『天雲星系・銀河の記憶』 作:DanhDu_Chronicle
ハノイの空が震えている。
雲の層から落下し続ける戦艦の残骸では、いまだ炎が燃え盛っていた。
古代コ・ロア城の中央では、青い光の奔流がゆっくりと立ち昇っていた。
それはエネルギーではない。
生命力でもない。
――それは……意志だった。
古城の至る所で、人々の周囲に小さな光の粒が現れ始める。
孫を抱きしめる老婆。
負傷者を助けようとする兵士。
震える瞳で空を見上げる少年。
彼らから――
無数の光の粒が空へと舞い上がる。
屋根を越え、古い城壁を越え、そして――
神弩・連珠へと集まっていく。
古代の弩が震え始める。
刻まれていた古代の紋様が、次々と青い光を放ち始めた。
神弩に宿っていた神の矢は、もう何千本にも分かれなかった。
今度は――
すべての光が、一つへと集約される。
ただ一本の矢へ。
巨大な光の矢。
青い光がその周囲を包み込み、古代の紋様が矢の本体を走っていく。
そして、その中心に――
神金亀の紋章が浮かび上がった。
神金亀はその矢を見つめ、古代の瞳をゆっくりと一秒だけ閉じる。
そして、ヴァン・ティエンの頭の中に、その声が響いた。
「これは……神の力ではない。」
「これは……人間の力だ。」
神金亀は彼を見る。
「お前はただ……」
「それを撃てばいい。」
ヴァン・ティエンは神弩の台座へと歩み出る。
身体は血だらけ。
呼吸も荒い。
それでも――
その瞳は、これまでになく揺るぎなかった。
彼は弩の弦を握る。
痛みはない。
生命力を吸い取られることもない。
ただそこにあるのは――
意志。
ヴァン・ティエンは空を見上げる。
その上空では――
ドアン・ティエットが光の矢を見ていた。
初めて――
その自信が消えた。
「……あり得ない。」
彼はその矢に宿る力を感じ取っていた。
神力でもない。
技術でもない。
それよりも――
さらに恐ろしいもの。
一つの都市全体の――
意志。
ドアン・ティエットは吠えた。
「奴を殺せ!」
数百人の黒衣の兵士が一斉に降下する。
しかし――
神金亀が一歩、前へ出た。
巨大な甲羅がヴァン・ティエンの前を覆う。
数百もの攻撃が、一斉に降り注ぐ。
ドォン!
ドォン!
ドォン!
だが――
すべてが阻まれた。
神金亀が咆哮する。
「グォォォォォォォォ!!!」
青いエネルギーの波が爆発し、すべての兵士を空の彼方へ吹き飛ばす。
ヴァン・ティエンは弩の弦を引く。
光の矢が震える。
古城の至る所から、光がなおも集まり続ける。
風が古城の周囲を渦巻く。
空がまばゆいほどに輝く。
彼は一秒だけ目を閉じる。
そして――
再び目を開いた。
その瞳は、敵を真っ直ぐに捉えていた。
「ドアン・ティエット。」
彼は静かに言った。
「この戦いは……もう終わりだ。」
そして――
叫ぶ。
「撃てぇぇぇぇぇ!!!」
弩の弦が弾ける。
シュゥゥゥゥゥッ!!!!!
光の矢が真っ直ぐ空へと飛翔する。
その速度は、あらゆるものを超えていた。
空気が引き裂かれ、雲が左右へと分かれていく。
ドアン・ティエットが戦槌を振り上げる。
「Iron Dominion――」
だが――
遅すぎた。
金亀神箭が、一直線に彼を貫いた。
大きな爆発は起こらなかった。
ただ――
眩い青い光が、空を覆い尽くした。
ドアン・ティエットの身体が、空中で凍りつく。
その目が大きく見開かれる。
「……そんな……」
次の瞬間。
彼の身体に亀裂が走った。
一つ。
また一つ。
まるで――
現実そのものから消去されていくかのように。
数秒後――
彼の姿は完全に消え去った。
ドアン・ティエットが消滅した瞬間。
二本の巨大なエネルギー柱が、激しく震え始める。
ズガァァァン!!!
二本の柱が同時に爆発する。
空を繋いでいたエネルギーの線が断ち切られ、巨大な空間ゲートが崩壊していく。
残された戦艦も次々と虚空へ吸い込まれ――
そして、消えていった。
ハノイの空が、ゆっくりと元へ戻っていく。
地上では――
ヴァン・ティエンの首にかかった十字架のペンダントが光り始める。
優しい光が、街全体へと広がっていく。
破壊された建物が、ゆっくりと元の姿へ戻っていく。
道路に走っていた亀裂が消える。
散らばっていた瓦礫が光へと変わり、そして――
静かに消えていく。
まるで――
最初から戦いなど存在しなかったかのように。
ハノイの人々は周囲を見回す。
そして、瞬きをする。
「……何が起きたんだ?」
「……どうして俺はここにいるんだ?」
戦いの記憶が、少しずつ消えていく。
残ったのは――
何か、とてつもなく大きな出来事が起こったような、曖昧な感覚だけだった。
しかし――
彼らは、その出来事を思い出すことができなかった。
ヴォン・コ・ロアの沼のほとり。
巨大な神金亀の身体が、ゆっくりと水の中へ沈んでいく。
神金亀はヴァン・ティエンを見つめる。
その古代の瞳は、静かだった。
「よくやった。」
「星力を宿す者よ。」
ヴァン・ティエンは、力を振り絞って立ち上がろうとする。
「……あなたは……行ってしまうのですか?」
神金亀は静かに頷いた。
「この土地が私を必要とするとき……私は目覚める。」
そして、最後に彼を見る。
「そして今回は……」
「この地を守る者は……お前だ。」
神の身体が、ゆっくりと湖面へ沈んでいく。
水面は再び静寂を取り戻した。
ハノイの空は、何事もなかったかのように澄み渡っている。
まるで――
戦争など、一度も起きなかったかのように。
古城の中央。
ヴァン・ティエンは空を見上げる。
そして――
彼の身体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
遠くから、都市を走る車のクラクションが聞こえる。
日常は、何事もなかったかのように続いていく。
しかし――
どこかでは、すでに別の勢力が動き始めていた。
なぜなら、この戦いによって――
一つの名が記録されたからだ。
ヴァン・ティエン。
かつて誰も見たことのない――
「金亀神箭」を放った者として。