『天雲星系・銀河の記憶』   作:DanhDu_Chronicle

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第35話 川底の影

川面は……静かだった。

 

静かすぎる。

 

戦艦の甲板で、男が手を上げる。

 

黒い気が集まっていく。

 

濃密に。

 

「終わりだ」

 

男が手を振り下ろす。

 

ドォォォン!!!!!!!

 

エネルギーの奔流が真っ直ぐ川面へ突き進む。

 

水を貫き――

 

ヴァン・ティエンを狙う。

 

水中。

 

光が徐々に薄れていく。

 

彼の身体は、もう反応しない。

 

「……まだ……」

 

意識が途切れかける。

 

黒い気が――

 

ついに届く。

 

……だが。

 

貫かない。

 

「……?」

 

男が動きを止める。

 

水面の下。

 

小さな渦が現れた。

 

最初は……ほんの僅か。

 

そして――

 

回転が速くなる。

 

周囲の水が、渦へと引き込まれていく。

 

「……なんだ、これは……」

 

男は目を細める。

 

黒い気が曲げられる。

 

防がれたのではない。

 

――引き寄せられ、軌道を逸らされた。

 

ドォン!!

 

黒いエネルギーが横へ逸れ、川面が大きく砕け散る。

 

だが――

 

ヴァン・ティエンはまだそこにいる。

 

静かに。

 

一秒。

 

二秒。

 

そして――

 

ドォン……

 

彼がいる水面が、ゆっくりとへこんでいく。

 

攻撃の力ではない。

 

まるで何かが……

 

下から押し上げているように。

 

大量の泡が浮かび上がる。

 

渦が広がる。

 

風向きが変わる。

 

空気が冷たくなる。

 

男は初めて――

 

すぐには攻撃しなかった。

 

「……下に……」

 

その目が鋭くなる。

 

一つの影が水中を横切った。

 

非常に速い。

 

はっきりとした形はない。

 

ただ――

 

水の中で何かが動いた。

 

そして――

 

消えた。

 

「……フン」

 

男は手を下ろす。

 

もう攻撃しない。

 

それでも、その視線は川面から離れない。

 

「なるほど……そういうことか」

 

声が低くなる。

 

「お前は……一人で来たわけではないな」

 

水中。

 

一つの手が、そっとヴァン・ティエンの背中に触れた。

 

優しく。

 

だが……確かに。

 

力が流れ込んでくる。

 

爆発するような力ではない。

 

むしろ……

 

安定させる力。

 

ヴァン・ティエンの鼓動が……

 

徐々に戻っていく。

 

「……!」

 

彼の瞳が開く。

 

周囲の水は、もう荒れていない。

 

穏やかだった。

 

まるで――

 

何かに操られているかのように。

 

遠くで、小さな渦がいくつも繋がっていく。

 

一つの流れとなる。

 

まるで……

 

意思を持っているかのように。

 

水面では、男が静かに立っていた。

 

一秒。

 

そして――

 

彼は小さく笑った。

 

「……今日は、ここまでだ」

 

怒っている様子はない。

 

傷もない。

 

それでも――

 

彼は退いた。

 

「この気配……覚えたぞ」

 

男の視線が水面を滑る。

 

「次は……」

 

「……そう簡単にはいかないぞ」

 

彼は背を向ける。

 

黒いマントが風に揺れる。

 

「行くぞ」

 

ドォォン!!

 

戦艦が震える。

 

ゆっくりと、その場を離れていく。

 

波が左右へ押し分けられる。

 

そして――

 

静寂だけが残った。

 

水中。

 

あの影が……

 

ヴァン・ティエンを支えていた。

 

何も言わない。

 

姿も見せない。

 

ただ一瞬――

 

その瞳が水面を見上げる。

 

深い。

 

静か。

 

そして――

 

川の奥へ消えていった。

 

川面は……

 

再び、元の静けさを取り戻した。

 

遠くで、小さな波紋が一つ。

 

まるで――

 

何も起きなかったかのように。

 

ただ一人。

 

ヴァン・ティエンだけが川の中に浮かんでいた。

 

呼吸は弱い。

 

それでも――

 

まだ生きている。

 

そして、どこかで……

 

この川は、今も彼を見つめ続けている。

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