『天雲星系・銀河の記憶』 作:DanhDu_Chronicle
しばらくの沈黙の後。
ヒュエン・ゴックは小さく笑った。
そして――
「うん」
「お兄ちゃんの傷を治したのは……私だよ」
説明もない。
隠そうとする言葉もない。
ただ――
一つの答えだけ。
ヴァン・ティエンは少し驚いた。
だが――
心の中では、すでにその答えを予想していた。
なぜ自分がそう思っていたのか。
それは、ヴァン・ティエン自身にも分からなかった。
彼はただ、静かに頭を下げる。
「そうなのか……」
「ありがとうな」
理由を聞かなかった。
なぜ治せたのかも、聞かなかった。
それがなぜなのか――
ヴァン・ティエンだけが知っていた。
いや。
もしかすると――
自分でも分かっていなかった。
その時、ヒュエン・ゴックが口を開く。
「お兄ちゃん、起きたなら……」
「そろそろ私の頭から手を離してくれる?」
ヴァン・ティエンは自分の手を見る。
そこで初めて気づいた。
ずっと――
自分の手を、ヒュエン・ゴックの頭に置いたままだった。
彼はゆっくり手を引く。
「ごめんな」
少女は頬を膨らませる。
「今回は許してあげる」
「ありがとう」
ヴァン・ティエンは小さく微笑む。
少女もつられて笑った。
ヴァン・ティエンは空を見上げる。
そこには――
夕暮れの赤と橙色の空が広がっていた。
遠くでは、太陽も沈み始めている。
「もうすぐ暗くなるな」
「俺も帰らないと」
ヴァン・ティエンは手を地面につき、身体を起こして立とうとする。
だが――
少し身体を持ち上げた瞬間。
ドサッ!!
身体が、そのまま地面へ崩れ落ちた。
ヒュエン・ゴックはすぐに彼の身体を支える。
「お兄ちゃん、まだ大怪我してるんだから」
「勝手に起き上がっちゃダメだよ」
「でも……帰らないと」
「帰らなかったら、父さんと母さんが心配する」
ヒュエン・ゴックはそう言われると、何も言えなくなった。
そして――
小さくため息をつく。
「はぁ……分かった」
「じゃあ、私がお兄ちゃんを家まで送っていく」
「どうせ何を言っても、ここに残る気なんてないんでしょ?」
「いいのか?」
「大丈夫」
「私、すごく元気だから」
「ちゃんと家まで支えていけるよ」
「じゃあ……悪いな」
ヴァン・ティエンは片手を地面につく。
ヒュエン・ゴックは片腕を彼の脇へ通し、もう片方の手でしっかりと腰を掴む。
細い肩に全力を込め――
ヴァン・ティエンの身体を引き上げる。
成人した男の重さが、小さな少女の身体へ重くのしかかる。
少女の服が引き伸ばされる。
小さな足が地面を強く踏みしめ、身体を支える。
そして――
ヒュエン・ゴックは静かに言った。
「帰ろう」
彼女は一歩ずつ歩きながら――
ヴァン・ティエンを支えて、土の道を進んでいった。
* * *
はるか上空。
深い宇宙の中では――
黒い戦艦が、今も宇宙空間を漂っていた。
艦内。
ベリオスは椅子に背を預けながら、外に広がる星々を見つめていた。
彼の頭の中には――
先ほどの戦いの光景が蘇っている。
ヴァン・ティエンの前に立ちはだかった少女。
そして――
叫んだ言葉。
「それでもあの人を殺したいなら……私の死体を越えていけ」
ベリオスは星空を見つめながら、深く考え込む。
「あの時の……言葉」
彼はふと、自分の手を見る。
そこには――
青い指輪があった。
その指輪を見た瞬間。
ベリオスの記憶が――
蘇ってきた。
あの頃。
彼はただの――
痩せ細った少年だった。
身体には、ほとんど力がなかった。
ある日。
ゴミ捨て場で食べ物を探していた彼の前に――
五人の男たちが現れた。
そのうちの一人が口を開く。
「誰が俺の縄張りに入っていいと言った?」
ベリオスは、目の前にいる背の高い痩せた男たちを見て、怯える。
「ぼ……僕……」
「ここが、あなたたちの縄張りだなんて知りませんでした」
男の一人が近づいてくる。
そして――
ベリオスの服を掴み上げた。
次の瞬間。
ドサッ!!
彼は地面へ強く投げつけられた。
男はベリオスの顔を指差す。
「勝手に俺たちの縄張りへ入ったんだ」
「許可も取らずにな」
「なら――」
「一つ、礼儀を教えてやるよ」
男が手を上げた。
その時――
遠くから、少女の声が響いた。
「やめて!」
男が顔を上げる。
その瞬間――
バシッ!!
水の入った瓶が飛んできて、男の顔面へ直撃した。
男はそのまま地面へ倒れ込む。
そして――
細身の少女が走ってきた。
黒い髪をポニーテールに結んだ少女。
彼女はベリオスの前へ立ちはだかり――
両手を広げる。
「この子に触らないで!」
男の一人が叫ぶ。
「お前には関係ねぇ!」
「さっさと消えろ!」
少女は怯えない。
それどころか――
言い返す。
「こんなに痩せた子をいじめて……」
「恥ずかしくないの?」
「ハッ、恥ずかしい?」
「ここは俺たちの縄張りだ」
「ここで何をするかは、俺たちの勝手だ」
「それに――」
「こいつは勝手に俺たちの縄張りへ入った」
「許可も取らずにな」
「だから、俺たちがこいつに教えてやるんだよ」
少女は睨みつける。
「弱い者しかいじめられないなんて……」
「本当に情けない奴らね」
「俺たちが何をしようと勝手だ!」
「さっさとどけ!」
男はそう叫ぶと――
少女へ向かって拳を振り抜いた。
しかし――
少女は軽く頭を下げる。
拳が、髪をかすめて通り過ぎた。
その瞬間。
少女は男の腕を両手で掴む。
そして――
グッ!!
身体を捻り――
ドォン!!
男の身体を、そのまま硬い地面へ叩きつけた。
「ぐあっ!!」
リーダー格の男はそれを見て、残った仲間へ叫ぶ。
「お前らも行け!」
「全員でやっちまえ!」
三人の男が一斉に少女へ飛びかかる。
一人が拳を振り上げる。
だが少女は――
素早く身体を低く滑らせて拳をかわす。
そして――
脚を引き寄せる。
クルッ!!
身体を一回転させ――
下から上へ、強烈な蹴りを顎へ叩き込む。
ドゴッ!!
男の身体が宙へ浮く。
そして――
ドォン!!
地面へ激しく叩き落とされた。
その直後。
一人の太った男が後ろから少女を抱きしめる。
「今だ!」
「捕まえたぞ!」
別の男が少女へ向かって突っ込んでくる。
しかし――
少女は軽く地面を踏み――
跳び上がった。
そして――
下から真っ直ぐ、顎へ向かって蹴りを突き上げる。
ドゴッ!!
男は吹き飛んでいく。
まだ終わらない。
少女は脚を引き――
踵を強く後ろへ振り抜く。
ドゴッ!!
太った男の股間へ、踵が直撃した。
「ぐっ……!!」
男は急いで股間を押さえる。
顔は苦痛に歪んでいる。
その隙に――
少女は跳び上がる。
空中で一回転。
そして――
強烈な蹴りを、太った男の顔面へ叩き込む。
ドォン!!
大きな身体がよろめく。
そして――
ドサァッ!!
地面へ倒れ込んだ。
少女は着地して体勢を整える。
そして――
ゆっくりと、リーダー格の男へ目を向けた。
男はそれを見て――
恐怖に顔を引きつらせる。
そして――
走って逃げ出した。
「覚えてろよ!」
少女はそんな言葉を気にも留めず――
すぐにベリオスのところへ駆け寄った。
「大丈夫?」
「どこか怪我してない?」
ベリオスは首を振る。
「僕は大丈夫」
「ありがとう、お姉ちゃん」
少女はそれを聞くと、笑顔を浮かべた。
「そんなの、気にしなくていいよ」
その時。
ベリオスの目が――
少女の手元へ向いた。
そこには――
淡く輝く青い指輪があった。
* * *
現在。
ベリオスは、自分のペンダントを見つめ――
小さく笑った。
その時。
一人の部下がやってくる。
「閣下、治療室の準備が完了しました」
ベリオスは一瞬、驚いたように目を見開く。
そして――
青い指輪を握りしめ、隠す。
ゆっくりと振り返る。
「分かった……」
「すぐに行く」
彼は歩き出す。
だが――
その前にもう一度。
星空へ目を向ける。
そして――
静かに、そこに広がる星々を見つめた。