『天雲星系・銀河の記憶』 作:DanhDu_Chronicle
ヴァン・ティエンは――
完全に意識を失っていた。
その身体は、海辺の砂浜に横たわったまま、ピクリとも動かない。
高い場所から見下ろしていた宝瑛は――
大声で叫んだ。
「ティエンさん……!!」
今の彼女には――
もう何も気にする余裕などなかった。
何も恐れるものもなかった。
震えていた足は――
もう、震えていない。
彼女は前へ踏み出した。
そして――
徐々に速度を上げていく。
そのまま崖から飛び降りた。
ドサッ!!
身体が地面へ激しく叩きつけられる。
膝から――
血が流れた。
だが――
そんなことを考えている時間はなかった。
先ほどの衝撃で膝が焼けるように痛む。
それでも――
彼女は立ち上がる。
そして、再び前へ走り出した。
目の端から――
涙がこぼれ始める。
走りながら、彼女は何度も叫んだ。
「ティエンさん……」
「ティエンさん……」
「ティエンさん……!!」
彼女はそのまま――
陳軍と赤眼黒龍の軍勢が激しく戦っている戦場へ走り込んでいく。
宝瑛が走ってくるのを見た――
赤眼黒龍の兵士たちが、彼女に気づいた。
その目が――
赤く染まる。
何人もの兵士が、一斉に宝瑛へ向かって突進していく。
陳國寶もそれに気づき――
すぐに叫んだ。
「早く逃げろ……!!」
だが――
赤眼黒龍の兵士たちは、一斉に宝瑛へ襲いかかる。
宝瑛は――
真正面から、彼らを見つめた。
その時。
首にかかっていたペンダントが――
桃色の光を放ち始めた。
「お前たち……」
宝瑛の瞳から放たれる桃色の光が――
さらに強く輝く。
ペンダントから溢れ出した光も――
宝瑛の全身を包み込んでいく。
敵兵たちが――
すでに彼女のすぐ近くまで迫っている。
「……私の邪魔をするな……!!」
宝瑛が両手を――
勢いよく振り上げた。
その瞬間――
地面の下から。
巨大な水柱が――
空へ向かって一直線に噴き上がった。
ズドォォォン!!!!
巨大な水柱から放たれた凄まじい圧力によって――
突進してきた兵士たちが、一斉に空へ吹き飛ばされる。
「アアアアアアッ!!!!」
桃色の光が――
彼女の指先へ集まっていく。
宝瑛は迷うことなく――
両手を空へ向かって強く振り上げた。
すると――
足元の大地が、激しく揺れ始める。
そして――
バキバキバキッ!!
大地が大きく裂けた。
次の瞬間――
巨大な水柱が、まるで凶暴な水龍のように――
空高くへ噴き上がった。
九重の雲を――
一気に突き抜ける。
渦巻く水流が生み出す息苦しいほどの圧力が――
突進してきた兵士たちを、まるで破れた布人形のように空へ吹き飛ばしていく。
「アアアアアアッ!!!!」
恐怖に満ちた叫び声は――
轟々と響き渡る水音に、完全に飲み込まれた。
しかし――
宝瑛は止まらない。
その手を――
前方へ向けて動かす。
すると――
天へ向かって直立していた巨大な水柱が――
宝瑛の腕の動きに合わせるように、徐々に傾き始めた。
残った兵士たちは――
その光景を見て、呆然と立ち尽くしている。
何が起こっているのか――
理解する暇もなかった。
巨大な水柱が――
まるで巨大な柱そのものが倒れるように――
呆然としている兵士たちへ向かって倒れ込んだ。
ドォォン!!!!
水の重量。
そして――
凄まじい圧力。
それらが重なり――
逃げることすらできなかった兵士たちを押し潰した。
巨大な水柱が完全に倒れた、その瞬間――
宝瑛が――
指をパチンと鳴らした。
パチン。
すると――
一本の巨大な水柱だったものが――
突然、ひび割れた。
そして――
まるで限界まで膨らませた風船が破裂するように――
一気に爆発した。
ドォォォォン!!!!
耳をつんざくような轟音。
大量の水が――
周囲へ激しく飛び散る。
そして――
目に見えない水の衝撃波が、地面を横薙ぎに走った。
水圧はあまりにも強く――
空気そのものを引き裂く。
無数の水流が――
鋭い刃のように変わり、周囲へ突き刺さっていく。
近くにいた兵士たちは――
反応する暇すらなかった。
凶暴な水圧が、真正面から胸へ叩きつけられる。
兵士たちは――
鉄の鎧ごと数十メートルも吹き飛ばされ――
秋の枯れ葉のように地面へ転がった。
そして――
巨大な水柱があった場所に――
一本の道が開かれた。
宝瑛は――
その道を通り、ヴァン・ティエンのもとへ走り続ける。
少し離れた場所では――
陳國寶がその光景を見ていた。
敵の前衛が一気に吹き飛ばされるのを目の当たりにし――
さすがの彼も驚きを隠せなかった。
「まさか……」
「この小さな娘が、これほど凄まじい内力を持っているとは……!!」
陳國寶は――
吹き飛ばされていく敵兵を見ながら、心の中で感嘆した。
だが――
すぐに首を横に振る。
口元に浮かんでいた小さな笑みも――
消えた。
たとえ山を動かし、海をひっくり返すほどの神力を持っていたとしても――
あの小さな少女一人で、押し寄せる敵軍の大軍勢を相手にすることなどできない。
刀と剣が容赦なく飛び交う戦場。
こんな場所で――
一人の少女を危険にさらすわけにはいかない。
決断は――
一瞬だった。
若き将軍は戦刀を強く握り締め――
前方を指し示す。
そして――
陳軍の兵士たちへ、堂々と命令を下した。
「全軍、命令を聞け!!」
「敵軍は、もうすぐ崩れるぞ!!」
「この勢いに乗れ!!」
「そのまま敵陣を引き裂け!!」
彼は両足に力を込めた。
そして――
戦場の最前線に、声を轟かせる。
「近衛兵、俺について来い!!」
「進め!!」
「あの娘を守るのだ!!」
その一方――
赤眼黒龍は、ヴァン・ティエンが倒れている場所を見下ろしていた。
もう――
先ほどまでの笑みはない。
ただ――
厳かな表情で見つめている。
それは――
相手を強者として認めた者の顔だった。
「お前は……本当に強い相手だった」
「そのことは、認めてやる」
「だが……残念だな」
その時。
奴は――
ヴァン・ティエンのもとへ走っている宝瑛を見つけた。
宝瑛の涙は――
今も止まらない。
赤眼黒龍は、しばらく彼女を見つめる。
そして――
手を前へ伸ばした。
指先に――
小さな球体が形成されていく。
その形が――
徐々に変わる。
一本の長い鎖へと。
「その苦しみを……」
「俺が終わらせてやる」
言葉が終わった瞬間――
指先から伸びた鎖が――
凄まじい速度で宝瑛へ向かって飛んでいった。
鎖が通過する場所ごとに――
空間が歪む。
鎖は――
宝瑛が走っている場所へ一直線に迫っていく。
後方からそれを見た陳國寶が――
叫んだ。
「娘!!」
「早く避けろ!!」
だが――
間に合わない。
鎖は――
すでに宝瑛のすぐ目の前まで迫っていた。
彼女は――
ただ振り返って見ることしかできなかった。
凍えるような冷気が身体を包む。
心臓が――
強く締めつけられる。
今回は――
逃げられない。
そう思った。
絶体絶命の瞬間。
無力感に包まれ、諦めようとしたその考えが頭をよぎった、その時――
鎖が彼女の身体まで、あと僅か。
その瞬間――
首にかかっていたペンダントが――
突然、激しく震えた。
ブルブルブルッ!!
次の瞬間――
ペンダントが自ら前方へ飛び出した。
眩い桃色の光を放ち――
宝瑛の目の前で鎖を受け止めた。
ガキィィィン!!!!
鎖は――
そこで完全に止まった。
そして――
ペンダントから放たれた凄まじい反発力によって、鎖の軌道が強制的に変えられる。
鎖は――
咆哮するような音を響かせながら、九重の雲へ向かって一直線に飛んでいった。
そして――
真っ赤に輝く一本の柱となった。
キィィィン!!!!
耳をつんざくような金属音が――
激しく響き渡る。
鎖は――
宝瑛の目の前で完全に止められていた。
ペンダントから生まれた恐ろしい反発力が鎖の軌道を変え――
九重の雲へ向かって轟音を響かせながら飛ばしていく。
二つのエネルギーが激しくぶつかり合う。
その爆発的な力が――
空を引き裂いた。
そして――
眩い赤い光の柱となり、混乱する戦場一帯を赤く染め上げた。
赤眼黒龍は――
目の前の光景を見て、驚愕していた。
信じられない。
一方の宝瑛は――
しばらくその場で固まっていた。
だが――
すぐに意識を取り戻す。
しかし彼女は――
自分を攻撃した者など見ていなかった。
その目は――
ただ一つの場所へ向いている。
ヴァン・ティエンが倒れている場所。
足は――
先ほどの攻撃でまだ震えている。
それでも――
彼女は一歩を踏み出した。
震える足で――
それでも前へ進む。
それを見た赤眼黒龍は――
「フン」
と鼻を鳴らした。
そして――
再び手を前へ伸ばす。
小さな球体が――
徐々に形成されていく。
奴は宝瑛を真正面から見つめた。
「今度は……」
「お前に、もう一度幸運があるか見てみよう」
球体が再び――
一本の鎖へと変わろうとした、その時。
ヒュンッ!!
突然――
背筋を凍らせるような風切り音が響いた。
遠くから一本の刀が――
流星のような速さで飛んでくる。
赤眼黒龍の目の前へ――
一直線に迫った。
「……!?」
奴は驚き――
すぐに手を引いた。
鋭い刃が――
顔のすぐ横を掠めていく。
赤眼黒龍は体勢を立て直す。
そして――
飛んできた刀の方を見る。
少し離れた場所。
そこには――
刀を投げた姿勢のまま立っている陳國寶がいた。
腕は――
力を込めた反動で、まだわずかに震えている。
赤眼黒龍は彼を見る。
その目が――
細くなる。
喉の奥から、低い唸り声が漏れる。
「お前……」
陳國寶は――
ゆっくりと身体を起こし、真っ直ぐに立った。
そして――
赤く血走った敵の目を真正面から見据える。
その声は――
重く、力強く、空間を引き裂いた。
「この陳國寶がここにいる限り――」
「この娘の髪一本にさえ、誰にも触れさせん!!」
その一方――
宝瑛は残された力をすべて振り絞り――
ヴァン・ティエンのもとへ走った。
そして――
濡れた地面に、膝から崩れ落ちる。
震える両手が――
冷たく、動かない彼の身体を必死に揺さぶる。
熱い涙が――
まつ毛の隙間からこぼれ落ちる。
ポロポロと流れ――
戦場を濡らす水へ混ざっていく。
喉が――
苦しいほど詰まる。
嗚咽の中から――
心を引き裂くような声が漏れた。
「ティエンさん……起きて……」
「私を置いていかないで……お願い……」
「早く……起きてよ……」
彼女は――
ヴァン・ティエンを強く抱きしめた。
すすり泣く声が――
血と煙の匂いに満ちた空間の中で、激しく響き渡る。
しかし――
彼女に返ってくるのは。
そこに横たわる男の――
恐ろしいほどの静寂だけだった。
その頃――
赤眼黒龍は陳國寶の方を見る。
「本当に……」
「自分から死にに来たいのか……?」
黒い圧力が周囲を覆い尽くす。
それに対して――
陳國寶は、ただ小さく笑った。
その顔には――
一切の動揺がない。
まるで――
平穏な景色の中に立っているかのように、悠然としていた。
そして、静かに答える。
「死ぬだと……?」
「俺は陳軍に従い、長きにわたって戦ってきた」
「幾度もの生死を分ける戦場をくぐり抜け――」
「血で戦場を赤く染めてきた」
「大越の勇将にとって――」
「死など、もともと羽毛よりも軽いものだ」
「お前は……」
「俺が恐れると思うのか?」
その気迫に満ちた言葉を聞いた瞬間――
赤眼黒龍の表情が硬くなった。
周囲の殺気が――
一つの冷たい気となって凝縮される。
骨まで凍るような冷気。
奴は歯を食いしばる。
「ならば……」
「俺が望み通りにしてやる」
「ここで――」
「お前の命を奪ってやる!!」
陳國寶は――
一切ひるまなかった。
奴の妖しい目を真正面から見つめる。
手にした戦刀を――
強く握り締める。
そして――
鋭く、力強い声を響かせた。
「ならば、来い!!」
「お前の力がどれほどのものなのか――」
「この俺が見てやる!!」