『天雲星系・銀河の記憶』   作:DanhDu_Chronicle

82 / 83
第68話 目覚めの余韻と、記憶からの呼び声 (下)

ドォン!!!

 

予告など必要ない。

 

それは突進する。

 

一歩踏み出すたびに大地が爆発し、空気がねじれる。

 

一瞬で――

 

ヴァン・ティエンの目の前に現れた。

 

拳。

 

先ほどより速い。

 

強い。

 

だが――

 

ドォン!!!

 

見えない力が、それを阻んだ。

 

手ではない。

 

筋肉でもない。

 

彼の身体を包み込む――

 

淡い青色のエネルギー。

 

ヴァン・ティエンは、ゆっくりと顔を上げる。

 

その瞳は――

 

もう、以前とは違っていた。

 

淡い青い光が、瞳の奥を走る。

 

「……もういい。」

 

声が低くなる。

 

冷たい。

 

普通の青年の声ではない。

 

黒い装甲の生物が、一瞬だけ動きを止めた。

 

「……行動反応の変化を確認。」

 

ヴァン・ティエンが、一歩前へ出る。

 

ゆっくり。

 

だが――

 

周囲の空気が、一瞬で重く沈み込んだ。

 

「下がれ。」

 

短い言葉。

 

断固とした声。

 

見えない圧力が押し寄せる。

 

黒い装甲の生物が、半歩後退する。

 

――そして止まった。

 

「……命令に従わない。」

 

咆哮。

 

赤いエネルギーが激しく爆発する。

 

「排除。」

 

再び突進する。

 

速すぎて、残像さえ残す。

 

腕が振り下ろされた。

 

ドォン!!!

 

今度は――

 

衝突しない。

 

防がない。

 

ただ――

 

宙に浮いたまま、止められていた。

 

まるで――

 

見えない手に、身体ごと握り潰されているように。

 

「……動けない……!?」

 

ヴァン・ティエンが、片手を上げる。

 

たった一つの手。

 

軽く。

 

まるで――

 

あまりにも慣れ親しんだものを操るかのように。

 

「……弱すぎる。」

 

ドォン!!!

 

風が戻ってきた。

 

だが――

 

もう田舎の夕方に吹く、普通の風ではなかった。

 

そこには――

 

見えない圧力が混じっている。

 

野原が裂ける。

 

煙と砂埃が、まだ空中に漂っている。

 

そのすべての中心で――

 

ヴァン・ティエンは、片膝をついていた。

 

荒い呼吸。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

身体を包んでいた青い光は弱くなっている。

 

だが――

 

まだ完全には消えていない。

 

消えることを拒む炎のように――

 

かすかに輝き続けている。

 

その前方。

 

黒い装甲の生物は、まだ倒れていた。

 

身体がわずかに震えている。

 

装甲には大きな亀裂が走り――

 

内部の赤い光が、不安定に明滅していた。

 

「……処理……不能……」

 

歪んだ声が、途切れ途切れに響く。

 

それは、立ち上がろうとする。

 

だが――

 

ドォン!!

 

再び、見えない圧力が押し付けられた。

 

しかし――

 

それはヴァン・ティエンからではない。

 

周囲の空間そのものからだった。

 

少女が、そこに立っている。

 

それを見つめる瞳は――

 

冷たい。

 

「……止まって。」

 

小さな声。

 

だが――

 

そこには、理解できないほどの権威が宿っていた。

 

黒い装甲の生物が動きを止める。

 

内部のシステムから、警告音が次々と鳴り響く。

 

「……データ衝突……」

 

「……解析不能……」

 

一歩、後退する。

 

そして――

 

もう一歩。

 

初めて――

 

それは、躊躇した。

 

ヴァン・ティエンは、ゆっくりと手を下ろす。

 

頭の痛みはまだ残っている。

 

だが――

 

少しずつ、弱くなっている。

 

彼は顔を上げ、少女を見る。

 

「……君……」

 

声が掠れている。

 

「……一体、何者なんだ?」

 

少女は、すぐには答えない。

 

ただ振り返り――

 

彼を見る。

 

その瞳は、もう子供のものではなかった。

 

もっと深い。

 

もっと古い――

 

何か。

 

少女は微笑む。

 

だが、その笑顔には――

 

もう以前の無邪気さはなかった。

 

壊れた船があった場所から――

 

青い光が、まだ広がっている。

 

細い光の筋が空へ伸びていく。

 

まるで――

 

何かを「呼んでいる」かのように。

 

そして――

 

再び、機械的な声が響いた。

 

今度は、もっと鮮明に。

 

「かつて存在していた実体の――」

 

「回復率……9%。」

 

「戦場制御権限……急速に上昇。」

 

ヴァン・ティエンが、ぴくりと反応する。

 

背筋を、冷たい震えが走った。

 

「……9%?」

 

その瞬間――

 

頭の中で、一つの記憶が閃く。

 

操作パネル。

 

そして――

 

聞き覚えのある声。

 

「船長、システムの準備が完了しました。」

 

ヴァン・ティエンは、頭を強く押さえる。

 

「……違う……」

 

映像が――

 

一瞬で砕け散った。

 

ドォン!!!

 

黒い装甲の生物が、突然咆哮する。

 

赤いエネルギーが、再び爆発する。

 

先ほどより強い。

 

激しい。

 

「……撤退……不能……」

 

「……目標、未排除……」

 

それは突進した。

 

だが――

 

向かった先は、ヴァン・ティエンではない。

 

少女だった。

 

その瞬間――

 

空間が震える。

 

少女は避けない。

 

ただ――

 

片手を上げる。

 

軽く。

 

ドォン!!!

 

二つの力がぶつかる。

 

眩しい光はない。

 

ただ――

 

重苦しい圧力だけが、周囲の空気を砕く。

 

大地がさらに裂ける。

 

黒い装甲の生物は、そこで止められていた。

 

その腕が震える。

 

「……あり得ない……」

 

少女は、わずかに首を傾ける。

 

「……もう終わり。」

 

そして――

 

とても軽い指先の一弾き。

 

ドォン!!!

 

生物の身体が吹き飛ぶ。

 

今度は――

 

さらに遠く。

 

さらに強く。

 

身体が地面へ突き刺さり――

 

長い溝を作った。

 

煙と砂埃が舞い上がる。

 

それは――

 

もう動かない。

 

空間が静かになる。

 

残ったのは――

 

風の音だけ。

 

ヴァン・ティエンは、その光景を見つめる。

 

呆然としていた。

 

「……君……」

 

彼は一歩、後ろへ下がる。

 

「……君は普通の人間じゃない。」

 

少女は、しばらく彼を見つめる。

 

そして――

 

小さく息を吐いた。

 

「……そう。」

 

否定しない。

 

避けもしない。

 

ただ――

 

簡単な答えだった。

 

遠くでは――

 

黒い装甲の生物が、崩れ始めていた。

 

装甲が砕け散る。

 

身体が、赤いエネルギーの欠片へと変わっていく。

 

そして――

 

何もなかったかのように消えた。

 

――地球軌道の外。

 

黒い戦艦の中。

 

統帥が、じっと立っている。

 

画面を見つめていた。

 

そこには――

 

たった今、破壊された生物の映像。

 

そして――

 

完全な消滅。

 

「……また失敗か。」

 

低い声。

 

その目が、冷たくなる。

 

「……目標が一つだけではない……」

 

「……他にも何かいるというのか?」

 

彼は拳を強く握る。

 

「ならば次は……」

 

「……この俺自身が、あそこへ降りる。」

 

――地上。

 

ヴァン・ティエンは、まだそこに立っていた。

 

自分の手を見つめる。

 

青い光は、すでに消えている。

 

だが――

 

感覚だけは残っていた。

 

何かが――

 

自分の中で目を覚まし始めている。

 

ゆっくりと。

 

だが――

 

確実に。

 

彼は顔を上げる。

 

少女を見る。

 

「……結局……君は何者なんだ?」

 

「……どうして俺のことを知ってる?」

 

「それに……君が言った『船長』って名前……」

 

声が低くなる。

 

「……結局、昔の俺は……」

 

「……どんな人間だったんだ?」

 

少女は黙っている。

 

風が吹く。

 

少女の髪が、わずかに揺れる。

 

彼女は振り返り――

 

もう彼を見なかった。

 

「……一人の人。」

 

少女が言う。

 

そして――

 

少しだけ間を置く。

 

「……決して、仲間を見捨てなかった人。」

 

ヴァン・ティエンが、ぴたりと止まる。

 

心臓が強く鳴った。

 

地平線の彼方では――

 

夕焼けが、ゆっくりと沈んでいく。

 

だが――

 

何かが。

 

何かだけが――

 

完全に変わっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。