ウマ娘 エフェメールコメット   作:繊月ライラ

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第三話 清廉なるHeretics

 

 

 

「それじゃあな、東雲ちゃん」

 

 

目の前の黒鹿毛のウマ娘は、それだけ告げて戸に手をかけた。

 

 

「待ってよ」

 

「……まだ何か?」

 

「まだ何か、じゃないよ」

 

 

彼女は振り返った。

その顔には、何時もの様な不敵な笑みを貼り付けている。

それは、今の状況にはひどく不釣り合いだ。

 

 

「……ねぇフォルティ、ボクとじゃあ、もう走れないの?」

 

「東雲ちゃん」

 

「ボクがトレーナーとして、未熟なのはわかってる。でも……」

 

 

顔が熱い。

視界が滲む。

大人として、こんな駄々を捏ねるなんて。

そう思っても、もう止まらなかった。

 

 

「ボクじゃあ、ダメだったのかな」

 

「良かったよ、アンタとは」

 

「じゃあ!」

 

「でもな」

 

 

フォルティは困った様に少しだけ眉を顰める。

 

 

「アンタのトレーニングに、想いに。応えられるかは別なのさ」

 

「……」

 

「ダメだったのは、俺の方だよ」

 

 

改めて向き直り、戸をガラガラと開け、彼女は外へ踏み出す。

そしてもう一度振り返って、一言。

 

 

「アンタは、俺の様な木っ端より、もっと良いウマ娘に付き合った方がいい」

 

 

それだけ言い残し、彼女は丁寧に戸を閉めた。

 

 

 

……

 

 

 

ボクは、かつてはターフを駆けた競走ウマ娘だった。

どれだけ足掻いても、何時までも走り続けられる訳など無くて……いつかは、走り抜いた先の進路を選ばなければならない。

そのターフを去った後の進路として、ボクはトレーナーを志した。

どこまでも優しく、しかし強い芯を持って癖の強いチームの面子を纏めあげた彼。

何より、ボクをトレーナーとしてずっと支え続けてくれた彼……葛城トレーナーに、憧れてしまったからだ。

 

彼のお陰でボクらは、何処までも羽ばたいていく事が出来た。

限界を超えられた。

夢を叶えられた。

 

だから、ボクもそんなトレーナーを志したいと、そう思ったんだ。

 

 

 

トレセンを卒業してすぐ、トレーナー養成校に入学したボクは、実習生としてトレセンに舞い戻った。

そこで、ボクを担当したトレーナー……第二の憧れと言える彼の元で、トレーナーとしてのイロハを教わる事となる。

 

当時のプレアデスの現役メンバーは、クラフトにマーチャン、ファル子にピサ。

それと、デビューに向けたトレーニングを始める所だったクロノ。

ボクがまだトレセン生だった頃の面子と比べればアクは少ないけれども、それぞれ個性の強い娘たちだった。

 

チームの先輩ではなく、トレーナーの卵としてあの子たちと接する日々は、楽しかった。

緩いようでどうにも我の強い娘達に囲まれ、いつまでも和気藹々とターフを駆ける。

そんな日々がずっと……ずっと続くと、思っていた。

 

 

 

……

 

 

 

全ての始まり……いや、終わりの始まりは、ドバイワールドカップだった。

当時、有マ記念を勝利し勢いづいていたピサは、海外挑戦の誘いを受け、それを受諾した。

クラフト達のトレーニングの兼ね合いから、ピサは共にドバイに挑むウマ娘達と共に先に現地入りし、葛城トレーナーは後から飛ぶ手筈となっていた……けれど。

 

葛城トレーナーがトレセンにまだ居る内に、大震災が発生した。

トレセンには大きな被害はなかったものの……葛城トレーナーの故郷は、甚大な津波被害に見舞われていた。

 

親族やかつての生家も巻き込まれ、葛城トレーナーはそちらに手を割かざるを得なくなり、ドバイ行きの目処が立たなくなってしまった。

当時のボクはまだ研修中で、トレーナーを代行する事なんて出来ず、そしてピサ自信も悩みながらも信念を曲げられなかった。

紆余曲折あって結局、ピサは仮の登録という形で、同行していたブエナビスタのトレーナーが預かる事となったんだ。

 

慣れない土地で、慣れないダートコース。

しかも初めて付き添うトレーナーの元、調整を行う。

そんな不利な要素しかない中だったけれども……ピサは、見事ドバイワールドカップの日本ウマ娘による初制覇を成し遂げた。

 

震災直後、暗く沈んでいた日本に、明確に活気をもたらす程の偉業。

誰もがピサを賞賛し、記憶に刻みつけた。

その一方で……

 

 

『ヴィクトワールピサが偉業を成し遂げる事が出来たのは、あのトレーナーの元を離れたからではないか』

 

 

……そんな意見もあった。

よくもまあ今、この状況でそんな水を指すような事を言えるな、と

光ある所に影ありとはよく言ったものだな、と。

強くそう思ったのを今でも憶えてる。

 

でも、反論したいのを呑み込んで捨て置いた。

それこそが正しい対処法だったから。

それに、妹さん以外の親族を津波で亡くし、トレセンと潰れた実家を頻繁に行き来する生活を送るようになったトレーナーに、これ以上負担をかけない為でもあった。

 

葛城トレーナーはこの頃、働きすぎと言える程に動いていた。

遠方の実家の片付けを、残されたたった二人で進めつつ、担当ウマ娘のトレーニングは欠かさない。

普通に考えたら不可能な事だった。

一体どれ程の負担を、ただ一人に強いていたのか……

ボクは研修中の身分でトレセンを離れることもできず、トレーナーの代理も務められない。

代わりをやってあげられなくて、どれだけ歯噛みをした事か。

 

何より、この時の努力が全く報われる事がなかったのが……余りにも無常だった。

 

 

……

 

 

翌年、ファル子が同じくドバイに飛んだ。

招待を受け、ピサと同じくドバイワールドカップに挑戦する為だった。

名実ともに日本におけるダート最強ウマ娘となったファル子が挑戦した、世界の舞台。

はっきり言って、あの子は絶好調だった。

GIを合計で八つ獲り、ここまでに合計九連勝。

ドバイの砂への適応もしっかりと済ましていた。

ピサに出来て、ファル子に出来ない道理があるものかと……誰もが、彼女の勝利を疑わなかった。

 

だけど、結果だけで言うなら、彼女は10着だった。

 

気が逸ったのか、ゲートが開く前に顔面を強打。

そのまま大きく出遅れ、脚質に合わない後方からのレースを強いられた。

砂のハヤブサと謳われた、八冠ウマ娘だとはとても思えない醜態に、レース界に激震が走ったのは言うまでもない。

 

そして……それだけでは済まなかった。

帰国後、ファル子は復帰に向け安静に療養をしていた……のにも関わらず、左足に致命的な腱鞘炎を発症。

らしくない惨敗を最後に、彼女は砂のコースに戻る事が出来なくなってしまったんだ。

しかも、それどころではなく……

 

 

「でもでも、ファル子まだ立てるよ? 歩けるんだよ? だから、せめてまたステージに……」

 

「……」

 

 

お医者様は静かに首を横に振った。

立って歩ける事と、ステージに立ち続ける事が可能かは、別の話で。

日常生活に支障はなくとも、ファル子はもう、ウマドルとしても立つことは許されなかった。

せめて引退ライブだけでも、と粘ったけれども……結局、ファンとのお別れは、涙を呑み配信で簡素に行われるのみに終わった。

 

ウマ娘は皆、レッスンを受け自身のアイドル性というものとも向き合うものだけれど、あれほどまでにアイドルであろうとしたウマ娘をボクは他に知らない。

彼女自身が、彼女を支え続けたファン達が、こんな終わり方でどれほど無念だったのか……計り知れる訳がない。

 

でも、本当の問題はここからだった。

 

 

『何故スマートファルコンはこれ程までに酷い怪我を負わざるを得なかったのか』

 

『何故こんなにも惨い結末を迎えてしまったのか』

 

『全ては葛城トレーナーに責任があるのでは?』

 

 

ファル子は勿論、配信で先手を打って否定していた。

ボクらも、トレーナーがどれだけファル子に尽くしたかを知っている。

食事療法から整体、湯治等々、あらゆる手を尽くしてきた事を。

それにも関わらず発症した。

主治医さんもタキオンも、一体何が原因なのか分からない、トレーナーに原因があったとは思えないと太鼓判を押されてる。

 

それでも、小火というのは起こるもの。

現実逃避だったり、責任転嫁だったり、純粋な悪意だったり、悪質なヤジだったり、理由は様々。

防ぎ切る事は不可能と言っていい。

それでも、どうせすぐに消える……そう思い、ボクらはグッとこらえて、捨て置いていた。

 

だけど……不幸は止まなかった。

小火が、すぐに大火にまで燃え広がる様に。

 

 

「クラフト、遅れてすまない。 ……おっと、日向ぼっこ中だったか」

 

「……」

 

「今後のトレーニングについて打ち合わせたい所だったが……今日も気持ち良さそうだな」

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

「はは、流石に寝すぎだろう、クラフト」

 

「……クラフト?」

 

 

それきり、クラフトが目を覚ます事は無かった。

余りにも突然の事だった。

原因は、現在に至るまで全くの不明。

彼女は、至って健康だった。

何か不調を隠している様な事も無かった。

強いて言うならば、ドリームトロフィーシリーズに移籍し長く走り続けていた事位、か。

当然、葛城トレーナーはクラフトを労りつつ細心の注意を払い、トレーニングを組んでいた。

それにも関わらず、だった。

 

そして、不幸はそれだけに留まらなかった。

 

 

「トレーナー!」

 

「テイオーか!手を貸してくれ、クラフトが……」

 

「ま、マーチャンが!」

 

「!?」

 

「マーチャン、見なかった!?」

 

 

アストンマーチャンが何処にも居なかった。

これも、全く前触れなどなく……つい数日前にボクもマーチャンの元気な姿を見て、何時もの様なのほほんとした会話を交わしていた。

はっきり言って、彼女が失踪する理由なんてどこにも見当たら無かった。

目撃情報は、この一日前にスティルが何処かに向かう姿を見た、と言うのが最後。

一体何処へ向かったのか、マーチャンと親交のあったウマ娘には片っ端から当たってみたけど……何故だか親交があったことすら忘れかけていた子たちもいた上、幼馴染のスカーレットとウオッカですら、まるで心当たりが無いとの話だった。

 

この数日後、クラフトの昏睡と入院についてはURAから正式に発表され、会見が行われる事となる。

勿論、原因は全くの不明であり、治療と復帰の目処は立たず、病状について目下調査中である事も公表。

会見には担当トレーナーである葛城トレーナーも出席。

当然、質問の雨霰に晒される事になる。

それに葛城トレーナーは誠心誠意受け答え、包み隠さずトレーニング状況を全て公表。

何も問題は無い……会見が終わった直後はそう見られていた、けれど。

 

 

『葛城トレーナーは本来行っている過負荷トレーニングを隠蔽している』

 

『ラインクラフトの件に加え、これ迄の担当ウマ娘にケガや早期引退が多いのは、担当に過酷なトレーニングを強いているから』

 

 

翌々日辺りから、そんな言説がまことしやかに蔓延りだす。

外から見れば、辻褄が合うようにも見えるんだろう、と思う。

当のボクらからすれば一笑に付す程度の言論だったけれど……さらにその翌日、これが致命的な燃料投下となった事を、ボクらは思い知らされる事になった。

 

 

『テイオーがあんなにも骨折繰り返しているのは異常だと思ってたんだよな』

 

『アヤベは、あのトレーナーじゃなければもっと多くのレースに出られたんじゃないか?』

 

『タキオンはかなり早期に挑戦を切り上げるつもりだったらしい事を言ってたよな。 トレーナーに問題があったんじゃね』

 

『スティルの走りがもっと見たかった。 葛城以外のトレーナーの元だったのなら叶ったのかな』

 

『クラフトもだよ。あんな唐突に居なくなるなんて、思ってもみなかった』

 

『ドバイの時とか、ファル子にめちゃくちゃ圧かけてたんじゃない? ゲートで頭打つとか普通じゃないっしょ』

 

『ピサも運が良かったよね。 あんなトレーナーから離れられたから』

 

『なんか、スプリンターの子居たよね。 ラインクラフトじゃない方。 いつの間にか居なくなった気がするけど……まさか、潰したのを隠蔽したのか?』

 

 

気づけば、炎上は最早消化不可能な規模に膨れ上がっていた。

全ての元凶は、葛城トレーナーにある……だんだんと、その様に世論は傾いていった。

かつて、マーチャンが勝手に立ち上げ運営していたプレアデス広報アカウントにも、無数の意見と批判と、とても口には出来ない様な“お気持ち”が寄せられていた。

 

唖然とするしかなかった。

ボクらの競走ウマ娘としての生涯は、決して平坦な道程では無かったと言う自覚はある。

だけれど……ここまで言われてしまうのは、走り抜いたボクらまで否定されている様な気分だった。

葛城トレーナーだけを攻撃しているつもりなのか、わかっていてボクらまで刺しているのか……

 

結局、葛城トレーナーが悪し様に扱われる流れはどれだけ訴えようと止められず。

ドバイからの帰国後、成績不振だったピサが有マ記念を獲って復活した事実があろうとも、それすら葛城が最悪のトレーナーだったという論調に拍車をかけるだけだった。

 

 

……

 

 

それから一年が経過した。

ボクは正式にトレーナー資格を得て、チーム・プレアデスのサブトレーナーとなった……けれど、正直手遅れに近しい状況ではあったと思う。

プレアデスに残された現役ウマ娘は、もはやデビューしたてのクロノだけしか居ない。

ピサの再移籍が何度か打診されていけれども、未だ自分に対する誹謗の止まない状況を鑑みて、葛城トレーナーは首を横に振り続けていた。

クロノに関しても、彼女が不当な評価に晒されるのを危惧し、葛城トレーナーはプレアデスに拘る必要は無いと、そう伝えていたけども……

 

 

「いえ……私はこのチームで、貴方と走りたいです」

 

「例え、私の挑戦がどれだけ険しい茨の道になろうと……貴方の様な素敵なトレーナーさんが、ただ悪評だけを歴史に刻まれる方が、耐え難いです」

 

 

とてつもない苦境を受け入れ、プレアデスを支える最後の柱となると……クロノはそう言った。

それに応える様に葛城トレーナーはクロノのコーチングに集中し、三年間を支え続ける。

当然、後ろ指を指され続けたけど……それすら跳ね除ける様に、クロノは走り続けた。

 

秋華賞制覇。

グランプリを通算三連覇。

ドバイシーマクラシック二着。

そして、オルフェーヴル以来の凱旋門賞二着。

そこまでを全くの無事で成し遂げた事で、流石に葛城トレーナーを悪し様に扱う人達もなりを潜め始めていた。

 

そして……ここで、ボクらの秘策が日の目を見る事になる。

葛城トレーナーの評価をひっくり返すべく立ち上がったのは、クロノだけじゃなかったんだ。

 

 

「あのね、お兄さま。 確認をとってみたらね……ライス達、実はまだドリームトロフィーシリーズに登録されてたんだ」

 

「トレーナーさん。 貴方に、私たちを改めて鍛え直して欲しい。 それで……先延ばしにしてた、あの件を受けようと思ってるの」

 

 

ライスシャワーが、淀の舞台に帰ってくる。

 

サイレンススズカが、栄光の日曜日を再演する。

 

その一報は、レース界に激震をもたらした。

トゥインクルシリーズからドリームトロフィーに移った者が、GIレースに再度参加する事が可能なのか……疑問にも思うだろうけど、実はURAによって担保された手段が一つだけあった。

 

それは、“レジェンドレース”と銘打たれたイベントレース。

URAからの打診をかつての重賞ウマ娘が受諾する事で成立する、ベテランと新進気鋭の技術交流を目的としたトゥインクル及びドリームトロフィーの混合試合。

とはいえ、あくまでエキシビションであり、厳密には正式なGIとして登録されている訳では無い。

しかしこのレジェンドレースというものは、かつての名レースの再現を謳っていて、時期と天候以外は特定の重賞レースと全く同じものが整えられる。

 

ライスシャワーの、京都レース場を舞台とした宝塚記念。

サイレンススズカの、伝説の天皇賞・秋。

それらの再演と、クロノジェネシスのグランプリ四連覇。

 

これをもって、葛城トレーナーに向けられた疑念を払拭される……その筈、だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ああっ、ライスシャワー! ライスシャワーか! ……なんということか、ライスシャワーであります!』

 

『さぁ、ここで抑えるような格好……あぁ、ちょっと……サイレンススズカ! サイレンススズカに故障発生です!』

 

 

ライスも、スズカも、すこぶる好調だった。

鍛え直した二人は……流石にトゥインクルシリーズ時の最盛並みとまではいかずとも、ブランクなどまるで問題にしない快調ぶりだった。

葛城トレーナーも全く気を抜かず、タキオンにもデータ収集を依頼し、ボクも、アヤベもスティルもファル子も出来る事を全て行い支え、チームで最大限に二人の脚を労わっていた。

だと言うのに……どうしてこうなってしまったのか。

 

 

「何故、こうなった?」

 

 

二人の脚の状態を見て、タキオンの零したその言葉がボクらの総意だった。

共に左の足首が砕け、ずたずたとなり……スズカに至っては、膝にまで致命的なダメージが入っていた。

二人は昏睡状態のまま搬送され、治療を受ける羽目になった。

 

ライスは辛うじて手術に成功し、足が繋がった。

しかし、例えリハビリを経ても競走能力を取り戻す事は不可能、日常生活にすら多大な影響があるだろうと……そう診断されていた。

一方……スズカはより状態が酷く、手術は不可能と判断されていた。

放置すれば、命に関わるとも。

本人に同意が取れぬまま……医師の判断、両親とトレーナーの承諾の元、彼女の左足、その膝から下は───────。

 

目を覚ましたら、ライスはまともに歩けない脚となった事、そしてスズカは片足を失った事実と直面する事となる。

それがどれだけ、辛く悲しい事であるか……ウマ娘にとって脚を失う事は、ともすれば命を落とすことよりも遥かに酷だ。

取り乱すどころか、おかしくなってしまっても不思議では無い。

そんな二人に、かけられる言葉など無かった。

 

こうして、にわかに活気づいていたプレアデスは、絶望の縁まで叩き落とされた。

 

そして……今度こそ、誹謗中傷は止まなくなった。

 

より直接的に葛城トレーナーを非難する程度なら、まだ可愛いものだった。

葛城 昴という個人を攻撃する目的の投稿が急激に増え、最低最悪と称され、悪魔或いは死神と貶められ、より過激な“予告”すら日常となる。

 

限界だった。

葛城トレーナーはただでさえ過労で痩せ細っていたのに、この頃から更に頬がみるみる痩けていった。

彼の目から日に日に生気が失せていった様が、今でも記憶に新しい。

 

そして……有マ記念を控えたクロノにも、そのストレスの影響は甚大だった。

彼女は、プレアデスの全てを背負い込んでしまっていた。

顔に無理に笑みを張り付け、大丈夫、大丈夫と繰り返ししていた。

虚ろに、前だけを見据えていた。

私が、この脚で全てを覆す、と。

そう意気込んでいた。

 

そんな、痛々しいまでの覚悟を背負い……

 

 

 

『クロノジェネシスはまだ沈んだまま! 先団には届かない!』

 

 

「ああ、ぁ……っ、あ゛ああぁぁあっ!」

 

 

彼女は走った。

全てを賭して……でも、届かなかった。

 

 

『クロノジェネシス、グランプリ四連覇ならず! 七着に沈みました!』

 

 

彼女は、脇目も振らずに走りきった。

それでも、まるで往時の実力を出し切れなかった。

そして、彼女は盲目になってしまっていた。

それこそ……らしくない失態を犯す程に。

 

 

『審議の結果……進路妨害が認められましたクロノジェネシスを降着措置、最下位とします』

 

 

彼女の想いも、報われることは無かった。

そして、跡形もなく砕け散った。

 

有マ記念の後に別れて以来、ボクはクロノの顔を見ていない。

同室のラヴズから聞いた話によると……寮に引きこもり、授業にすら出ず、一日中毛布に包まり横たわったまま。

食事を持っていけば、時たま少しだけ……必要最低限は口にする程度で、会話をするどころか、目線すら合わせる事も無くなったそうだった。

トレセン学園としては、学業すらしない生徒を抱える理由はなく……幾度かの通告に応えなかったクロノは、程なく退学措置となる。

そして彼女は、二度とボクらの元に顔を出す事も無く、黙ってこの学舎から去っていった。

 

そして……去らざるを得なくなったのは、クロノだけではなかった。

 

クロノが去った翌日……秋川理事長から直接、URAの判断により葛城トレーナーのトレーナー資格が無期限停止となった事がボクに伝えられた。

素行にはまるで問題の無いトレーナーに対する措置としては異例の、実質的な資格の剥奪だった。

 

 

「トレーナー!」

「葛城さんっ!」

 

「……やぁ、みんな」

 

 

みんなで、必死に呼び止めたけれど……葛城トレーナーの、振り返ったその口元には、まるで自嘲するかのような笑みが浮かんでいた。

 

 

「ねぇ……トレーナーさん! トレーナー資格が停止されちゃったって、本当なの!?」

 

「耳が早いな、ファル子。そうなんだ。 俺はもう、トレーナーじゃない」

 

「……勝手に全てを諦めたみたいに言わないで。 貴方は何も悪くないのに、そんな資格を剥奪される様な処置は不当でしょう」

 

「妥当だよ、アヤベ。 俺は……最低だ」

 

「……そんなこと、ありません。 貴方は、私たちを愛してくださったのに。 何より、大切にしてくださったのに……!」

 

「スティル……抱いている想いと、行動がもたらした結果は、別だ。 少なくとも、俺は許されるべきじゃない。 URAはそう判断した」

 

「っ……だめです、トレーナーさん。 貴方から始まった輪なのに、貴方がそれを断たないで。 まだ、私が居ます。 まだ走れます。 貴方の元に戻ります。 だから……」

 

「ピサ……」

 

「トレーナー、さん」

 

「……ダメだ。 君のトレーナーの所に戻りなさい」

 

「トレーナーさん……っ!」

 

 

想いは、届かなかった。

クロノにも、トレーナーにも。

ボクたちには何も、できなかった。

 

 

「……」

 

「……すまないな、テイオー。 チーム・プレアデスは解体だ。 これまでサブトレーナーとして、支えてくれて……ありがとう」

 

「……トレーナー」

 

「ここから先は君が紡ぐべきだ。 俺に忖度なんてしなくていい。 君らしく、新たな世代を導いてやってくれ。

……頼んだぞ、東雲トレーナー」

 

 

それだけ言い残し、彼は踵を返して去ろうとする。

納得がいく訳なんて、なかった。

 

 

「トレーナー!」

 

 

いつも、いつでも、ボクらに真摯に向き合ってくれた彼は……ボクらに、かつてより遥かに小さくなった背を向けたまま、振り返ることなく……別れを告げた。

 

 

「俺の事なぞ……もう、忘れてくれ」

 

 

葛城トレーナーは、全てを取りこぼした。

その末に、トレーナーであることすら許されなくなった。

こうして……チーム・プレアデスの栄光と歴史は潰えた。

 

 

それでも、ボクは……

 

 

 

───────

 

 

 

「うーん……」

 

 

あの後、私は二人と別れた。

アミちゃんは友達とオッチャホイ食べに行くらしいし、ウルちゃんはお姉さんの所に行っちゃった。

今日、私たちは三人とも休養日……私も手持ち無沙汰。

なんにもしなくていいからこそ、思考だけはぐるぐると回ってしまう。

 

記録だけで見るのなら、葛城トレーナーは悪者扱いされても仕方ないのかもしれない。

でも、ならなんでプレアデスの先輩たちは、葛城トレーナーの元に集ったのか?

本当にただウマ娘にとって害しかないような人物なら、慕うウマ娘があんなにも居た事も、そもそもここでトレーナーをやっていた事とも噛み合わない気がする。

 

本当に、何もかもを否定されて当然な人なんだろうか?

いや、人を頭ごなしにこき下ろすのは、そもそも絶対ダメだと思うけど……

でも、あれだけ怪我やら何やらが多発してるのも、怪しくないかと言われれば……怪しいかもしれん。

 

でも……それでも。

 

もやもや、ぐるぐると。

そんな事ばかりが頭の中を巡る。

 

だから、正面から来る人にすら、反応できなかった。

 

 

「おっと」

 

「あわわぁっ! ごめんなさい!」

 

「ちゃんと前を見て歩きなよ……おや」

 

 

ぶつかったのは、黒鹿毛のウマ娘の人……何故だか何時も良くしてくれていた、何故か私服でここに居る、先輩だった。

 

 

「どうやら道に迷ったと見える」

 

「……フォルティさん?」

 

 

フォルティクレスト。

それが、この先輩の名前だった。

 

 

 





本話サブタイ引用楽曲: 清廉なるHeretics / 毛蟹 feat. DoracoVirgo

打ち込まれた七つの楔は、いとも容易く足元を崩す。
栄光に縋る間も無く、地の底へ。
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