『天雲星系・銀河の記憶』 作:DanhDu_Chronicle
その時。
一隻の敵船が速度を上げた。
距離が……
急速に縮まる。
もう……
すぐそこまで来ている。
宝瑛は岸から見つめる。
「ティエン兄さん……」
敵船が、
ヴァン・ティエンの小舟へ触れるまで――
あと、ほんの少し。
その瞬間。
敵船が……
突然、激しく停止した。
ガキッ……
船体が大きく軋む。
ミシミシ……
兵士たちがどれだけ力を込めても、
船は一寸たりとも前へ進まない。
まるで――
何千、何万もの見えない水草の縄が、
深い川底から船尾を固く縛りつけているかのように。
敵船の舵のすぐ下。
水面は後方へ波を巻き起こすのではなく、
逆方向へ……
内側へ向かって渦を巻いていた。
黒く濁った水。
泥のように重く、粘ついた水流が、
舵の機構全体を包み込んでいる。
まるで……
鉛を流し込まれたかのように、
完全に動かなくなっていた。
操舵していた兵士が叫ぶ。
「くそっ!!」
全身の力を込めて舵を回す。
だが……
動かない。
まるで川底に根を張ったかのように、
びくともしない。
ほんの数秒。
それだけで十分だった。
敵船が死んだ舵と格闘している間に――
ヴァン・ティエンの小舟は、
矢のように滑っていった。
ヴァン・ティエンは下を見た。
川面の下。
そして……
小さく笑う。
「ありがとう、勇士よ。」
その後ろで――
赤眼黒龍が歯を食いしばる。
「追え!!」
「そのまま追い続けろ!!」
両者は――
なおも進み続ける。
宝瑛は、
ようやく小さく息を吐いた。
興道大王はそこに立っている。
威厳ある姿。
静かな眼差し。
そして低い声で言った。
「生きる者の勇気は、
死した者の意志と一つになる。」
「ヴァン・ティエンは剣。」
「イェット・キエウは盾。」
「二人は今――」
「この川の上に、
天羅地網を編み上げている。」
宝瑛はその言葉を聞き、
頷いた。
「……おっしゃる通りです。」
そして、
ヴァン・ティエンの方を見る。
「ティエン兄さん……」
「頑張って……」
こちらでは――
ヴァン・ティエンも、
ついに……
あの場所へ到着した。
目を開く。
「……ここだ。」
だが――
すぐに何かがおかしいことに気づく。
「……潮が……」
「まだ上がっている。」
下を見る。
水は……
なおも上昇している。
沈んでいく気配はない。
宝瑛も彼のいる場所を見る。
「ティエン兄さん……どうしたの?」
興道大王が目を細める。
「何かが流れを縛っている。」
「白藤江は……」
「南の国の子の忠義を試すために、
荒波を起こしているのかもしれぬ。」
宝瑛はその言葉を聞き、
不安そうな顔になる。
「……どうすればいいの?」
その時――
宝瑛の首にかかったペンダントが、
桃色の光を放った。
彼女は下を見る。
「これは……?」
その瞬間。
彼女の脳裏に、
あの時の光景が蘇った。
寺へ続く道。
そこで自分が、
水柱の力を呼び起こした時のこと。
宝瑛はヴァン・ティエンを見る。
その瞳には……
決意が宿っていた。
「……ティエン兄さんを助けなきゃ。」
宝瑛はすぐに走り出した。
興道大王は止めない。
ただ……
そこに立ったまま、
彼女を見送る。
まるで――
彼女が何をしようとしているのか、
すでに理解しているかのように。
こちらでは――
ヴァン・ティエンは、
どうすればいいのか分からなかった。
その背後。
赤眼黒龍の船も、
すでに近くまで迫っている。
奴はヴァン・ティエンを見て、
笑った。
「どうした……?」
「もう逃げないのか?」
ヴァン・ティエンが振り返る。
その眼差しが、
奴を射抜く。
赤眼黒龍は彼を見て、
口元を吊り上げた。
「どうやら……」
「ここがお前の墓場になるようだな。」
奴の船が進んでくる。
その後ろには――
艦隊全体が続いている。
徐々に……
距離を詰めてくる。
ヴァン・ティエンは歯を食いしばる。
「まさか……」
「俺は……」
「ここで死ぬのか……?」
その時――
「ティエン兄さん!!」
聞き慣れた声。
ヴァン・ティエンが振り返る。
「……宝瑛。」
そこに彼女が立っていた。
その身体の周囲を――
桃色の光が包み込んでいる。
ヴァン・ティエンは彼女を見る。
「……何をするつもりだ?」
宝瑛は彼を見つめる。
「私が……」
「兄さんを助ける。」
そう言って――
彼女は目を閉じた。
両手を合わせる。
身体の周囲で、
力が渦を巻き始める。
そして……
その力が広がっていく。
川はなおも激しく、
荒々しく流れている。
だが――
少しずつ。
波が岩へぶつかる。
ドォン……
ヴァン・ティエンが目を凝らす。
すると……
何かがおかしい。
川の流れが……
少しずつ……
下がり始めている。
ヴァン・ティエンのペンダントも、
同時に光を放つ。
そして――
水面の下。
かすかに……
金色のエネルギーを纏った、
木の杭が姿を現し始めていた。