『天雲星系・銀河の記憶』 作:DanhDu_Chronicle
海風が静かに吹く。
水面はすでに元の静けさを取り戻していた。
まるで――
あの戦いなど、最初から存在しなかったかのように。
黒い戦艦は……消えていた。
残っているのは、灰色の空。
そして――
長く続く静寂。
バオ・ウエンは岸辺に立っていた。
両手を強く握りしめる。
その瞳は、バクダン川の水面から離れない。
「……ティエン兄さん……」
声が僅かに震える。
戦艦が去ってから――
彼の姿は、もう見えなかった。
呼び声もない。
痕跡もない。
ただ――
恐ろしいほど静かな水面だけが残っていた。
「……そんな……」
彼女は首を横に振る。
そして、一歩後ろへ下がる。
「こんな……終わり方なんて……ありえない……」
風が吹き抜ける。
冷たい水気を運んでくる。
バオ・ウエンは唇を噛む。
そして――
水の中へ足を踏み入れた。
冷たい。
凍えるほど冷たい。
それでも――
止まらない。
「探さなきゃ……」
もう一歩。
「……探さなきゃ……」
水が膝まで上がる。
そして――
腰まで。
それでも彼女は進み続けた。
身体が震え始める。
「……兄さんは……約束した……」
声が小さくなる。
「帰してくれるって……言った……」
もう一歩。
その時――
小さな波紋が水面に広がった。
「……?」
バオ・ウエンが立ち止まる。
目の前の水面が僅かに揺れる。
風でもない。
波でもない。
何かが……
下から動いている。
水面に泡が浮かび上がる。
そして――
一つの人影が、ゆっくりと浮かび上がってきた。
「……!!」
バオ・ウエンの目が大きく見開かれる。
「ティエン兄さん!!」
彼女は駆け寄り、彼の身体を支える。
ヴァン・ティエンの身体はびしょ濡れだった。
重い。
冷たい。
それでも――
まだ息をしている。
「……兄さん……!」
バオ・ウエンは彼を強く抱きしめる。
身体が震える。
「起きて……」
反応はない。
ただ――
弱々しい呼吸だけが聞こえる。
彼女は俯く。
「……私を置いていかないで……」
涙が頬を伝う。
そして――
川の水へ落ちていく。
風が吹く。
優しく。
遠くで、水面が僅かに揺れた。
小さな円が広がり――
消える。
まるで――
誰かが今、そこから立ち去ったかのように。
バオ・ウエンは気づかなかった。
だが――
彼女の首にかかったペンダントが、僅かに震える。
「……?」
彼女は立ち止まり、ペンダントに触れる。
青い光に、淡い桃色が混ざる。
一瞬だけ――
光が瞬く。
そして消えた。
「……今のは……」
彼女は振り返る。
川の流れを見つめる。
静寂。
だが――
もう怖くはなかった。
まるで――
誰かが見守っているような感覚。
バオ・ウエンは手を強く握る。
「……ありがとう……」
とても小さな声。
誰に向けた言葉なのか――
それは分からない。
彼女は振り返る。
ヴァン・ティエンを肩に担ぐ。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと――
水の中から離れていく。
遅い。
それでも――
確かな足取りで。
空が少しずつ明るくなる。
海風が穏やかになる。
その背後で――
バクダン川は静かに流れ続けていた。
まだ明かされていない秘密を抱えながら。
そして――
その最も深い場所で。
何かが……
今も見つめ続けている。
そして――
その時が来るのを、静かに待っている。