トキワジムでグリーンバッジを獲得し、カントー地方のジムバッジを八つすべて集めたシンヤ。
いよいよセキエイ大会への出場資格を手に入れた彼は、次の目的地であるナナシマへ向かう前に、オーキド博士の研究所へ旅の報告に行くことにした。
――その前に。
久しぶりに実家のポケモンたちの様子を見ておこうと、レンとともに庭へ足を運んだのだが……。
「ピピカッチュ!」
『オオオォォォ―――!』
「…………ん?」
何やら、威勢のいい声が聞こえてきた。
しかも一匹や二匹ではない。複数のポケモンが一斉に声を上げている。
シンヤは首を傾げ、レンとともに声のする方向へ歩いていった。
そして、見た。
「ピカピカピッカ!」
「ガァメ!」
「ピカチュ!」
「バナバーナ!」
「ピッカ!」
「ピジョー!」
「ピカチュピカ!」
「「ニドォォォ!」」
「………………」
「ぷっ、くくくっ……!」
シンヤは絶句した。
一方、隣のレンは口元を押さえていたが、数秒も耐えられなかったらしい。
「ふふっ、あははははっ! な、何なのよ、これ……!」
庭の中央にいたのは、間違いなくシンヤのピカチュウだった。
しかも、ただそこにいるわけではない。
周囲のポケモンたちに何やら指示を出していたのだ。
ピカチュウが前足を振ると、カメックスが水辺の方向へ歩き出す。その後ろには、ほかの水ポケモンたちが続いていた。カブトとオムナイトも、その一団に混じっている。
フシギバナは草ポケモンたちを率いて森林エリアへ。
ピジョットが翼を広げて飛び立てば、ほかの飛行ポケモンたちも一斉に空へ舞い上がる。
そしてニドキングとニドクインは、二匹そろって岩場エリアへ向かっていた。
よく見ると、その先では地面タイプや岩タイプのポケモンたちが、二匹の到着を待っている。
それぞれのポケモンが、自分の得意分野に合わせて行動しているのだ。
まるで、よく組織された集団のようだった。
そして、その全体に指示を出しているのが――。
「…………お前、何してんの?」
「ピカッ!」
ピカチュウは振り返ると、当然だと言わんばかりに胸を張った。
「ふふっ。シンヤ、これはもう完全に番長ね」
「いや、番長っていうか……」
シンヤは額を押さえた。
以前、母から聞かされた話では、ピカチュウは実家のポケモンたちの間で喧嘩の仲裁をしたり、新入りを鍛えたり、挑戦者を返り討ちにしたりしているらしい。
しかし、まさかここまで組織化されているとは思わなかった。
「ピカチュウ、お前……マジで番長してんのね」
「ピカッ!」
当然!
そう言いたげに、ピカチュウはもう一度胸を張った。
「……はいはい。立派な番長様だことで」
「ふふふっ!」
レンはまだ笑っている。
シンヤとしては、笑い事ではない。
自分の仲間が、旅に出ている間に実家のポケモンたちをまとめ上げ、独自の組織を作り上げていたのだから。
いったい、どこへ向かっているのだろうか。
……いや、ピカチュウのことだ。
本人にとっては、単純にみんなと一緒に鍛えるための工夫なのかもしれない。
それにしても、規模が大きすぎる。
「ところでピカチュウ。悪いんだけど、今移動していったメンツの中にいた化石組を呼べるか?」
「ピカッ!」
ピカチュウは即座に頷いた。
そして、空へ向かって電撃を放つ。
バチィッ!
その合図を受けたポケモンたちが、一斉に動きを止めた。
どうやら、単なる威嚇や攻撃ではなく、仲間内で決めた合図らしい。
シンヤはその光景を見て、思わず呟いた。
「お前、マジで何者なんだよ……」
ピカチュウは聞こえなかったふりをした。
いや、聞こえているだろう。
絶対に。
「プテラ、カブト、オムナイトー! ちょっとこっちに来てくれ! 話をしよう!」
シンヤが声を張り上げると、まず湖の方からカメックスが戻ってきた。
その後ろを、カブトとオムナイトがちょこちょこと歩いてくる。
二匹とも、シンヤの声が聞こえた時点で嬉しそうに手足を動かしていた。
一方、空の上ではピジョットがプテラに何やら話しかけている。
プテラは明らかに不満そうな顔をしていたが、結局は渋々といった様子で降りてきた。
どうやら、ピジョットからも一目置かれているらしい。
シンヤはその様子に苦笑しつつ、カブトとオムナイトの目線に合わせるため、しゃがみ込んだ。
「こうして顔を合わせるのは初めてだな。俺が二匹を化石の状態から見つけて、復元してもらったトレーナーのシンヤだ。よろしくな」
「カブッ! カブカブッ!」
「オムッ! オムナッ!」
二匹は大喜びで手足を動かした。
シンヤの顔を見上げ、嬉しそうに鳴いている。
波動の眼で様子を確認してみても、二匹からは喜びと好奇心が強く伝わってきた。
長い時間を化石として過ごし、復元されてからは実家で暮らしていた二匹。
こうして、ようやく自分たちを復元してくれたトレーナーと直接会えたのだ。
嬉しくないはずがない。
「そっかそっか。これからよろしくな」
シンヤがそっと二匹の頭を撫でる。
カブトとオムナイトは、ますます嬉しそうに鳴いた。
……問題は、もう一匹である。
「ギャース……」
プテラは、露骨にふてくされていた。
正確に言えば、波動の眼で見た感情はこうだ。
――なんで俺が人間の言うことを聞かなきゃならないんだ。
古代の空を支配していたポケモンとしての誇りが、現代の人間に従うことをよしとしていないのだろう。
そんなプテラを見て、ピカチュウが何かを言おうとした。
しかし、その前にシンヤが口を開く。
「プテラ。お前、俺に指示されたりするのが嫌そうだな」
「ギャース!」
プテラは、そうだと言わんばかりに鳴いた。
隠す気もないらしい。
「うん。その反抗的な態度も、古代を生きていたお前らしいな」
「ギャース?」
プテラは意外そうに首を傾げた。
怒鳴られるか、無理やり従わされると思っていたのだろう。
だが、シンヤは怒らなかった。
代わりに、腰のボールを手に取る。
「だったら、話は簡単だ」
ボールから光があふれた。
「出てこい、リザードン!」
「グォォォォォォッ!」
大きな翼を広げ、リザードンが姿を現した。
その瞬間、プテラの表情が変わる。
「ギャースッ!?」
驚き。
警戒。
そして、明確な実力差を感じ取ったことによる動揺。
プテラは本能的に理解していた。
目の前のリザードンは、自分とは違う。
単純な体格だけではない。
これまで積み重ねてきた経験と、戦いの中で培われた力がまるで違うのだ。
シンヤはリザードンの首元を軽く叩きながら、プテラに告げた。
「ピカチュウには逆らわないってことは、もう身に染みてるみたいだけど……俺に対しては、まだ納得してないってところか?」
「ギャース……」
「だったら、俺の指示するリザードンに勝ったら好きにするといい」
「ギャース!?」
プテラの目が輝いた。
好きにしていい。
つまり、自分の力でトレーナーの実力を確かめられるということだ。
しかし、シンヤはそこで笑みを深めた。
「ただし、俺の指示するリザードンに負けたら――」
声が、わずかに低くなる。
「古代を生きていたんだ。分かるよな? 弱肉強食だろう?」
プテラは翼を広げた。
その目には、反抗心が燃えている。
――舐めるな!
言葉がなくとも、そう叫んでいるのが分かった。
「よし。なら、リザードン。相手をしてやれ」
「グォッ!」
「ギャースッ!」
二匹は同時に地面を蹴り、空へと飛び立った。
空中戦の開始である。
プテラが先手を取ろうと急上昇する。
だが、リザードンは慌てない。
翼を大きく広げ、空中で身体をひねりながら、ゆっくりと力を蓄えていく。
――りゅうのまい。
優雅に見える動きの中で、リザードンの身体能力が引き上げられていく。
その様子を見たプテラは、すぐさま急降下した。
相手が準備を整える前に攻撃するつもりだったのだろう。
しかし。
「遅い」
シンヤの声が響いた。
リザードンは翼を折り畳み、急降下するプテラの攻撃をわずかな動きでかわす。
そして、そのまま上空へと駆け上がった。
プテラが振り返った時には、すでに頭上を取られていた。
「グォォォォッ!」
リザードンの拳が電撃を帯びる。
かみなりパンチ。
次の瞬間、稲妻をまとった一撃がプテラに叩き込まれた。
「ギャ――――ッ!?」
直撃。
プテラの身体が大きく吹き飛び、地面へと落下する。
ドゴォンッ!
土煙が舞い上がった。
「…………」
シンヤは腕を組み、静かに着地したリザードンを見た。
そして、土煙の向こうに倒れているプテラへ歩み寄る。
「……まあ、こうなるよな」
プテラは目を回していた。
惨敗。
それも、ほとんど一撃で決着がついてしまった。
カブトとオムナイトは、目をキラキラさせながらリザードンを見つめている。
一方、ピカチュウは腕を組んで頷いていた。
まるで、当然の結果だと言わんばかりである。
やがてプテラが意識を取り戻した。
その視界に入ったのは――。
「で、これで分かった?」
笑っている。
口元は笑っているのに、目が笑っていない。
シンヤの顔だった。
「ギャ、ギャース……!?」
プテラの身体が震えた。
ピカチュウから感じるものとは、また別の恐怖。
圧倒的な力を持つ存在に逆らった時の、本能的な恐怖。
遠い昔にも、似たような感覚を覚えたことがあったのかもしれない。
――これが、恐怖……!?
プテラは慌てて首を横に振った。
「そっか。まあ、これからは仲間なんだ。何でも一人でやるもんじゃないからな?」
「ギャース……?」
プテラは恐る恐るシンヤを見上げた。
シンヤは回復薬を取り出し、傷ついた翼や身体を丁寧に治療していた。
自分が喧嘩を売った。
自分が勝手に挑んだ。
それなのに、負けた自分を放置することなく、回復させてくれている。
プテラは困惑した。
強い者が弱い者を従わせる。
それは、古代を生きてきた自分にとって当たり前のことだった。
だが、シンヤは違った。
力の差を見せつけた後で、相手を仲間として扱おうとしている。
「ま、最初から仲良くしろとは言わないさ。お互いに分かっていけばいい」
シンヤはそう言って、プテラの頭を軽く撫でた。
「これからよろしくな、プテラ」
「……ギャース」
プテラは小さく鳴いた。
先ほどまでの反抗的な態度は、もう薄れていた。
まだ完全に心を開いたわけではない。
それでも、自分を倒した相手が、ただ力でねじ伏せたいだけの存在ではないことは理解できた。こうしてプテラは、少しずつシンヤを認めていくことになる。
やがては、その圧倒的な飛行能力と古代ポケモンならではの戦闘力で、シンヤの大きな戦力となっていくだろう。
その隣では、カブトとオムナイトがシンヤとリザードンを尊敬の眼差しで見つめていた。
「カブカブッ!」
「オムナッ!」
「おう。二匹も、これから一緒に頑張ろうな」
シンヤが笑いかけると、二匹は嬉しそうに鳴いた。
その様子を見ていたレンが、くすくすと笑う。
「シンヤって、強さを見せる時は容赦ないのに、最後はちゃんと優しいのよね」
「そうか?」
「そうよ。……まあ、プテラはちょっと気の毒だったけれど」
「自分から挑んできたんだから仕方ないだろ」
「ふふっ、それもそうね」
そんなやり取りを交わしながら、二人は実家の敷地内を回っていった。
それから約二時間。
湖のエリア、森林エリア、岩場エリア、飛行ポケモンたちの訓練場。
広大な敷地に暮らすポケモンたちの様子を一通り確認したシンヤは、彼らが元気に過ごしていることに安堵した。
そして、ピカチュウが本当に彼らの中心的存在になっていることも、嫌というほど理解した。
「……俺がいない間に、何を築き上げたんだ、お前は」
「ピカッ!」
ピカチュウは誇らしげに鳴いた。
レンはとうとう、また笑い出した。
実家での確認を終えたシンヤとレンは、オーキド博士の研究所へと向かった。
研究所に到着すると、入口ではオーキド博士が二人を待っていた。
「やあやあ、待っておったぞ、シンヤ。それと、君がレンだね」
「お久しぶりです、博士」
「初めまして、オーキド博士。レンと申します」
レンは上品に一礼した。
「うむうむ。話はテレビ電話でも聞いておったが、こうして直接会うのは初めてじゃな」
シンヤも、少し考えてから頷いた。
確かに、テレビ電話では何度も顔を合わせている。
だが、直接会ったのはヒトカゲを受け取った時以来だったはずだ。
「さて、まずは冒険の感想を聞かせてくれんか?」
「色々経験できて、よかったですよ」
「…………」
オーキド博士は、しばらくシンヤを見つめた。
「……それだけか?」
「はい」
「いや、もうちょっとこう……ないのかの?」
「うーん。実際に、それしか言えないんですよね」
シンヤは困ったように笑った。
冒険の中で経験したことは、確かに多い。
強敵との戦い。
新しいポケモンとの出会い。
仲間たちの進化。
人との交流。
そして、グンジョウシティで目の当たりにした環境問題。
とても一言では語りきれない経験をしてきた。
しかし、それらを一つずつ説明しようとすれば、何時間あっても足りない。
だからこそ、シンヤの感想は自然と簡潔なものになってしまう。
「サトシなら、語彙力が足りんせいで『すっげー!』とか『楽しかった!』とか、そんな感想ばかりになるじゃろうな。シゲルなら、もう少し分かりやすく整理して話すじゃろう」
「想像できますね……」
レンが小さく笑った。
「それにしても、お主が一番最初に戻ってくるとはのう」
博士の言葉に、シンヤは少し引っかかりを覚えた。
「やっぱり、シゲルが最初に戻ってくると思っていたんですか?」
今年、マサラタウンから旅立った新人トレーナーは、シンヤ、サトシ、シゲル、リーフの四人。
その中で最初に八つのバッジを集め、マサラタウンへ戻ってきたのがシンヤだった。
博士の反応を見る限り、それは予想外だったらしい。
シンヤは少しだけ、博士がシゲルを贔屓しているのではないかと気にしながら尋ねた。
「いやいや。シゲルの奴は、八つ目のジムバッジを手に入れてもジム巡りを終えんかったんじゃ」
「え?」
「ジムを巡るだけでなく、各地を見て回るつもりらしい。あやつの性格なら、リーグまでの時間を使って、まだまだ旅を続けるじゃろう。だから、一番最初に帰ってくるとは思っておらんかったよ」
「なるほど……」
シゲルらしいと言えば、シゲルらしい。
バッジを集めることだけが旅の目的ではないのだろう。
「ワシとしては、大穴でサトシが最初に帰ってくると思っておったんじゃがな」
「サトシが?」
「うむ。あやつは何かと勢いがあるからのう。もっとも、勢いだけで予定通りに進むとは限らんが」
「それはそうですね……」
シンヤは妙に納得した。
サトシなら、思いがけない出来事に遭遇して、予定外の場所へ向かっている可能性も十分にある。
「ところで、リーフはどうなんです?」
「あの子はあの子で、結構のんびり屋でもあるからのう。まあ、実力を考えれば、八つのバッジを集めること自体は問題ないじゃろう」
「そうですか」
シンヤは、タマムシシティでリーフと会って以来、彼女とは一度も顔を合わせていないことを思い出した。
あの後、彼女はどこまで旅を進めたのだろうか。
少し気になったが、今は本人からの連絡を待つしかない。
「……さて、ここからが本題じゃ!」
オーキド博士は、急に声を張り上げた。
「シンヤよ! お主、いったいどういう旅をすれば、カントーで確認されているポケモンの大半をゲットして、しかも進化までさせられるんじゃ!?」
「え、普通に旅していただけですけど……」
「普通に、じゃと!?」
博士の目が見開かれた。
「普通に旅をして、見つけたポケモンを捕まえて、仲間にして、レベルを上げて進化させただけです」
「いやいやいや! 一部を除いて、ほとんど進化しておるではないか! しかも、カントー地方では確認されていなかったジバコイルやコノヨザルまでおるじゃろう!?」
「進化できたので、仕方ないですよね」
「仕方ないで済ませるんじゃないわい!」
博士の声が研究所に響き渡った。
レンは思わず口元を押さえる。
シンヤは、そんな博士を見ながら少しだけ視線を逸らした。
いや、確かに普通に旅をしていたつもりなのだ。
ただ、野生のポケモンを見つけたら捕まえ、仲間になりたいと言われれば受け入れ、進化の兆候があれば記録し、家にいるポケモンたちにも学習装置を活用して経験を積ませてきただけである。
……その結果が、今の状況なのだが。
「特にジバコイルとコノヨザルじゃ! 進化の条件や、進化に至るまでの過程をお主が記録しておったせいで、こちらは大騒ぎじゃったんじゃぞ!」
「ああ……」
シンヤは、ようやく思い出したように頷いた。
ジバコイルは、強力な磁場を発生させる特殊な場所で進化する。
コノヨザルは、オコリザルがふんどのこぶしを一定回数使用することで進化する。
どちらも、今のカントー地方では一般的に知られていない進化条件だった。
シンヤが記録を残したことで、博士たちはその条件を調べる手掛かりを得たのだ。
「まあ、研究の役に立ったならよかったです」
「役に立ったのは間違いないんじゃがな! もう少しこう、事前に説明してくれてもよかったんじゃぞ!」
「旅先で進化したんですから、仕方ないですよね?」
「またそれかい!」
博士のツッコミが飛ぶ。
レンは、とうとう声を立てて笑い始めた。
「ふふふっ……シンヤ、博士を困らせすぎよ」
「俺は事実を言っているだけなんだけどなぁ……」
「その事実が問題なんじゃ!」
オーキド博士は大きく息を吐いた。
しかし、目には研究者としての好奇心と喜びが浮かんでいた。
未知の進化条件を持つポケモンたち。
これまで知られていなかった生態。
そして、それらを実際の旅の中で観察し、記録してきた少年。
博士にとって、シンヤの旅の記録は宝の山に等しい。
本人があまりにも平然としていることだけが、少々困りものだった。
「……ふぅ。さて、シンヤよ」
ひとしきり話を終えたオーキド博士は、ようやく落ち着きを取り戻した。
「これからどうするつもりなんじゃ? セキエイ大会まで、まだ二か月以上ある。修行に時間を使うこともできるじゃろう」
「そうですね……」
シンヤは少し考えた。
「まだ捕獲していないポケモンを探しながら、両親の計らいでナナシマにあるゴージャスリゾートに、しばらく滞在しようと思っています」
「……また、とんでもないところを選んだのう」
博士は苦笑した。
「まあ、あそこならセキエイ大会の参加者たちの目も少ないじゃろう。修行に集中するには悪くない場所じゃ」
シンヤは内心で頷いた。
人目を避けるという意味では、確かにリゾート地は都合がいい。
もっとも、観光客の多い場所である以上、完全に人目を避けられるわけではない。
それでも、実家の広大な訓練場とは違った環境でポケモンたちを鍛えられるのは大きい。
「まだ捕獲していないポケモンというと……」
博士は顎に手を当て、何かを思い出したように目を細めた。
「なるほどのう。じゃが、その中の二匹はどうするつもりじゃ?」
その二匹。
シンヤには、すぐに心当たりがあった。
「エビワラーとサワムラーですか?」
「そうじゃ!」
博士は勢いよく頷いた。
「この二匹は野生で見つかることがほとんどない。進化前のバルキーがどこかで修行しておる可能性はあるが、そう簡単に出会えるものではないからのう」
「その二匹なら、伝手で仲間にできていますよ」
「……なぬ?」
オーキド博士の動きが止まった。
レンは少し不機嫌な表情になってシンヤを見た。
「ヤマブキジムのナツメさんからです。ジムの隣にあるかくとう道場の師範が、暴れん坊の二匹を引き取ってくれるトレーナーを探していたそうで」
「かくとう道場の師範が、エビワラーとサワムラーを?」
「はい。ナツメさんはエスパータイプの使い手ですから、自分の手持ちに加えるつもりはなかったみたいです」
シンヤは、あの時のことを思い出した。
トキワジムでの戦いを終えた直後。
突然テレポートで現れたナツメが、二つのボールを差し出してきたのだ。
曰く、道場の師範が二匹を持て余していたらしい。
ただし、二匹ともただの暴れん坊ではなかった。正確に言えばなくなっていた、だ。
引き渡される前にフーディンと戦い、徹底的に叩きのめされたらしい。
そのうえで、ナツメが超能力を使って、シンヤの指示をきちんと聞くように強く言い聞かせたのだという。
結果、二匹は驚くほど従順な状態でシンヤのもとへやってきた。
……どう考えても、普通の譲渡ではない。
「……ナツメさんは、本当に行動が早いんですよね」
シンヤは遠い目をした。
その横では、レンが笑顔を浮かべていた。
ただし、その笑顔は目元まで届いていない。
「へえ……ナツメさんって、ずいぶん親切なのね?」
「そうだな。ありがたい話だよ」
「…………ふぅん?」
レンの声が、ほんの少しだけ低くなった。
シンヤは気づかなかった。
オーキド博士も、二匹のポケモンを巡る話に意識を向けていたため、気づかなかった。
しかし、ナツメがシンヤの周囲に少しずつ外堀を築いているように見えることが、レンの機嫌に影響しているのは間違いなかった。
もっとも、本人はそれを認めるつもりなどなかったが。
「ま、そういうわけで、現状まだ仲間にできていないポケモンたちは、ナナシマにもいるみたいなので」
「なるほどのう。ならば、しっかり探してくるといい。新しい発見があったら、ぜひ記録を送ってくれ」
「分かりました」
「もちろん、無理は禁物じゃぞ。セキエイ大会まで時間があるとはいえ、ポケモンたちの体調を第一に考えるんじゃ」
「はい」
こうして、シンヤの旅の報告はひとまず終わった。
研究所を出る前に、博士は改めてシンヤとレンに声をかけた。
「二人とも、気をつけてな。大会での活躍も楽しみにしておるぞ」
「ありがとうございます、博士」
「ありがとうございます。シンヤと一緒に、私も頑張りますね」
レンが微笑む。
博士は満足そうに頷いた。
こうして二人は、オーキド研究所を後にした。
その後、シンヤとレンは実家へ戻り、ナナシマへ向かうための準備を整えた。
ポケモンたちの健康状態を確認し、必要な道具を用意する。
食料や回復薬、キャンプ用品。まあキャンプ用品はいらんかもだが……
そして、ナナシマでの探索に必要となる装備も忘れずにまとめていく。
準備を終えたところで、シンヤは自分のフーディンを呼び出した。
「フーディン、悪いけど、グレンタウンまでテレポートを頼めるか?」
「フーディン」
フーディンは静かに頷いた。
今回も距離があるため、集中する必要がある。
シンヤがレンの手を取ると、彼女は少しだけ頬を赤くしながら、その手を握り返した。
「それじゃ、お願いするわね」
「フーディン!」
次の瞬間、二人の身体が光に包まれた。
そして――。
マサラタウンから、グレンタウンへ。
ナナシマへ向かうための新たな旅が、始まろうとしていた。
なお。
レンに加え、ラムとレムも同行することになっている。
可憐な少女が三人。
その中心にいるのは、ポケモンのこととなると周囲が見えなくなる少年、シンヤ。
もし、この光景を事情を知らない人間が見たならば。
――あいつ、ハーレム野郎なのでは?
そう思われても、まったく不思議ではないだろう。
当の本人は、そんな周囲の評価など知る由もなく。
これからナナシマで出会うポケモンたちのことを考えて、胸を躍らせていたのだった。