『天雲星系・銀河の記憶』   作:DanhDu_Chronicle

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第63話 霊血、静かに滲む (上)

風が激しく吹き荒れている。

 

若き将軍は――

今もなお、そこに堂々と立っていた。

 

その目は――

決して敵から離れない。

 

向かい側では――

 

赤眼黒龍が、苦しそうに身体を起こしていた。

 

両脚はまだ激しく震えている。

 

先ほどの恐ろしい剣気による余波が、身体に残っているのだ。

 

呼吸も途切れ途切れ。

 

一息するだけでも、苦しそうだった。

 

奴は血走った目を上げ――

 

大越の勇将を睨みつけた。

 

陳國寶将軍は刀先をゆっくりと下げる。

 

傷ついた敵を、なおも真っ直ぐ見据える。

 

そして――

 

鋭く、力強い声で言い放った。

 

「早く降参しろ!」

 

「お前には、もう勝ち目はない」

 

赤眼黒龍はその言葉を聞いても――

 

恐れることはなかった。

 

ただ――

 

小さく笑った。

 

「ハ……勝ち目がない、だと?」

 

言い終わると同時に――

 

奴は震える手を自分の身体へ突っ込んだ。

 

そして――

 

一つの異形の物体を取り出した。

 

鍵。

 

だが――

 

今回、それは鍵剣ではなかった。

 

短い尖った刃。

 

その表面には――

 

真っ黒な五芒星が刻まれていた。

 

不気味で、禍々しい星。

 

赤眼黒龍は、手の中の鍵を見つめる。

 

その瞬間――

 

意識が、過去へと引き戻された。

 

――――

 

薄い霧のような記憶の中。

 

赤眼黒龍は――

 

一人の謎めいた人物の前に立っていた。

 

男はゆっくりと手を開く。

 

そこには――

 

まさに、この異形の鍵があった。

 

そして男は、それを奴へ差し出す。

 

「受け取れ」

 

「これは……」

 

謎の男は答えなかった。

 

ただゆっくりと背を向け――

 

そのまま歩き出す。

 

そして――

 

低く、力強い声を響かせた。

 

「私は知っている……」

 

「お前の中には、恐ろしいほどの力が眠っている」

 

「だが――」

 

「お前自身は、まだその力を完全には引き出せていない」

 

「だから……これが、お前の力をすべて引き出す助けになる」

 

――――

 

現在。

 

赤眼黒龍は、手の中の鍵剣の先端をじっと見つめる。

 

「まさか……」

 

「こんなに早く、これを使うことになるとはな」

 

奴は視線を上げた。

 

そして――

 

殺気を込めた目で、陳國寶を睨みつける。

 

「この戦いは――」

 

「まだ終わっていない」

 

赤眼黒龍は、黒い星の刻まれた鍵を見る。

 

一切の迷いはなかった。

 

そして――

 

手を振り下ろす。

 

「グサッ!!」

 

鍵を――

 

自分の胸の中央にある鍵穴へ、力任せに突き刺した。

 

あまりにも凶暴で、残酷な光景。

 

その動きはあまりにも速かった。

 

幾多の戦場をくぐり抜けてきた勇将――

 

陳國寶でさえ、思わず驚愕する。

 

次の瞬間――

 

周囲の空間が突然、凍りついた。

 

時間そのものが――

 

一瞬だけ止まったかのようだった。

 

激しく吹いていた風さえ――

 

突然、止まる。

 

赤眼黒龍は――

 

その場に立ったまま、動かなかった。

 

一体――

 

何が起こった?

 

遠くから見つめる陳國寶。

 

彼は目を細めた。

 

何が起きているのか――

 

理解できない。

 

だが――

 

胸の奥から、猛烈な不安が湧き上がってきた。

 

「……」

 

その時。

 

「パキッ」

 

赤眼黒龍の身体に――

 

異変が起こった。

 

先ほど突き刺した鍵から――

 

紫色の気が、激しく噴き出した。

 

そして――

 

それに続いて現れたのは――

 

濃密な闇。

 

ただの黒ではない。

 

それは――

 

宇宙の深淵。

 

暗黒の虚無そのものを思わせる――

 

底知れない黒。

 

それが、死を思わせる紫色と絡み合っていく。

 

赤眼黒龍の身体が激しく震えた。

 

紫黒色の気が――

 

徐々に全身へ広がっていく。

 

奴は身体の奥に――

 

凄まじい痛みを感じた。

 

そして――

 

叫び声を上げる。

 

「アアアアアッ!!!!」

 

「ドォォォン!!!!」

 

紫黒色の気が、一気に爆発した。

 

凶暴な衝撃波が周囲へ叩き返され――

 

戦場全体を薙ぎ払っていく。

 

凄まじい圧力。

 

陳國寶は歯を食いしばった。

 

全身の内力を一気に解放する。

 

両足を砂と岩へ深く踏み込み――

 

吹き飛ばされないよう、身体を支える。

 

紫黒色の禍々しい気は――

 

さらに濃くなっていく。

 

やがて――

 

赤眼黒龍の身体を完全に包み込んだ。

 

そして――

 

黒い球状の繭へと変わった。

 

外界から完全に切り離された――

 

漆黒の球体。

 

しばらくすると――

 

その表面に、細かな亀裂が走り始めた。

 

「パキ……」

 

「パキパキ……」

 

そして――

 

「ガシャァン!!!!」

 

球体が完全に砕け散る。

 

爆発の中心から――

 

赤眼黒龍が歩み出た。

 

そこに立つ奴の瞳は――

 

もう血のような赤ではなかった。

 

深く――

 

神秘的な紫黒色。

 

全身もまた――

 

紫黒色の気に包まれている。

 

陳國寶は、その場に立ったまま――

 

遠く離れていても感じていた。

 

目の前の敵が放つ――

 

凄まじい威圧感を。

 

赤眼黒龍は、ゆっくりと手を前へ伸ばした。

 

すると――

 

掌の中から、一筋の太い鎖が現れ始めた。

 

だが――

 

今回の鎖は、以前とは違う。

 

うねうねと蠢くのではない。

 

鎖の輪同士が――

 

次々と噛み合っていく。

 

「ガキン……」

 

そして――

 

一本の紫黒色の長杖へと変わった。

 

赤眼黒龍はその杖を握る。

 

何も言わない。

 

ただ――

 

力強く振り抜いた。

 

「ドォン!!」

 

杖の先端から――

 

凶暴な黒気が爆発する。

 

凄まじい圧力が空気そのものを押し潰し――

 

周囲の空間が激しく震えた。

 

陳國寶は危険を察知する。

 

一瞬で大刀を地面へ深く突き刺した。

 

そして――

 

防御陣を作る。

 

紫黒色の気が刀身へ激突した。

 

「ズドォォォン!!!!」

 

まるで千斤もの巨大な山が――

 

そのまま叩きつけられたような圧力。

 

陳國寶は歯を食いしばり――

 

全身の剛力を集中させて耐える。

 

だが――

 

攻撃が防がれたのを見た赤眼黒龍は――

 

すぐに二撃目を放った。

 

「ドォン!!」

 

今度の紫黒色の気は――

 

先ほどの何倍もの凶暴さ。

 

一気に飛び出し――

 

先ほどのエネルギーと重なり合う。

 

そして――

 

巨大な暗黒の洪水となった。

 

「ゴゴゴゴゴ……!!」

 

それは――

 

陳國寶の防御を真正面から押し潰した。

 

「ぐっ……!!」

 

陳國寶は耐えきれず――

 

後方へ弾き飛ばされた。

 

彼は咄嗟に大刀の刃を岩の地面へ突き刺す。

 

そのまま摩擦を利用し――

 

滑り続ける身体を無理やり止める。

 

しばらくして――

 

ようやく身体が止まった。

 

砂埃が激しく舞い上がる。

 

陳國寶は息を整えながら、前を見た。

 

だが――

 

赤眼黒龍の姿が――

 

消えていた。

 

「……!?」

 

次の瞬間。

 

冷たい紫黒色の気が――

 

背後から一気に迫った。

 

赤眼黒龍が――

 

すでに彼の背後へ接近していた。

 

一言もない。

 

奴は杖を――

 

強烈に振り抜いた。

 

陳國寶は鋭い反応で身体を回転させ――

 

大刀を振り上げ、紙一重で受け止める。

 

だが――

 

魔杖の速度が速すぎた。

 

「シュッ!!」

 

杖が彼の身体を掠め――

 

肩の装甲を引き裂く。

 

さらに――

 

腕へ深い傷を刻み込んだ。

 

それだけでは終わらない。

 

赤眼黒龍は続けて――

 

陳國寶の腹へ強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

「ドゴォッ!!」

 

凄まじい力を伴った蹴り。

 

陳國寶の身体は遠くへ吹き飛ばされた。

 

だが――

 

それでも彼は立っていた。

 

しかし――

 

霊的な傷は、すでに身体の限界を超えていた。

 

口元から――

 

深い霊気を帯びた血液が、ゆっくりと流れ出す。

 

それだけではない。

 

鎖に掠められた腕からも――

 

濃い赤色の血が滲み出していた。

 

そして――

 

大越の英霊たる将軍の霊血が、岩の地面へ落ちた瞬間。

 

「シュゥゥ……」

 

そこから――

 

淡い正気の霧が立ち上った。

 

厳かで――

 

気高い霊気。

 

それは、周囲を覆う紫黒色の邪気とは――

 

完全に正反対だった。

 

次々と落ちる濃い赤色の霊血。

 

砂と岩の上に広がる――

 

淡い正気の霧。

 

それを見ながら、陳國寶は小さく呟いた。

 

「まさか……」

 

「ほんの一瞬で、ここまで恐ろしい力を引き出すとはな……」

 

彼は迷いなく大刀を地面へ深く突き刺した。

 

刀の柄を支えにし――

 

崩れかけた身体を、無理やり起こしていく。

 

そして――

 

鋭い眼差しを敵へ突き刺す。

 

心の中で――

 

決意を固めた。

 

「どうやら……」

 

「残った力を、すべて解放するしかないようだ」

 

その思考が終わった瞬間――

 

陳國寶は咆哮した。

 

「ウオオオオッ!!!!」

 

全身の力を――

 

狂ったように解放する。

 

陳家の王族の血が――

 

再び血管の中で激しく沸騰し始めた。

 

そして――

 

積み重ねられてきた東亜の豪気が――

 

再び爆発する。

 

「ゴゴゴゴゴ……!!」

 

目に見えない凄まじい剛力が――

 

彼の身体から渦を巻いて外へ溢れ出す。

 

そして――

 

その身体を、眩しく輝く黄金色の正気が包み込んだ。

 

ボロボロになった鎧と身体を――

 

黄金の光が覆っていく。

 

その内力とともに――

 

血に濡れた腕に刻まれた二文字。

 

「殺韃」

 

その文字が――

 

これまで以上に濃く、はっきりと浮かび上がった。

 

まるで――

 

天地に誓う誓約のように。

 

同時に――

 

肩と胸に絡み合う蛟龍の刺青も蠢き始めた。

 

その姿が、はっきりと浮かび上がる。

 

沿岸の地を守る勇将の――

 

凄まじい威圧感を放っていた。

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