ナナシマ 4のしま、いてだきのどうくつで四匹のポケモンを仲間にしたシンヤは、リザードンの背に乗って五の島の別荘へと戻ってきた。
「ただいまー!」
「お帰りなさいませ、坊ちゃま」
「お帰りなさい、シンヤ」
玄関まで出迎えてくれたのは、レムとレンだった。
その後ろでは、ラムが腕を組み、いかにも面倒そうな顔をしている。
「随分と早かったわね。てっきり、日が暮れるまで帰ってこないと思っていたのだけれど」
「いや、今回は目的がはっきりしていたからな。いてだきのどうくつで、パウワウ、ラプラス、ヤドン、ニョロゾを捕まえてきた」
「まあ、四匹も?」
レンが目を輝かせた。
「ああ。特にラプラスは、あの洞窟にいる特別な個体に出会えたんだ。いやあ、いい出会いだった」
「ふふっ。シンヤらしいわね」
レンは楽しそうに微笑んだ。
一方、ラムは小さくため息をつく。
「帰ってきて早々、ポケモンの話ばかり。坊ちゃまは本当にブレないわね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めていないわよ」
「知ってる」
シンヤは肩をすくめた。
レムがくすりと笑う。
「新しく仲間になったポケモンたちは、あとで私たちもご挨拶してよろしいでしょうか?」
「もちろん。みんなにも、ここが新しい拠点になるって教えないとな」
シンヤはそう答えながら、レンへ視線を向けた。
「ところでレン。約束、覚えてるよな?」
「……っ!」
レンの肩がぴくりと跳ねた。
その反応を見て、ラムが目を細める。
「約束?」
「1のしまにある、ともしび温泉に行こうって話をしてたんだ」
「ああ、温泉ね」
ラムは納得したように頷いた。
しかし、次の瞬間。
「……へえ。レン様と坊ちゃまが、一緒に温泉へ?」
「ラム!」
レンが慌てて声を上げた。
「何を想像しているのよ!」
「別に何も? 水着を着て入るのでしょう?」
「そ、そうよ!」
「なら、何も慌てる必要はないのではなくて?」
「うっ……!」
レンが言葉に詰まる。
ラムは口元に薄い笑みを浮かべた。
「ふふっ。レン様も、なかなか積極的なのですね」
「~~~~っ!」
レンの顔がみるみる赤くなっていく。
シンヤは二人のやり取りを見ながら、首を傾げた。
「……何をそんなに騒いでるんだ?」
「「あなた(坊ちゃま)は黙っていて!」」
「はい」
見事なまでに声が揃った。
シンヤは素直に口を閉じた。
その様子を見て、レムが微笑みながら口を開く。
「ともしび温泉でしたら、私たちもご一緒してよろしいでしょうか?」
「もちろん。せっかくだから、みんなで行こう」
「ありがとうございます、坊ちゃま」
「……え?」
レンが顔を上げた。
シンヤは不思議そうに彼女を見る。
「どうした?」
「い、いえ……ラムさんとレムさんも一緒なのね?」
「そのつもりだけど?」
「そ、そう……」
レンは一瞬だけ考え込んだ。
もともとシンヤと一緒に温泉へ行くつもりだった。
しかし、二人きりになると思っていたわけではないにせよ、ラムとレムまで同行するとは考えていなかった。
とはいえ、ここで二人に来ないでほしいと言うのも不自然だ。
それに――。
(別に、みんなで温泉に入るだけなんだから……!)
レンは自分に言い聞かせるように頷いた。
「……分かったわ。みんなで行きましょう」
「うん。それじゃ、準備をして出発だな」
シンヤはあっさりと話をまとめた。
レンはそんな彼を見つめ、そっと頬を膨らませる。
(もう少し、こう……何かないのかしら)
もっとも、何を期待しているのかと自分自身に問われれば、答えられる自信はなかった。
出発の準備を終えた一行は、別荘の前に集まった。
「さて、どうやって1のしままで行こうか」
「船を手配いたしましょうか?」
レムが尋ねる。
「いや、そこまでしなくてもいいよ。俺のポケモンに頼めば移動できるからな」
シンヤはボールを取り出した。
「出てこい、リザードン!」
「グォォォッ!」
「ピジョー!」
大きな翼を広げ、リザードンが姿を現した。
シンヤはその首元を軽く撫でる。
「悪いけど、もうひと仕事頼むな」
「グォッ!」
リザードンは力強く鳴いた。
「えっと……私たちも乗るのよね?」
レンが少しだけ不安そうに尋ねる。
「ああ。ただ、四人全員を一度に乗せるのは負担が大きい。だから――」
シンヤは少し考えた。
リザードンは大型のポケモンだが、四人を乗せて長距離を飛ぶとなれば話は別だ。
ポケモンの体力を考えれば、無理をさせるべきではない。
「フーディンにも手伝ってもらおう。まず俺たちが先に行って、あとからフーディンにラムとレムを連れてきてもらう方法もあるけど……」
「それでしたら、私たちは船で向かうこともできますわ」
ラムが淡々と告げる。
「確かに、それもありだな……」
「ただ、せっかくの機会ですし、フーディンにお願いしてみてはいかがでしょう?」
レムが提案した。
シンヤは少し考え、頷いた。
「そうだな。フーディンの負担も確認して、問題がなければ頼んでみよう」
こうして、シンヤはフーディンを呼び出し、四人で移動するための方法を相談した。
十分な休息を取っていたフーディンは、短距離のテレポートなら問題ないと伝えるように頷いた。
「よし。じゃあ、頼むな」
「フーディン」
フーディンの周囲に、淡い光が広がる。
次の瞬間、四人の姿は別荘の前から消えた。
1のしま。
そこには、ナナシマを訪れた観光客にも知られる温泉施設、ともしび温泉があった。
温泉から立ち上る湯気。
周囲に広がる自然。
そして、火山地帯ならではの温かな空気。
到着したシンヤたちは、まず施設の受付で利用手続きを済ませた。
「温泉の効能としては、疲労回復やリフレッシュが期待できるそうです。ポケモン向けの設備もあるようですね」
レムが案内板を確認しながら説明する。
「へえ、ポケモン用の温泉もあるのか」
「ええ。ポケモンによって適した温度は違いますから、専用の浴場が用意されているようですわ」
ラムが案内板を指さした。
「ただし、すべてのポケモンが温泉を好むわけではないみたいね。無理に入れないよう注意書きがあるわ」
「それは大事だな」
シンヤは頷いた。
温泉だからといって、すべてのポケモンが喜ぶとは限らない。
特に水温や環境の好みは、種族や個体によって違う。
ポケモンたちにも、それぞれの意思がある。
「今日は俺たちがリフレッシュするのが目的だ。ポケモンたちは、本人が入りたがるなら考えるくらいでいいな」
「そうね」
レンが微笑んだ。
受付を済ませると、施設のスタッフが四人を案内した。
温泉には男女別の浴場があり、水着を着用して利用できる混浴エリアも設けられている。
レンが希望していたのは、もちろん後者だった。
もっとも、いざ目の前にすると、少しばかり緊張してしまう。
「……本当に、一緒に入るのね」
レンが小さく呟いた。
「そういう約束だっただろ?」
「そ、そうだけど……!」
シンヤは不思議そうに首を傾げた。
レンは顔を赤くしながら、心の中で自分に言い聞かせる。
(落ち着きなさい、レン。水着を着るんだから、何も問題ないわ……!)
そう。
何も問題はない。
ただ、いつも一緒に旅をしている相手と、普段とは違う場所で過ごすだけだ。
それだけなのに、どうしてこんなに意識してしまうのだろう。
「レン様?」
「な、何でもないわ!」
レムに声をかけられ、レンは慌てて返事をした。
ラムは、その様子を見て小さく笑う。
「……本当に分かりやすいわね」
「ラム!」
「はいはい。私は何も言っていないわ」
ラムは涼しい顔で更衣室へ向かった。
着替えを済ませた四人は、混浴エリアで合流した。
もちろん、全員が水着を着用している。
シンヤはシンプルな水着姿で、温泉の周囲を見回していた。
「へえ……思っていたより広いな」
温泉は十分な広さがあり、周囲には休憩用の椅子や、ゆっくり景色を眺められる場所も用意されている。
熱すぎない湯加減に調整された場所もあれば、少し温度の高い浴槽もあるらしい。
「こちらは温度が少し高めのようですね」
レムが案内板を確認する。
「坊ちゃま、最初はこちらのぬるめの浴槽から試されてはいかがでしょう?」
「そうだな。いきなり熱いところに入る必要もないし」
シンヤが頷く。
レンも、その隣に立った。
「……それじゃ、入るわよ」
「ああ」
二人はゆっくりと湯船に足を入れた。
温かな湯が身体を包み込む。
「……はぁ」
シンヤは思わず息を吐いた。
「これはいいな……」
「でしょう?」
レンも、ほっとしたように目を細めた。
旅の間は、毎日が慌ただしい。
ポケモンとの出会いがあり、バトルがあり、移動があり、時には思いもよらない事件に巻き込まれる。
カントー地方のジムバッジを八つ集めるまで、シンヤはほとんど休むことなく旅を続けてきた。
レンも、そんな彼の隣で旅をしてきた。
だからこそ、こうして何も考えずに温泉に浸かれる時間は、二人にとって貴重だった。
「……最近、ずっと忙しかったものね」
「ああ。ジム戦もそうだし、グンジョウシティの件もあったからな」
「でも、いろいろな経験ができたわ」
レンは穏やかに微笑んだ。
「シンヤと一緒に旅をしていなかったら、きっと知らなかったこともたくさんあったと思う」
「そうか?」
「ええ。ポケモンのことも、人のことも。強くなることだけが、旅の意味じゃないって分かったもの」
シンヤは少しだけ目を見開いた。
そして、穏やかに笑う。
「……そう言ってもらえると、嬉しいな」
「ふふっ。何よ、急に素直じゃない」
「俺だって、たまには素直になるさ」
「いつもそうならいいのに」
「それは難しいな」
「もう……」
レンは頬を膨らませた。
けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。
一方、その少し離れた場所では、ラムとレムも温泉を楽しんでいた。
「……ふぅ。たまには、こういう時間も悪くないわね」
ラムは肩まで湯に浸かり、ゆっくりと息を吐いた。
「はい。普段はお仕事で忙しいですから」
レムも、穏やかな表情で頷く。
二人は普段、家の仕事をこなしている。
料理や掃除、洗濯、来客対応、屋敷の管理。
さらに、乗り物の運転までこなせるという万能ぶりだ。
しかし、どれだけ仕事ができても、休息が必要なのは変わらない。
「それにしても、坊ちゃまは不思議な方ですね」
レムがぽつりと呟いた。
「何がよ?」
「ポケモンに対して、とても真剣なのに、人間相手だと少し鈍いところがあるといいますか……」
「……ああ」
ラムは納得したように頷いた。
「レン様があれだけ分かりやすい態度を取っているのに、まるで気づいていないものね」
「やっぱり、そう思いますか?」
「ええ。もっとも、坊ちゃまは十歳だもの。恋愛に関しては、まだまだこれからでしょう」
ラムは湯船の縁に腕を置き、遠くを眺めた。
「ただ……」
「ただ?」
「レン様が気にしている相手は、レン様だけではないようだけれど」
ラムの言葉に、レムは少しだけ考え込んだ。
「……ナツメ様のことでしょうか?」
「そうね。あちらは、かなり積極的に見えるわ」
「レン様も、大変ですね……」
「まったく。坊ちゃまがもう少し周囲を見られるようになれば、少しは違うのでしょうけれど」
ラムはため息をついた。
もちろん、二人ともレンの気持ちをからかうつもりはない。
ただ、身近で見ていれば、彼女がシンヤを特別に思っていることは分かる。
そして、シンヤがポケモンのことになると周囲が見えなくなるのも、よく分かる。
その二つが組み合わされば、どうなるか。
……考えるまでもない。
「まあ、私たちは私たちで、できることをしましょう」
レムが微笑んだ。
「レン様が安心して旅を続けられるよう、そばで支えてあげたいです」
「そうね。私たちの仕事でもあるし」
ラムは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
温泉を楽しんだ四人は、その後、休憩スペースへ移動した。
冷たい飲み物と軽食を用意してもらい、ゆったりとした時間を過ごす。
シンヤは椅子に座りながら、4のしまで捕まえたポケモンたちのことを考えていた。
「……ラプラスは、今後の旅でも活躍してくれそうだな」
「もう次のことを考えているの?」
レンが呆れたように笑う。
「いや、考えるだろ。せっかく仲間になったんだから、どんなことが得意なのか、何をしたいのか、少しずつ知っていきたいし」
「ふふっ。そういうところは、本当にシンヤらしいわね」
「そうか?」
「ええ」
レンは頷いた。
「でも、今日はもう少し休みましょう? せっかく温泉に来たんだから」
「……それもそうだな」
シンヤは苦笑した。
いつもの癖で、つい先のことを考えてしまう。
しかし、休むことも大切だ。
ポケモンたちに休息が必要なように、トレーナーにも休息が必要なのだから。
「分かった。今日はゆっくりしよう」
「ええ!」
レンは嬉しそうに微笑んだ。
その表情を見て、シンヤも自然と笑顔になる。
ラムとレムも、そんな二人を少し離れたところから眺めていた。
「……まったく、見ているこちらが恥ずかしくなるわね」
「姉様、そう言いながら、少し楽しそうですよ?」
「気のせいよ」
「ふふっ」
レムは穏やかに笑った。
こうして、ともしび温泉での時間は、ゆっくりと過ぎていった。
旅の疲れを癒やし、仲間たちとの絆を確かめ、明日からの活動に備える。
セキエイ大会まで、残された時間は約二か月。
シンヤたちのナナシマでの生活は、まだ始まったばかりだった。