『天雲星系・銀河の記憶』 作:DanhDu_Chronicle
意識が完全に戻った瞬間。
ヴァン・ティエンは気づいた。
宝瑛が、自分の胸の上で泣き伏している。
全身を襲う鈍い痛みを必死に堪え――
彼は低く、優しい声で呼んだ。
「宝瑛……」
その聞き慣れた声を聞いた瞬間。
宝瑛はハッと顔を上げた。
大きく見開かれた瞳。
震える唇。
声すら出ない。
「ティエンさん……」
「本当に……目を覚ましたの……!?」
ヴァン・ティエンは――
ただ静かに頷いた。
目の前に起きた――
生きた奇跡。
それを見た瞬間。
宝瑛は、もう感情を抑えられなかった。
彼女はヴァン・ティエンへ飛び込み――
消えてしまうことを恐れるかのように、強く抱きしめる。
涙が――
再び、ぽろぽろと溢れ落ちていく。
だが――
今度の涙は。
生き別れや死別の悲しみから流れる涙ではない。
それは――
この上ない幸福の涙だった。
胸を強く締めつけられたことで、古い傷に触れてしまう。
ヴァン・ティエンは苦痛に顔をしかめ――
泣くに泣けないような表情で、かすかに呟いた。
「もう少し優しく抱いてくれ……」
「そうじゃないと……敵に殺される前に、君に抱き殺されそうだ……」
宝瑛はビクッと身体を震わせた。
慌てて腕を離す。
小さな顔が――
一瞬で真っ赤になった。
恥ずかしそうに、小さな声で言い訳する。
「ご、ごめんなさい……」
「嬉しすぎて……」
二人は顔を見合わせ――
互いに、ほっとしたように微笑んだ。
その光景を見ていた陳國寶は――
前方を守りながら、ちらりと振り返る。
そして――
戦場を吹き抜ける風の中で、からかうように声を上げた。
「生死の境目にいるっていうのに――」
「お前たち二人は、まだイチャつく余裕があるのか?」
ヴァン・ティエンと宝瑛の顔が――
一瞬で真っ赤になる。
二人の後輩の恥ずかしそうな姿を見て――
若き将軍は、豪快に笑った。
「ハハハハハ!!」
両腕にはなおも力が込められている。
青筋が浮かび上がるほど全身に力を込め――
目の前で狂い荒れる紫黒色の死気の嵐を必死に食い止めている。
それでも――
その姿は、まるで何事もないかのように。
悠然としていた。
やがて笑みを収め――
金色の正気に輝く瞳をヴァン・ティエンへ向ける。
そして――
低く問いかけた。
「新たな時代の末裔よ……」
「もう完全に意識は戻ったか?」
ヴァン・ティエンは、強い意志を込めて答える。
「身体にはまだ鈍い痛みが残っています……」
「でも、もう大丈夫です」
「よし!!」
陳國寶は大声で問いかける。
「ならば、まだ戦えるか!?」
「たぶん……いけます!!」
「ならば、何をしている!?」
「早く俺と共に、この暗黒の死気を食い止めるぞ!!」
ヴァン・ティエンは――
静かに頷いた。
そして――
地面へ手を強くつき。
全身を引き裂くような痛みを押し殺しながら――
ゆっくりと立ち上がる。
宝瑛もすぐに彼の腕を支えた。
そして――
ヴァン・ティエンが足元を固め、歩き出そうとした、その時。
宝瑛が突然――
彼の手を強く握った。
不安に満ちた瞳。
そして――
震える声。
「ティエンさん……」
ヴァン・ティエンは、もう片方の手で彼女の頭を優しく撫でた。
そして――
安心させるように、柔らかく微笑む。
「大丈夫だ……」
「ここで待っていてくれ……」
そう言うと――
彼は歩き出した。
宝瑛は後ろから――
ただ、その背中を見つめ続ける。
ヴァン・ティエンは、ゆっくりと陳國寶のもとへ近づいていった。
若き将軍は彼をちらりと見る。
そして――
感嘆するように笑った。
「まさか……お前、本当にしぶとい奴だったとはな!」
ヴァン・ティエンは、何も答えない。
ただ――
自分の手のひらを見る。
そこには、まだかすかに残っている――
淡い青い気。
目の前では――
紫黒色の死気の嵐が狂ったように荒れ狂い。
すべてを飲み込もうとするかのように、押し寄せている。
ヴァン・ティエンは――
ゆっくりと目を閉じた。
そして――
深く息を吸う。
目を開いた時。
その瞳には――
揺るぎない決意が宿っていた。
彼は小さく呟く。
「10%……」
その瞬間――
身体の奥深くから、青い気が一気に噴き出した。
それは――
全身の筋肉の隅々へと広がっていく。
首にかかったペンダントも――
激しく震え、共鳴する。
今回のエネルギーは――
身体が目覚めたばかりであるため、以前ほど濃密でも、豊富でもない。
だが――
今のヴァン・ティエンにとって。
これだけあれば――
決戦には十分だった。
彼は陳國寶へ視線を向ける。
そして――
低い声で尋ねた。
「俺は……何をすればいい……」
戦袍が狂風の中ではためく。
陳國寶は、紫黒色の圧力によってひび割れ始めた大刀の峰へ、両手を強く押しつけていた。
そして――
歯を食いしばる。
「進め!!」
「お前の両手を、青い気で包み込んだまま――」
「俺の大刀の峰へ、強く押しつけろ!!」
「その石盤を――」
「俺と共に、全力で支えるんだ!!」
ヴァン・ティエンは、その密命を理解した。
一切の躊躇なく――
砂と石を強く踏みしめる。
そして――
青い気に包まれ、まばゆく輝く両手を――
若き将軍の青龍刀の峰へ、叩きつけるように押しつけた。
ズオォォォン!!!
陳朝の勇将が放つ――
黄金色に輝く東亜の豪気。
そして――
新たな時代の末裔が持つ、青く不屈なエネルギー。
二つの力が交わった瞬間――
これまでにないほど激烈な共鳴勁力が生まれた。
ヴァン・ティエンの十%の力は――
最後の一片となった。
直後。
防御陣全体が、一気に強化される。
ひび割れていた「蛟龍護体」の壁が――
突然、まばゆい光を放った。
そして――
王者の巨大な石盤へと変わり。
真正面から――
敵の紫黒色の死気の嵐を、すべて受け止めた。
それを見ても――
赤眼黒龍は、まったく怯まなかった。
むしろ――
身体の中から放たれる紫色の気は、さらに増していく。
圧力も――
さらに強くなる。
奴はヴァン・ティエンと陳國寶。
そして――
陳軍を見つめながら、嘲笑した。
「さて……」
「お前たちが、いつまで耐えられるか見ものだな」
奴は胸の鍵へ手を伸ばす。
そして――
クルッ。
鍵を一回転させた。
次の瞬間――
「グオオオオオオッ!!!」
咆哮と共に――
紫色の気が猛烈に膨張する。
周囲へ凄まじい速度で広がっていく。
ヴァン・ティエンと陳國寶の盾。
そして――
陳軍の木盾。
それらへ紫色の気が激突した瞬間――
凄まじい圧力が襲いかかった。
ヴァン・ティエンたちは、必死に耐える。
だが――
あまりにも強い。
その力によって――
ヴァン・ティエンも。
陳國寶も。
そして陳軍も――
一斉に後方へ弾き飛ばされた。
それでも――
ヴァン・ティエンと陳國寶は、なお立っていた。
だが――
今や、盾はない。
目の前には――
狂ったように押し寄せる紫黒色の気。
赤眼黒龍は――
高らかに笑った。
「お前たちは……もう逃げ道がない」
「死ね……」
だが――
その瞬間。
赤眼黒龍は――
奇妙な圧力を感じた。
どこから来るのか――
分からない。
奴は自分の手を見る。
その手が――
震えていた。
「な……なんだ……???」
「どうして……俺の手が震えている……?」
「誰だ!!!」
奴は前方を見る。
その圧力を放っている存在を探す。
そして――
戦場の周囲を見回した、その時。
奴の目に――
崖の上に立つ、一つの人影が映った。
風に戦袍をはためかせる――
一人の男。
その手には――
今なお、国を守る宝剣が強く握られている。
――興道大王。
陳興道――
陳國俊だった。
その眼差しは――
静かだった。
その威厳は――
揺るぎない。
ただ真っ直ぐに――
目の前の敵を見つめている。
遠く離れているにもかかわらず。
赤眼黒龍は――
その男から放たれる凄まじい圧力と威圧を、はっきりと感じ取っていた。
奴は拳を強く握る。
恐怖に飲まれるなと、自分自身を抑え込む。
そして――
興道大王を睨みつけ、叫んだ。
「俺を脅かせると思うな……!!」
次の瞬間――
黒い気が爆発的に膨張する。
そして――
興道大王へ向かって、一気に押し寄せていった。
しかし――
余計な言葉は、一切なかった。
興道大王――陳國俊は。
国を守る宝剣を――
静かに鞘から抜き放つ。
黒い気は――
すでに目の前まで迫っている。
その瞬間。
興道大王は――
上空から地面へ向かって。
一本の見えない斬撃を――
一気に振り下ろした。
キィィィィ――!!
オォォォォン!!!
天と地の正気を纏った一筋の剣気が――
隕石のように降り注ぎ。
空を引き裂いた。
聖人の極致ともいうべき――
最高の一撃。
それは――
赤眼黒龍の暗黒の嵐を、真正面から二つに斬り裂いた。
国を守る聖なる力は――
あまりにも強大だった。
紫黒色の死気に触れた瞬間。
ジュゥゥゥ……!!
それらは――
雪が太陽に触れたかのように。
音を立てながら、次々と消滅していく。
そして――
白藤江の天地から。
完全に邪気が消え去った。
赤眼黒龍は――
目の前の光景を見て。
信じられないという表情を浮かべた。
その瞬間――
パキッ……!!
胸に突き刺さっていた鍵に――
亀裂が走った。
「な……に……?」
奴の顔に――
初めて、明確な恐怖が浮かんだ。
その光景を見ていたヴァン・ティエンと宝瑛も――
驚きのあまり、目を大きく見開く。
自分の目が信じられない。
一方――
陳國寶の表情には、何の変化もなかった。
ただ――
その瞳には。
崖の上に立つ男へ向けた――
深い敬意と畏敬の念が満ちていた。
――江山を定める、あの一閃の後。
興道大王――陳國俊は、ゆっくりと国護りの宝剣を鞘へ収めた。
カチッ。
鋭く短い音が響く。
それでも――
彼の姿は変わらない。
悠然として。
威厳に満ち。
まるで巨大な石盤のように揺るぎない。
大将の戦袍が――
冷たい狂風の中で、バサバサとはためいていた。
聖人の一撃は――
まるで大越の天地に眠る龍脈そのものを、目覚めさせたかのようだった。
白藤江に連なる無数の大波が――
突然、激しく渦巻き。
大地まで震わせるほど、激しくうねり始める。
ドォォォン……!!
波が崖へ叩きつけられる音は――
まるで万軍が一斉に鬨の声を上げているかのように。
天地が。
山河が。
すべてが声を揃えて――
その大王に応え。
そして――
その偉大なる大王を、称えているかのようだった。