『天雲星系・銀河の記憶』 作:DanhDu_Chronicle
風が……向きを変えた。
現在の音が、少しずつ遠ざかっていく。
残ったのは――
静かに水面を打つ音だけ。
――何年も前。
その頃のバクダン川は、今と同じように広かった。
けれど、一人の子供の目には……
それはまるで、一つの世界そのものだった。
川辺に、一人の少年が立っていた。
十歳くらい。
少しくたびれた白いシャツ。
暗い色のズボン。
泥だらけの足。
けれど――
その瞳だけは、とても明るかった。
ヴァン・ティエン。
彼はしゃがみ込み、小さな石を拾う。
そして、遠くへ投げた。
ポチャン。
水面に波紋が広がっていく。
「……つまらないな……」
少年は呟いた。
「何も面白いことなんてない……」
「じゃあ……私と遊んでよ。」
背後から声が聞こえた。
透き通った声。
ヴァン・ティエンが振り返る。
そこには、一人の少女が立っていた。
両側で髪をお団子にしている。
淡いピンク色のワンピース。
その瞳は、まるで空そのものを閉じ込めたように輝いていた。
「……君、誰?」
少年は真っ直ぐに聞いた。
少女は首を傾げる。
「私も……分からない。」
「……え?」
「ただ……ここに来るのが好きなの。」
少女は川を指差す。
「……この川が、私を呼んでるの。」
ヴァン・ティエンは少し黙った。
「……変なの。」
少女は頬を膨らませる。
「変じゃない!」
そして少女は彼の隣まで歩いてきて、腰を下ろした。
「……お兄ちゃん、名前は?」
「……ヴァン・ティエン。」
「私はバオ・ウエン!」
少女は明るく笑った。
その笑顔は――
夕暮れの時間さえ、少し明るくしてしまうようだった。
それからの日々。
二人は……ほとんど毎日のように会った。
川辺に座り。
一緒に石を投げ。
一緒に流れる水を眺めた。
「ねぇ、お兄ちゃん。」
バオ・ウエンが頬杖をつきながら聞く。
「この下に……何があると思う?」
「……魚。」
「……魚だけ?」
「……じゃあ、エビ。」
「……つまらない!」
彼女は笑った。
「私はね……この下には、別の世界があると思う。」
「……別の世界?」
「うん!」
少女は目を輝かせる。
「もしかしたら街があるかもしれないし……巨大な生き物が眠っているのかもしれない……」
ヴァン・ティエンは彼女を見る。
「……想像しすぎだろ。」
バオ・ウエンは笑う。
「お兄ちゃんは何も想像しないじゃん。」
「……必要ない。」
「じゃあ……もし、いつか私が消えたら?」
突然、彼女が聞いた。
ヴァン・ティエンは動きを止めた。
「……どうして消えるんだ?」
「分からない……」
彼女は川を見下ろす。
「……でも、私……ここには属していないような気がするの。」
風が吹く。
優しく。
ヴァン・ティエンは、しばらく黙っていた。
そして――
「……君は消えないよ。」
バオ・ウエンが彼を見る。
「どうして、そう思うの?」
彼は笑った。
「だって……簡単なことだ。」
彼は彼女を見る。
「……君は、ここにいるべき人だから。」
バオ・ウエンの瞳が、一瞬だけ輝いた。
その言葉を聞いて――
まるで心の奥まで届いたように。
――ある日。
ヴァン・ティエンが川辺へやって来ると――
そこには、何人かの近所の子供たちに囲まれているバオ・ウエンがいた。
バオ・ウエンは飛び跳ねながら叫んでいる。
「返してよ……!」
一人の子供が、彼女のペンダントを手に持ち、目の前で揺らしている。
「返さないよ。欲しかったら、自分で取りに来いよ。」
それを見たヴァン・ティエンは走っていった。
「お前ら、バオ・ウエンに何してるんだ!」
一人の少年が彼を見る。
「お前、誰だ?」
ヴァン・ティエンは少年を睨む。
「バオ・ウエンの友達だ。」
それを聞いて、皆が笑った。
「お前みたいなのが、こいつの友達だって?」
一人が前へ出る。
そして――
ヴァン・ティエンへ向かって拳を放った。
ブン!
だが――
少年の腕は、ヴァン・ティエンに止められていた。
そのまま彼は足を払う。
ドサッ!
少年は地面へ倒れた。
ヴァン・ティエンは真剣な目で、全員を睨みつける。
「早く、そのペンダントをバオ・ウエンに返せ。」
皆の顔が青ざめる。
一人がヴァン・ティエンを見る。
「……ペンダントを取り戻したいのか?」
そして――
「じゃあ、取ってみろよ。」
少年はペンダントを川へ投げ捨てた。
ポチャン。
その直後――
子供たちは一斉に走り去っていった。
バオ・ウエンは川面を見つめる。
両目から、涙がこぼれ落ちる。
「……私のペンダント……」
それを見たヴァン・ティエンは、激しく流れる川を見下ろした。
何も言わず――
シャツを脱ぐ。
そして、そのまま川へ走った。
ザブン!
ヴァン・ティエンは、川へ飛び込んだ。
バオ・ウエンは驚いて彼を見る。
その瞬間――
彼は感じた。
川底から……
何かが自分を見ているような感覚を。
ポチャン。
激しい水流。
バオ・ウエンは川面を見つめ続けた。
けれど――
時間だけが過ぎていく。
何も起こらない。
彼女の不安は、どんどん大きくなっていった。
「……ティエン兄ちゃん……」
どうすればいいのか分からない。
その時――
川面が大きく揺れた。
そして――
水の中から、ヴァン・ティエンが顔を出した。
彼の手には――
ペンダントの一部が握られていた。
バオ・ウエンの顔が明るくなる。
「……ティエン兄ちゃん……!」
ヴァン・ティエンは川から上がる。
そして、彼女の前にペンダントを差し出した。
「ごめん……ペンダントは流されちゃった。」
「これしか取れなかった。」
バオ・ウエンはペンダントを受け取る。
「……大丈夫だよ、お兄ちゃん……」
けれど――
その瞳には、まだ少し悲しみが残っていた。
それを見たヴァン・ティエンは、何も言わず――
自分の首に掛けていたペンダントを外した。
そして紐を外し――
バオ・ウエンのペンダントに取り付けた。
そのまま、彼女の首に掛けてあげる。
「うん。」
「これなら大丈夫だ。」
バオ・ウエンはペンダントに触れる。
そしてヴァン・ティエンを見る。
「でも……お兄ちゃんのペンダントは……?」
彼は笑った。
「大丈夫だよ。」
「これは……お兄ちゃんからのプレゼントってことにすればいい。」
「心配しなくていいよ。」
「俺の家には、ペンダントがまだたくさんあるから。」
「だから……君が持ってて。」
そう言って――
彼は笑った。
バオ・ウエンの目から、涙がこぼれた。
そして――
彼女はヴァン・ティエンへ走っていき、そのまま抱きついた。
「……え?」
ヴァン・ティエンは困惑する。
「どうしたんだ?」
「どうして泣いてるんだ?」
けれど、バオ・ウエンは彼を強く抱きしめたまま泣いていた。
彼女の腕は震えるほど強く締め付けていた。
まるで――
もう二度と彼を失いたくないと願うように。
二人の小さな影が、夕日の光の中に並んでいた。
その目の前には――
激しく流れるバクダン川。
――現在。
川辺。
ヴァン・ティエンが目を開ける。
呼吸は重い。
「……思い出した……」
彼が小さく呟く。
バオ・ウエンは、彼の手を強く握る。
「……あの日の次の日。」
「私はまた、あの川辺に行った。」
「でも……お兄ちゃんはどこにもいなかった。」
「何日も……そこで待った。」
「でも、お兄ちゃんは来なかった。」
「そしてある日……」
彼女の声が少し震える。
「お兄ちゃんが……もうここを離れたって聞いた。」
「その時……本当に悲しかった。」
彼女は彼を見つめ、手をさらに強く握る。
「どうして何も言わずに行っちゃったの……?」
「この……意地悪……」
ヴァン・ティエンは顔をしかめる。
「あ……」
「ごめん。」
「その時は急に行くことになって……君に知らせることができなかった。」
「本当にごめん。」
バオ・ウエンは彼を見る。
「……本当?」
ヴァン・ティエンは頷く。
「本当だよ。」
「君に嘘なんてつかない。」
それを聞いたバオ・ウエンは笑った。
「……冗談だよ。」
「お兄ちゃんにも……言えない理由があったんだって分かってる。」
「だから……怒ってないよ。」
彼女は空を見上げる。
「でも……よかった……」
そして、再び彼を見る。
「……また、お兄ちゃんに会えたから。」
ヴァン・ティエンは、その言葉を聞いて――
小さく微笑んだ。
しばらくして――
彼はゆっくりと身体を起こそうとする。
「……帰ろう。」
「そうしないと……父さんたちが心配する。」
彼は立ち上がる。
バオ・ウエンも立ち上がる。
「私が支える。」
彼女はヴァン・ティエンの身体を支える。
二人は肩を寄せ合いながら、ゆっくり歩き始めた。
風が吹く。
彼女の首に掛かったペンダントが――
かすかに光る。
優しく。
まるで……一つの鼓動のように。
過去は消えない。
ただ――
思い出されるその時を待っている。
川の最も深い場所で……
淡い青い光が――
静かに揺れた。