オーキド研究所のバトルフィールドには、先ほどの激闘の余韻が残っていた。
勝負を終えたサトシは、スピアーの入ったモンスターボールを大切そうに握りながら、向かいに立つシゲルへと笑顔を向けた。
「いやーっ! やっぱりバトルって面白いな!」
「ふん。こちらのカメックスが負けたのは意外だったけどね。スピアーの動きを利用した戦い方は、なかなか興味深かったよ」
シゲルは腕を組み、感心したように頷いた。
「それにしてもサトシ。ウインディにスピアー……いつの間にそんなポケモンを仲間にしたんだ?」
「おっ、気になるか?」
「当然だろう。君が旅の途中で捕まえたのなら、その経緯くらい聞いておきたいね」
「ふふっ。私も気になるわ。特にスピアーは、サトシらしい戦い方が見られたもの」
リーフも興味津々といった様子で身を乗り出す。
シンヤは少し離れた位置から、黙ってサトシを見つめていた。
(ウインディとスピアー。どちらも、ただ捕まえただけであの動きができるとは思えない。どうやって出会い、どんな関係を築いてきたんだ?)
シンヤの関心は、捕獲そのものよりも、その後の育成と信頼関係にあった。
「よーし! じゃあ、まずはウインディから話すぜ!」
サトシは元気よく話し始めた。
◆炎の相棒との出会い
「ウインディと出会ったのは、旅の途中で立ち寄った山道だったんだ。そいつ、群れから少し離れたところで、一匹で走り込みをしてたんだよ」
「野生のウインディが、単独でトレーニングを?」
シゲルが眉を上げる。
「ああ! 最初は近づこうとしたら、ものすごい勢いで吠えられてさ。『オレに構うな!』って感じだったんだ」
サトシは当時を思い出して笑った。
「でも、走ってる姿がすっげー格好よくてな! オレもピカチュウと一緒に走ってみたんだ!」
「……君も走ったのかい?」
「もちろん!」
シゲルは呆れたように額を押さえた。
「普通はポケモンの様子を観察するところから始めるものだと思うけどね」
「観察もしたぜ! でも、ウインディがどれだけ速く走れるか、オレも体験してみたかったんだ!」
サトシは悪びれずに笑う。
「最初は全然ついていけなかった。でも、何度か一緒に走ってるうちに、ウインディもオレたちを気にするようになってさ」
「それで、どうやって仲間になったの?」
リーフが尋ねる。
「山道で岩が崩れたことがあったんだ。ウインディが逃げ遅れたポケモンを助けようとして、崩れた岩に行く手を塞がれちまった。オレとピカチュウも一緒に助けたんだよ」
サトシの声に力がこもる。
「ウインディは、助けられたからってすぐに仲間になったわけじゃない。むしろ、最初は悔しそうにオレを見てた。でも、もう一度走ろうって誘ったら、今度は並んで走ってくれたんだ!」
「なるほどね。単純な恩義というより、君と競い合うことに価値を見いだしたわけか」
シゲルが分析する。
「そういうことだと思うぜ! ウインディは強くなりたいんだ。オレも一緒に強くなりたい。だから、仲間になってくれって頼んだんだ!」
サトシは胸を張った。
「もちろん、最後にはちゃんとバトルもしたぜ! 簡単には勝たせてくれなかったけどな!」
「それで、今日のバトルでも見せた、あの機動力か」
シンヤが口を開いた。
「ウインディは速さだけじゃなく、走る方向を変える瞬間にも力を発揮していた。地面の状態を見て、相手の攻撃を避ける動きも自然だった」
「ああ! 走り込みを一緒にやったおかげで、ウインディがどんなときに加速するか、少しずつ分かるようになったんだ!」
「なるほど……」
シンヤは小さく頷いた。
(サトシはウインディの能力を知識として把握しただけじゃない。行動を共にすることで、相手の癖や感覚を共有しているんだ)
波動の眼で動きを分析することはできる。しかし、実際に並んで走り、相手が何を目指しているかを肌で感じることは、観察だけでは得られない。
シンヤはその違いを、改めて意識した。
◆空を切り裂く針との出会い
「それじゃあ、次はスピアーだね」
リーフが促すと、サトシは嬉しそうに頷いた。
「スピアーは森で出会ったんだ。最初は、ほかのむしポケモンたちと一緒にいたんだけど……そいつ、群れの中でも飛び方が全然違ってたんだよ」
「飛び方?」
「ああ! まっすぐ飛ぶだけじゃなくて、木の間を縫うように進んだり、急に方向を変えたりしてさ。オレ、思わず追いかけちまったんだ!」
「また追いかけたのかい……」
シゲルが深いため息をつく。
「だって気になったんだもん!」
サトシはまったく気にしていない。
「でも、近づいたらスピアーは怒って攻撃してきた。オレが勝手に追いかけたから、警戒されちまったんだな」
「それで、どうしたの?」
リーフが尋ねる。
「ピカチュウと一緒に逃げながら、スピアーの動きを見てたんだ。あいつ、オレたちを追い詰めるときも、木にぶつからないように飛んでたんだよ」
サトシは両手を広げ、スピアーの飛行軌道を再現する。
「それで、森の開けた場所に出たとき、オレは逃げるのをやめて、ちゃんとバトルを申し込んだんだ!」
「自分から追いかけておいて、今度は正面から勝負を挑んだわけか」
「そうだぜ!」
「……君らしいね」
シゲルは苦笑した。
「最初はスピアーの速さについていけなかった。でも、ピカチュウと協力して、スピアーが方向転換する瞬間を狙ったんだ。ピカチュウが電撃で進路を限定して、オレがその隙にボールを投げた!」
サトシは少しだけ表情を引き締めた。
「でも、捕まえたからって、すぐに仲良くなれたわけじゃないんだ。スピアーは最初、オレが近づくと針を向けてきたし、ボールから出ても、勝手に飛び回ってばかりだった」
「それでも、今日のバトルでは君の指示に応えていた」
シゲルが言う。
「うん。オレ、スピアーに無理やり言うことを聞かせようとはしなかった。あいつがどんなふうに飛ぶのが得意なのか、どうすれば自分の力を発揮できるのか、いろいろ試してみたんだ」
サトシは手元のモンスターボールに視線を落とす。
「今日のバトルでも、最初はただ速く動いて攻撃するだけだった。でも、カメックスの周りを何度も飛んでいるうちに、あいつ自身が相手を振り回すような動きを見せ始めたんだ!」
「つまり、スピアーの機動力を単なる攻撃手段ではなく、相手の防御を崩す手段に変えたということね」
リーフが感心したように言った。
「そうそう! スピアーが自分で考えて動いたから、オレもそれに合わせて指示を変えたんだ!」
シンヤは静かに息を吐いた。
(戦闘中に作戦を変えただけじゃない。サトシは、相手の動きに合わせて自分の指示も変えている。あらかじめ決めた戦術を押し通すのではなく、ポケモンが見せた可能性を、その場で戦術に組み込んでいるんだ)
それは、シンヤが重視している戦場の観察と即興戦術にも通じるものだった。
ただし、サトシのやり方は少し違う。
シンヤは能力や状態、地形の条件から可能性を組み立てる。
一方、サトシはポケモンの動きや表情、戦い方の変化から、その場で可能性を見つけ出していく。
どちらも分析に基づいているが、出発点が違うのだ。
「……これは、リーグで対戦するときに厄介な相手になりそうだな」
シンヤは誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。
次の試合へ
「負けないよシンヤ!」
「ふ、こっちこそ負けないよリーフ」
シンヤVSリーフの始まりだ