『天雲星系・銀河の記憶』 作:DanhDu_Chronicle
朝の日差しがハノイの街を照らしていた。
通りはいつものように賑わっている。
バイクが見慣れた街並みを走り抜け、屋台の売り声が響いている。
すべてが……いつも通りだった。
まるで――
昨日、何も起こらなかったかのように。
コ・ロア遺跡では、観光客たちが再び見学に訪れ始めていた。
一組の学生たちが、ガイドの話を聞いている。
「……そして伝説によれば、アン・ズオン・ヴオンは神金亀の助けを借りて、コ・ロア城を築いたと言われています……」
子供たちは真剣に耳を傾けている。
誰も知らない。
その物語が――
つい昨日、実際に起きたことだということを。
病室。
ヴァン・ティエンはベッドに横たわっていた。
腕には包帯が巻かれている。
心電図モニターから、
「ピッ……ピッ……」
という音が静かに響いている。
一人の医師が、看護師に小声で話しかける。
「彼は重度の疲労状態に陥っただけです。」
「危険な外傷はありません。」
看護師は頷いた。
「本当に……よかった……」
部屋の隅では、ミンが椅子に座っていた。
彼は兄を見つめている。
その瞳には、深い心配が浮かんでいた。
「……兄さん。」
ミンはすべてを覚えていた。
最後の光が街全体へ広がったとき――
彼はヴァン・ティエンのすぐ近くにいた。
だから――
彼の記憶は完全には消えなかった。
ミンは拳を強く握る。
「……兄さんが、街全体を救ったんだ。」
そのとき。
ヴァン・ティエンの指が、わずかに動いた。
ゆっくりと目を開く。
白い病院の天井が、彼の視界に入った。
彼は眉をひそめる。
「……ここは……どこだ?」
ミンが勢いよく立ち上がる。
「兄さん!」
「目が覚めた!」
その声を聞き、外にいた父と母も慌てて部屋へ駆け込んでくる。
母が涙を浮かべながら叫ぶ。
「天に感謝します……やっと目を覚ましたのね!」
ヴァン・ティエンは二人を見る。
「父さん……」
「母さん……」
「……ミン?」
ミンは大きく息を吐いた。
「兄さん……本当に心配したんだからな。」
ヴァン・ティエンは首元に手を触れる。
十字架のペンダントは――
まだそこにあった。
そして――
それは、ほんのわずかに震えた。
とても小さく。
まるで――
遠く離れた何かに反応しているかのように。
病室のテレビでは、朝のニュースが流れていた。
「昨夜、ハノイ郊外の地域で、空に奇妙な光が現れる現象が確認されました……」
「科学者たちは、これは小規模な流星群による現象である可能性が高いと発表しています。」
ミンが苦笑する。
「流星……?」
彼は小さく呟いた。
「そうだよな……流星……」
彼の脳裏に、一瞬だけ戦いの光景が蘇る。
そして――
ミンは感じていた。
あの戦いの後も、まだ眠っている何かが存在している。
一方――
ヴォンの沼。
水面は静まり返っていた。
戦いの痕跡は、もうどこにも残っていない。
しかし――
湖底では……
巨大な二つの瞳が、暗闇の中でゆっくりと開いた。
神金亀はそこにいた。
彼は水面を見上げ――
そして、ゆっくりと目を閉じた。
別の場所。
暗い部屋。
机の上には、壊れたホログラムモニターが置かれている。
一人の男がそこに立っていた。
彼は残されたデータを見つめている。
「……ドアン・ティエットは死んだ。」
男は静かに言った。
「一人の……人間によって、消滅させられた。」
別の人物が尋ねる。
「調査する必要はありますか?」
男は頷いた。
「当然だ。」
彼は最後に残った映像を見る。
モニターには、あの戦いが再生されている。
データは破損しており、映っているのは――
神弩の弦を引くヴァン・ティエンの姿だけ。
男の目が、冷たくなる。
「奴を探せ。」
その日の午後。
ヴァン・ティエンは退院した。
まだ少し歩きにくそうだった。
父が彼に言う。
「今からホテルに戻るぞ。」
「少し休んでおけ。明日は家に帰るからな。今回の旅行も、もう終わりだ。」
ヴァン・ティエンは頷いた。
翌朝。
家族はハノイを離れる準備をしていた。
ヴァン・ティエンはミンの方を振り向く。
「昨日、兄さんが約束しただろ。」
「帰る前に、兄さんがお前を連れて行ってやる。」
ミンは心配そうに兄を見る。
「でも……兄さん、まだ完全に治ってないだろ。」
ヴァン・ティエンは、ただ小さく笑った。
「一晩寝たら、かなり良くなったよ。」
ミンは少し考えてから、頷いた。
「じゃあ、早く行こう。」
二人はホテルを出た。
朝のハノイは、すでに賑わっていた。
煙を立ち上らせる屋台。
街中に響くバイクの音。
そして、いつもの売り声。
二人はまず、バオ・フオンの菓子店へ向かった。
小さな店だった。
昔ながらの家族経営の店のような雰囲気があり、奥からはライムリーフ、豚の脂、焼き菓子の生地が混ざった香ばしい匂いが漂っている。
ヴァン・ティエンは店員に声をかけた。
「バイン・チャーを二つください。」
数分後。
温かい菓子が二つ、袋に包まれて渡された。
ヴァン・ティエンは受け取る。
「ありがとうございます。」
店を出ると、ミンは歩きながら袋の匂いを嗅ぐ。
「めっちゃいい匂い。」
ヴァン・ティエンは笑った。
「まだ終わりじゃないぞ。」
二人はそのまま、小さな路地の中にあるジア・チン・ベーカリーへ向かった。
店内はきれいで静かだった。
ガラスケースの中には、たくさんの菓子が綺麗に並べられている。
ヴァン・ティエンは店員に言った。
「スー・テーを二つと、チン・タン・マイの菓子を二つください。」
店員は丁寧に菓子を包み、二人に手渡した。
数分後。
二人は店の外へ出る。
そのとき――
ヴァン・ティエンは無意識に空を見上げた。
ミンは兄の手にある菓子袋を見る。
「これで全部だよな?」
ヴァン・ティエンはミンを見る。
そして頷いた。
「うん。帰ろう。」
「みんなが待ってる。」
二人はホテルへ戻った。
二人が戻ってくるのを見ると、バァ・トゥーがすぐに声を上げる。
「二人とも、今までどこ行ってたんだい!?」
「みんなが待ちくたびれて、息切れするかと思ったじゃないか!」
ヴァン・ティエンは頭を掻く。
「ごめんなさい、バァ・トゥー。」
「ミンを連れて、菓子を買いに行ってただけなんだ。」
バァ・トゥーは彼の肩を叩く。
「もういいよ。」
「ほら、車に乗りな。もうすぐ出発するからね!」
全員が車に乗り込む。
そして――
車はゆっくりと走り出した。
ハノイの首都を離れていく。
ヴァン・ティエンは窓の外を見る。
もう一度――
ハノイの街並みを眺める。
穏やかな風が車内へと吹き込んでくる。
ヴァン・ティエンはその風を感じながら――
少しずつ、目を閉じていった。