◆伝説の鳥を追いかけた男の休日
5のしま。
高級リゾート地に建てられた別荘では、珍しく穏やかな時間が流れていた。
ソファに腰掛けたシンヤは、窓の外に広がる海を眺めながら、ゆっくりと息を吐く。
そのすぐ横にはカンナから託されたムチュールのタマゴ。少しずつ暖め、少しだけゆっくりだが動いている。
ファイヤー。
フリーザー。
サンダー。
立て続けに三匹の伝説の鳥と遭遇し、激闘の末に仲間へ迎え入れた。
思い返せば、なかなか無茶な行動だった。
「……少し休もう」
リーグまでには、まだ時間がある。
カンナとの特訓も終わり、主力ポケモンたちはそれぞれの課題を意識しながら自主訓練を続けている。
もちろん、シンヤ自身もやるべきことは山ほどある。
技構成の見直し、各ポケモンの戦術の整理、ライバルたちへの対策。
だが、だからといって四六時中トレーニングを続けていては、ポケモンもトレーナーも疲弊してしまう。
何より、今は一度、頭を休ませるべき時期だった。
「シンヤ、紅茶のおかわりはいる?」
声をかけたのはレンだった。
テーブルには紅茶と焼き菓子が並んでいる。
「もらうよ。ありがとう」
「どういたしまして。……ふふっ、今日はずいぶん大人しいじゃない。いつもなら、何か思いついた顔をして、突然ポケモンを連れて出かけそうなのに」
「俺を何だと思ってるんだ?」
「伝説のポケモンを見つけたら、すぐに勝負を挑む人?」
「……否定しづらいな」
「でしょう?」
レンは楽しそうに笑った。
その隣では、ラムが菓子皿を手にしている。
「坊ちゃまが大人しくしていると、逆に何か起きそうで怖いんですけど」
「お前まで何を言うんだよ……」
「だって、これまでの実績が実績ですからね。伝説の鳥を三匹も捕まえてくるなんて、普通は考えませんって」
「姉様、そんな言い方をしたら坊ちゃまが困ってしまいますよ」
レムが穏やかにたしなめた。
「レム。これは言いようのない事実よ」
「それはそうですけれど……」
「レムまで認めるな!」
三人の笑い声が、リビングに響く。
ようやく訪れた休息の時間。
シンヤは紅茶を口に運び、今度こそゆっくり過ごそうと決めた。
――その直後だった。
ブブブブブッ!
テーブルの上に置かれた通信端末が、激しく振動した。
画面に表示された発信者の名前を見た瞬間、シンヤは嫌な予感を覚えた。
『マサユキ』
実家にいる父親からの通信だった。
「……父さん?」
通話をつなぐ。
次の瞬間、画面いっぱいに黒髪の男の顔が映し出された。
「シンヤ! 元気か!」
「元気だけど……どうしたんだよ、急に」
『いやあ、ちょっと報告したいことがあってな!』
画面の向こうのマサユキは、妙に上機嫌だった。
その背後には、見覚えのある研究室。
机の上には機材が散乱し、何かの部品や資料が山積みになっている。
そして、マサユキの目は、何かを成し遂げた人間特有の輝きに満ちていた。
シンヤは思わず眉をひそめる。
(……あ、これ駄目なやつだ)
父親があの顔をしているときは、たいてい何かとんでもないものが完成している。
しかも、それが世の中にとって有益なのか、危険なのか、本人にもまだ判断がついていないことがある。
「父さん。先に聞いておくけど、今度は何を作った?」
『ははは! まあまあ、そう急くな! まずはポリゴンの話からだ!』
「……ポリゴン?」
そこで、シンヤは少しだけ表情を改めた。
以前、保護したポリゴン。
人工的に生み出された、プログラムを起源とするポケモン。
その個体について、父親が何か調べていたことは知っている。
しかし、今回の連絡は、それだけでは終わらなかった。
◆ポリゴンを外へ出すということ
『まず、以前から付き合いのあるシルフカンパニーの研究員に相談したんだ』
「父さんの同級生の人だっけ?」
『そうそう。あいつはポケモンの生態研究にも詳しくてな。ポリゴンについて、いろいろと話を聞いてきた』
マサユキは手元の資料を持ち上げた。
『それで、シンヤが別荘に移動して二、三日たった頃だったかな。あいつから、こう言われたんだ』
マサユキは、研究員の言葉を思い出すように語った。
『「これまで長い時間、外で活動してきた個体なら、そろそろ外の世界を見せてあげてもいいんじゃないか」ってな』
シンヤは目を瞬かせた。
「……え? じゃあ、ポリゴンを外に連れ出してもよかったのか?」
『ああ。もちろん、いきなり危険な場所へ連れていくんじゃなく、様子を見ながらだけどな。これまでの活動記録や健康状態を考えれば、環境を変えてあげること自体は悪くないって話だった』
「だったら、なんで今まで黙ってたんだよ!?」
思わず声が大きくなる。
別荘に移動してから、すでにかなりの日数が経っている。
育成を開始、カンナとのスパルタ特訓。
三鳥を追いかけ、戦い、捕獲するまでの時間も含めれば、もう一か月近くになろうとしていた。
その間、父親はポリゴンを外に出してもよいという話を知っていたことになる。
『いやあ……』
マサユキは頬をかいた。
『せっかくだから、もう少しポリゴンの生態を調べようと思ってな』
「…………は?」
『いや、だって気になるだろう?』
父親は真顔だった。
『そもそも、ポリゴンはどうやって生まれた? 身体はどういう構造になっている? 普通のポケモンと何が違う? どこまでが生物としての機能で、どこからがプログラムによる制御なんだ?』
開発者なのに好奇心が、完全に顔へ出ている。
マサユキはそのまま説明を続けた。
ポリゴンは、最新の科学技術を用いた研究によって、プログラムから生み出された人類初の人工ポケモンとして知られている。
全身は角ばった多面体のパーツで構成され、基本的な動作はプログラムによって制御されている。
通常の生物とは異なる仕組みを持ちながら、ポケモンとしての活動を成立させている存在。
だからこそ、研究対象として興味深かった。
「まあ、そこまでは分かるよ。ポリゴンが特殊なポケモンなのも理解してる」
『そうだろう? そこで、俺は考えたんだ』
マサユキが人差し指を立てた。
『ポリゴンのプログラムを解析できるなら、他のポケモンの特性についても、何か分かることがあるんじゃないかってな!』
「……特性?」
『そうだ!』
その瞬間、シンヤの表情が固まった。
父親はまだ気づいていない。
自分がこれから何を口にしようとしているのか、それがどれほどとんでもないことなのかを。
「父さん、あんたまさか……」
『同じ種類のポケモンを何匹も捕まえていると、どうにも説明のつかない違いが見つかることがあってな!』
マサユキは勢いよく語り始めた。
『見た目は同じ。身体の基本構造も同じ。それなのに、ある個体は炎に強く、別の個体は電気を引き寄せる。さらに、ごくまれに、一般的な個体とは明らかに違う性質を持つものまでいる!』
シンヤは息を呑んだ。
(……ああ、そういうことか!)
前世の知識が、頭の中でつながっていく。
ポケモンには、通常の特性が二種類存在する種族がいる。
そのどちらを持つかは、個体によって異なる。
そして、通常とは異なる特別な特性――隠れ特性、いわゆる夢特性を持つ個体も存在する。
しかし、この世界では、それらを体系的に区別する概念自体が、まだ十分に認識されていないのだろう。
マサユキは、まさにそこへ疑問を抱いたのだ。
『そこで、ポリゴンのプログラムに着目した!』
「…………」
『プログラムも、見方を変えれば生物の遺伝情報に似たものとして扱えるんじゃないかと思ってな! もちろん、実際に同じものだと決めつけたわけじゃない。仕組みを比較して、どこまで応用できるか調べたんだ!』
シンヤの額に、冷や汗が浮かぶ。
(待て待て待て。父さん、まさか……)
『ポケモンの身体の一部や、シンヤが今まで仲間にしてきたポケモンたちのデータも参考にして、いろいろと試行錯誤した!』
「ちょっと待って!?」
『いやあ、苦労したぞ! こんなに時間をかけて開発したのは、初めてかもしれん!』
「父さん、話を聞いてくれ!」
しかし、マサユキは止まらない。
『そして、ついに完成したんだ!』
父親が勢いよく立ち上がった。
研究室の奥から、二つの小さなケースを取り出す。
それぞれのケースには、見慣れないアイテムが収められていた。
いやその形状は前世でもお世話になったアイテムに酷似していた。
マサユキは満面の笑みを浮かべる。
そして、誇らしげに叫んだ。
『じゃんじゃじゃーん! これが俺の今の最高傑作!』
『その名も――特性カプセル! そして、特性パッチィィィ!!その効果はどちらも共通してポケモンの特性を変更できる優れものだぁ!』
沈黙。
リビングの空気が、完全に止まった。
レンは紅茶のカップを持ったまま固まり、ラムは菓子を口に運ぶ途中で動きを止め、レムは目を丸くして画面を見つめていた。
そして、シンヤは。
「…………」
数秒間、何も言えなかった。
頭の中では、いくつもの感情が渦巻いていた。
驚愕。
困惑。
感動。
そして――
「マァジィで???」
ようやく出てきた言葉は、それだった。
◆父さん、それは世紀の大発明だ
『おう! マジだぞ!』
「いやいやいやいや! 待ってくれ! 父さん、今、何を作ったって!?」
『特性カプセルと特性パッチだ!』
「聞こえてる! 聞こえてるけど、そうじゃない!」
シンヤは額を押さえた。
前世の知識を持つ自分だからこそ、この発明が意味するものを理解できる。
いや、理解できてしまう。
**特性カプセル。**
通常の特性を二種類持つポケモンに使用し、現在の特性を、もう片方の通常特性へ切り替えるアイテム。
たとえば、通常特性が「いかく」と「じしんかじょう」のギャラドスなら、その二つを切り替えられる。
ただし、通常特性から隠れ特性へ変更することはできない。
そして――
**特性パッチ。**
通常特性と隠れ特性を切り替えるためのアイテム。
通常特性を持つ個体を隠れ特性へ変更することも、隠れ特性を持つ個体を通常特性へ戻すことも可能になる。
つまり、これまで個体ごとの違いとして扱われていた特性を、一定の条件下で変更できるようになるのだ。
シンヤは顔を上げた。
「……父さん。これ、どれだけヤバい発明か分かってる?」
『ん? 便利だろう?』
「便利の一言で片づけていいものじゃねえよ!」
思わず叫んでしまった。
(ナイスだ父さん!)
(何してんだおめぇ!?)
相反する二つの感情が、シンヤの中で激しくぶつかり合っていた。
前世の知識からすれば、これらはゲームの世界でさえ貴重なアイテムだ。
それを、この世界の人間が作り上げてしまった。
しかも、マサユキはポケモンを強制的に改造するような危険な実験をしたかったわけではない。
あくまでも、個体ごとに異なる特性の仕組みを調べ、ポケモンが本来持っている性質を切り替える方法を研究した結果なのだという。
「父さん、念のために聞くけど……ポケモンに危険はないんだよな?」
『そこは慎重に調べた。いきなり大量に作って使わせるような真似はしない。まずは試作品で安全性と効果を確認する必要がある』
「……そうか」
シンヤは少しだけ安心した。
いくら夢のようなアイテムでも、ポケモンの健康を犠牲にするなら意味がない。
本人の意思と安全を尊重すること。
それだけは絶対に譲れない。
『もちろん、特性を変えれば必ず強くなるというわけでもないぞ。ポケモンによっては、今の特性のほうが得意な戦術に合っている場合もある』
「……父さん」
『それに、隠れ特性の仕組みも、まだ完全に解明できたわけじゃない。今回の成果は大きいが、研究はこれからだ!』
シンヤは思わず天井を仰いだ。
(この人、分かってるところは分かってるんだよな……!)
父親は勢いだけで発明しているわけではない。
研究の限界も理解し、安全性の確認を優先する姿勢もある。
ただし、思いついたことを形にする行動力が、あまりにも規格外なのだ。
「で……試作品は何個できたんだ?」
『特性カプセルも特性パッチも、何個かずつだな! 今はまだ量産できないが、時間をかければ生産体制も整えられると思うぞ!』
「何個かって……」
『というわけで、まずは報告まで! 詳しいデータは後で送っておく!』
「いや、待て父さ――」
プツン。
通信が切れた。
シンヤは、しばらく端末を見つめていた。
「…………」
レンが、そっと口を開く。
「……ねえ、シンヤ」
「何だ?」
「今のお父さん、ものすごいものを作ったんじゃない?」
「……ああ」
「それも、世界中のポケモン研究者が知ったら、大騒ぎになりそうなものを?」
「……ああ」
ラムが腕を組んだ。
「坊ちゃまのお父様、発明家というより、もはや何か別の存在なのでは?」
「俺もそう思い始めてる」
レムは困ったように微笑んだ。
「でも、ポケモンたちのためになるのなら、素晴らしいことですね」
「それは間違いない。間違いないんだけど……!」
シンヤは頭を抱えた。
「父さん、何してんだよ、本当に……!」
◆そういえば、あの特性も……
騒然とした空気が少し落ち着いた頃。
シンヤは、これまで仲間にしてきたポケモンたちのことを思い返していた。
ニドキングにニドクイン、ケンタロス。
野生で出会い、仲間になった個体。
その特性は「ちからずく」だった。
ハクリュー。
ゲームコーナーで仲間にしたミニリュウから育てた個体。
その特性は「ふしぎなうろこ」。
当時は、リアルなポケモン世界なのだから、ゲームのように特性が厳密に区分されているとは限らないと考えていた。
だが、実際には違ったらしい。
「……なるほどな」
シンヤは小さく呟いた。
「通常特性だけじゃなく、隠れ特性を持っている個体も、普通に存在していたわけか」
レンが首を傾げる。
「隠れ特性?」
「ああ。簡単に言うと、そのポケモンが持っている特別な性質だ。通常の個体とは違う特性を持っていることがある」
「でも、それなら、どうして今まで知られていなかったの?」
「珍しいからだろうな。そもそも、同じ種類のポケモンを何匹も捕まえて、細かい違いを比較しなければ気づきにくい。特性が違っても、戦闘経験の差や個体差だと思われることもあるはずだ」
シンヤは、ふと別のことを思い出した。
リーフのキュウコン。
あの個体と戦ったとき、彼は疑問を抱いていた。
なぜ、わざわざ「にほんばれ」を使って天候を変えるのだろう。
もし「ひでり」の特性を持つキュウコンなら、登場した時点で晴れにできるはずなのに、と。
しかし、今なら納得できる。
(リーフのキュウコンは、通常特性の個体だったんだろうな。あるいは、そもそも彼女自身が特性の違いを知らなかったのか)
この世界では、隠れ特性の概念が広く認識されていない。
だからこそ、特性による違いを意識せず、目の前のポケモンが持つ能力だけを見て戦術を組み立てているトレーナーも多いのだろう。
もちろん、特性を知らなくても、強いトレーナーは存在する。
特性がすべてではない。
だが、特性を理解し、適切に利用できれば、戦い方の幅は確実に広がる。
そして、その特性を切り替える道具まで誕生した。
「……父さん、本当にとんでもないことをしたな」
シンヤは改めて呟いた。
レンが、にやりと笑う。
「ふふっ。あなたのお父さん、面白い人ね」
「面白いで済ませていいのか、これ……?」
「少なくとも、あなたが普通のトレーナーじゃない理由は分かった気がするわ」
「俺は普通だぞ」
「へえ? 伝説の鳥を三匹捕まえた人が?」
「……それは今、関係ないだろ」
「あるわよ。大いにね」
レンは楽しそうに笑った。
シンヤは反論を諦め、話を続けることにした。
「まあ、これで今後の育成方針も変わるかもしれない。ただし、リーグ直前に慌てて使うつもりはない」
「どうして?」
「特性が変われば、今までの戦い方がそのまま通用するとは限らないからだ。技構成も、立ち回りも、場合によっては育成方針そのものも見直す必要がある」
レンは納得したように頷いた。
「確かにね。新しい力を手に入れたからって、すぐに使いこなせるわけじゃないもの」
「そういうことだ」
今はリーグに向けて、主力メンバーの完成度を高める時期だ。
新しい可能性は魅力的だが、焦って取り入れる必要はない。
シンヤはそう判断した。
……ただし。
その判断は、今後の育成環境を考えれば、いずれ見直すことになるかもしれなかった。
◆進化を待つポケモンたち
シンヤは自分の手持ちを思い浮かべた。
主力の二十六匹。
それ以外にも、実家には多くのポケモンたちが暮らしている。
そして、その中には、進化を待っている個体や、今後の育成次第で大きく戦い方が変わる個体もいた。
「……そういえば」
シンヤは、ふと思い出したように呟いた。
「ニョロゾがいたな」
レンが反応する。
「ニョロゾ? 進化させるの?」
「いずれはな。ニョロゾは、進化の石じゃなくて「おうじゃのしるし」を持たせてでニョロゾからニョロトノに進化するための条件が必要になる。今はまだ進化させる段階じゃないけど、特性を変えられるなら話が変わる」
「どういうこと?」
「ニョロトノの隠れ特性は『あめふらし』だ。これがあれば、登場しただけで雨を降らせられる」
シンヤの頭の中に、戦術が浮かぶ。
雨によって水技の威力を高める。
炎技の威力を抑える。
雷の命中率を補助する。
炎技を半減させれる。
水タイプのポケモンを中心としたチームなら、天候そのものを武器にできる。
「もちろん、ニョロトノにするなら、本人の意思と進化の準備が必要だ。今すぐどうこうするつもりはないけどな」
続いて、シンヤは控えのポケモンたちを思い出した。
ヤドラン。
そして、ヤドン。
「ヤドランの隠れ特性は『さいせいりょく』。ヤドンもヤドキングに進化すれば、同じ特性を活用できる」
「さいせいりょくって、回復する特性?」
「ああ。交代して控えに戻ると、体力を回復できる。相手の攻撃を受けて交代し、回復してからまた戦場に戻る。そういうサイクル戦と相性がいい」
レンは少し考えた。
「つまり、特性を変えることで、同じポケモンでも役割そのものが変わることがあるのね」
「その通り。特性は単なるおまけじゃない。戦術の土台になることだってある」
シンヤは腕を組んだ。
ニョロトノの「あめふらし」。
ヤドランやヤドキングの「さいせいりょく」。
どれも、適切な場面で使えば強力な能力だ。
だが、リーグ直前に育成を始めるのは危険だ。
新しい特性を使いこなすには、技の選択や交代のタイミングまで含めて練習する必要がある。
「今回は見送りだな」
シンヤは結論を出した。
「リーグが終わってから、本人たちの様子を見て考える。特性が強いからって、無理に進化させたり、戦術を押しつけたりするつもりはない」
「ふふっ、そこはちゃんとしてるのね」
「当たり前だろ。ポケモンは道具じゃないんだから」
レンは少しだけ柔らかい笑みを浮かべた。
「そういうところ、あなたらしいわ」
シンヤは照れ隠しのように紅茶を飲んだ。
……そして、心の中で付け加える。
(それにしても、特性カプセルと特性パッチか……。父さん、後で詳しいデータを絶対に確認しないとな)
世界を変えかねない発明だ。
その効果と安全性、使用条件、量産体制。
確認すべきことはいくらでもある。
そして何より、父親がどこまで研究を進めているのか。
シンヤは、休息日が終わったらすぐに実家へ連絡を入れようと決めた。
◆伝説の鳥たちの新しい役割
その日の夕方。
シンヤは別荘のトレーニング施設へ向かい、三匹の伝説の鳥のボールを手に取った。
ファイヤー。
フリーザー。
サンダー。
どの個体も、野生で出会った時点で圧倒的な実力を持っていた。
しかし、捕獲したからといって、すぐにリーグへ投入するつもりはない。
「……お前たちは、しばらく育成相手になってもらうぞ」
シンヤはボールを見つめた。
伝説のポケモンを使えば、それだけで勝てる。
そんな考え方は好きではなかった。
強力なポケモンには、それに見合うだけの責任と理解が必要だ。
能力を知り、技を磨き、戦術を組み立て、本人の意思を尊重する。
それを抜きにして、ただ強いポケモンを使うだけでは、勝利の意味も薄れてしまう。
もちろん、伝説のポケモンを使うこと自体が悪いわけではない。
相手が伝説のポケモンを使うトレーナーなら、こちらも状況に応じて対抗する必要があるかもしれない。
だが、シンヤは最初から三匹をリーグで使うつもりはなかった。
「少なくとも、今の段階じゃ出さない。技の動きや連携を確かめる余裕もないしな」
三匹を育成相手として活用すれば、主力ポケモンたちの実力をさらに高められる。
もちろん、ただぶつけるだけではない。
それぞれの性格や戦い方を見極め、必要なときには休ませ、無理のない範囲で訓練を進める。
シンヤが思い描いているのは、単なる強さの競争ではなかった。
互いに成長し、戦いを通じて理解を深めていくこと。
「……まあ、実家に戻ったら、あいつらにも手伝ってもらうか」
そう呟いた瞬間。
シンヤは、まだ気づいていなかった。
ファイヤー、フリーザー、サンダーという三匹が、実家のポケモンたちにどれほど大きな影響を与えることになるのか。
そして、父親の発明が、その環境をさらに変えてしまうことも。
彼が想像していた以上に、実家の庭は騒がしくなることになる。
◆嵐の前の静けさ
夜。
別荘のリビングでは、レン、ラム、レムの三人が、それぞれ思い思いに過ごしていた。
シンヤは父親から送られてきた資料を確認している。
特性カプセル。
特性パッチ。
どちらも、試作品としての効果や使用条件、安全性に関する記録が添えられていた。
シンヤは真剣な表情で資料を読み進める。
「……なるほど。使用できる個体には条件があるのか」
すべてのポケモンに無条件で使えるわけではない。
通常特性が二種類存在するポケモンには、特性カプセルが適している。
隠れ特性への切り替えや、隠れ特性から通常特性への変更には、特性パッチが必要になる。
ただし、特性の種類そのものが存在しないポケモンや、特殊な事情を抱えた個体については、別途確認が必要だった。
「……父さん、ここまで調べたのか」
驚きと感心が、またしても同時に湧き上がる。
その横から、レンが資料を覗き込んだ。
「ねえ。これが本当に実用化されたら、ポケモンの育成方法が変わるんじゃない?」
「変わるだろうな。今までは、特性を選ぶなら、基本的には最初からその特性を持った個体を探すしかなかった。でも、これがあれば、選択肢が増える」
「それって、トレーナーにとっては便利なこと?」
シンヤは少し考えてから答えた。
「便利だし、可能性も広がる。でも、使い方次第だ。強い特性だけを求めて、ポケモンの意思や適性を無視するようになったら、本末転倒だろ」
レンは静かに頷いた。
「……そうね。強いことと、その子に合っていることは別だもの」
「そういうこと」
シンヤは資料を閉じた。
今はリーグに向けて、主力ポケモンたちとの連携を磨く時期。
新しいアイテムに浮かれて、計画を崩すつもりはない。
それでも、父親の発明が持つ可能性は大きい。
これから先、どれほど多くのポケモンが、自分に合った特性を生かして戦えるようになるのか。
考えるだけで、胸が躍る。
「……父さん、やっぱりすげえな」
「ふふっ。今度は褒めるの?」
「いや、褒めてるよ。普通にすごい。でも、もう少し事前に相談してほしかった」
「それはそうね。いきなりそんなものを作ったって聞かされたら、誰だって驚くわ」
「だろ?」
レンはいたずらっぽく笑った。
「じゃあ、次にお父さんから連絡が来たら、最初に聞いてみたら? 『今度は何を作ったの?』って」
「……絶対そうする」
二人は顔を見合わせて笑った。
窓の外には、静かな夜の海が広がっている。
リーグまでの時間は、まだ残されている。
シンヤは、その時間を休息と準備に充てるつもりだった。
しかし、彼はまだ知らない。
三鳥が実家へ戻る日。
特性カプセルと特性パッチが本格的に運用され始める日。
その二つが重なったとき、実家の庭がどれほどとんでもない場所へ変わるのかを。
**――それは、また別の物語の始まりだった。**
はい。感想でも出ていた父マサユキなら特性カプセルに特性パッチ作れるんじゃねっていうのに着目し、この話を作ってみました。
そうだよね。やべえ学習装置とか転送グローブとかバック作ってるからありえなくないからね!