『天雲星系・銀河の記憶』   作:DanhDu_Chronicle

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第29話 白藤江

別荘の庭先で、ヴァン・ティエンはバイクの鍵を手にしながら、空を見上げていた。

 

昨夜の眠りから覚めても、奇妙な感覚がまだ残っている。

 

彼はそっと首元のペンダントに触れた。

 

……震えていない。

 

だが、彼の胸の奥では、何かが動いているような感覚があった。

 

その時、家の中からバオ・ウエンが出てきた。

 

シンプルなTシャツに短いジーンズ。

髪は後ろで一つにまとめている。

 

その表情には、まだ少し恥ずかしそうな雰囲気が残っていた。

 

「お兄ちゃん……もう行く?」

 

ヴァン・ティエンは振り返り、微笑んだ。

 

「ああ、行こう。」

 

二人を乗せたバイクは、小さな路地を抜け、郊外の見慣れた道を走り始めた。

 

風が二人の髪を軽く撫でていく。

 

バオ・ウエンは後ろの席から、最初は彼の服を軽くつまんでいた。

 

しかし、バイクが速度を上げると――

 

彼女は無意識に、少し強く彼の服を握った。

 

ヴァン・ティエンはそれに気づき、微かに笑った。

 

「ところで、今日は何を食べようか。俺、ハイフォンに来るの初めてだから、何が美味しいのか全然知らないんだ。」

 

後ろに座るバオ・ウエンが、少し身を乗り出した。

 

「じゃあ、辛いブンチャー・カイを食べに行こうよ。すごく美味しいお店、知ってるよ。」

 

ヴァン・ティエンは笑った。

 

「分かった。じゃあ、二人でそこに行こう。」

 

バイクはハイフォン市内へと入っていった。

 

周囲には多くの車が走っている。

 

特にコンテナトラックの数が多い。

 

朝の通勤時間と重なっているため、道路はかなり混雑していた。

 

あちこちからクラクションの音が響いている。

 

しばらく走ると、二人の前に大きな劇場が現れた。

 

淡い黄色に塗られた外壁。

青い木製の窓枠。

 

そして扉の上には、音楽の象徴である「竪琴」の紋章が精巧に彫られている。

 

バオ・ウエンが後ろから言った。

 

「ここがハイフォン歌劇場。ここで一番大きな劇場だよ。」

 

ヴァン・ティエンは見上げた。

 

「綺麗だな。」

 

二人はさらにしばらく走った。

 

その時、バオ・ウエンが彼の肩を軽く叩いた。

 

「お兄ちゃん、あそこ! あのお店だよ。止まって!」

 

ヴァン・ティエンはバイクを店の前に停めた。

 

看板には――

 

『ブン・カイ・タン・トー(49 Lạch Tray)』

 

と書かれていた。

 

店内は広く、風通しもよく、天井も高い。

清潔に整えられており、朝から多くの客で賑わっていた。

 

「全部入りを一杯! 辛めで!」

 

「こっちはドクムン抜きで、魚皮を追加!」

 

「魚皮を一皿!」

 

二人は席につき、辛いブン・カイと魚の練り物を注文した。

 

ヴァン・ティエンは一口食べてみる。

 

「……美味い。」

 

少し辛かった。

 

だが、それ以上に――本当に美味しかった。

 

その頃。

 

近くの建物の屋上。

 

二人の黒服の男が、二人の姿を見下ろしていた。

 

しかし、今回の黒服には赤い線が入っている。

 

一人が耳元の通信装置に手を当てた。

 

その通信は、戦艦の中にいる赤眼黒龍へと繋がっていた。

 

「閣下、目標を確認しました。攻撃しますか?」

 

赤眼黒龍は手の中で黒いナイフをゆっくり回しながら答えた。

 

「まだ急ぐな。」

 

「そこには人が多すぎる。騒ぎを起こす必要はない。」

 

そして――

 

彼は笑った。

 

「そのまま監視を続けろ。人の少ない場所へ移動したら、始末しろ。」

 

「了解しました。」

 

通信が切れる。

 

赤い線の入った黒服は、再びヴァン・ティエンとバオ・ウエンの二人へ視線を向けた。

 

その頃、店内では――

 

ヴァン・ティエンが、誰かに見られているような感覚を覚えていた。

 

首元のペンダントも、かすかに反応する。

 

彼は屋上へ視線を向けた。

 

……だが、誰もいない。

 

バオ・ウエンが尋ねた。

 

「お兄ちゃん、何見てるの?」

 

ヴァン・ティエンは首を横に振った。

 

「何でもない……気のせいだったみたいだ。」

 

すると、バオ・ウエンが言った。

 

「ねえ、お兄ちゃん。」

 

「ん?」

 

「せっかくご飯を食べに来たんだから、このあと白藤江歴史地区にも行こうよ。」

 

ヴァン・ティエンは少し驚いた。

 

「そこに行きたいのか?」

 

バオ・ウエンは頷いた。

 

「うん。お兄ちゃん、ハイフォンに来るの初めてでしょ?」

 

「だから、有名な場所を案内してあげたいの。」

 

ヴァン・ティエンは彼女を見て、少しからかうように笑った。

 

「珍しいな。昨日は恥ずかしがって、ほとんど話してくれなかったのに。今日は自分から話しかけてくるし、一緒に遊びに行こうって誘ってくるんだな。」

 

バオ・ウエンの頬が少し赤くなる。

 

「昨日は昨日。今日は今日。」

 

「それに……昨日助けてもらったお礼もしたかったから、一緒に遊びに行こうと思っただけ。」

 

ヴァン・ティエンは笑った。

 

「はいはい、分かったよ。」

 

「じゃあ、食べ終わったら二人で行こう。」

 

食事を終えると、二人は店を出た。

 

バイクに乗りながら、ヴァン・ティエンが尋ねる。

 

「それで、歴史地区へはどっちに行けばいい?」

 

バオ・ウエンは彼の腰に腕を回した。

 

「お兄ちゃんはそのまま走って。私が道を教えるから。」

 

ヴァン・ティエンは笑った。

 

「オーケー。じゃあ、行こう。」

 

バイクが走り出す。

 

バオ・ウエンは彼を抱きしめていた。

 

ヴァン・ティエンはそれに気づく。

 

「さっきは服をつかんでただけだったのに、今度は抱きついてるじゃん。」

 

バオ・ウエンはさらに強く彼を抱きしめた。

 

「だって……車が多くて怖いんだもん。」

 

ヴァン・ティエンは少し振り返る。

 

「じゃあ、しっかりつかまってろよ。」

 

そして――

 

アクセルを一気に開けた。

 

「きゃっ!」

 

バオ・ウエンは驚いて、彼の肩を強く叩いた。

 

「お兄ちゃん!」

 

ヴァン・ティエンは肩の痛みを感じながらも、笑った。

 

「ごめんごめん。ちょっと手が滑っただけ。」

 

やがて二人は街を抜け、大きな入口の門をくぐった。

 

二人は――

 

白藤江歴史地区に到着した。

 

入口付近には、白藤江戦勝博物館がある。

 

周囲では多くの職員が清掃や観光客の案内を行っていた。

 

バイクを駐車場に停めると、二人は歩いて中へ入っていく。

 

そこには、鉄木で造られた荘厳な寺院が並んでいた。

 

赤く鮮やかな魚鱗瓦の屋根。

 

精巧な彫刻が施された石柱。

 

そして、辺りには線香の香りが静かに漂っている。

 

厳かで、どこか神聖な空気が広がっていた。

 

歩いている途中、ヴァン・ティエンは数々の浮き彫りや陶製の像を目にした。

 

そこには、かつてベトナムの兵士や民衆が木の杭を川底に打ち込み、戦いに備えていた姿が再現されている。

 

その光景は、とても生々しく、精巧だった。

 

やがて二人は広場へ出た。

 

目の前には――

 

巨大な三体の銅像がそびえ立っていた。

 

呉権王。

 

黎大行皇帝。

 

そして――

 

興道大王・陳国峻。

 

ヴァン・ティエンは、陳国峻の像を見上げた。

 

その瞬間――

 

カンッ。

 

首元の十字架型のペンダントが、突然光を放った。

 

ヴァン・ティエンは僅かに目を細める。

 

「……またか。」

 

二人は三体の像の裏側へと回った。

 

その先には――

 

白藤江が広がっていた。

 

激しい流れが川面を走っている。

 

ヴァン・ティエンが欄干へ近づく。

 

川の中、広場のすぐ近くには、古代の木杭を再現した展示模型が見える。

 

その光景は壮大だった。

 

バオ・ウエンが彼の隣に立つ。

 

「お兄ちゃん、ここ……どう?」

 

ヴァン・ティエンは白藤江を見つめながら答えた。

 

「綺麗だな。」

 

そして――

 

「すごく雄大だ。」

 

バオ・ウエンは嬉しそうに笑った。

 

二人はそのまま話しながら、周囲を歩いていった。

 

だが――

 

その頃。

 

ヴァン・ティエンの首元で――

 

カンッ。

 

ペンダントが再び光った。

 

強い風が吹き抜ける。

 

そして、白藤江の水面が大きく揺れた。

 

川底。

 

古代の木杭が――

 

かすかに震えた。

 

……ゴゴゴ。

 

まるで、何かが目覚めようとしているかのように。

 

その頃、遠くの建物の屋上では――

 

二人の黒服が同時に立ち上がった。

 

そして、二人は一瞬で屋上から飛び降りる。

 

耳元の通信機から、冷たい声が響いた。

 

「目標が人の少ない場所へ入った。」

 

赤い線の入った黒服の男が拳を握り締める。

 

「始めるぞ。」

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