『天雲星系・銀河の記憶』 作:DanhDu_Chronicle
「逃げて……」
ヒュエン・ゴックは彼を見つめ、静かに微笑んだ。
そして――
「お兄ちゃん……」
そう呼んだ。
巨大な球体が――
真っ直ぐこちらへ飛んでくる。
一瞬――
真っ白な光が広がり、ヴァン・ティエンとヒュエン・ゴックの身体を覆い尽くした。
「ゴォォォォ……」
しばらくして――
光が、ゆっくりと通り過ぎていく。
巨大な球体も――
消えていった。
ヴァン・ティエンは――
ゆっくりと目を開く。
しかし――
その目が、大きく見開かれた。
目の前に――
ヒュエン・ゴックがいた。
だが――
少女の身体は……
少しずつ透明になり――
そして、ゆっくりと消えていっていた。
「ヒュエン……ゴック……」
ヴァン・ティエンの声が――
震える。
彼は震える両手を伸ばし――
彼女を抱きしめようとする。
少女は彼を見つめ――
そして、自分の消えかけている身体へ目を向ける。
その目が――
少しだけ伏せられた。
それでも――
少女は、もう一度ヴァン・ティエンを見る。
「私は大丈夫だから……」
「お兄ちゃん、心配しないでね」
ヴァン・ティエンの両頬を――
涙が流れ落ちた。
苦しくて――
悔しくて――
何もできない。
そんな兄の姿を見て――
ヒュエン・ゴックは、精一杯の笑顔を浮かべた。
「お兄ちゃん……」
「この数日間、お兄ちゃんと一緒にいて……」
「子供たちとビー玉遊びをして……」
「トゥエン姉ちゃんと一緒に野ネズミを焼いて食べて……」
「本当に……楽しかったよ」
「ただ……」
「もう……みんなと、そういうことができなくなるんだね」
「でも――」
「私は、その思い出を絶対に忘れないから」
笑顔で話している。
それでも――
いつの間にか、少女の目からも涙が落ちていた。
声も――
少しずつ、詰まっていく。
唇が――
小さく震える。
「私……本当に……嬉しかった……」
「お兄ちゃんを……見つけられて……」
「お兄ちゃんが……まだ生きていてくれて……」
「本当に……嬉しかった……」
「きっと……あのお姉ちゃんたちも……喜んでくれるよね……」
ヒュエン・ゴックの身体は――
さらに透明になっていた。
両脚は――
すでに完全に周囲の空間へ溶け込んでいる。
ヴァン・ティエンは――
両手を地面についた。
「いや……」
「嫌だ……」
少女は彼を見る。
その目には――
大切な兄へ向ける、妹の愛情が溢れていた。
「どうやら……」
「私の時間も……もう終わりみたい」
「たぶん……」
声が――
小さく震える。
「もう……お兄ちゃんに……」
「さよならを言わないと……」
「一緒にいられなくて……ごめんね」
ヴァン・ティエンは――
なんとか身体を起こした。
「ヒュエン・ゴック……」
「死ぬな……」
「お前は……死んじゃ駄目だ……」
ヒュエン・ゴックの身体は――
もう、ガラスのように透明になっていた。
少女は兄を見つめ――
ゆっくりと瞼を閉じる。
これ以上――
兄に、自分の最後の弱さを見せたくなかった。
そして――
その瞳が完全に閉じた瞬間。
堪えていた二筋の涙が――
一気に溢れ出した。
目尻から流れ――
薄れていく頬を、熱い二筋の跡となって伝っていく。
それでも――
涙に濡れたその顔で――
少女は必死に口元を上げた。
優しく――
温かい笑顔。
まるで――
すべての悲しみを消し去ろうとするかのように。
その笑顔は――
不思議なほど穏やかだった。
まるで――
静かな別れの挨拶のように。
涙は止まらない。
満足そうな笑顔を伝い――
透明な空間へ落ちていく。
そして――
その姿が完全に虚無へ消える、その直前。
少女は――
小さな声で呟いた。
「お兄ちゃん……」
「私……お兄ちゃんのこと……大好きだよ……」
「さようなら……」
ヴァン・ティエンは――
突然、身体を起こした。
そして――
狂ったようにヒュエン・ゴックへ向かって走る。
「ヒュエン・ゴック!!!」
必死に手を伸ばし――
彼女を抱きしめようとする。
しかし――
その腕は――
ヒュエン・ゴックのぼやけた肩をすり抜けた。
「……!!」
ヴァン・ティエンはそのまま地面へ倒れ込む。
両手で掴めたのは――
冷たい草だけだった。
少女は――
最後にもう一度、彼を見つめた。
透明な身体が――
一度だけ、淡くきらめく。
そして――
完全に虚無へ消えた。
静寂の中――
そこに残ったのは、一枚の白い布だった。
白い布は空中に浮かび――
ゆっくりと落ちていく。
そして――
下にある緑の草の上へ落ちた。
ヴァン・ティエンは――
ゆっくりと這うように近づく。
そして――
白い布を拾い上げた。
そのまま胸へ抱きしめる。
強く――
強く抱きしめる。
目を固く閉じる。
それでも――
涙は止まらなかった。
その瞬間――
ヴァン・ティエンの頭の中へ――
一つの記憶が、一気に流れ込んできた。
「ねえ、船長。」
「計算、間違ってるよ」
「あっ……本当だ」
「もう……船長ったら……」
ヴァン・ティエンは頭を掻き――
隣にいる、長い黒髪の少女を見る。
そして――
小さく笑った。
「ははは……ごめんごめん。」
「ちょっと間違えただけだよ」
黒髪の少女は――
もう彼を責めなかった。
そして――
再びペンダントの組み立てに集中する。
しばらくして――
ついに完成した。
「うん……」
「やっと完成した」
彼女が起動ボタンを押す。
システムが――
動き始める。
二人の目の前には――
一つのカプセル。
その中に――
小さな少女が眠っていた。
黒髪の少女が――
もう一度ボタンを押す。
すると――
カプセルの中で眠っていた少女が――
ゆっくりと両目を開いた。
それを見た黒髪の少女は――
大喜びする。
「成功した!!」
ヴァン・ティエンも――
ほっと息を吐いた。
「やっと……成功したな」
カプセルの扉が――
ゆっくりと開いていく。
少女は――
澄んだ瞳で周囲を見回す。
目の前にいるのは――
真っ黒な服を着た少女と――
ヴァン・ティエン。
少女は――
不思議そうな顔をする。
「ここ……どこですか?」
少女は自分の手を見つめ――
そして二人を見る。
「……二人は……誰ですか?」
黒い服の少女は――
優しく微笑み、身体を屈める。
「怖がらなくていいよ。」
「私たち二人が――」
「あなたを作ったの」
「私たちが……私を作ったんですか?」
少女は小さく首を傾ける。
その瞳には――
純粋な無邪気さがあった。
「そうだよ」
黒い服の少女が優しく答える。
少女は――
何度も瞬きをする。
今聞いた言葉を――
一生懸命理解しようとしていた。
そして――
小さな足を上げ、カプセルから外へ出ようとする。
しかし――
起動したばかりの身体は、まだ重力に慣れていない。
その小さな脚が――
突然、震えた。
身体がふらつく。
そして――
前へ倒れそうになる。
「危ない!!」
ヴァン・ティエンが――
素早く駆け寄った。
少女が地面へ倒れる前に――
細い肩を支える。
培養液の――
柔らかな匂いが、少女の身体から漂う。
白い髪が長く垂れ――
左右で二つに束ねられている。
その髪が――
ヴァン・ティエンの身体へ軽く触れた。
これほど近い距離でも――
少女は怖がらなかった。
むしろ――
胸が小さく上下し――
澄んだ瞳で、ヴァン・ティエンの顔を見上げる。
「お兄ちゃん……」
「……すごく、温かい」
少女は――
自然にそう呟いた。
隣にいた黒髪の少女は――
クスクスと笑う。
そして近づき――
少女の白い髪を一房、優しく耳の後ろへかける。
「まだ名前がないんだよね?」
「じゃあ――」
「私たちが名前をつけてあげようか?」
「でも……どんな名前がいいかな」
ヴァン・ティエンは――
少し首を傾ける。
「俺の姓を使って――」
「この子の名前を決めるのはどう?」
「ヒュエン……か?」
「それもいいけど――」
「この子はこんなに綺麗で、髪も真っ白だし……」
「『ヒュエン』だけじゃ、少し合わないかな」
「えっと……」
「あっ、そうだ」
「この子の髪は、まるで水晶みたいに綺麗な白だから――」
「ヒュエン・ゴックっていう名前はどう?」
「ヒュエン……ゴック……」
少女は――
小さく、その名前を繰り返す。
「ヒュエン・ゴック……」
「うん……私、その名前好き」
少女は二人を見つめ――
小さく笑った。
「じゃあ――」
「二人は、私のお兄ちゃんとお姉ちゃんになってくれる?」
二人は――
互いに顔を見合わせる。
そして――
小さく笑った。
黒髪の少女が口を開く。
「いいよ……」
「じゃあ、これからは――」
「私がお姉ちゃん。」
「そして、この人がお兄ちゃんね」
「はい」
少女は――
目を細めて、嬉しそうに笑った。
「私……すごく嬉しい」
――ブチッ。
また一つ――
鎖のような音が、記憶の中で切れた。
そして――
現実へ戻る。
ヴァン・ティエンは――
まだ白い布を強く抱きしめていた。
その向こう側。
ベリオスは――
ヴァン・ティエンを見つめていた。
その目には――
今までにはなかった、深い思索が浮かんでいる。
先ほどの光景を見たことで――
ベリオスは、突然あの時のことを思い出していた。
ゴミ捨て場で――
エネルギー弾を受けた。
もう死ぬと思った。
その時――
一つの、見覚えのある大きな影が――
自分の前へ飛び込んできた。
そして――
自分の代わりに、その攻撃を受けた。
光が――
その少女の身体を貫いた。
その瞬間――
ベリオスの目が大きく見開かれた。
そして――
叫んだ。
「お姉ちゃん……!!」
――現実。
ベリオスは――
自分の手を見つめる。
どうすればいいのか――
分からなかった。
その時――
「返せ……」
ヴァン・ティエンの声が響いた。
ベリオスが顔を上げる。
遠くで――
ヴァン・ティエンが顔を上げていた。
その目は――
真っ赤だった。
瞳の奥まで――
赤く染まっている。
顔には――
激しい怒り。
それでも――
涙は流れ続けていた。
「返せ……」
「俺の妹を……」
「今すぐ……返せ……」
ヴァン・ティエンは傷だらけだった。
それでも――
怒りが身体を無理やり起こした。
そして――
狂ったようにベリオスへ突っ込んでいく。
拳を振り抜く。
しかし――
ベリオスは軽く横へ避けた。
そして――
脚を払う。
ヴァン・ティエンの身体が横へ崩れる。
その瞬間――
ベリオスは脚を高く上げ――
ヴァン・ティエンの胸へ、真っ直ぐ蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ……!!」
身体が――
地面へ激しく叩きつけられる。
呼吸が詰まる。
そして――
激しい咳と共に、喉から血が飛び散った。
そんなヴァン・ティエンを見て――
ベリオスは小さくため息をついた。
「何をため息なんかついてる……」
「早く……妹を返せ……」
ヴァン・ティエンは――
身体へ力を込めて立ち上がる。
そして――
ベリオスへ拳を放った。
ベリオスは――
ただ手を上げる。
拳を受け止める。
そして――
ため息をつく。
「そこまで死にたいのなら……」
「お前を妹のところへ送ってやる」
そう言いながら――
手のひらへ青い電気の球を作り出す。
電流が次々と球体の周囲を走る。
ベリオスは――
ヴァン・ティエンの腕を弾き上げる。
そして――
凄まじい拳を、彼の胸の中央へ叩き込んだ。
その拳は――
首元のペンダントにも直撃した。
「バキッ!!」
ペンダントの一部が――
砕け散った。
拳の衝撃によって――
ヴァン・ティエンの胸へ凄まじい圧力が加わる。
胸郭が――
一瞬で大きくへこんだ。
胸骨から――
「バキバキッ……!!」
激しい音が響く。
「オオオオオオオオオオオ!!!」
ベリオスの掌から――
青い電流が爆発した。
その電流がヴァン・ティエンの肉体へ突き刺さり――
そのまま背中を貫いて後方へ抜けていく。
ヴァン・ティエンの身体は――
まるで糸の切れた凧のように――
力なく揺れた。
そして――
その胸の奥で激しく鼓動していた心臓が――
突然――
完全に止まった。
目の前の景色が――
一瞬で真っ暗になる。
ヴァン・ティエンは――
ゆっくりと目を閉じた。
そして――
その身体は完全に動かなくなり――
ベリオスの足元へ崩れ落ちた。
「ドサッ……」
ベリオスは――
足元のヴァン・ティエンを見下ろす。
その時――
頭の中に、システムの声が響いた。
「対象……」
「完全に生命反応を喪失」
それを聞いたベリオスは――
笑わなかった。
悲しみもしなかった。
ただ――
小さく息を吐いた。
そして――
空を見上げる。
その目が――
静かに伏せられた。
「……本当に、可哀想な奴だ」
そう言うと――
ベリオスは静かに歩き出した。
その場に――
ヴァン・ティエンの身体だけが残された。
草の上に横たわったまま――
動かない。
一陣の風が――
静かに吹き抜ける。
ヴァン・ティエンの周囲にある草が――
小さく揺れる。
彼の身体は――
完全に動かない。
そして――
もう、呼吸さえなかった。
その時――
風に乗って、一枚の白い布が舞い上がった。
そして――
ゆっくりと落ちていく。
白い布は――
ヴァン・ティエンの胸元にあるペンダントの上へ――
静かに重なった。