晴天によって炎の力を得た球体が放たれる。
スピアーは高速で飛翔。
紙一重でかわす。
そのままフシギバナへ突撃する。
何度もその針で攻撃を食らわせてくる。
だが――。
フシギバナも簡単には倒れない。
耐えて。
耐えて。
タイミングを見計らう。
「ウェザーボール!」
再び炎の球体が飛ぶ。
「スピアー!」
今度は完全には避けられなかった。
ドォン!
炎が炸裂する。
「……スピィィィィッ!」
スピアーの目が鋭くなる。
その動きが、さらに速くなった。
「来るぞ!」
シンヤが叫ぶ。
スピアーが一気に接近。
フシギバナは耐える。
それでも――。
「フシギバナ!」
身体が揺らぐ。
倒れる寸前。
シンヤは叫んだ。
「最後の力を振り絞れ――にほんばれ!」
太陽が再び強く輝く。
そして。
「フシギ……バナ……!」
フシギバナは静かに倒れた。
「フシギバナ、戦闘不能!」
シンヤはボールを握りしめる。
「よくやった。ありがとう」
シンヤはフシギバナをボールへ戻した。
これで、シンヤの残るポケモンは一匹。
そして――。
最後のボールを取り出した。
「行くぞ、リザードン!」
「グオオオオオッ!」
リザードンが飛び出す。
まだ、先ほどのフシギバナによって晴天が残っている。
リザードンの身体に、炎の力が宿る。
そして目の前にいるスピアーを睨みつける。
その間、改めてシンヤはスピアーを見る。
その動きには、長年の鍛錬によって磨き上げられた無駄のなさがあった。
そして、首元に輝くメガストーン。
シンヤは、その石を見逃さなかった。
(……やっぱり、メガシンカできるのか)
サカキは静かに口を開いた。
「君たちの強さは、十分に見せてもらった」
その声には、確かな満足感があった。
「私も本気を出そう。久しく忘れていたこの感覚を思い出させてくれた礼だ」
サカキは胸元から指輪を取り出した。
中央には、キーストーンが埋め込まれている。
「古の記憶を呼び覚まし、深き闇の底から真の姿を現せ……」
キーストーンが輝き始める。
スピアーの首元にあるメガストーンも、それに呼応するように光を放った。
「さあ、メガシンカの刻だ――スピアー!」
「スピィィィッ!」
光が弾けた。
スピアーの身体が変化していく。
羽が鋭く広がり、腕と脚の毒針がさらに巨大化する。身体の各部に力が漲り、その姿からは一切の無駄が削ぎ落とされていった。
やがて光が収まる。
そこに立っていたのは――メガスピアー。
研ぎ澄まされた刃のような姿。
その羽音だけで、周囲の空気が震えるほどだった。
「……すごい」
レンが息を呑む。
シンヤは、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「なるほど。最後にそれを出してくるか」
彼は最後のボールを手に取る。
「なら、こっちも応えないとな」
シンヤは左手を掲げた。
そこには、ナツメから譲り受けたキーストーン付きのグローブがある。
「俺たちの紡いだ絆は、誰にも破れない!」
キーストーンが輝いた。
「限界のその先へ突き進むぞ! リザードン、メガシンカ!!」
「リザァァァッ!!」
光がリザードンを包み込む。
身体が変化し、青黒い体表と燃え盛る青い炎が現れた。
その姿は、メガリザードンX。
シンヤの切り札が、ついに真の力を解き放った。
「メガシンカ同士の対決……!」
レンは思わず手を握りしめた。
ジム内の空気が一変する。
ここから先は、互いの切り札をぶつけ合う最終決戦だ。
「リザードン、りゅうのまい!」
リザードンは翼を広げ、空中で舞うように旋回した。
身体の動きが鋭くなり、力が増していく。
「スピアー、ドリルライナー!」
サカキの指示と同時に、メガスピアーが弾丸のように飛び出した。
その速度は、先ほどまでとは比べものにならない。
「リザードン、かわしてほのおのパンチ!」
メガリザードンXは翼を翻し、紙一重で突進をかわした。
そのまま拳に炎をまとわせ、反撃する。
メガスピアーも空中で軌道を変え、毒針で炎の拳を受け流した。
火花が散る。
両者は一度距離を取ったかと思うと、再び激突した。
炎の拳。
ドリルライナー。
互いの攻撃が、何度も空中でぶつかり合う。
衝撃が広がるたび、床に亀裂が走り、壁の一部が崩れ落ちた。
「す、すごい……!」
レンは目を離せなかった。
メガスピアーの動きは異常なほど速い。
メガリザードンXの攻撃を正面から受けることなく、わずかな隙を見つけては毒針を突き出してくる。
対するリザードンも、龍の舞によって高めた素早さを活かし、何とかその攻撃を捌いていた。
「サカキさんのスピアー、相当鍛えられているわね……!」
レンの呟きに、シンヤは頷いた。
メガシンカの力だけではない。
あのスピアーは、もともと強い。
何度も鍛え上げられ、数え切れないほどの実戦を経験してきたのだろう。
レベルだけでいえば、メガスピアーのほうが上かもしれない。
だが、シンヤにはまだ勝ち筋があった。
メガスピアーは速い。
しかし、フシギバナのウェザーボールを受けたダメージが残っている。
そして、晴れが続いている中でリザードンは龍の舞によって攻撃力と素早さを高めている。ここで、焦って攻め続ける必要はない。
「リザードン、相手の動きを見ろ! 無理に追いかけるな!」
「リザァッ!」
リザードンは、迫るメガスピアーの動きを見極めた。
毒針が迫る。
紙一重で回避。
そして、反撃のほのおのパンチ。
メガスピアーは身体をひねって避けようとしたが、拳の炎が片側の羽をかすめた。
メガスピアーが空中で体勢を崩す。
「今だ! ドラゴンクロー!」
リザードンの両腕に、龍の力が宿る。
鋭い爪が振り下ろされる。
だが、メガスピアーは間一髪で距離を取り、再び突進の構えを見せた。
「ドリルライナー!」
「ほのおのパンチで迎え撃て!」
両者が再び激突する。
轟音。
衝撃がフィールドを揺らした。
メガリザードンの足が地面へ押しつけられ、床が砕ける。
メガスピアーもまた、衝撃で大きく弾き飛ばされた。
それでも、どちらも倒れない。
メガスピアーは羽を震わせ、再び空中へ浮かび上がる。
メガリザードンも荒い息を吐きながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……すごいな」
シンヤは笑った。
ここまでの戦いで、リザードンも相当なダメージを受けている。
だが、まだ戦える。
そして、相手もまた、限界が近づいている。
「サカキさん!」
シンヤは相手を見据えた。
「このスピアー、あなたと一緒に相当な時間を積み重ねてきたんですね!」
サカキは、わずかに口元を緩めた。
「ああ。私の指示を理解し、己の限界を超えようとする。こいつは、私が信頼するポケモンの一匹だ」
「なら、こっちも負けられない!」
シンヤは左手を握りしめた。
「リザードン! 最後まで攻め続けるぞ!」
「リザァァァッ!!」
リザードンが咆哮する。
その身体から、青い炎が激しく噴き上がった。
「メガスピアー、ドリルライナー!」
サカキが指示を出す。
メガスピアーが一直線に突進した。
「リザードン、りゅうのまいから――最大パワーでドラゴンクロー!」
リザードンは最後の力を振り絞り、身体をひねった。
龍の舞で得た素早さを活かし、メガスピアーの突進をぎりぎりでかわす。
そして、全力のドラゴンクローを叩き込んだ。
激突。
青い炎と鋭い毒針が交差し、強烈な衝撃がジム全体を揺るがした。
床が砕け、粉塵が舞い上がる。
観客席から、誰も声を出せなかった。
やがて――。
粉塵の中から、二つの影が姿を現した。
一匹は、膝をついたメガリザードンX。
もう一匹は、地面へ降り立ったメガスピアー。
どちらも、限界だった。
そして。
メガスピアーの身体を包んでいた光が、静かに消えていった。
メガシンカが解除されたのだ。
通常のスピアーへ戻ったその身体は、ふらつきながらも立ち続けていた。
だが、次の瞬間。
スピアーはゆっくりと前へ倒れた。
「スピアー、戦闘不能!」
審判の声が、静まり返ったジムに響いた。
「……勝った」
シンヤは、思わず呟いた。
メガリザードンXも、立ち上がる力は残っていなかった。
だが、最後の一撃を制したのは、シンヤとリザードンだった。
「リザードン!」
シンヤが駆け寄る。
「よく頑張った。本当に、よくやった!」
「リザァ……」
リザードンはメガシンカが解除され、疲れ切った様子ながらも、シンヤへ顔を向けた。
シンヤはその首元へ手を添え、労うように撫でる。
サカキもまた、スピアーのもとへ歩み寄っていた。
「……見事だったぞ」
彼はスピアーをボールへ戻す前に、そっとその身体へ手を添えた。
「久しぶりに、実に楽しいバトルだった」
サカキはシンヤへ向き直った。
「君の実力は本物だ。ポケモンたちを信頼し、状況を見極め、最後まで勝ち筋を探し続けた。その姿勢を評価しよう」
「ありがとうございます」
シンヤは深く頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとうございました。サカキさんとスピアーが本気で戦ってくれたからこそ、ここまで来られました」
「フフフ……その言葉、覚えておこう」
サカキは満足そうに笑った。
そして、ジムリーダーとしての務めを果たすべく、一つのバッジを取り出した。
「これが、トキワジムのグリーンバッジだ」
緑色に輝くバッジ。
シンヤは両手で受け取った。
「……これで、八つ目」
手のひらの上で、グリーンバッジが光を反射する。
グレー、ブルー、オレンジ、レインボー、ピンク、ゴールド、クリムゾン。
そして、グリーン。
八つのバッジが、ついに揃ったのだ。
「シンヤ!」
レンが駆け寄ってきた。
「おめでとう! ついに八つ全部揃ったわね!」
「ああ……ようやくだ」
シンヤは、バッジケースを開いて八つのバッジを並べた。
どれも、これまでの旅で手に入れてきた証。
強敵との戦い。仲間との出会い。失敗や反省。そして、ポケモンたちと積み重ねてきた経験。
そのすべてが、この八つのバッジにつながっている。
「これで、ポケモンリーグへの挑戦資格が揃った」
シンヤは、バッジケースをそっと閉じた。
「……ここからが、本番だな」
レンは隣で頷いた。
「ええ。リーグに向けて、まだまだやることはたくさんあるものね」
「ああ。まずはポケモンたちをしっかり休ませて、それから育成だ」
シンヤは、リザードンのボールを握りしめた。
最後のジムを突破した。
しかし、旅はまだ終わらない。
むしろ――本当の挑戦は、ここから始まるのだ。
トキワジムの窓から差し込む光が、八つのバッジを照らしていた。
カントー地方のジム巡り。
その最後を飾ったのは、シンヤとリザードン、そしてサカキとスピアーによる、メガシンカ同士の激闘だった。
以上を持ってジム巡り編は終了。
次回からはポケモンリーグ編へと移ります。
まあすぐにリーグってわけじゃないけど