『天雲星系・銀河の記憶』 作:DanhDu_Chronicle
煙塵が徐々に晴れていく。
赤眼黒龍は、先ほどヴァン・ティエンから受けた強烈な一撃の後も、そこに倒れたままだった。
遠くでは、ヴァン・ティエンの視線がずっと奴を射抜いている。
ペンダントは今も、彼を包む青い光の流れに揺れている。
彼の手がゆっくりと下がる。
そして、彼は小さく呟いた。
「これで……終わった……よな」
しかし、彼が安堵の息を吐くよりも早く――
「ハ……」
「ハハ……」
赤眼黒龍の方から、笑い声が響いた。
先ほどの攻撃で傷を負っているにもかかわらず、奴は身体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。
「まさか……」
身体が徐々に真っ直ぐになっていく。
「俺がずっと誇りにしてきた、この鎖が……」
奴は手を上げ、口の端から流れる血を拭った。
「お前に……こんなふうに壊されるとはな」
顔を上げる。
その目が、そこに立つヴァン・ティエンをじっと見つめる。
「どうやら……」
奴は手を身体の中へ入れる。
「これを使うしかないようだ」
そう言いながら――
奴は懐から一本のナイフを取り出した。
しかし、それは普通のナイフではなかった。
刃がない。
その代わりに、刃の部分には長く伸びた鉄の溝。
深いもの、浅いもの。
まるで鍵の刃のような形をしている。
その周囲から、奇妙な黒い気が立ち上っていた。
黒い気は鍵の周囲へ広がり、そして徐々に腕へと這っていく。
さらに――
身体全体へ。
その黒い気が水面に触れた瞬間。
普通だった水面が――
突然、真っ黒に染まった。
黒い色は周囲へ広がり、赤眼黒龍を中心に巨大な円を作っていく。
その光景を見たヴァン・ティエンは、眉をひそめた。
声も、厳しくなる。
「何をするつもりだ?」
赤眼黒龍は彼を見る。
そして、薄く笑った。
だが、その笑みには底知れない不気味さがあった。
「すぐに分かるさ」
そう言い終えると――
奴は手を胸元へ持っていき、自分の服を掴んだ。
ビリッ!!
布が引き裂かれる。
露わになったのは、真っ黒な筋肉質の身体。
そして、その身体を這うように走る赤い線。
胸の中央には――
奇妙な模様があった。
よく見ると、それはまるで――
鍵穴。
細く、狭い溝が、胸の奥へ向かって深く刻まれている。
赤眼黒龍は、先ほどの鍵のような剣を持ち上げた。
「まさか、お前が俺に……」
奴は手にした鍵剣をじっと見つめる。
「これを二度目に使わせることになるとはな」
口元が、ニヤリと歪む。
「そのことには……感謝するんだな」
奴の目がヴァン・ティエンへ向く。
そして――
鍵剣を自分の胸の前へ持っていく。
腕に力が入る。
手の筋が、幾重にも浮き上がる。
そして――
鍵剣を、胸の中央。
鍵穴のような溝へ――
突き刺した。
グキッ。
グキッ。
グキッ。
金属同士が擦れ合う、軽く乾いた音が響く。
奴はもう片方の手を鍵へ添え――
全身の力を込めて、鍵を強く回した。
ガチッ。
ガチッ。
鍵を回すたびに、乾いた音が響く。
そして――
その溝の内部から。
濃い紫黒色のエネルギーが――
一気に外へ溢れ出した。
赤眼黒龍の身体全体が、紫黒色の気に包まれていく。
奴の周囲の空間が、大きく歪む。
風も――
次第に強くなっていく。
黒い雲が集まり始めた。
月も。
夜空の星々も。
その黒雲によって覆い隠されていく。
風はさらに強くなる。
まるで――
嵐が来ようとしているかのように。
その時。
赤眼黒龍の目が――
赤から、紫黒色へと変わった。
奴は両手を強く握り締める。
額と首筋の血管が、激しく浮き上がる。
足元の大地が――
バキバキと、ひび割れ始めた。
そして奴は顔を天へ向け――
空間を引き裂くような咆哮を放った。
「オオオオオオオオッ!!!!」
次の瞬間――
赤眼黒龍を包んでいた紫黒色の気が、一気に爆発した。
周囲のすべてを吹き飛ばす。
奴の足元にあった水面は――
深く、大きく陥没した。
ドォォォン!!!!
衝撃波が――
ヴァン・ティエンの立つ場所へ襲いかかる。
彼は腕を上げ、紫黒色の気を受け止めた。
しかし――
あまりにも強い。
「くっ……!!」
身体が後方へ押し飛ばされる。
だが、衝撃波は止まらない。
そのまま戦場へ――
赤眼黒龍の軍勢と陳軍が戦っている場所まで広がっていく。
紫黒色の衝撃波によって、赤眼黒龍の軍勢が次々と吹き飛ばされる。
陳軍の兵士たちの中にも、何人かが吹き飛ばされた。
それを見た陳國寶は、すぐに命令を下す。
「全軍、命令を聞け!!」
「鉄盾を構えろ!!」
「防御陣形を組め!!」
「応!!」
陳軍は一斉に盾を構えた。
襲い来る衝撃波を、正面から受け止める。
その上空にいる興道大王は――
表情を変えなかった。
落ち着いている。
厳かで。
そして、威厳に満ちている。
恐怖の色など、どこにもない。
その一方で――
隣にいる宝瑛の顔は、張り詰めていた。
遠くにいるヴァン・ティエンを、彼女の目はずっと追っている。
心配で仕方がない。
今すぐヴァン・ティエンのもとへ駆け寄りたい。
だが――
紫黒色の衝撃波によって、彼女の足は一歩たりとも動かすことができなかった。
しばらくして――
赤眼黒龍を包んでいた黒い気が、徐々に下がっていく。
激しかった風も――
少しずつ弱くなっていく。
ヴァン・ティエンはその場に立ち、ゆっくりと手を下ろした。
そして――
目の前の男を見る。
衝撃波は収まった。
だが――
紫黒色の気は、まだ赤眼黒龍を包み込んでいる。
奴はヴァン・ティエンを見る。
その目は、恐ろしい紫黒色に輝いていた。
そして――
口元には、妖しく不気味な笑み。
ヴァン・ティエンが何かを理解するよりも早く――
シュッ!!
赤眼黒龍が――
突然、ヴァン・ティエンの目の前に現れた。
「……!!」
彼が反応するよりも早く――
ドスッ!!
膝が、ヴァン・ティエンの腹部へ突き刺さった。
「グッ……!!」
身体が吹き飛ぶ。
地面を滑り――
煙塵が一気に舞い上がる。
ヴァン・ティエンが立ち上がろうとした、その瞬間――
すでに赤眼黒龍は目の前にいた。
そして――
ドゴッ!!
まるで巨大な槌のような蹴りが、ヴァン・ティエンの頭の側面へ叩き込まれた。
「ガッ……!!」
頭が地面へ強く叩きつけられる。
意識が――
徐々に遠のいていく。
まともに受けた一撃によって、頭の中が弾け――
真っ白になる。
戦場の音が、一瞬にして遠ざかっていく。
残ったのは――
耳の奥で長く続く、苦しい耳鳴りだけだった。
視界がぼやける。
いくつもの景色が重なり合う。
そして――
数秒の間に、暗闇へ沈んでいく。
周囲の世界から、突然重力が失われたように感じる。
世界が狂ったように回転する。
ヴァン・ティエンは必死に瞬きをして、視界を取り戻そうとする。
だが――
その時間すら与えられなかった。
赤眼黒龍が、ヴァン・ティエンの髪を掴む。
そして――
もう一度。
ヴァン・ティエンの頭を地面へ――
叩きつけた。
ズゥン!!!!
鈍く重い音が響く。
地面には蜘蛛の巣のような亀裂が走り、砂利や石が周囲へ飛び散る。
頭が、鋼鉄のように硬い地面へ激しく打ちつけられる。
その衝撃はあまりにも強く――
頭蓋骨が真っ二つに割れてしまうかのようだった。
赤眼黒龍は――
何度も。
何度も。
ヴァン・ティエンの頭を地面へ叩きつけ続ける。
連続して叩きつけられる衝撃。
頭の中が――
真っ白に弾けていく。
そして――
頭皮の内側から、鮮血が滲み出してくる。
ヴァン・ティエンが、もう抵抗しなくなったのを確認すると――
赤眼黒龍はようやく止まった。
そして――
髪から手を離す。
ドサッ。
ヴァン・ティエンの頭が、地面へ落ちる。
身体は――
硬直したまま。
もう動かない。
赤眼黒龍はその場にしゃがみ込む。
そして――
ペシ。
ペシ。
数回、ヴァン・ティエンの頬を軽く叩いた。
「どうした?」
「俺はまだ……少し準備運動しただけだぞ」
しかし――
ヴァン・ティエンは答えない。
奴はそれを見ると、立ち上がった。
「ハァ……」
「それなのに……」
「何発かは耐えられると思っていたんだがな」
「まったく……」
「こんなに早く、切り札まで使わせるなんてな」
そう言いながら――
奴の手に、紫黒色のエネルギーが集まり始める。
それは徐々に――
一つの球体へと変わっていった。
「まあ……」
「お前が俺に、ここまで切り札を使わせたんだ……」
「それだけでも、お前は強い奴だったってことにしてやる」
奴は、その球体を握る手に力を込める。
「なら――」
「その褒美として……」
「俺が自ら、お前をあの世へ送ってやるよ」
言葉が終わった瞬間――
奴は腕に力を込める。
そして――
紫黒色の球体を纏った拳を――
ヴァン・ティエンへ向かって振り下ろした。
「じゃあな」
「永遠に……」
ドォォォン!!!!
大爆発が起こった。
凄まじい衝撃波が――
煙塵を一気に巻き上げる。
遠くでそれを見た宝瑛は――
叫んだ。
「ティエンさん……!!」