『天雲星系・銀河の記憶』 作:DanhDu_Chronicle
夕暮れが降りてくる。
夕日の光が、野原全体を赤く染めている。
地面に走った亀裂は、まだそこに残っていた。
癒えることのない傷跡のように、どこまでも伸びている。
空気は、すでに静けさを取り戻していた。
だが――
もう、以前のような平穏ではなかった。
ヴァン・ティエンは黙って立っている。
その目は、先ほど黒い装甲の生物が消えた場所を見つめ続けていた。
手を、わずかに握り締める。
「……終わったのか……?」
低い声。
だが――
心の中に、安堵はなかった。
ただ――
言葉では説明できない、不安だけが残っている。
その後ろ。
少女は、まだそこに立っていた。
静かに。
何も言わず。
しばらくして、ヴァン・ティエンが振り返る。
「……君は……」
「このことが起こるって、前から知ってたんだろ?」
少女は、すぐには答えなかった。
ただしゃがみ込み、枯れた草を一本拾う。
そして、それを指先で静かに回した。
「……どう思う?」
ヴァン・ティエンは黙る。
その目が、深くなる。
「……分からない。」
「……でも、一つだけ確かなことがある。」
彼は、少女を真っ直ぐ見つめる。
「……君は普通の人間じゃない。」
少女は、わずかに笑う。
だが――
今度は、いたずらっぽさがなかった。
「……お兄ちゃんも、そうでしょ?」
空気が、突然重くなる。
風が吹く。
弱く。
だが――
冷たい。
ヴァン・ティエンが、ぴくりと反応する。
頭に、軽い痛みが走った。
「……!」
彼は額に手を当て、目を閉じる。
その瞬間――
一つの映像が閃いた。
闇。
果てのない宇宙。
銀河の中に――
巨大な戦艦が浮かんでいる。
青い光が、生命の脈動のように長く伸びている。
そして、そこに――
一人の人影が立っていた。
背中を向けている。
長い髪が、果てのない宇宙の中で静かに揺れている。
灰色の長いマント。
高い襟。
その衣には、小さな星々が散りばめられていた。
彼女。
「……船長。」
声が響く。
優しい。
だが――
はっきりと聞こえる。
ヴァン・ティエンが、ぴたりと止まる。
「……誰……?」
もっとはっきり見ようとする。
その人物が、ゆっくりと振り返る。
だが――
その瞬間。
パキッ!!
映像が、砕け散った。
「……ああ……!!」
ヴァン・ティエンが、その場に膝をつく。
呼吸が乱れる。
心臓が激しく鳴っている。
「……またか……」
彼は頭を強く押さえる。
「……あの記憶……」
「……一体、何なんだ……」
少女が、彼を見る。
その瞳が、一瞬だけ揺れる。
だが――
すぐに、いつもの冷静さへ戻った。
「……お兄ちゃんは、もう見始めてる。」
少女が小さく言う。
ヴァン・ティエンが顔を上げる。
「……何を……?」
少女は、地平線を見る。
そこでは、夕日の光がゆっくりと消えていく。
「……お兄ちゃんが忘れてしまったもの。」
少しの沈黙。
「……そして――」
少女が言葉を止める。
「……まだ、お兄ちゃんを探している人たち。」
ヴァン・ティエンが、呆然とする。
「……探して……る……?」
少女は答えない。
ただ――
少し悲しそうに微笑んだ。
「みんな、まだお兄ちゃんを探してるよ……」
「そして……」
「お兄ちゃんが戻ってくるのを……ずっと待ってる。」
遠くで――
壊れた船が残した場所から放たれていた青い光が――
突然、震えた。
ドォン!!!
一筋のエネルギー波が広がる。
弱い。
だが――
深い。
機械的な声が響く。
今までで、一番はっきりと。
「かつて存在していた実体の――」
「回復率……11%。」
「高位記憶の復元……開始。」
ヴァン・ティエンが、ぴくりと反応する。
「……11%……?」
頭の痛みが、再び襲ってくる。
だが――
今回は激しくない。
もっと――
深い。
そして――
懐かしい。
彼は、ゆっくりと立ち上がる。
「……もし……」
「……これが全部、本当なら……」
自分の手を見る。
「……俺は、昔……」
「……一体、何者だったんだ?」
夕方の風が、さらに強く吹き始めた。
少女が振り返る。
今度の瞳には――
もう、逃げるようなものはなかった。
「……一人の人。」
少女が、ゆっくりと言う。
「……かつて、すべての上に立っていた人。」
ヴァン・ティエンが、凍りつく。
「……そして――」
少女が、一歩だけ彼へ近づく。
ゆっくり。
「……すべてを失った人。」
空間そのものが――
重く沈んだ。
――地球軌道の外。
巨大な黒い戦艦が、動き始めていた。
もう、そこに静止してはいない。
艦内。
統帥が、スクリーンの前に立っている。
冷たい目。
「座標を特定しました。」
機械的な声が響く。
統帥は、わずかに笑った。
感情のない笑み。
「……次の段階を準備しろ。」
「了解。」
――地上。
ヴァン・ティエンは、まだそこに立っていた。
何も言わない。
だが――
その目は変わっていた。
より深く。
より冷たく。
何かが――
少しずつ戻ってきている。
少女が彼を見る。
そして、静かに囁く。
「……もうすぐだよ……」
「……船長。」
空が、ゆっくりと暗くなる。
夕日の光が完全に消え――
深い紫色が、野原全体を覆っていく。
空間が――
異常なほど静かだった。
ヴァン・ティエンは、まだそこにいる。
何も言わない。
動きもしない。
だが――
その目は、もう違っていた。
より深く。
より重く。
まるで――
空そのものを見透かしているかのように。
少女が、わずかに首を傾ける。
彼を見つめる。
その視線は、長い間――
彼の顔から離れなかった。
まるで――
何か懐かしいものを探しているかのように。
「……お兄ちゃん、少しずつ思い出してる。」
少女が、かすかな声で言う。
遠くにある、壊れた船。
青い光は――
もう以前のように爆発してはいない。
だが――
まだ存在している。
静かに。
安定して。
まるで――
一つのシステムが「命令」を待っているように。
そして、再び――
機械的な声が響く。
「かつて存在していた実体の――」
「記憶接続……12%。」
「戦場制御権限……再起動中。」
ヴァン・ティエンが、ぴくりと反応する。
「……戦術……?」
頭の中に――
とても懐かしい感覚が広がる。
命令。
分析。
戦場の制御。
それらの概念は――
もう遠いものではなかった。
まるで――
本能の奥深くに刻み込まれているかのように。
彼は、手を軽く握る。
「……俺は……かつて……」
だが――
パキッ!!
また――
記憶が砕けた。
一瞬。
一つの映像が閃く。
銀河の中を漂う――
巨大な戦艦。
次々と響く叫び声。
「船長!」
「左翼が突破されました!」
「命令をお願いします!」
「……!」
映像が、ガラスのように砕け散る。
ヴァン・ティエンは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「……まだ、足りない……」
頭の奥の痛みが、さらに強くなる。
今度は――
ただの感覚ではなかった。
まるで何かが――
無理やり彼に思い出させようとしているようだった。
彼は頭を抱える。
「あああ――!!」
身体が、もう立っていられない。
目の前の世界が揺れる。
周囲の音が、遠ざかっていく。
そして――
身体が倒れた。
だが――
意識を失う直前。
彼は――
少女が慌てて駆け寄ってくるのを見た。
「……お兄ちゃん……!」
その声には――
もう冷静さがなかった。
少女は駆け寄り、彼の身体を支える。
小さな手が、彼の肩に触れる。
わずかに震えている。
「……寝ないで……」
少女が、小さな声で囁く。
「……私を置いていかないで……」
その瞳が揺れる。
初めて――
そこから、冷静さも距離も消えていた。
そして――
ヴァン・ティエンは完全に意識を失った。
……
――地球軌道の外。
今や宇宙の闇が、すべてを包み込んでいる。
遠くの星々が、意味のない光の点のように静かに流れていく。
だが――
そこには、一隻の巨大な戦艦が、まだ静かに進んでいた。
音を立てない。
痕跡も残さない。
ただ――
あまりにも重い圧力が存在していた。
その圧力によって――
周囲の空間さえ歪んでいる。
見えない波が広がり――
近くの星々から届く光までもが、わずかに曲がっていく。
まるで――
現実そのものが、ねじ曲げられているかのように。
――指揮室。
統帥が、スクリーンの前に立っている。
冷たい赤い瞳。
スクリーンには――
野原の中で動かずに横たわる、ヴァン・ティエンの姿。
「……」
統帥は黙っている。
その後ろで、一人の兵士が頭を下げる。
「閣下、偵察部隊は完全に撃破されました。」
「偵察隊からの信号は、もうありません。」
統帥は振り返らない。
「……分かっている。」
彼は手を上げる。
そして、スクリーンに軽く触れた。
次の瞬間――
大量のデータが表示される。
「検出エネルギー:指揮官級」
「一致率:92%」
統帥の目が細くなる。
「……やはり、お前か。」
短い沈黙。
艦内の空気が、瞬時に冷え込んだ。
その背後。
別の人影が、闇の中から現れる。
大柄な身体。
黒い装甲。
だが――
これまでの生物とは違う。
その圧力は――
遥かに重い。
「閣下……自ら、あそこへ降りるおつもりですか?」
統帥は、すぐには答えなかった。
ただ――
地球を見つめる。
野原の映像が、赤い瞳に映り込んでいる。
「……まだだ。」
ゆっくりと言う。
「……この獲物は――」
「……もう少し、足掻くところを見ていたい。」
彼は振り返る。
その目は、氷のように冷たい。
「前線部隊を、すぐに展開しろ。」
「区域を包囲。」
「命令を待機。」
兵士が頭を下げる。
「了解しました。」
統帥は、再び地球へ視線を戻す。
そして――
ほんのわずかな笑みを浮かべる。
「さて……今回は……」
「……お前が、いつまで足掻けるのか……」
周囲の空間が――
さらに重くなったように感じられる。
まるで――
一つの嵐が……
今まさに、降りようとしているかのように。