『天雲星系・銀河の記憶』   作:DanhDu_Chronicle

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第66話 永遠の川と、深淵からの信号 (後編)

戻ってきた。

 

遠くの地平線。

 

そこから――

 

朝日の最初の光が、ゆっくりと姿を現し始めていた。

 

幾重にも重なる暗い雲を切り裂き――

 

濡れた白藤江を照らしていく。

 

「……ようやく、終わったんだな」

 

ヴァン・ティエンは息を切らしながら――

 

小さく呟いた。

 

そして――

 

力尽きた身体が、後ろへ倒れかける。

 

その瞬間。

 

宝瑛が駆け寄り――

 

両腕を広げ、彼の身体を受け止めた。

 

ヴァン・ティエンは、そっと彼女の肩に寄りかかる。

 

疲れ切った顔で――

 

彼女を見上げた。

 

「ありがとう、宝瑛」

 

少女は彼を見つめる。

 

涙で濡れた瞳。

 

そして――

 

心の底から安堵したような、温かな笑顔。

 

一陣の風が吹いた。

 

「陳」の旗が、静かに揺れる。

 

そして――

 

陳軍の兵士たちの姿も、少しずつ薄くなっていく。

 

やがて――

 

空気の中へ、溶けるように消え始めた。

 

その時――

 

風の吹き荒れる高い崖の上から。

 

低く、力強く、そして威厳に満ちた声が――

 

突然、空間全体へ響き渡った。

 

興道大王・陳國俊の声だった。

 

すべての視線が――

 

再びそちらへ向く。

 

大王は、天地の間に堂々と立っていた。

 

大将の袍が風に大きくなびく。

 

その瞳は深く、静かでありながら――

 

二人の若者へ、温かく慈愛に満ちた眼差しを向けていた。

 

「この戦いは――」

 

「……お前たちのものだ」

 

「覚えておけ」

 

「この川には……まだ、守る者がいる」

 

「この川は――」

 

「まだ流れ続けている」

 

「決して……他の者の手に渡すな」

 

その神聖な言葉。

 

大越の山河の魂が込められた戒めを前に――

 

ヴァン・ティエンは静かに頷いた。

 

決然と。

 

そして敬意を込めて。

 

その時――

 

誰かの手が、ヴァン・ティエンの肩を叩いた。

 

陳國寶だった。

 

彼の身体もまた――

 

霊力によって形作られた姿が、徐々に薄くなっている。

 

それでも――

 

ボロボロになった戦装束の顔には、変わらぬ豪放で英雄的な笑みが浮かんでいた。

 

「よくやったな……」

 

「俺が信じた、新時代の後裔の名に恥じない戦いだった」

 

そして――

 

宝瑛へも視線を向ける。

 

「このお嬢さんもな……」

 

「後の世の子孫たちが――」

 

「これほど強く、これほど逞しく、これほど見事に戦っている姿を見られた」

 

「これで俺も――」

 

「ようやく安心して、目を閉じられる」

 

「この時代は――」

 

「もう、お前たちのものだ」

 

「命を懸けて――」

 

「この時代を守っていけ」

 

若き将軍の目が、突然厳しくなる。

 

そして――

 

ヴァン・ティエンの肩を軽く握った。

 

「もしこれから先――」

 

「困ったことがあったり、助けが必要になったら……」

 

「俺と、何万もの陳軍の民は――」

 

「必ず霊となって、お前を助けに現れる!!」

 

「なぜなら――」

 

「俺たちはずっと……」

 

「龍脈の中に住み続けている」

 

「何代、何代と時を越えて――」

 

「この聖なる土地を見守り、守り続けているからだ!!」

 

「必ず――」

 

「俺たちは、お前を助けに来る!!」

 

「「「我々は――必ず助けに来る!!」」」

 

何万もの陳軍の戦士たちが――

 

一斉に武器を高く掲げた。

 

そして――

 

全員が声を揃えて叫ぶ。

 

天を震わせ。

 

空間を切り裂き。

 

歴史の白藤江の一帯全体へ――

 

轟き渡る声。

 

「「「我々は――必ず助けに来る!!」」」

 

何万もの兵士たちと陳國寶の身体は――

 

すでに、ほとんど透明になっていた。

 

完全に永遠の世界へ消える前に――

 

若き将軍は最後まで忘れなかった。

 

口元をニヤリと上げ――

 

最後に、少しおどけた調子で、格好よく忠告する。

 

「そうだ!」

 

「もし本当にその日が来たら――」

 

「ちゃんと、その小さな命を大事にしておけよ!」

 

「さらばだ……」

 

「新時代の後裔よ」

 

最後の霊光が――

 

砕け散った。

 

陳國寶。

 

そして――

 

國公節制と、何万もの陳軍の英霊たち。

 

そのすべてが――

 

虚空へと完全に消えていった。

 

戦場は――

 

再び、元の静寂へと戻った。

 

残ったのは――

 

朝風が唸る音。

 

そして――

 

岸へ打ち寄せる水の轟音だけ。

 

ヴァン・ティエンは、隣にいる宝瑛の肩へ身体を預けたまま――

 

二人で静かに、風の吹く広大な白藤江を見つめていた。

 

そして――

 

小さく呟く。

 

「……終わったな」

 

「……うん」

 

二人の首にかかったペンダントが――

 

朝日の光を受けて、静かに輝いた。

 

まるで――

 

千年の歴史から受け継がれた、神聖な言葉のように。

 

大越の川は――

 

今もなお。

 

これからも永遠に――

 

流れ続けていく。

 

――――――――――

 

翌日の午後。

 

ヴァン・ティエンは川辺へ来ていた。

 

白藤江の下を流れる水を、静かに眺めている。

 

その時――

 

後ろから、スカート姿の人影が静かに近づいてきた。

 

そして――

 

両手で彼の目を覆う。

 

「誰だと思う?」

 

ヴァン・ティエンは驚いた。

 

だが――

 

すぐに小さく笑う。

 

そして、その柔らかな手に自分の手を重ねた。

 

「俺の可愛い小さなお姫様」

 

後ろの少女は、それを聞くと笑った。

 

手を離し――

 

彼の前へと歩いてくる。

 

両手を背中で組み――

 

身体を少し彼の方へ傾けた。

 

「何を考えてるの?」

 

ヴァン・ティエンは、わずかに首を傾ける。

 

「何でもない」

 

「ただ……」

 

「あんなことがあった後……」

 

「すべてが、元に戻ったんだなって」

 

宝瑛は再び手すりのところへ行く。

 

手すりに手を置き――

 

白藤江に沈む夕日を眺める。

 

「全部……」

 

「一瞬の悪夢だったみたい」

 

ヴァン・ティエンは彼女へ近づく。

 

そして――

 

その後ろに立ち、同じように夕日を見つめた。

 

「そうだな……」

 

「一つの悪夢……」

 

「でも――」

 

「同時に、綺麗な夢でもあった」

 

彼は静かに――

 

目の前にいる少女の後ろ姿を見つめる。

 

「明日……俺は帰らなきゃいけない」

 

「……たぶん……」

 

「今日が最後になるんだろうな」

 

「俺たちが、こうして隣に立つのは……」

 

宝瑛はその場に立ったまま――

 

顔を俯けた。

 

「本当は……」

 

「あなたと離れたくない」

 

「でも……」

 

「私も、あなたをずっとここに置いておくことはできない」

 

「だから……」

 

彼女は顔を上げる。

 

そして――

 

振り返ってヴァン・ティエンを見る。

 

笑顔を浮かべて。

 

「次に会える日まで……」

 

「私、待ってるね」

 

一滴の涙が――

 

宝瑛の頬を流れた。

 

その姿を見たヴァン・ティエンは――

 

静かに目を伏せる。

 

「宝瑛……」

 

宝瑛は川の方へ顔を向けた。

 

「大丈夫……」

 

「私は、待てるから」

 

「だって――」

 

「私も、前にあなたを待ったことがあるから」

 

彼女は、そっと振り返る。

 

「そして――」

 

「私は、またあなたに会えた」

 

「でも……」

 

「一つだけ、約束してほしいことがあるの」

 

ヴァン・ティエンは首を傾ける。

 

「いいよ……」

 

「言ってみて」

 

彼女は笑った。

 

そして――

 

彼のところまで歩いてくる。

 

指をクイクイッと曲げて、彼を呼ぶ。

 

ヴァン・ティエンは顔を下げる。

 

そして――

 

その瞬間。

 

宝瑛は、そっと背伸びをした。

 

そして――

 

彼の頬にキスをした。

 

ヴァン・ティエンの目が、大きく見開かれる。

 

しばらくして――

 

宝瑛は唇を彼の頬から離した。

 

そして――

 

静かに言う。

 

「私と……」

 

「約束して……」

 

「私のこと……」

 

「忘れないでね……」

 

そよ風が吹いた。

 

二人の髪が、風に揺れる。

 

ヴァン・ティエンは彼女を見つめた。

 

夕日の光の中に――

 

小さな少女の姿が映っている。

 

そして――

 

彼の口元に、静かな笑みが浮かんだ。

 

「分かった……」

 

「約束する」

 

「絶対に――」

 

「君を忘れない」

 

その言葉を聞いた宝瑛は――

 

嬉しそうに笑った。

 

そして――

 

彼を抱きしめる。

 

「ティエンさん……」

 

ヴァン・ティエンも腕を上げ――

 

彼女を抱き返した。

 

首にかかったペンダントが――

 

風に合わせて、静かに揺れる。

 

二人は――

 

夕日の下で、静かに抱き合っていた。

 

その下を流れる川の水は――

 

今もなお、流れ続けている。

 

夕日が水面へ降り注ぐ。

 

まるで――

 

あの日の夕方と、同じ光景だった。

 

――――――――――

 

冷たい白藤江の――

 

さらに深い水底。

 

そこでは――

 

一匹の小さな生き物が、何も知らずに楽しそうに泳いでいた。

 

その鱗には――

 

超微細な機械装置が、しっかりと張り付いている。

 

黒く、真っ黒な電子チップ。

 

砂粒よりも小さい。

 

ピッ……ピッ……ピッ……

 

突然。

 

チップにある赤いLEDの光が――

 

静かに点滅し始めた。

 

そして――

 

鋭く短い電子音が、水底の静寂を切り裂く。

 

その直後。

 

冷たく。

 

感情のない――

 

機械的な声が、音波に乗って海を越え――

 

ひっそりと隠された、暗い研究室の中へ伝わった。

 

【確認:対象「赤眼黒龍」の生命反応は、完全に消失しました。】

 

【肉体は――完全に消滅しました。】

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