ウマ娘……それは、神秘的な種族。
彼女たちは、走る為に産まれてきた。
時に数奇で、時に輝かしい歴史を持つ別世界の名前と
共に生まれ、その魂を受け継いで走る……と、されている。
俺は、彼女たちが大好きだ。
ただ只管にターフを、夢を駆ける。
そしてライバルも、野次も限界も、自分すら超えていく……
そんな姿に心打たれ、俺はトレーナーとなった。
誰も知らない彼女たちの未来を、支えたいと思ったんだ。
それなのに、俺は───────
───────
───ガコン。
芝の上の静寂が、無骨な金属音に断ち切られる。
開かれた門から“彼女たち”が飛び出した瞬間、ターフには無数の足音が鳴り、拡声による実況が響き渡り……
スタンドに相当するヤジの集まりは、黄色い声で満たされた。
『さあ始まりました、注目の一戦! 先頭に立つのは堂々の一番人気、三枠一番“レイジングロアー”!』
「スタートうまっ……流石だなぁ」
「きゃーっ!ロア様〜!」
「負けるなグラウ先輩ーっ!」
これはあくまで“模擬レース”だ。
疎らなオーディエンスに、平坦なコース。
本番と比べれば、あの特有のヒリつきなど望むべくもない。
だが……走る側は別だ。
彼女たちは走る事……とりわけ、模擬とはいえ“レース”と名付けられたものに、手を抜く者などそうそう居ない。
現に、あのハナを奪っていった鹿毛のウマ娘など……
「ふふ……はァッ!」
「ぐ……!」
……まるで、血走ったかのようにギラつく目付きだった。
続く黒鹿毛の先行策も、眼力で射殺すと言わんばかりに先頭を徹底マーク。
どちらも……否、二人だけでは無い。
彼女らを追う後続の四名までもが、額に珠のような汗を浮かべる。
誰もが、全力で走っている。
全ては、勝利をその手にする為。
『さぁ最終コーナーに入っていきます! 最初に立ち上がったのはやはり一番!』
二番手との間には既におよそ四バ身に近いリードがある。
逃げを打っているのだから、常にハイペース。
にも関わらず、未だ鹿毛……レイジングロアーは、ぐんぐんと伸び続ける。
デビュー前、本格化を迎えたばかりだとはとても思えない、その凄まじい走り。
それを実現するのは才覚だろうか、それとも……
その完璧に近いレース運び故、既に勝敗は決している様なものだった。
『一着は一番、レイジングロアー! およそ五バ身差の完勝でした! 圧倒的実力ッ!』
2000メートル……正式なレースであれば、中距離に分類される距離。
未熟なウマ娘ばかりの模擬レースとしては長い距離だ。
それでもレイジングロアーは、まだまだ余裕とでも言いたげに、敗者達を見渡しながら不敵に笑む。
あれ程の実力のウマ娘ならば、名門チーム『シリウス』や『スピカ』、老舗の『アスケラ』辺りが目をつけているだろう。
「……俺なぞの出る幕は無いな」
そう独りごちて、自嘲する。
一体何を思い上がっているのか……
俺はとうに、“トレーナーでは無い”と言うのに。
「そう思っているのは、まだ未練があるからなのでは?」
「……脅かすなよ、桐生クン」
噂をすればなんとやら、だ。
踵を返した俺の前に立っていたのは、名門『シリウス』のトレーナー……俺の同期の桐生クンだった。
共に天才トレーナーと持て囃され、チームぐるみで凌ぎを削り合った仲……だが、それも最早、今は昔だ。
「……見ないうちに、また痩せましたね。 どうせまた、食事を抜いているんでしょう。 食事量を増やすべきと、言ったはずですが」
「薫陶を受けられるのは光栄だが、『シリウス』のトレーナー殿は部外者の健康を気遣う程余裕があるのか?」
「人として当たり前の事を言ったまでです。 皮肉屋はどうしたって治らない様ですね。……いつまでそうやっていじけているつもりなんです?」
「そんなつもりは無かったが……キミにはそう見えているのか?」
「はい」
……未練か。
莫迦莫迦しいにも程がある。
俺にはそんな感情を抱く権利すらないと言うのに。
「冗談も休み休み言って欲しいな。 第一……俺とはもう関わるな、と言ったはずだろう」
「そうやっていつもいつも煙に巻いて……貴方が報われる事を、望むのさえいけないのですか?」
相も変わらず酔狂な奴だ、こいつは。
冷静にエリートぶっている様で、その実はロマンの熱に浮かされた熱い奴。
人間もウマ娘も関係なく、この男に関わった者は皆絆されていく。
だが、俺には……
「俺は“死神”だからな」
「……」
「悪いが、予定があるんでね。 そろそろお暇させてもらおう」
……それを享受する事すら、烏滸がましい。
そう示す様に、目を逸らし、フードを目深に被り直した。
───────
『一着は一番、レイジングロアー!』
「……やーっぱ勝ったのはあの人かぁ」
「ふっふっふぅーん! ロアお姉は凄いでしょー」
「はいはい、すごいすごい」
ウマ娘の耳は、ヒトのそれよりとっても良いんだそうな。
ちょっと耳を傾ければ、離れたコースから遠く響く実況がはっきりと聞こえた。
……やっぱり、ロアさんが勝ったらしい。
「……すごいなぁ」
「ね! すごいでしょすごいでしょ!!」
「う、うん……すごいすごい」
ずずいっ、と鹿毛のウマ娘……ウルちゃんが私の顔を右から覗き込んできた。
ちょっと気圧されたけど、よく見るとお姉ちゃんが勝って嬉しいらしくて、得意満面一色のぺかーっとした笑顔。
かわいくて撫でたくなっちゃう。
「よすよす」
「えへえへ」
「ところで、ロアさんって選抜レースは出るんかな?」
「え?お姉ちゃんなら「トレーナーが見つかったから、出る必要なんて無くなったわ!戯れずに済んでせいせいするわ」って言ってたよ」
「うわ、言いそー……ウチらはアウトオブ眼中ってか、腹立つ〜」
「あれ? でも、アミちゃんもトレーナーさんと契約したんだったよね? 出なくてもいいんじゃ?」
「いんや、まーだ仮契約なの。 結果見せてから!ってウチ啖呵切っちゃったから」
「すごいなぁ」
私の左には栗毛のウマ娘……アミちゃんが座っている。
そういえば、「トレーナーさんの押しが強くて困ってる」って言ってたっけ。
ちょっと自分を過小評価し過ぎだと思うんやよね……
「……っと、そろそろ身体冷えそうだし、帰りますかぁ」
「そうやねぇ」
「ちょっっと待ったあ!」
「「声でか」」
アミちゃんがよっこらせと立ち上がり、釣られて私もと思った瞬間、右手から轟く轟音。
「終わる前に一本だけ、併走しようよう」
「ほむ」
「うえー」
「なんか乗り気じゃないね!?」
「そりゃあ、しんどいトレーニング直後だしねぇ」
併走、かぁ……
「だ……だめ?」
「いいけど」
「やったー大好き!!!」
「わぷぶ……いいけどさ」
「またウチ、勝っちゃうよ?」
……
「いつも通り、ここのコースのあそこの地点まで1600m、アラーム鳴ったらスタートね。おっけー?」
「うん」
「負けないよ!」
三人で一直線に並び、じゃりっと土を踏みしめる。
体勢整いました……ってとこかな。
そして……
[ピリリリリリリリン!]
電子的な鈴の音が鳴ると同時に、私たちは飛び出す。
駆け出したウルちゃんは先頭に立って、私はちょっと前に出てその後ろ、置いてかれる形で更にその後ろにアミちゃんだ。
「おりゃあああああああ!」
「はっ……はっ」
「ふー……ふっ、ふっ」
体温が一気に最高温度まで上がっていく。
グラウンドを踏みしめる度、身体が前へ前へと風を切っていく。
この心地良さは、本能に刻まれたものなんやと思う。
ずっと、この心地良くまま走っていたくなってしまう。
でも、それだけで
きっと、そろそろ……
「お、おりゃ……ああああ」
ウルちゃんが失速してくる。
まだ“本格化”のほの字も来てないらしくて、スタミナでは私たちと相当に差がある。
逃げを打っても、半分に届くかどうか位で大失速していき、そのまま沈んでしまう。
「……ごめんねっ」
「ま、まてぇぇああ……」
先行策の私はここでいつもひょいっと抜かせてしまう。
ここからが、結構困りどころで……
私はいつも、ここを越えると焦ってしまう。
だから、落ち着いて、脚を溜める様に……力を込めて。
でも、後ろからアミちゃんが来ているから、リードも取っておかないといけないし。
もうちょっと、もうちょっと前目につけて、そこで脚を……
「お先」
「え……あっ」
遅かった。
外からアミちゃんが捲りあげていく。
まるで、突風が吹いたかのような切れ味。
私がウルちゃんを抜かしたのと同じ様に、ひょいっと抜きさって何処までも伸びていく。
末脚と言うやつだ……早よ、スパートをかけないと。
「……っ!」
ああ、また。
またやっちゃった。
溜める意識が遅いのか、前に前にって意識が強すぎるのか……スパートに使える脚が、残ってない。
ぐんぐん離れていくアミちゃんの背中を見ていることしかできない。
追い上げたくても、脚が動いてくれない……!
息が切れる。
体力が、足りてないはずはないのに!
「っ、やああああっ……!」
走る、走る、走る、そして走る……その結果。
「うぇーい、いっちゃーく」
「はぁ……はぁ……に、にちゃく」
「ぜぇ……ひゅ……かふ……さん……ちゃく……」
全然追いつけなかった。
たぶん、大差負けとかになるんだと思う。
トレーナーさんが付く前のアミちゃんだったら、だいたい互角ぐらいだったのに、今やこれだけの差がある。
「はーつっかれた……んじゃーサラちゃん、ウチ先に帰る
わね〜」
「ふぅ……う、うん」
「ぜ……ひゅ……」
「初めて走りきれたね、えらいえらい」
「ひゅ……ふふひぃ……」
「……私も先行くね」
仰向けに倒れたウルちゃんの頭をもうひと撫でして、私も立ち上がる。
ウルちゃんも頑丈だから、そのうち起き上がって門限までには帰る……ハズ。
置いてきたアレを回収して、私も寮に戻らなきゃ。
そう思って、スタート地点に戻っていく……
「……これは、君のかい?」
「私のケータイ……あっはい、そう、です」
するとそこには、見慣れない紺のジャケットを着た男の人がいた。
左の胸元には……星型がいくつも重なったようなマークがひっそりと入っている。
フードを目深に被っていて、その表情はよく見えない。
「……あの、貴方は」
「俺か? 俺は……何者でもない、かな」
「は、はぁ……?」
なんだか詩的な事を言う人だ。
ちょっとかっこいい?……のかもしれない。
アラームは切ってくれていたらしく、いつもの様なけたたましい音は鳴っていなかった。
その人から、私愛用のピンク色のスマホを受け取る。
「紛失・盗難には気をつける事だ」
「はい……ありがとうござい、ます」
お小言の様で、声色はすごく優しく聞こえる。
純粋に、心配してくれたんやろうか。
優しい人……なのかな。
フードを深く被っているせいで、顔色は見えないけど。
「……ああ、それと君」
「はっ、はい」
「力みすぎなんじゃあないか?」
「えっ?」
「いやなに……併走をたまたま見てしまってね。 少し気になったんだ」
……この人、急にそんな事を言うなんて。
今までトレセンの中では見た事がない人だけど、もしかして……
「もしや貴方は、トレーナーさん?」
「……それはさておき」
「さておくんですか」
「君、スタート苦手だろう?」
ぎくり。
「それに、前に行く意識をしすぎている」
ぎくぎくり。
「そして、一歩一歩に力を込めすぎて、スパートをかけたい頃にはスタミナが不足している」
正にその通りで、ぐうの音も出なかった。
「は、はは……はいぃ、そ、その通りで」
「自覚ありか。どうしてこの戦法で走っている?」
「えっと……できる限りどんどん前に行かないとそうそう勝てない、と前のトレーナーさんに教わってきたので」
「……君、地方から中央に移籍してきたんだな」
「えっ、ど、どうしてそれを?」
「兎に角前を取るべきというのはダート戦、そしてスプリントのセオリーだからな。 それに……」
トレーナー?さんは私のスマホを指差す。
ケースの裏面には、地元の所謂ゆるキャラ……オレンジ色の体色をした、うなぎの尻尾を持つかっぱ……のシールが貼ってある。
「それは、確か岐阜のキャラクターだろう? 昔、近隣に住んでいたから知っている。 そこまで見れば、カサマツトレセンの出身だろうとまでは読める」
「す、すごい」
トレセンのトレーナーさんは観察眼もすごいみたい。
思わず関心してしまった。
「いいか、ウマ娘には“適正”と“脚質”がある。それを把握し、活かさなければトゥインクルシリーズで輝くのは難しいだろう」
「それは……そうですよね」
「今の君の走りは、どうにも噛み合っていない。 短い距離を速く走ろうとして、無理やり身体を縮こませてしまっている」
「……たし、かに?」
「本当は、一歩をもっと遠くに置けるんじゃあないか?」
「!」
「きっと君は、もっと長く、もっと速く羽ばたける。 もしかすれば……“芦毛の怪物”の再来になれるやも、なんてな」
「えっ」
「……まあ、素人の戯れ言だ。 話半分に聞いておいてくれ」
男の人は、それだけ告げると踵を返して、静かに去っていった。
そんな……そんな、私に
分からないし、根拠もない。
なのに……なんでだろうか。
……その言葉を、信じてみたくなってしまった。
……
「……つい話し込んでしまったな」
そう一人ごちる。
このくらいなら、死神の権能も効かないだろうと……そう信じたい所だ。
無事だった前例は居る事だし……な。
……それにしても、俺は何故あの“芦毛のウマ娘”に助言を与えてしまったのだろうか。
トレーナーの真似事など、二度としないと戒めていた……筈なんだがな。
「……これは、運め……」
それを口にしかけ、すぐに噛み砕いた。
そんなものが、この
本話サブタイ引用楽曲: Re:Re: / ASIAN KUNG-FU GENERATION
各話、お話に一曲以上の既存楽曲をサブタイトルとして引用しています。
読了後は是非とも、楽曲と併せて楽しんでいただければと。