グレンタウンへテレポートで移動したシンヤとレン。
二人が到着した場所には、すでにラムとレムの姿があった。
「お待ちしておりました、坊ちゃま。レン様」
「お待ちしておりました。お二人とも、お疲れではありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。それより、二人とも準備はできているか?」
「もちろんよ」
ラムが自信満々に答える。
「それでは、こちらへどうぞ」
レムに案内され、港へと向かうシンヤたち。
そこで待っていたのは――。
「………………」
「………………」
「ふふっ。二人とも、どうしたなさいました?」
レムが楽しそうに尋ねる。
シンヤとレンの目の前には、豪華な大型クルーザーが停泊していた。
一般的な観光船とは明らかに違う。広々としたデッキに、ゆったりとした客室。船体の規模も相当なもので、個人所有の船だと言われても、すぐには信じられないほどだった。
「……父さん、どこまで手を回してるんだ?」
「坊ちゃまのお父様が手配された船でございます。ナナシマまでの航海に必要な設備も整っておりますので、ご安心ください」
「いや、安心はしてるんだけどさ……」
安心できるかどうかと、規模に驚くかどうかは別問題である。
シンヤは額を押さえた。
両親が用意してくれた5のしまの別荘については、書類を受け取った時点である程度の覚悟をしていた。
しかし、まさか移動手段までこれほど豪華だとは思わなかった。
「坊ちゃま、そろそろ出発いたしましょう」
「……そうだな。頼むよ、レム」
「はい。お任せください」
レムが運転席へ向かう。
ラムも当然のように船内へと入っていった。
「……あれ? レムが運転するのか?」
「はい。問題ございません」
「いや、問題があるとは言ってないけど……船の操縦なんてできるのか?」
「もちろんです。車も船も、運転できますので」
「……え?」
シンヤが固まった。
すると、ラムが呆れたように肩をすくめる。
「何を驚いているのかしら。私たち、乗り物関係の資格は一通り取得しているわよ?」
「一通り?」
「車、船、飛行機、ヘリコプター……必要なものはだいたいね」
「………………」
シンヤは、ゆっくりとレンを見た。
レンも、少し困ったように笑っている。
「……何、この万能メイド姉妹」
「ふふっ。頼もしいじゃない」
「頼もしいとかいう次元を超えてるんだよなぁ……」
レムは微笑みながら操縦席に座り、クルーザーを出航させた。
滑らかに動き始める船体。
その動きには、慣れた者ならではの安定感があった。
シンヤは、いったいどんな教育を受ければ十代でそこまでできるようになるのかと考えかけたが、すぐにやめた。
この姉妹については、考え始めるときりがない気がする。
クルーザーは、青く澄んだ海を進んでいく。
潮風が頬を撫で、遠くには島々の姿が見えていた。
船内から海を眺めていたシンヤは、ある島影に気づいて顔を上げた。
「……あれ、ふたご島か?」
海上に浮かぶ、二つの大きな島影。
間違いない。
カントー地方でも有名な、ふたご島だ。
シンヤはすぐさま、手持ちのフーディンをボールから出した。
「フーディン、ちょっといいか?」
「フーディン?」
「あの島を覚えておいてくれないか。あとで調査に行きたいんだ」
フーディンは海上の島影を見つめ、それから静かに頷いた。
「ありがとう。今はまだ行かないけど、あとで頼むな」
「フーディン」
フーディンは再びボールへ戻った。
シンヤは、海の向こうに見えるふたご島を眺めながら考える。
あそこには、まだ出会っていないあのポケモンがいるはずだ。
それに、洞窟内部の地形や気温、水辺の環境も気になる。
ただし、調査するなら十分な準備が必要だ。
今すぐ飛び込むのではなく、まずは5のしまを拠点として整え、それから計画を立てよう。そう決めたシンヤは、再び船内へ戻った。
それからしばらく航海を続けていると、やがて目的地が見えてきた。
「坊ちゃま、まもなく5のしまに到着いたします」
レムの声を受け、シンヤとレンはデッキへ出た。
そこに広がっていたのは――。
「……おお」
「まあ……!」
美しい海岸線。
青い海と白い砂浜。
そして、島のあちこちに並ぶ豪華なペンションや宿泊施設。
観光地として整備された街並みは、どこを見ても華やかだった。
ここがナナシマ 5のしま。
両親が用意してくれた別荘がある場所だ。
「……ここでしばらく暮らすのか」
「ええ。素敵な場所ね、シンヤ」
「そうだな。……父さん、いったいどれだけ金を使ったんだ?」
「ふふっ。帰ったら聞いてみればいいんじゃないかしら?」
「聞いたところで、まともな答えが返ってくる気がしないんだよな……」
シンヤは遠い目をした。
こうして一行は、5のしまへと上陸した。
船を降りたシンヤは、まず自分の荷物を持ち上げようとした。
しかし、その前にレムが荷物を手に取ってしまう。
「坊ちゃま、お荷物はこちらでお持ちいたします」
「あ、いや、自分で持つよ。そこまで重くないし」
「お仕事でもございますので、これくらい何でもありません」
レムはにこやかに答えた。
一方、レンの荷物はラムが持ち上げていた。
「レン様のお荷物はこちらね」
「えっ、ラムさんまで? 私も自分で持てるわよ?」
「私たちに仕事をさせないつもりかしら?」
「うっ……」
レンが言葉に詰まる。
ラムは涼しい顔で荷物を持ち直した。
「せっかく任された仕事なのだから、きちんとこなさないとね。こちらの都合で仕事を奪われては困るわ」
「……そう言われると、何も言えないな」
シンヤは苦笑した。
レムも穏やかに頷く。
「どうぞ、お任せください。お二人には、こちらでゆっくりお過ごしいただければと思います」
「……分かった。じゃあ、お願いするよ」
「ええ。よろしくね、ラムさん、レムさん」
二人に任せることにしたシンヤとレンは、姉妹の案内で別荘へ向かった。
そして――。
「………………」
「………………」
二人は、再び言葉を失った。
目の前にあったのは、豪邸と呼んで差し支えないほどの大きな建物だった。
建物そのものが広いだけではない。
周囲の庭も、とてつもなく広大だった。
整えられた植え込み。
ゆったりとした散策路。
複数の訓練スペース。
そして、遠くには立派なポケモンバトル用のコートまで見える。
一般的な別荘の規模を、完全に超えていた。
「……いや、待て待て待て」
シンヤは額を押さえた。
「これ、本当に別荘?」
「ええ。私も、想像していたよりずっと広いわ……」
レンも呆然としている。
「実家といい、ここといい……シンヤのご両親って、いったい何者なの?」
「俺も知りたい」
「ふふっ。自分の家でしょう?」
「自分の家だからこそ、分からないこともあるんだよ……」
そんな会話をしていると、別荘の玄関から一人の老人が現れた。
白髪をきちんと整え、落ち着いた佇まいをした執事らしき人物である。
「お帰りなさいませ。シンヤ様、レン様」
「えっと……?」
「初めまして。こちらで執事を務めております、セバスチャンと申します」
老人は丁寧に一礼した。
「お二人のお越しをお待ちしておりました。ラム、レム、お荷物を他にお渡ししてください」
「はい」
「よろしくお願いいたします」
セバスチャンは2人から他のメイド達に荷物を渡させ、控えていた使用人たちに指示を出す。それぞれの荷物は、あっという間に各自の部屋へと運ばれていった。
その手際のよさに、シンヤは思わず感心した。
「……すごいな」
「ありがとうございます。こちらの屋敷の管理は、私どもにお任せください」
セバスチャンは柔らかく微笑んだ。
「なお、庭や訓練施設の広さは、マサユキ様のお住まいと同程度に整えられております」
「……は?」
シンヤの動きが止まった。
「今、何て?」
「庭や訓練施設の広さは、ご実家と同程度でございます」
「………………」
シンヤは、ゆっくりと庭を見渡した。
あの実家と同じ。
つまり、この別荘の敷地にも、数百匹規模のポケモンたちが十分に暮らせるだけの空間があるということだ。
しかも、訓練施設まで整っている。
シンヤは天を仰いだ。
「……父さん、やりすぎだろ」
「ふふっ。素敵な別荘じゃない」
「レン、感覚が麻痺してないか?」
「シンヤの家に何度も驚かされているもの。もう慣れてきたのかもしれないわね」
「慣れないでくれ……」
シンヤは深く息を吐いた。
しかし、これだけの敷地があるのなら、確かに育成には最適だ。
実家で暮らしているポケモンたちをこちらへ移せば、広々とした環境で訓練できる。
セキエイ大会までの約二か月。
ここで過ごす時間は、きっと大きな意味を持つだろう。
「セバスチャンさん。実家にいるポケモンたちも、こちらへ移動させたいんですが」
「承知いたしました。受け入れの準備を進めておきましょう」
「ありがとうございます」
シンヤは、さっそく育成環境を整えることにした。
ただし――。
本格的な育成を始める前に、やっておきたいことがある。
「とりあえず、本格的な育成をする前に、ナナシマにいる未捕獲のポケモンを捕まえに行くか」
準備の段取りを考えながら、シンヤはそう告げた。
ナナシマには、カントー本土では出会いにくいポケモンも生息している。
この機会に仲間を増やしておけば、今後の育成にも役立つはずだ。
もっとも、捕獲ばかりを優先するつもりはない。
ポケモンの生態を観察し、必要なら環境を調べ、仲間にしたいと思ってくれたポケモンと出会えた時に捕獲する。
それがシンヤの基本方針だった。
「レン、俺はこれから4のしまへ行ってくる」
「そう。なら、私はここで少しポケモンたちの様子を見ることにするわ」
「様子を?」
「ええ。私のニンフィアと、シンヤのイーブイのお兄さんも仲良く遊んでいるみたいだし。それに、シンヤのポケモンたちがどう過ごしているのか、少し観察してみたいの」
レンは庭の方へ目を向けた。
シンヤのポケモンたちが到着すれば、この広大な敷地も一気に賑やかになるだろう。
レン自身も、ポケモンコーディネーターを目指す者として、さまざまなポケモンの個性や行動を知っておきたい。
「なるほど。分かった。じゃあ、戻ったら1のしまにある、ともしび温泉に行かないか?」
「……え?」
レンが振り返った。
「温泉?」
「ああ。せっかくだし、リフレッシュしたいだろ? グレンタウンでも温泉に行ったけど、俺は結局入らないままだったし」
「…………」
レンの頬が、ほんのりと赤くなる。
以前、グレンタウンで温泉に入った時は、シンヤと一緒に入るのが恥ずかしくて、別々に入浴した。
しかし、今は状況が違う。
レンの脳裏に、ある人物の顔が浮かんだ。
ナツメ。
シンヤにメガストーンを贈り、彼とのつながりを保とうとしている、そしてかくとう道場の2匹をシンヤに渡した、あのヤマブキジムのジムリーダー。
年齢も立場も違うとはいえ、彼女がシンヤに特別な関心を抱いているのは、レンにも分かっていた。
(ナツメさんは、あれこれシンヤにして、外堀を埋めてきている……)
レンは、きゅっと拳を握る。
(なら、レンだって……!)
「分かったわ」
「おっ、いいのか?」
「ええ。ただし、水着を着て入ってもいいなら、一緒に入りましょう?」
「……え?」
シンヤが目を丸くした。
「いや、でもグレンでは恥ずかしいって――」
「今はいいの!」
「えっ?」
「答えは『はい』か『YES』よ!」
「いや、どっちも同じ意味――」
「んん~~~~~!」
レンは頬を膨らませた。
その表情を見て、シンヤは悟った。
これは何を言っても、梃子でも動かないやつだ。
「……分かった。一緒に入ろう。後から、やっぱりなしっていうのは駄目だからな?」
「わ、分かってるわよ!」
レンは顔を赤くして、ぷいっとそっぽを向いた。
しかし、その口元は少しだけ緩んでいた。
シンヤは苦笑しながら、リザードンのボールを取り出す。
「それじゃ、行ってくる」
「ええ。気をつけてね」
「レンも、みんなのことをよろしくな」
「任せてちょうだい」
リザードンが大きく翼を広げる。
「グォォォッ!」
シンヤはその背に乗り、空へと飛び立った。
目指すは、ナナシマ 4のしま。
新たなポケモンとの出会いが、彼を待っていた。
4のしまに到着したシンヤは、リザードンを降りると、さっそく目的地へ向かった。
目指す場所は、いてだきのどうくつ。
島の中でも有名な洞窟であり、内部には冷たい水辺や氷の張った場所がある。
シンヤは入口で周囲を確認し、波動の眼で近くにいるポケモンたちの気配を探った。
「……よし。いるな」
洞窟の奥から、複数のポケモンの気配が伝わってくる。
その中には、今回の目的であるポケモンたちも含まれていた。
「リザードン、ここで待っていてくれ。危険があったらすぐに呼ぶ」
「グォッ」
リザードンは頷いた。
シンヤは準備を整え、洞窟の内部へと進んでいった。
内部はひんやりとしていた。
壁面には氷が張り、足元には冷たい水が流れている。
奥へ進むにつれ、野生のポケモンたちの姿が見え始めた。
まず出会ったのは、パウワウだった。
白い身体に丸い頭。
冷たい水辺を泳いでいたパウワウは、シンヤの姿を見て警戒するように鳴いた。
「パウッ!」
「こんにちは。驚かせて悪いな。俺はシンヤ。よかったら、少し相手をしてくれないか?」
シンヤは無理に近づかず、相手の様子をうかがった。
パウワウはしばらく彼を見つめた後、水面から顔を出した。
どうやら、話を聞く気はあるらしい。
シンヤは慎重に距離を詰め、必要なだけ戦い、パウワウを捕獲した。
「よし。これからよろしくな」
続いて、洞窟の奥でヤドンを発見した。
ヤドンは水辺でぼんやりしていたが、シンヤが近づくと、のんびりした動きで顔を上げた。
「ヤド……?」
「お前も仲間になってくれるか?」
「ヤドーン」
ヤドンは急ぐ様子もなく、ゆっくりと頷いた。
シンヤは苦笑した。
「……まあ、焦らずいこうか」
こうしてヤドンも仲間になった。
今回、シンヤがヤドンを探していたのには理由がある。
将来的に、ヤドキングへ進化させる可能性を考えていたのだ。
ただし、進化させるかどうかは、ヤドン自身の様子を見てから決めるつもりだった。
次に出会ったのは、ニョロゾ。
水辺を泳いでいたニョロゾは、シンヤの姿を見て、元気よく鳴いた。
「ニョロッ!」
「おっ、元気だな。よかったら、一緒に来るか?」
ニョロゾはしばらくシンヤを観察した後、勢いよく頷いた。
その動きからは、戦うことにも、旅に出ることにも前向きな気持ちが感じられた。
「よし。よろしくな!」
ニョロゾも、シンヤの仲間となった。
そして、最後に向かったのは、洞窟のさらに奥。
そこには、ひときわ大きな水辺があった。
シンヤは足を止める。
「……いた」
水面の向こう。
静かに佇んでいたのは、ラプラスだった。
この洞窟には、特別な個体が一匹いる。
シンヤはその存在を知識として知っていたが、実際に出会うのは初めてだった。
ラプラスはシンヤを見つめていた。
警戒しているようにも見えるが、敵意は感じられない。
シンヤはゆっくりとしゃがみ込み、穏やかな声で話しかけた。
「こんにちは。俺はシンヤ。驚かせるつもりはないよ」
「クゥン……」
「もしよかったら、俺と一緒に来ないか? もちろん、嫌なら無理強いはしない」
ラプラスは静かにシンヤを見つめていた。
やがて、水面をゆっくりと進み、彼の近くまでやってくる。
その瞳には、興味が浮かんでいた。
シンヤは相手の意思を確かめながら、慎重に捕獲を試みた。
ボールが揺れる。
一度。
二度。
三度。
そして――。
カチッ。
「……よし!」
シンヤは思わず拳を握った。
ラプラスが仲間になったのだ。
「これで四匹か。パウワウ、ヤドン、ニョロゾ、ラプラス……よし、いい成果だ!」
今回の探索は大成功だった。
もちろん、捕獲できたことだけが嬉しいわけではない。
新しいポケモンと出会い、その生態や個性を知ることができた。
それこそが、シンヤにとって旅の醍醐味だった。
シンヤはラプラスのボールを大事にしまい、洞窟の入口へと戻った。
待っていたリザードンに声をかける。
「待たせたな。戻ろう」
「グォッ!」
リザードンは翼を広げた。
シンヤはその背に乗り、5のしまへと帰っていった。
――その頃。
4のしまでは、休暇を過ごしていたある人物が、空を見上げていた。
「あら? あれはリザードン……」
遠ざかっていくリザードンの背中。
その上に乗っている少年の姿を見て、彼女は目を細めた。
「それに、あの子は確か……ジムリーダーたちの情報にあった……」
カントー地方のジムリーダーたちの間で、近頃話題になっている少年。
八つのバッジを集めたばかりの、実力ある新人トレーナー。
彼女は、その少年の名前を思い出そうとする。
「……シンヤ、だったかしら?」
しかし、シンヤはその視線に気づくことなく、リザードンとともに五の島へ帰還していった。ナナシマでの新しい生活は、まだ始まったばかり。
そして、この出会いが今後どのような縁につながるのか――。
それを知る者は、まだ誰もいなかった。